116話 組織をぶっ潰せ⑤壊滅
さすがソレイユ、13歳と思えない有能ぶりだ。1日後には、ソレイユの別邸でみんなと顔を合わせることができた。わたしが急にいなくなりウィッグだけが落ちていた事実だけを伝えられ、その後行方不明で心配してくれていたのだろう、感動的な再会ではあったが、緊急を要することもあり、早速会議だ。
けれど、わたしは別部屋で休むこととなった。気の緩みからか体調が悪くなり、熱が出てしまい、起き上がっていられなくなってしまった。黄虎とクーとミミを見張りにつけられ、とにかく眠った。
わたしが拐われて騎士団は探してくれたそうだがみつからず。どうにもみつからないので、騎士団の方から連絡が入った。わたしがいなくなってから5日目のことだったらしい。
下っ端はみんなわたしを探してくれたり拐われたのではと主張したそうだが、上の方の人は、監視の目がなくなって遊び呆けているんだろうと2日は放っておいた。3日経っても帰ってこないし、荷物というかクーとミミを置いてけぼりなので、ちょっとおかしいか?と思うようになり、そして5日目にして王子に報告。余談だが、第3部隊の隊長と副隊長は情報秘匿でヒラにされ、地方に飛ばされたらしい。
モードさんは知らせを受け、黄虎を騎士団の寮に飛ばせた。クーとミミならわたしの居場所がわかるかもしれない、と。クーとミミはわたしの匂いが海からすると言って、黄虎はクーとミミを背中に乗っけて海へと飛んだ。匂いを辿り、結果カノープス大陸に舞い戻った。時を同じくして、ソコンドルの証拠集めはほぼ見通しが立ったところにソレイユからハナの依頼という暗号と共に、わたしが呼んでいると知らされる。帝国に入り指示された屋敷へと赴く。黄虎とクーとミミはすでに到着していた。
船酔いにしては治らなすぎなことを心配されルークさんに診察されて、お腹のアザを見られてしまった。痛みはもうなかったので自分でも忘れていた。蹴られたことを思い出して話すと、ポーションを飲めるぐらいまで回復しろと安静を言い渡された。ルークさんが蹴られたことを話したらしく、みんなから誰に蹴られたとひと騒動になる。奴隷で捕まった時の樽男だと。でもその時蹴られたのは一発だけで、あとはニルスが庇ってくれたことも伝えた。悪いことをしている自覚はあるみたいだけど、悪くなりきれる人ではない。女性にはあれで優しいみたいだし。更生してくれるといいんだけど。
身近な人がひとり必ず残っていてくれたので、わたしは心穏やかに過ごしていたのだが、事態は割と大変なことになっていた。証拠は集まったといってたし、全貌は見えているはずなのに、会議は長いし、みんなわたしの前では明るくしていても、空気はどこか重たかった。だから余計に聞きにくかったのだが。
結果からいうと、奴隷ルートは壊滅に成功して、世界裁判での状況証拠も揃い有罪に持ち込めるだろうということだ。悪事の大親分のソコンドルの貴族は捕まった。貴族を唆した者はその件では捕らえることはできなかった。唆した大物はソコンドルの若き王で、彼は王から引きずり下ろされ別件で捕まることとなった。ソコンドルの王は元王の弟がなり、アークは将軍に戻った。アークは少しも嬉しそうではないが。でも、それもそうだろう。
捕まった王とアークは幼なじみだそうだ。幼い頃より一緒に過ごし、理想の未来を語り合った。それがいつからか、皇太子は瘴気という名の魔物に蝕まれていった。魔王を封印した危険区域近くにソコンドルが追いやられたのは、魔王を手助けした一族だとされたからだ。同じカノープス大陸のものからも蔑まれ、ソコンドルは差別にあっていたらしい。ソコンドルは余計に孤立し、軍事力だけが目立つ国家となっていった。皇太子が心を病んでいったのも、父である王が40代半ばにして亡くなったことも要因であると思われる。王は代々早死にしている。それが魔王を手助けした一族の、そして瘴気の深い地域で暮らす呪いだと揶揄されてきた。若き王は、そんなのは迷信だと豪語していた父王が亡くなったときから少しずつ、ボタンを掛け違えたかのように何かが違っていった。
彼はカノープス大陸に魔王を封印した勇者一行の出身の地、オーデリアを憎んでいた。他大陸と比べてもオーデリアは群を抜いて恵まれた地で、それも気に食わなかった。そこにオーデリア大陸の国のひとつ、アルバーレンが聖女召喚を成功させた。
