113話 組織をぶっ潰せ②会いたくなかった
暴力的なシーンがあります。ご注意ください。
わたしは信用がないらしい。
3人は指揮を取らないといけないのでそれぞれの現場に赴く。わたしを連れて行くわけにはいかず、かといってひとりで置いておくのは不安らしく、王子の騎士団に置いてけぼりにされた。
他国の騎士団がうろうろしていいのか王子に聞いてみたところ、セイラには貸しがあるからいいらしい。怖い王子様だ。
わたしのことはあるお国から預かった貴族の息子なので危ないことはさせず、だけど絶対に一緒にいて怪我を負わせるなと直々に王子から言葉があったらしい。ということで、わたしは第3部隊に配属され、奴隷狩りを未だ調査している体裁をとっている。相手を油断させるためにまだ掴めていないふりをするのが有効だそうだ。もちろん気の毒だが、彼らは知らないから本気で捕まえようと躍起になっている。
置いていく場所をここに選んだのも、何かすることがないと落ち込むかもしれないと言う心遣いとわかっているので、ありがたく受け取っている。
クーとミミは騎士団の寮ということにしている宿屋の部屋の中だ。ちゃっかり宿屋で働く人にも懐き、可愛がってもらっている。
わたしは騎士さんたちと、隠れ家だったところの探索に向かう。お偉がたなどが散々見回ったあとなので、もう何もないとは思うが、もしかしたら別角度から何か見えるかもしれないという建前だ。第3部隊は貴族の次男三男あたりの甘っちょろいのが多く、勤務はなかなか緩い。騎士の仕事を知らないわたしがいうのもなんだが、給料ドロボーと呼ばれたことがないか疑うべきレベルだ。いいのか、こんなんで? その中でもわたしは王子からの預かりものなので、さらに緩いし、腫れ物を扱う感じだ。
本日訪れたのは、5箇所目にみつけた隠れ家で、ちょうど騎士団の寮と同じ街だったので、そこに行くことになった。付近の聞き込みで、外国語を話しているのを聞いた事があるという情報が入る。それもソコンドル語だという。ソコンドル語だと分かったのもスゴイな。
……ソコンドルか。ブルードラゴンのことといい、奴隷狩りといい、悪さもだけど、それをわざわざオーデリア大陸で犯すというところに、なんか嫌なものを感じる。
「班長に報告に行ってきます。すぐに戻りますので、ティー殿はここでお待ちください」
そう告げてくる騎士さんたちに頷く。わたしの足が遅いからだろう、報告などは普通なら一番下のわたしがやるべきだが、預かりものっていうところもあり、常に休むことを勧められる有様だ。それにしても、どんどん名前が増えるな。騎士団ではわたしはティーと名乗っている。
騎士団の制服は仰々しい。白いブラウスに白いスカーフタイ。襟元や袖に金の刺繍の入った濃いブルーのジャケット。厚手のズボン。皆はその上に鎧をつけ、そしてマントを羽織っている。他国で動き回るなら、もう少しわからないようにするべきじゃないかって思うのは、わたしが異世界人だからなのかな。
わたしは隠れ家を見回す。
隠れ家といっても普通に陽が当たっていて、本当にただの家の中だ。
そして隣の部屋に縄と何か結ばれていたような跡があると調書にあった。
窓のない狭い部屋。丸いすがいくつかと机みたいのがある。
ああ、あの柱か。柱の低いところに傷があった。多分、逃げようとして何かして跡が残ったんだろう。重たい気分になって、陽の当たる部屋に引き返す。
頭が重たい。青い髪のウィッグを外す。冬なら帽子みたいにあったかくていいかと思ったのだが、それは間違いで蒸される感じでどうも慣れない。
嘘。こう前の方から後ろへとウィッグを取ったのだが、勢い余って手からすっぽ抜け、食器棚と壁の間に刺さった。髪が挟まったみたいだ。毛が抜けないように気をつけて静かに引っ張るが、顎のラインで切りそろえたようになるサラサラの青髪がしっかりはまってしまったみたいで隙間から抜けない。わたしはため息をついてから、食器棚を傾かせて隙間を広げるようにした。ウィッグが下まで落ちた。埃にまみれたウィッグに絡みついて出てきたのは輝きが鈍った黄金色の金貨みたいなもので。
え? カメの甲羅を模した模様……。
わたしが落としたなんてあるわけないが、わたしはアイテムボックスからホリデのダンジョンのコインを呼び出す。キラキラと輝くわたしが今取り出したものと、埃には塗れているけれど、それは同じもので……。
人影。音もなく家に入ってきた人はわたしを見て、瞳を大きくした。
短い銀髪に意志の強そうな暗い色の瞳。野性的な顔立ち。
嘘、アーク!?
「まさか、リィヤか?」
なんで?
