125話 王都へ
「ティアさん、外に来てください。なんかスッゴイ馬車が」
馬車?
慌てたパズーさんに呼ばれて外に出てみると、お父様だった。
「お父様、いらっしゃいませ。お久しぶりです!」
「ティア、すっかり元気だな。安心したよ」
お父様にハグしてもらって、すっかり気分が良くなる。
お父様とは、わたしが寝込んでいるときにお見舞いに来てくださったとき以来だから、ふた月とか経っているのかな。
わたしはログハウスのお礼を言って、どんなに快適で素晴らしいかを語った。
モードさんが仕事で留守なことを伝え、パズーさんたちにもお父様を紹介した。ぴーちゃんもなぜかやってきて、しきりに頭をだし、お父様に撫でてもらうと嬉しそうにした。
で、まだ外だったことを思い出して、侍従さん共々慌てて中に案内した。
家の中に入り、テーブルについていただく。お茶を用意して、ルークさんを呼んだ。
お父様にルークさんを紹介する。
ルークさんは胸を拳で2回叩き、礼をとった。
「モード様が不在の間、ティア様の護衛を請け負いましたルークと申します。前竜侯爵様にお会いできて光栄です」
「ほう、君、だね。うちの者がいつぞやは仕掛けて悪かったね」
「いえ、私の方こそ、申し訳ございません」
ん?
「それでどうだね? うちは合格かね?」
「王家に負けぬ護りでございます。安堵いたしました。ただ中は磐石でも、いささか外部の動きにお優しすぎるのでは。西の鳥が何やら囀っているとか」
お父様が少し目を大きくした。
「そうか、ありがとう。中でも掴めていない情報を。君は優秀なようだね」
「恐れ入ります」
なんかわたしのわからない会話をしている。
クーとミミはちゃっかりお父様の膝の上でなでなでしてもらっている。
侍従さんたちにもお茶とお菓子をだし、わたしはテーブルの方へ舞い戻る。
わたしの後ろにルークさんが立ったが、お父様に君も座りなさいと言われ、わたしの隣に腰掛けた。
「モードさんにご用でしたか?」
わたしが尋ねると、お父様はふっと息をついた。
「モードが留守にしていると聞いて合点がいったよ。王都からの呼び出しがあってね」
「呼び出し、ですか?」
「モードの婚約者を一度見せに来るように」
モードさんの婚約者ってわたしだよね? 見せに? 侯爵家に命令を出せる存在、それは……。
「王宮に連れて来いとね……」
スタンお兄さんが王様に呼び出されて、直接言われたそうだ。末の子に婚約者ができたそうじゃないか。私は紹介されていないぞ?と。
お兄さんは、わたしの身分が低いことを理由に断ろうとしてくれたそうだが、騎士を迎えに出すことも可能だがと言われ、こちらからご挨拶に参りますという流れになったそうだ。
お父様はスタンお兄さんから手紙をもらい、事情説明に来てくださった。
「王は、どこぞで聞きつけたか、ティア、君を直接ご覧になりたいようだ。モードがいないことも調査済みのようだし。……命令に背くことはできない。ティア、王のところに行くぞ」
覚悟を決めた顔でお父様がおっしゃる。
後でウォルターお兄さんがこちらに来てくださって、スタンお兄さんの家に飛ぶことになっているそうだ。
用意をするよう言われて、わたしはパズーさんたちに留守にすること、ぴーちゃんのことなどお願いするのに奔走した。わたしがいない間、寮のご飯はどうしようと思ったのだけど、みんなそこそこ自炊の経験があるので心配はいらないと言われる。契約違反になっちゃうと言ったけど、いつもが十分なご馳走をいただいているので、問題ないですとみんなに優しい言葉をかけてもらった。ぴーちゃんにもしばらく留守にすることを告げた。パズーさんはテイムのレベルも高いみたいで、ぴーちゃんとも契約せずとも意志の疎通はできていて、だから何かあったらパズーさんに強請るからいいとのことだ。
そういえば、服は? 王様に会うっていったら、なんかちゃんとした格好しないとだよね?
なんて焦ったが、そこら辺は全部みなさまが段取りしてくださっていた。
わたしの王都での服などは、ご実家からミリセントお姉さんが用意してくださってウォルターお兄さんに渡り、スタン家へ。王宮へのドレスは王都に行ってすぐに買いに行くようだ。わたしの付き添いは現侯爵のスタンお兄さんと、前侯爵のお父様。護衛はルークさんにお願いすることになった。
ルークさんにもバタバタになってしまい、一応謝っておく。
「あなたは王族の気に留まるスキルでも持っているんですか?」
「そんなスキルがあるなら、ペリッと剥がしてぐしゃっと潰して薪にでもくべてやるわ」
ルークさんからの視線を感じる。
「何?」
「本当にやりそうだなと思いまして」
「もちろん、本気」
ああ、もう、めんどくさい!
