122話 牧場のススメ
4章始めました。
どうかお楽しみいただけますように。
視界にはいるこの土地全て? 山裾まで草原は広がっている。
うっすら雪の積もっているところもあるが、その下には色の薄い緑が見えた。
「ほんと? ここ全部?」
モードさんは頷く。
「けっこう広いだろ。どうだ、嬉しいか?」
うん、とわたしは頷いた。2方向は山裾だ。とにかく、広い。
クーとミミが肩から地面にダイブする。
『ここがお庭にゃの?』
「そうだって、ミミ。広いでしょ?」
『俺しゃまは家のにゃかが見たいぞ』
「よし、中に入ろう」
モードさんがわたしたちを促す。
ここはローディング家のエーデルと呼ばれる領地だ。最北には山脈が連なり、攻略不能の自然の要塞と言われている。雪深い地域で、雪の中ここでしか咲かない花がある。その真っ白のエーデルという花にちなみ、そう呼ばれているそうだ。特産品のひとつがこの花で、香りが強く、特別な手法で殺菌作用を抽出することもでき、石鹸に使われている。モードさんが好きな石鹸だ。きっとこれで、熱から守ってくれる膜ができる石鹸って思ったんだね。それを思い出すと、可愛らしくてニンマリ笑いそうになる。まさに一番寒い時に見事に咲き誇り、スーッとするけれどどこか甘い香りに包まれる。その花が咲き誇る一帯を含めてふれあい牧場として買うことにした。わたしとモードさんの共同出資だ。
帝国から帰ってきて、モードさんはすぐに動いた。帝国に行っている間にお姉さんやお兄さんたちが話をつめていてくれて、ふれあい牧場はローディング家の領地内でならできることとなった。テイマーがテイムすること。魔物が敷地内から出ないよう結界を張ること。そこらへんは細々した決まり事があったが、領地内で魔物を飼うのだから、それぐらいは想定内だ。
お父様やお母様が、土地をいくつか選んでくださっていて、それらを見てまわり、モードさんがここに決めた。わたしはその間、何をしていたかというと寝込んでいた。高熱が3日続き、その後もぐだぐだと起き上がれなかった。起き上がれた時、わたしは17歳になっていた。見た感じ何も変わらず。今回は1歳のアップなのに、かなり体には辛かった。
やっと起き上がる許可がモードさんからおりても、1番の寒さが遠のくまでは外出は禁止だった。雪がすごくて出られなかったこともあるんだけどね。こちらでも5歳まで生きにくいように、わたしが再構築されてからまだ1年しか経ってないからじゃないかという見方をいってみたら、モードさんもそう思ったみたいだ。
雪にはクーとミミは大喜びだった。雪兎を作ってあげるとさらに喜んだ。けど、ちょっと庭に出たことがバレてモードさんには怒られた。何度も体調が悪くなるところを見られているし、回復は遅いし。ステータスを知っているから余計に心配をかけてしまっている。
閉じ込められるような雪は『こもり雪』と呼ばれ、大体2月、海月の半ばまで降る。今年最後のこもり雪だろうというのが溶けたところで、外出の許可も出て、ここに連れてきてくれた。今日は見に来ただけで、暮らすのは陽気がいい春になってからだ。
敷地自体もかなり広いが、ログハウスのようなお家が広いしまた可愛い。
家以外にも、魔物たちが寝るための厩舎ももうあるし、もうひとつアパートみたいな作りがあり、何かと尋ねれば、従業員の住むところだという。
家に入るとまず雪落とし部屋がある。雪深い時に外から帰ってきて部屋に入っちゃうと濡れるから、こちらの地方ではまず雪落とし部屋があるのが普通だそうだ。体に積もった雪を払い落とし、上着や濡れたものはここで脱いで乾かす。
扉を開けると居間があり、大きな暖炉がある。うわー、これ憧れてたんだ。テンションが爆上がりだ。暖炉の火でミルクを温めたり、チーズを炙ったり。ロッキングチェアとかあったら、素敵。そこで編み物するとか! 絶対作ってもらおう!!
キッチンもお風呂も呆れるくらい広い。おお、ウォルターお兄さん特注の氷室がもうある。素敵! 収納スペースがいっぱいあるのも嬉しい。広々とした部屋がいくつもあり、二階にもいくつも部屋がある。もちろん一階にも二階にも、トイレは完備だ。
「気に入ったか?」
「もちろん! 素敵! でもさ、これ予算オーバーしてない?」
牧場は折半で買い、折半で運営していくことになっている。最初はモードさんが全部買うと言い張られたけど、なんとか聞いてもらった。頑なに言ったものの、わたしには資金がないので、モードさんに借金をしている形で、お金が入った時と、毎月の収入から返していくことで話はついている。でも、この広さ、そして建物の数々、オーバーしまくりじゃないかと思える。
「オーバーはしてない。なぜなら、ほぼ婚約祝いなんだ」
「え?」
このわたしたちの家はお父様とお母様からのお祝いだという。
婚約祝いが家って。
こっちってお祝いで家建てるとかありなのか?