ソコンドルの王はすぐにまず危険区域であるこの領域に聖女を連れてきて欲しい旨の親書を送った。だが、それは無視される。聖女がいるだけで恩恵を受けていると書かれた、あたりさわりのない返事はきたがそれだけだった。聖女はカノープス大陸だけでなく、アルバーレンから少しも離れようとしなかった。聖女を囲い込み、自分たちだけ恩恵を与ろうとしているのだと思えた。
王は憎しみのあまり古代呪に手をかけた。古代呪は危険区域の氷の壁から時々出てきたもののひとつだった。それを知った将軍アークはやめるよう進言した。古代呪は代償が必要な危険なもので、だからこそ禁呪となったものだからだ。アークは代償を必要とするほどの呪いをかけたいと、憎む心を持った王を心配した。だが、未来を語り合ったかつての友の言葉は届かず、アークは職を剥奪された。
奴隷狩りは古代呪の表の顔だった。奴隷となる民を狩っている者たちは、流行りの聖女の子供と同じ髪と瞳の色の奴隷を貴族に買わせるためと思っていたが、集められたオーデリアの民は供物になる予定だった。
古代呪とは発動したら呪いが完了されるまで決して終わらないものだという。供物を捧げ呪いの種を撒き成就させる。真っ黒の種の古代呪はそんな性質のものだったらしい。王は危険区域を閉ざしている決して溶けない氷を溶かし、その瘴気を全てオーデリアに向かわせ、呪われた地になることを願うはずだった。供物は、成就させるべき対象を囲んだ4つの場所に埋めることで叶う。
オーデリアを呪う為の4つの供物は、オーデリアを囲む、北はオーデリア大陸のハーバンベルクに、東はカノープス大陸の帝国に、南はホロラルド大陸のジェーアマンに、西はティエパメラ大陸のラパウエへ捧げられることになっていた。事が事だけに、すぐに世界議会を通して通達がなされ、供物を捧げられる地の国が隅々まで探したという、その中の南のホロラルドにだけ供物がみつかった。少しだけ救われたのはーーといっても当人やご家族にはそう思えないだろうがーーその大量の供物が、捕まえられた世界で一番ありふれた髪と瞳の色を持つ連れさられた奴隷狩りにあった者たちではなく、何かしらの理由で亡くなった死体が集められたのだと推察された事だろう。
まだ供物にされた奴隷はいなかった。アークが逃すよう算段をつけていた奴隷は保護されていた。途中の密売人が勝手をして、いく人か奴隷商人に売りつけたりもしていたが、世界議会を巻き込んでの大ごとになったので、聖女の子供と同じ色の奴隷を持つという馬鹿げた風潮は白い目で見られ、買った貴族が返したり、奴隷商人が解放をしたりとで、ほぼほぼ奴隷狩りにあった人たちは帰れることになるんじゃないかということだった。
この出来事はカイル王子にも打撃を与えたみたいだ。聖女召喚が、その聖女を他の場所に出せなかったことが、この世界の誰かを苦しめ古代呪という禁呪を使わせるほど憎む感情を生み出させたことに。
「私の覚悟はあってなかったようなものだ。……痛みは重たいのだな」
そう呟きを漏らした王子に、かける言葉はみつからなかった。
そして、もうひとり、アークにも。奴隷狩りルートを潰したかったし、それは後悔していない。奴隷狩りの裏にもっとそんな大きなものが隠されていると思わず、みんなで考えようと言ってしまったが、アークは秘密裏に奴隷狩りを失敗に終わらせて、古代呪もなかったことにしたかったんだ。そこに介入したことで、アークが助けたかった王は世界裁判にかけられることになってしまった。
王は後ろ手で縛られて、ひったてられてきた。アークを見ると目をつり上げ、激昂した。
「裏切り者め。オーデリアの犬に成り下がったか!」
そう言われても、アークは表情を変えず何も言わない。
「あんたの頭はお飾りなの? アークが護りたかったのはオーデリアでも何でもなくて、何かを憎むことでしか生きられなくなってるあんたを救いたかったからでしょ!」
食ってかかると、モードさんの手で口を塞がれた。そのまま、後ろに下がって、俵担ぎされて退場だ。
人々の見えないところでおろされて、モードさんはわたしの目尻を親指で拭う。頭をポンポンと撫でてくれる。