一張羅のワンピースに着替え、見せかけのバッグと籠を持ち、準備は完了だ。
ウォルターお兄さんが来るまで、待機だ、わたしはお茶をいれる。
「この家にもすっかり馴染んでいるようだな」
わたしは改めてお礼をいう。とても居心地がいいし、楽しく過ごさせてもらっている、と。
お祝いは何がいいと尋ねたらきっとわたしたちは遠慮すると思って、勝手にやらせてもらったとお父様は微笑う。
わたしはこんなふうに祝っていただけると思っていなかったことを正直に告げた。
なぜと問われたので答える。
「ローディング家は侯爵家です。モードさんだって冒険者でもやはり貴族です。ですから、弟子としてわたしを可愛がってくださることはあっても、モードさんとの結婚は許していただけるとは思いませんでした」
モードさんと一緒にいたいけれど、それはご家族からは歓迎されないのではと思っていた。そのことでモードさんがお家に帰りにくいとかなったらどうしようと、あんなに優しくしてもらったご家族に恩を仇で返すことになるのかと思ったりもした。それでもだからってモードさんから離れようとは思えずに、考えないようにしながら時折思い出していた。
「ティアは聡いから考えすぎてしまいそうだ。だから私も本当のところを話すとしよう。最初に言っておくが、わたしたち家族はティアのことが大好きだ。だから、モードとのことがなくても養子に取ってローディング家に迎えたいと話していた。モードがティアのことを溺愛しているのは見て取れたが、ティアはまだ若いし、モードのことも雛が親鳥に懐くように見えたし、モードもそういう体を取っていたから」
溺愛って何? どこでそう思われたのか切実に聞きたい。
「そんな折、あの子が通信を寄越してね。私とスタンに話があると。ウォルターに頼み、わたしたちは一堂に会した。そこでモードが言ったんだ。生涯をかけて護りたいものができた、と。うちが護りの侯爵と呼ばれているのは知っているね?」
わたしは頷く。
「だからうちでは『護る』というのは禁句のような、軽々しく口にしてはいけない言葉となっている。口にするのなら、それは覆すことのない決定事項で、口にしたなら徹底的に守り通すのがうちの慣わしなんだ。モードが君を生涯かけて護ると誓った。私はもちろんそれを応援するよ。モードは冒険者で身分など関係ないが、私たち家族はそれに縛られる。だからティアが貴族ではないことで、貶められたり嫌な思いをすることがあるやもしれないと思った。だから、貴族の養子にしてからの婚約にした方がいいのではないかと進言はした。私と家内はそう思っているが兄弟たちは兄弟で何やら想いがあるだろうから、強制させてはいない。けれど、やはりみんなが祝ったようだね。それを聞いて、私もいい子供たちに恵まれたと幸せな気持ちになったよ。私たち家族はみんな君のことが好きなんだ」
う、嬉しすぎる。そう噛み締めていたところにウォルターお兄さんが現れて、王都へ飛ぶことになった。
瞬きをすると、違う景色だった。自分が動いた感じも運ばれた感じもしなかった。印象として、外側が変わった感じ。ウォルターお兄さんの転移はすごい。ただ、その後にちょっと乗り物酔いした感じになる。
「ようこそ、いらっしゃいました。お義父様ご無沙汰しております」
キリッとした感じの迫力美女だ。
お父様と少し話し、わたしと向き合う。
「こちらがモードさんの婚約者ね。お会いできて嬉しいわ。ダイアナです」
わたしはワンピースでカーテシーを試みる。
牧場のお家にはドレスなんて持ってきてないからね、このワンピースはモードさんが買ってくれた外出着で一番いいものだったのだが、お家にわたしがそぐわなすぎる。
「ティアと申します。滞在をお許しいただき、ありがとうございます」
と後ろの扉が勢いよく開く。
「お祖父様、いらっしゃい。こちらが叔父上の婚約者か。本当に俺らと変わらないくらいだな」
「ビルドー、失礼ですよ」
スタンお兄さんの小型版がいた。
ビルドーと呼ばれた少年は、胸に手をあてて、わたしに礼をとる。
「初めまして、叔父上の婚約者殿。第二子のビルドーです」
わたしもカーテシーで挨拶をする。
「初めまして、ティアと申します」
ニヤッと笑っていて、下手くそだなと思われている気がする。事実だけど。
「お爺さま、なかなか来てくださらないから寂しかったです。後でお話をさせてください!」
お父様も目を細めている。仲良さげでいいじゃないか。
「ティアさんは、お疲れかもしれませんが、早速ドレスを買いにいきましょう。その前に、こちらにいらして。ミリセントさんからドレスが届いてますの。こちらに着替えてくださる?」
「はい」
クーとミミはお父様に預けた! 帰ってきた時には、お屋敷の方々みんなに可愛がられていたのもいつものことだ。
皆さんにお辞儀をしてダイアナさんについていく。バタバタだ。メイドさんたちにあっという間に着替えさせられ、髪も整えてもらい、お化粧もしてもらって、ダイアナさんとドレスを買いに行く。
もう、思い出したくない時間だった。護衛のルークさんも絶えず男性側の意見を求められて、わたしたちはものすごく疲れた。ダイアナさんはミリセントお姉さん以上だった。平民の子を王様に会わせても失礼がないくらいに飾り立てることに使命を感じ、お店の人と意気投合し、あちこち着せてもらい、土台を選ぶと、そこからわたしの体に合うようにそのまま縫ったり、切ったり、飾りをつけていったりと、職人技を披露してくださり、そりゃもう豪華なのに品がよく、見かけがパッとしないわたしが華やかになれるぐらいのドレス姿にしてくださった。