厩舎はスタンお兄さん。
従業員の寮はレノンお兄さん。
ゼノお兄さんからは家具一式。
ミリセントお姉さんがお風呂で、ウォルターお兄さんが氷室である冷凍庫と冷蔵庫。
ディアーナお姉さんが池だ。
オーブンはお屋敷の従業員一同さんたちから。
うるっとくる。
どんなお礼をしたら、気持ちに報いれるんだろう?
って知らなかったから、お見舞いに来てくださった時に、このことのお礼はひとつもしていない。
本当のところ、婚約は設定だと思っていた。あの場で身分が低いのはわたしだけだった。身分が低いと人としての扱いを受けられないことがある。その救済処置としてモードさんが抱え込んでくれたんだろうと。
でもそれはお家をちゃんと通した約束事になっていて、もし、それでもごたつくようだったら、わたしの養子先も用意されていたようだ。わたしからの依頼なんて言って始めたことだけど、結局わたし一人では何もできず、本当にいろんなところから、いろんな人から守ってもらって、わたしは無事に帰って来られた。そのことで証明されたように何もできないし、素性も言えなくて、怪しいこの上ない。
モードさんは貴族だ。冒険者になったといっても、やはり貴族であることは変わらない。ご家族はわたしを可愛がってくれたけれど、それは弟子だからであって、伴侶となったら話は違うんじゃないかと思っていた。それがこんなに祝ってもらえるなんて。
2階で一番大きな部屋の窓を開けてみる。風が通る。
「寒くないか?」
モードさんがショールをかけてくれる。
「大丈夫だよ」
気持ちを受け取って、ショールで温まることにする。
「結婚したらこの部屋を寝室にするんでいいか? 他の部屋でもいいけど」
「この部屋がいいな」
こちらの大陸に帰ってきてから時折飛び出す結婚という言葉に、いつもどきどきしてしまう。
屋敷の中をすごい勢いで走って探検しているクーとミミが部屋に入ってきた。
『ティア、おふりょ見たか? しゅごいぞ』
『おしゃかなな人がいりゅのよ』
「見た見た、広いよね。お魚の人は人魚っていうんだよ」
人魚が貝の上に微笑んで座っていて、人魚が抱いている宝珠からお湯が流れ出て、湯船に溜めるようになっていた。広いだけじゃなくて、所々にいろんなあしらいがあって、すっごい素敵なのだ。
窓から外を見渡すと、外の池で黄虎が遊んでいるのが見えた。神獣はお水が大好きだ。寒くても関係ないらしい。クーとミミは寒がりだけどね。さすが猫? あ、でも雪には飛び込んでいくな。あれは子供だから?
せっかくここまできたので、家と池の間に木を植えていこうと思う。
オリーブの木を植えるのにスコップで穴を掘っていると、竜人のバラックさんが飛んできた。わたしが一番初めに見分けのついた竜人さんだ。背中が大きくあいた服を着ている。ソングクがデザインしたものだという。翼をたたむと、首に巻きつけていたマントをシュシュシュとといて背中を覆わせる。翼を出せるような服を着るようになって気づいたそうだが、翼を出している時は背中はあまり寒さを感じないらしい。折り畳めるマントを重宝していて、それを首に巻いておけば、飛ばない時の寒さも問題がないらしく、冬でも飛べるようになった竜人さんはよほど嬉しいのか、下界によく遊びにくるようになり、モードさんのお屋敷にも訪れるようになった。
寝込んでいた時もよくお見舞いに来てくれた。珍しい物や、美味しいものを持ってきてくれたりもした。体調が悪い時にスープを持ってきてくれたこともある。飲んですぐにわかった。体が喜ぶ優しい味付け、チャーリーだ。チャーリーのスープだ。一度、連れてってやろうか?と言われた。心は揺れたが、ありがたく断った。聞かれはしなかったが、何か感じたのかそれから、アジトの何かを知らせてくれたり、わたしの作ったものを持っていってくれたりしているみたいだ。
オリーブを一緒に植えてくれたのだが、なっちゃいないと言われた。モードさんに、こいつは土仕事がいい加減すぎるから、ちゃんとできる者を雇った方がいいぞとチクられた。
モードさんも冒険者は続けるし、わたしも出かけたりするだろうしということで、人を雇うことにした。元々雇おうとはぼんやり思ってはいたんだけど、料理を販売するようになった時に雇うんでいいと思っていたのだ。最初はわたしでできることはわたしがやるつもりだった。
でも、確かに最初から一緒に作り上げていった方がいいかもしれない。従業員の寮もしっかりあるしね。テイムはわたしもできるけれど、まず最初はテイマーがひとりと、魔獣の世話、農作業のできる人、それから修繕などもできる人、料理系はまだ始められないが、魔獣を飼って飼育していく環境を整えるのに3人雇ってみようということになった。
読んでくださり、ありがとうございます。
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ワクチン2回目で予想がつかず、ご容赦くださいませ。
220508>背中を覆わす→背中を覆わせる
ご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m 修正しました。




