124話 試練
今日は雨が降っている。雨が降ると、外でできることはまだ少ない。
陽気がよくなる春からにするつもりだったが、ぴーちゃんもいるし人も雇ったので、わたしたちはエーデルのお家に移り住んだ。アイテムボックスにはいろいろ入っているし、お家の中は皆様が揃えてくださったので、市場でご飯の材料を買えれば問題なかった。
みんなで仕事を考え、分担しながら、試行錯誤だ。夢は勝手に膨む。どうしたら、いつかそうなれるだろうかと、少しずつ形にしていく。
3人とも真面目にひたむきに仕事に取り組んでくれていて、手先も器用なことから、コッコやホルスタが増えてもやっていけそうな気がする。魔物まわりのことはパズーさんがリーダーに。畑まわりはケイリーさん、その他のことはペクさんが取り仕切る形に自然となってきた。自然の牧草地ではあるけれど、何かあったときが怖いので、ぴーちゃん用の牧草、穀物など購入しているのだが(ぴーちゃんは雑食)、そういった物や消耗品の発注などパズーさんが絶えず気にしてくれていて、そこもありがたい。ケイリーさんはあっという間に畑の面積を増やして、馴染みの野菜を植えてくれていた。ペクさんは、洗濯竿など作ってくれて、日常のことも回るようになってきた。
朝ごはんの後、いつもとは違い、テーブルでお茶を飲みながら、モードさんとお話しする。みんなは寮に戻ったので、わたしとモードさんと黄虎とクーとミミしかいない。結婚するまでは寝室は別なのが当たり前なそうなので、部屋は別だ。モードさんと仕事以外のことをゆっくり話すのも久しぶりな気がする。クーとミミは寝そべった黄虎を滑り台にして遊んでいる。黄虎は優しいなぁ。
ぴーちゃんの話からの流れで、クーとミミとの契約はどうしたんだと尋ねられ、契約はしてないというと驚かれた。でもまぁ、自分と黄虎もそうだから納得したみたいだ。クーとミミとの再会時の話になり、ベッドの上でご対面の話をした。ベッドの上とは?と尋ねられるままに答えていく。
「盗賊に殺されそうになったってお前、俺は聞いてないが?」
「……そうだっけ?」
まだあの時はアルバーレンとの関わりを話すことができなかったから、飛ばしたんじゃないかとアタリをつける。帝国からオーデリアに戻った時のことを話すと、モードさんはおし黙った。
確かにあれも思い出すのが嫌な出来事ではあった。ただ、実際、怖さが頂点に達したところで気を失っていたし、その後にあった出来事のなんやかやの方が、胸にくることだったので、わたしの中では盗賊のことはどうでもいい位置づけだ。
あれ、どうしたんだろう? じっと見ていると、顔をあげる。
そしておもむろに頭を撫でてくれた。
「ルーク、出てきてくれないか?」
え? ルークさん? 今はモードさんもいるし……。
どこかで見守っていると踏んでだろう、モードさんがルークさんに話しかける。
迷うような一拍後に、ひらりとルークさんが舞い降りた。
「お呼びでしょうか?」
呼んでみたものの、モードさんは本当に見えはしないが部屋の中にいたことに驚いている。わたしも驚いた。
「……なるほどな。いつまでだ?」
モードさんが尋ねる。いつまで?