終わった時は削られていた、精神力が。それは滅多に表情を変えないルークさんも同じだった。
でも、これも全部わたしのためだもんね。申し訳ないぐらいだ。
ドレスは最後に調整をして夜までには届けると言ってくださって、わたしはお屋敷に戻った。そこから、エステだ。そんな名前じゃないけど。お風呂でふやかされ、手厚いマッサージを受け、いい香りの香油を塗り込んで、軽い食事をいただいて、早くに寝かされた。
明日の昼前の謁見だそうだが、朝5時起きを言い渡された。
あまりに目まぐるしくいろいろありすぎて、ボーッとしていると、ルークさんが横にいた。
「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「この世界の女性って大変だね。ルークさんも今日はお疲れさまでした」
体を起こそうとすると止められた。ルークさんは籠の中ですでに寝息を立て始めたクーとミミの頭を撫でる。
「この屋敷も護りは万全のようです。安心してお眠りください」
「そうなんだ。だったら、ルークさんも休んでね。休めるときに休んでおかないと体もたないから」
ルークさんは苦笑する。
「ハナ様、素性は決められましたか?」
「素性?」
「ええ。どこ出身で、モード様と会うまでどのように暮らしていたのか」
!
「そ、そんなの忘れてた。王様に言いたくないは通用しないよね?」
「処刑されたいんですか?」
なんでそんな物騒なこと言うかなー?
「どーしよ」
まともな言い訳なんか思い浮かばない。
「王族に嘘をついたり、嘘をついたことがわかってしまった場合、罰を受けます。ハナ様はハーバンデルクに興味を持たれたことはわかっていますか?」
「冒険者ではあるけれど侯爵家のモードさんが平民と婚約したから?」
「いえ、奴隷狩り壊滅に女性でありながら立ちまわり、帝国でもあなたの奪い合いでいろいろあったでしょう?」
「奪い合いって、帝国を貶めた魔女にされそうになったのと、帝国の聖なるなんとかのあれ?」
どっちも押し付け茶番じゃん。それにひとつなんかあれ、囚われたら処刑行きな感じだったよね。そっちの方向でも奪い合いとかいうんですか?
「あなたにそれだけ何かしらの価値があると思われているんですよ。だからモード様のいない時を狙ってあなたを呼び出した」
何かしらのね、ええ。悪い方面もね。
そんなトゲトゲした言い方しなくてもいいと思うのだが。
「もし特異性を見出されたら。異世界人だと知られたら。おそらく囲われて、モード様とも二度と会えないかもしれませんね」
そこまで言う??
「それくらい危ういところにいることを自覚していただきたいのです」
そう、逃げないと決めたのだから、ちゃんと考えよう。ハーバンデルクの王室は、わたしが異世界人と知ったら本当に囲ったりするだろうか?
ハーバンデルクはモードさんのお家が属している国だ。モードさんのお家はハーバンデルクを護っている。神獣である黄虎も護っている一員であるんだろう。ハーバンデルクの王室がそんな悪いところとは思わない。けれど、わたしが呼び出されたのは、モードさんがいない時だ。それは不安材料になる。モードさんやモードさんのご家族にはいい国であるけれど、わたしの素性が知れても放っておいてくれるかはわからない。
話すかどうかも、モードさんと相談して決めたい。だから今はまだ話せない。様子をみたい。
わたしは唇を噛み締める。
「状況を理解してくださったようなので、王子からの伝言です。素性を言わず、嘘もつかなくてもいい秘策を授けよう。貸しひとつだ。だそうです。どうなさいます?」
「なに、王子はこうなることを予想していたってわけ?」
わたしがハーバンデルクの王族に呼び出されるのを。
「帝国でのお茶会の様子は、遠くの国々にまで知れ渡ったみたいですよ。主に聖女様のことを知りたいからですが、ハナ様のことも面白おかしく伝わってるみたいです」
面白おかしくってなに? めっちゃ、気になるんだけど。ひどい。わたし、被害者なのに。
「貸しひとつで」
そう告げると、ルークさんは無表情で頷いて、そして説明を始めた。
お読みくださり、ありがとうございます。
211214>ウォールター→ウォルター
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220508>ふやかさられ→ふやかされ
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220508>小型化→小型版
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m
220508>慣し→慣わし
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220508>仕切りに→しきりに
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