それにオーデリアの公共語で話している。
「リィヤの姉妹とかじゃなくて、本人だな。何か秘密を持っているんだろうとは思ったが」
彼の視線はわたしの両手のコインに見定められている。
ここに入ってくるということは関係者だ。奴隷ルートの関係者だ。このコインの持ち主でもあるんだろう。コインは埃にまみれ、今さっき落としたものではないことを伝えている。
「アークはなんでこんなところにいるの?」
「その顔はここがどういう場所か『知ってる』ってことだな。騎士団が嗅ぎつけたか。お前、帝国に何か探りに来てたのか?」
アークは挑発的に笑った。
「それにその髪。それが本当のお前の姿なんだな。ドンピシャじゃねーか」
彼は吐き捨てるように嘲笑った。
「リィヤ、会いたかったけど、ここで会いたくなかったよ」
次の瞬間には何もわからなくなっていて。次目覚めた時は、牢屋みたいな中だった。
わたしと同じ髪と瞳の少女が5人いて、泣いているか、泣き疲れた顔をしている。
最悪だ。アークが関係者なんて。両手首を合わせて縛られていて、縄が食い込み痛い。
「あんた、大丈夫かい?」
「騎士でも捕らえられるなんて」
いや、それはアークがAランク級なことと、わたしのステータスが相変わらず底辺なことだから起こったことだが。
「ここは?」
「あんたも聞いたことあるだろ? 側室聖女やその子供と同じ瞳と髪の女や子供が拐われているって。とっつかまっちまったのさ。明日には奴隷商人のところに連れて行かれる」
おさげの少女が泣き出す。
「ああ、うっとうしいね。泣けば、何かが変わるのかい? いつまでも泣いていてもしょうがないだろ」
「ここはまだ、オーデリア大陸ですか?」
尋ねると
「何言ってんだ、オーデリア……嘘だろ。奴隷って他大陸に連れて行かれるのかい?」
気の強い発言をしていた少女も、顔色が悪くなる。
「逃げ出すなら、この大陸にいるうちです」
「なぜ、他大陸に連れて行かれるってわかるの?」
おさげの少女に尋ねられる。
「外国語を話しているのを聞きました。そこを捕らえられたんです」
嘘だけど。
モードさんや王子が動いてくれてはいるけど、大陸が違ったらアウトだ。どうなってしまうかわからない。なんとしても協力者を募ってここから出なくては。
「ここがどこかわかりますか?」
「わからないわ」
「見張りは何人ですか?」
「5人じゃないかしら」
泣くばかりだったおさげの少女が、質問をすると答えてくれた。
「3人ぐらいじゃないかい? 他の顔は見ないけど」
泣いた少女を叱責した少女が不思議そうな顔をする。
「いいえ、世話係は3人だと思いますが、外まで出入りしているのがもう2人はいると思いますわ」
わたしはこの家の部屋数など、覚えている限りでいいからと教えてもらった。
一番最初にここに来た人は2日前で、食事は1日に1回。トイレは家の中にある。今日の食事は終わっているそうだから、トイレでしか部屋から出られない。様子を見るか。
わたしはどんどん扉を叩く。
「うるせーぞ」
「手洗いに行かせてください」
鍵をかちゃかちゃやる音が聞こえた。そして扉を開けた目の前にいたのは。
「お前……」
男は上から下まで舐めるようにわたしを見た。
「そうかさっき運ばれてきたのはお前か。騎士で男の格好してても結局捕まっちまったのか」
セイラを目指していた時にわたしを捕まえようとしていたリーダーらしき男だ。
そうだ、そういえば、わたしは普通に男性騎士の格好をしているのに、アークはともかく、女性たちにも女とバレているみたいだ。
「手洗いだな。逃げようとするなよ」
縛られた両手首を持たれる。
隣の部屋にはテーブルがあり、男ひとりがテーブルに足を乗っけて、椅子にふんぞりかえっていた。
部屋を通り過ぎて短い廊下があり、2つドアがある。男は止まる。
「入れ」
わたしは両手首を持ち上げる。
「解いてください」
男は時間をかけて縄を解く。
「ほらよ」
お礼は言わない。
入るとトイレだった。さっさと用を済ませて、手を洗う。
窓を開けてみる。格子があって人の出入りは無理そうだ。どこかに逃げ道はないか調べているとドアがガンガン蹴り付けられる。
「おい、まだかよ?」
わたしは次に蹴り付けられるタイミングでドアを開けてやった。すっごく痛そうにしている。ざまあみせらせ〜。
わたしは気づかないふりをして、大人しくトイレから出た。
手を出せと言われて、縛られても隙間ができる手の合わせかたをする。男は力を入れて隙間を確保しているわたしに気づかなかった。
あっちが出入り口か。
「おい、お前、助かりたいか?」
男が耳のそばで言った。
どういう意味だろう?
