121話 聖女と魔王と供と勇者と
第4章、プロローグです。
勝手極まる気分が悪くなるような思想と残酷な表現が含まれる、昔語りとなります。
ご注意ください。
こちらは飛ばしていただいても、話が繋がらないことにはならないようにするつもりです。
明日、次話を投稿します。
今は昔。
少女はある日、全く知らない場所に連れ去られました。
少女を連れてくる指示を出した、立派な髭をした身分の高い男は言いました。
喜べ、お前は救世主となる瘴気を浄化できる唯人、聖女だ。
少女は元の場所へ返してくれと言いましたが、その言葉は男に届きません。
宝石をやろう。金をやろう。権力をやろう。伴侶をやろう。
少女には全ていらないものなので断りました。
身分の高い男は困惑しました。自分が喜ぶものを少女は何ひとつ喜びません。
少女を喚べたのは奇跡と呼べるほど難しく、時間と根気が要りました。
少女の代わりを連れてくるには、男が生きているうちでは難しいでしょう。
少女は物を食べようとせず、どんどん弱っていきます。
少女が死んでしまったら、世界は瘴気で溢れてしまいます。
身分の高い男は部下に命じました。
絶対に死なすな。何をしてもいいから、少女を生かすのだ、と。
生きていれば、聖女は在るだけで瘴気を浄化できるのです。
あるものは褒めちぎりました。
あるものは暴力で少女にいうことをきかせようとしました。
あるものは何もしませんでした。
少女は悟りました。ここにいては自分が願うことは決して叶わないと。
少女は何もしなかった人を供に、旅をしたいといいました。
身分の高い男は喜びました。十分な路銀を握らせ、何もしなかった男に少女の一挙手一投足を報告することを誓わせ、旅立たせました。
少女は国を回り、禁書に触れました。自分をここに連れてきた術が書かれている禁書を読みました。もっと深く知りたいのに、全ては判を押したように同じことしか書かれていませんでした。共の男は報告しました。少女は禁書を読んでいる、と。
身分の高い男は思いました。帰る方法を探しているんだろう。それなら放っておこう。帰る術など決してないのだから。そして術は高度でそれを成し得る者がみつかったのが奇跡なぐらいでした。身分の高い者は、増え続ける瘴気に怯えていましたから、絶えず禁呪を為せる者を探していました。
少女は変わらず、禁書を読みながら旅しました。少女は連れ去られてから自分に芽生えた力に気づいていました。それは一度行ったところになら、思い浮かべればそこに行ける力でした。けれども皮肉なことに、一番帰りたい場所には飛ぶことはできませんでした。
禁書を隅々まで読み尽くすことで、少女は知識と、古代の呪いをいくつも手にしました。そのうちのひとつが少女の願いを叶えてくれそうでした。
少女は帰れないことを気づいていました。次の願いは死ぬことでした。自分が必要とされているから、自分が死ねばきっとみんな困るのだろうと思ったのです。でも、自分が死んでも同じように誰かが連れてこられたら元も子もありません。少女は世界中の召喚術の記述を焼き払おうと決めました。古代の呪いで原本を消すことで、写された記述も消すことのできる呪いを手にしました。呪いの代償に目がひとつ要りましたが、それで願いが叶うならと少女は喜びました。
少女は旅を続け原本を探しました。長い月日がかかりましたが、とうとう原本をみつけました。
少女は原本を焼き払い、異世界から世界を救う者を連れてくる術は永遠に失われました。少女は片目を失いましたが満足でした。これでやっと死ねる、そう思いました。ところがなかなか死ぬことができません。なぜか助かってしまうのです。それでもいろいろ試しましたが、なかなか思いを遂げることができません。挙句の果てには供についてきたものに助けられ、彼が命を落としてしまいました。
少女は息も絶え絶えの供に尋ねました。「なぜ、助けた? 私がいなくなればこの世界が瘴気で溢れるからか?」供は今際の際に言いました。「いいえ、あなたに生きていて欲しいからです。どうかせめて幸せを感じてから逝ってください」と。少女の頬に枯れ果てたと思った涙が流れました。
世界から世界を救う術が無くなった日、それを知るものは気が狂いそうになりました。これで少女が死んでしまったら、世界はそこで終わりです。
死んでしまったら終わりです。そう、死ななければいいのです。
身分の高い男はすぐに動きました。世界で一番強い男に勇者の称号を授け、魔王を封印するように言いました。決して倒してはいけない、聖女を食べた魔王を封印をするんだと念を押しました。
世界を救う術を消失させた者はもう救世主ではありません。救世主の皮を被った魔王だと男は本気で思ったのです。
勇者は片目の魔王と対峙しました。勇者は封印すると言いました。魔王は殺せと言いました。少女は供の最期の言葉を無視することができず、生きてきました。勇者がやってきて、自分はやっと死ねると思いました。そして気づきました。供の最期の言葉で、自分は幸せをもらったのだと。だからもう死んでもいいだろうと。
ところが、勇者は自分を殺すのではなく、封印すると言いました。それは嫌でした。朽ち果てた亡骸になりながら、この世界のためになるなんてごめんでした。少女は自分の定めを呪いました。逃げようかと思いました。でも結局死ねなければ追いかけられ続けるのだと思いました。どんなに願っても自分は封印されるのだと悟りました。死してもなおこの世界のために在らなければならないなんて。封印される前に少女は禁呪の力を借りて、新たな禁呪を生成しました。
私の封印を解け、さすれば、どんな願いでもひとつだけ叶えよう。封印を解くには大量の供物を捧げよ。私の犠牲の上に成り立った命を。少女はいつか誰かが願いのために自分の封印を解いてくれることを未来に託しました。
勇者は魔王を封印しました。魔王が食べた聖女は、死んでからもなお、人々のために瘴気を浄化しています。魔王を封印した地は、決して溶けることのない氷で閉ざしました。幾重にも氷で閉じ込めて、何人も入れないようにしました。
勇者は人々から讃えられ、褒美と世界で一番美しい伴侶を与えられました。
名誉なことでした。人々から感謝もされました。でも、どうしても、黒い髪に黒い瞳の哀しい顔を忘れることができませんでした。最期まで殺して欲しいと懇願した魔王。勇者はその願いを叶えることはできませんでした。魔王が生成した禁呪のことを勇者は誰にも話しませんでした。
小さな真っ黒の球根のようなそれを魔王の傍に一緒に封印しました。
今は昔、真実は永遠に氷に閉ざされ、全ては封印されました。
お読みいただき、ありがとうございます。
211202>元もこうも→元も子も
調べて、元出と利子の「元」と「子」なんですね。打ち間違えているけれど子供の子のことだと思ってた;
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220103>根気が入りました→根気が要りました
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
240726>少女には知識と→少女は知識と
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