悔しくて哀しい。アークはずっと救いたかったのに。止めたかったのに、間に合いたかったのに。王にひとつも届いてないじゃないか。
アークがたった一人で孤軍奮闘していたのも、人が供物になるのを助けたいからでも、オーデリアを呪う禁呪を止める為でもない。ただ幼なじみの暴挙を止めるためだったのに。心を護りたいからだったのに。
「あいつは大丈夫だ」
モードさんはそう言ってくれるが、わたしにはそう思えない。だって間に合いたかったのに止めたかったのに結局アークが裁判への引導を渡したみたいになってる。
「間に合ったから。止められたから、大丈夫だ」
「間に合ってないじゃん。あの人は捕らえられちゃったし、アークに憎しみがいっちゃってるし。王でなくなっちゃったし」
「人の命をかけてこれだけのことを企んだんだ、傷がつかないことは決してない。それは始める方だってわかっていたはずだ。捕らえられたかもしれないけれど、憎しみ続けることからは解放される。間に合ったんだよ、アークは」
なんか確信している。わたしには納得できないけれど。
アークは新王から国を立て直すのを手伝ってくれと言われて、早々に国へ帰ることになった。
「俺のために怒ってくれて、ありがとな」
わたしが何も答えられずにいると、頭を撫でられた。
「お前のおかげで間に合った。最悪のことにならずにすんだ。ありがとう」
アークは笑う。
「力になれなくて、ごめん」
抱きつくと、優しく受け止めてくれる。
アークはわたしをいっぱい助けてくれたのに。
「お前に言ったこと、撤回する」
撤回?
「お前に会いたくなかったって言ったけど、会えてよかった。お前の怪しげな論理で誘導されなかったら、俺はもし今回防げたとしても、俺ひとりの考えぐらいじゃ、遠くない先で最悪な未来になったと思う」
怪しげな理論って、あん?と思わずにはいられないけれど、撤回は嬉しい。
「俺は俺の力だけではあいつを止められなかったから、世界裁判で裁かれることになったが、そうでしかあいつを止められなかっただろう。だから、お前の提案に感謝している。お前は力になってくれた」
アークは一度ぎゅっと力を込めてから、わたしを放す。そしてわたしをじっと見た。そして小声で言う。
「お前、ソコンドル語もわかるんだな。王族や貴族とも繋がりがあって、騎士団にも潜り込める。お前、何者だよ?」
あの時は反射的に言い返しちゃったからな。わたしはオーデリアの共通語で怒っちゃったけど。
鼻を摘まれる。
「まぁ、何者でもいいか。俺には、無謀なガキのただのリィヤだ。元気でいろよ、じゃぁな」
そう片手を上げて去っていった。
もし禁呪が成就していたら、呪った国はどうなっていただろう? けれど、呪った側にならなくて良かったとすんなり思える人は少ないのではないかと思う。つまり、アークが国に戻るのは茨の道だ。絶対に大変なはずだ。厳しいはずだ。それなのにアークは笑うのだ。人に心を配り、前を見据える。力強く、口の端を少し上げて、困難をも楽しがるように。
アークは強い。わたしはそれを知っているし、信じる。それしかできないや。
ソレイユにもいっぱいお礼をいう。ソレイユが繋ぎになってくれなかったら、うまくは行かなかっただろう。逆に帝国民としてもお礼をいうよ、と言われた。オーデリアを呪う地にならなくて良かったと。それが救いだった。
読んでくださって、ありがとうございます。
211202>何かが違くなっていった→何かが違っていった
まわりくどくなくなった、スッキリ。
こちらに変えさせていただきました。
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220128>俵がつぎ→俵担ぎ
濁らせてるから漢字が変換されなかったんだ。そこで気付け(^^;
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220825>開放→解放
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
(220825修正はすべて開放→解放です)
240128>蔑まされ→蔑まれ
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