「奴隷になりたいか? おれの女になるっていうんだったら、話つけてやんないこともないぜ?」
そういえばコイツはわたしを気に入ってるような発言をしていたな。
「あんたの女になった後に奴隷にならないって保証はあるの?」
「やっぱ、気つえーな。気の強い女は嫌いじゃない。成果を上げるとな、嫁をもらえるんだ。お前が大人しく俺の嫁になるっていうなら、奴隷からは免れる。どうする?」
「奴隷にはなりたくない」
男は笑った。
「よし、じゃぁ、大人しくしとけ。上と話つけてくるから」
男はわたしを元の部屋に戻す。
「逃げられそう?」
少女たちに詰め寄られ、わたしは首を横に振った。
見間違えだろうけど、おさげの涙娘が一瞬笑ったように見えた。面白いことはひとつもない。
「成果を上げると、嫁をもらえるって見張りが言ったの。で、わたしはその嫁になるって言ったから、上に話をつけてくるって」
少女たちが、裏切られたような顔をする。
「いつになるかわからないけど、わたしを連れ出そうとした時がチャンスだと思う」
「チャンス?」
「あなた、強いの?」
騎士の格好をしているものの、捕まっているから信用ならないみたいだ。でもその通りだ。わたしはコネで入った嘘っこ騎士だから。
「ううん、弱い。けど、アイテムを持ってる」
「アイテム?」
わたしはひとりにひとつずつ眠り玉を渡した。
「これを眠らせたい人に投げて。そしたら必ず相手が眠るから」
わたしたちはひとりでもいいから、絶対に逃げ出して、助けを求めることを誓い合った。
数時間経っただろうか、扉がガチャガチャいった。
「お前、出ろ」
さっきの男だった。
「話はついたの?」
わたしは恐る恐る尋ねた。
「ああ、お前は俺のだ。いくぞ」
手首を引っ張られる。
わたしはみんなを振り返る。
みんなが頷いてくれた。
部屋を出る。見張りはこの男以外にひとり。これなら行けそうだ。
わたしは見張りの男の足を払った。
眠り玉を投げる。男はヘニョっと地面に転がる。
「お前、何した」
「ありがと、ごめん!」
わたしはわたしを連れ出してくれた男に眠り玉を投げつける。
男も眠りにつく。
「今のうち」
わたしは振り返って、ドアを開けた。少女たちが部屋から出てくる。
外へと続くドアをそうっと開ける。顔を出して左右を見る。見張りはいない。
「今よ」
みんなを促す。最後を走るおさげの涙娘がわたしを振り返った。おさげの髪を引っ張ると、赤い頭が現れる。ウィッグをつけていて捕まったってこと?
「警戒しすぎだと思ったんだけど、あなたみたいな娘もいるのね」
そう言って投げたのは眠り玉? そのベクトルはわたしに向かっていた。
次に目覚めた時、わたしは地下部屋と思われる暗いじめっとしたところで、背中合わせで後ろの誰かとグルグル巻きにされていた。マントは外され、リュックも見当たらない。まぁ、呼べるけど。
「気づいたか?」
背中合わせの後ろからするその声は、わたしを連れ出そうとしてくれた男だ。
「どういうこと?」
「お前は逃げ出すのに失敗したんだ。俺はとばっちり。お前の仲間と思われて捕まった」
「……ごめん」
反射的に謝っていた。そこにやってきたのはウィッグだった涙娘と、樽みたいな体の男だった。
「コイツが奴隷を扇動して逃がそうとしたやつか?」
「ボス、こういうのはここで処理した方がいいのでは? 生かしておいたら、きっとまた逃げようとしますよ」
赤髪の涙娘がいう。
仲間だったのか。
「イキがいい奴隷を欲しがる方もいるからな」
ボスに顎をもたれる。
「女騎士か、喜ばれそうだな。顔は普通だが。おいニルス、お前は裏切ったのか?」
「ボス、おれは裏切ってませんよ。この女にしてやられただけです」
ボスはわたしから手を払って、ナイフを出した。
わたしと男の縄をとく。腕をとられて立ち上がらせれられる。そしてお腹を蹴り付けられた。
ざっと吹っ飛ぶ。
一瞬息が止まって、けほっと咳がでる。
「イキは良くても、落とし前はつけとかねーとな」
痛みで起き上がれない。ボスからさらに蹴り付けられそうになると、男に庇われた。
「何だよ? ニルス」
「ボス、女ですよ。体傷つけたら、子供が産めなくなっちまう」
ボスはわたしを庇ったニルスに暴行を加える。
彼が動かなくなると、部屋を出ていく。涙娘と一度だけこちらを振り返って出て行った。
読んでくださり、ありがとうございます。
211217>うっとぉしい→うっとうしい
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220507>お偉かた→お偉がた
濁らないと思ってたΣ(゜д゜lll)
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