「出立までです」
ああ、そういうことね。危険区域出立まで、護衛というか見張りを言い渡されたんだ。
「なんだ、いるならいるって言ってくれればいいのに」
わたしがいうと黙礼する。
「ご飯どうしてたの? ご実家だと難しいけど、こっちだったらご飯ぐらい一緒に食べてよ」
わかっていれば、ご飯を作ったのに。細々と携帯食でも食べてたのかしら。
そういうと目をパチパチさせている。
「出立はいつぐらいになりそうだ?」
「今旅に慣れていただくために、まず大陸内をまわっていただいています。やはり2日ないし3日で熱が出て起き上がれなくなられます。回復まで1週間以上かかり。危険区域では何が起こるかわかりませんから、行って、すぐ帰れるかもわかりません。万全を期すために、まずオーデリア大陸の国をまわって旅に慣れてもらい、状況が良くなればカノープスに渡ろうと思っています。そこでもすぐに危険区域に行くのではなく、いくつか国をまわり、行くつもりです」
そうなのか。わたしはてっきり、みんなで転移したり、魔鳥みたいなもので危険区域にバビューンと飛んで儀式みたいのをして、瘴気を鎮めるパフォーマンスをやるのかと思っていた。
「ご回復があのように遅いと、半年以上かかるかもしれません。ハナ様はどのようだったんですか?」
「こいつはまとめて熱を出すタイプだな。やはり無理をするとすぐに体にくるみたいだ。回復は1週間以上の時もあれば、4日で起き上がれた時もあった。でもそれも移動は歩いていなくてだ」
ルークさんにちろっと見られた。
「自分のペースを崩さないといいかも。わたしは歩くのが遅いし小さかったからだけど、大体3倍の日数かかったよ。それぐらいゆるりとしてないと慣れるまでは辛いかもね」
ルークさんが頷く。
「頼みがある」
モードさんの声が響いたように感じた。
「主人持ちですので聞けるかどうかはわかりませんが、なんでしょう?」
「3ヶ月ほど、家を空けたい。ティアを守ってもらえるだろうか?」
え?
「3ヶ月って、なんで? どうして?」
どこか行っちゃうの? 聞いてないよ。詰め寄るわたしを手で制する。
「あなたに言われなくても、主の命によりハナ様はお守りしますが。どこへいらっしゃるんです? この時期にハナ様を置いて」
「俺は冒険者ギルドに属している。Aランクだと、強制依頼があった時、何をおいても駆けつける義務が生じる。肝心な時に強制依頼がきたら、悔やみ切れないからな。昇進試験を受けてくる」
「ということは、SSランクへですか? 自信は?」
「わかっているのは、それにも受かることができなければ、こいつを守るのは難しいって事だ」
そう言って、モードさんはわたしの頭を撫でた。
わたしは2階のいつか寝室になる部屋に、話をするためにモードさんを引っ張り込んだ。
寝室と決めた翌日には大きなベッドが届いていた。そのベッドに腰掛ける。
「ねぇ、モードさん、ランク上げって必要?」
モードさんは隣に腰掛けたわたしの鼻を摘み上げる。
「上に行くだけ、大きな責務を負うことにはなるが、Aランクよりは自由がきき、俺の権限でできることが増える」
そりゃそうなのかもしれないけど。
「前から打診はあったんだ、最高ランクにならないかと。でもあの頃は興味なかった。人にもそんな興味なかったしな。でも、今、護りたいものができた」
淡い水色の瞳がわたしをみつめる。わたしの手をとる。
「どうする、その間、実家に行ってるか?」
わたしは首を横に振った。
「牧場を形にしていくよ」
そうか、とモードさんが頷く。
わたしはモードさんと一緒に生きていきたいけれど、寄り掛かった生活をするのは嫌だった。自立した上で、モードさんと一緒にいたいのだ。だから3ヶ月も離れるの嫌だよとか駄々をこねてはいけない。でも寂しい。
「寂しいか?」
「寂しい」
「俺もだ。ここは俺とお前の城だ。俺がいない間、ここのことはお前に任せる。しっかり守れるか?」
わたしは大きく頷いた。安心してモードさんに旅立ってもらうために。
「しっかり、守るよ。わたしとモードさんの牧場だからね!」
そういうとモードさんは破顔した。
「お前は俺が強いと思うか?」
わたしはもちろん頷く。
「うん。モードさんは誰よりも強くて、最強だから!」
モードさんは顔をくしゃっとさせて笑う。
「お前がそう思ってくれるなら、たとえ誰から否定されても、俺は強くいられると思う」
そういって、わたしの掌に愛おしそうに口づけを落とす。
わたしはモードさんに抱きついた。モードさんを補充しておかなければ。
モードさんは硬派な印象があるし、わたしもイチャイチャする柄ではないので、そう甘い展開がやってくるとは思っていなかったが、それ以前に案外ふたりきりになることはなかった。大体クーかミミが一緒にいるからだ。
そしてたった一度軽くちゅっと口づけをしているところをクーとミミに目撃された結果、クーとミミはわたしたちの口にちゅっと挨拶をするようになった。それを見たお屋敷の方々の生温かい視線ったら!
言葉にすると余計興味を持って長引かせることになるので、クーとミミのブームが去るのをひたすら待っている。
というわけで、こうやってふたりになれる機会は少なく、これからモードさんがしばらくの間いなくなるので、貴重な時間なのだ。
うわっ。
モードさんがわたしを抱き上げて、膝の上に横座りをさせる。見上げると水色の瞳が心配げにわたしを見ていた。おでこを合わせてコツンとされる。おでこにちゅっとリップ音。
「俺がいない間に、危ない目にあうなよ? せめて俺の目の前でなら何をしてもいいから」
顔を上げようとすると、目尻にほっぺに、キスが落ちてくる。
シュタタタタタタタタタッ。
あ。
ドアの隣にある、クーたち用のちっちゃな出入り口からクーとミミが滑り込んできた。
くっついているわたしたちを見ると、混ざらなきゃと思うみたいで、一目散にわたしの胸に飛び込んでくる。
『にゃにしてりゅの?』
『にゃにしてたんだ?』
「モードさんを充電してたの」
『じゅうでん、わたしもしゅるー』
『俺しゃまも!』
充電の意味は知らないだろうに、面白そうと思ったんだろう。わたしと同じようにモードさんにしがみつく。
モードさんはふたりとわたしを丸ごと抱きしめてギュッとしてくれる。
「クー、ミミ。俺はしばらく留守にする。その間、ティアを守ってくれるか?」
『モード、どっかいきゅの?』
モードさんは頷く。
『俺しゃまはティアを守るぞ』
『わたしだって!』
そういったクーとミミのおでこにキスをして、わたしのおでこにももう一度キスしてくれた。
次の日、モードさんと黄虎を送り出して、わたしはわたしの普段の生活に戻る。
やることはいっぱいあるのだ。
「モード様は覚悟をお持ちですね」
ん? とわたしはルークさんを振り返る。
「Sならまだしも、SSランクは50年に一度ひとり出るかどうかの逸材でありますしね。それだけの力があるということは、それだけのことを要求されもします。相当な覚悟がなければできません。すべてはあなたのためですよ、ハナ様」
わたしのため? 嬉しいような不安なような。変な感覚でルークさんをじっと見た。
「それにオーデリアの前SSの方は試験に半年費やしたとききます。それを3ヶ月とは自分にも厳しい方だ。確かにそれぐらいでないと、あなたを守るのは難しいのかもしれませんね」
「……わたしはそんな危険人物じゃないよ」
側室聖女や聖女の子供疑惑からも外れた筈だし。
「……そうですね。むしろ危険人物なら、その方が心配ないのですが」
ルークさんは大きなため息をついた。
みんなにルークさんを紹介する。
モードさんが留守にするので、その間手伝ってくれることを告げる。
ルークさんがギョッとしているけど、いや、働いてもらうよ。少数精鋭なんだよ、ここ。
みんなペコリと頭を下げる。
クーとミミと一緒に、ぴーちゃんにおはようの挨拶するために歩き出していたので、ルークさんが目を合わせた誰かに、わずかに眉をひそめていたことをわたしは知らなかった。
お読みくださり、ありがとうございます。
211205>少数先鋭→小数精鋭
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




