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召喚に巻き込まれましたが、せっかくなので異世界を楽しみたいと思います  作者: kyo
第3章 正解はありますか?

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107話 モード氏の受難④囚われのHERO

 ダンジョンから帰ってきて2日目、お昼過ぎに、屋敷の中が騒がしくなった。


 わたしが提案したことで、お兄さんに手紙を飛ばしたり、役所に何かを聞きに行ったりとで、モードさんは忙しくなってしまった。わたしがやりたいことなので、わたしも一緒に行くと言ったのだが、下調べの段階では待っていろと言われた。詳しくは言われなかったけれど、わたしの尋ねることとかが常識から外れすぎているところがあり、怪しまれて目をつけられるから黙っとけって感じの印象を受けた。


 モードさんはいないので、アンナさんを捕まえて尋ねると「坊ちゃんが」とだけ繰り返して泣きそうな顔をする。

 わたしは不安になって、ミリセントお姉さんの部屋を訪ねた。


「ティアちゃん……」


 わたしを呼ぶお姉さんの手が微かに震えている。


「何があったんですか? モードさんに何か?」


 青い顔をしたお姉さんが話してくれる。

 モードさんは竜人に連れて行かれたと。一緒にいた従僕の話だと、役所からお屋敷への帰り道で、壮絶に綺麗な人たちに囲まれたそうだ。肌身離さず身につけているべきの証を長い間持っていないようだがと確かめられ、モードさんもそれを認めた、と。すると、まるで罪人のように手を後ろで縛られて、引っ立てられるように裁きにかけると言われた、と。モードさんは従僕にちょっと行ってくるが、心配はするなと言ったらしい。裁きにかけるって穏やかじゃないよね?


「なぜ、モードさんが竜人族に裁かれるなんてことになるんですか?」


「あの子は特別でね。竜人族に好かれて、竜人族ではないのに竜人の証をもらっているから、竜人族にも属しているの。証を失くして長い間放っておいたなんて……。竜人から罰を受けるなんて。もしかしたら、二度とは戻ってこれないかも」


 そういうとお姉さんは顔を両手で覆った。


「どうしましょう。あ、お父様に連絡を入れなければ」


 立ち上がろうとして、ふらつき、オブロードさんがすかさず支える。


「坊ちゃんが証の指輪を失くすなど、ありえません。きっと何かの間違いでしょう」


 指輪? 証の指輪?

 全身が一瞬で冷えた気がした。


「……モードさんは知っていたんですか? 竜人の証を手放すとどういうことが起きるか?」


「もちろん、知っているわ。どれだけ重要で大切なものなのか」


 ……モードさん、何やってるのよ。

 なんで自分の身が危うくなるのに、ゆきずりの面倒をみちゃった子供に預けたりするんだ。


「わたし、行きます」


「行くってどこに?」


「モードさんの連れて行かれた空に」


「どうやって?」


 わたしはワンピースに縫い付けてある飾りのポシェットから取り出す振りをしてアイテムボックスからネックレスを取り出す。鎖を探って、先にある指輪を見せた。


「どうしてティアちゃんが?」


「やっぱりこれなんですね。モードさんが強制依頼に行くときに、わたしの保護者が自分である証に預けてくれました。困ったことがあったら、これを見せてモードさんが保護者だって言えって」


 お姉さんが血の気をなくした顔のまま、微笑う。


「モードはあなたがとても大切なのね」


 モードさんは大バカだ。



 お姉さんもオブロードさんもついてきてくれようとしたけれど断った。せめて黄虎をと言われたけれど、それも断る。だって、モードさんが呼べば黄虎は行くことができる。それをしないのは、何か理由があるのだろう。


 天もわたしに味方をしてくれている。わたしは空の庭園への入り口に多分行ける。

 エオドラントに着いて、モードさんが帰ってくるのを待つ間、わたしは森の中でいろいろなものを作った。天然酵母も、それを使ったパンも。それから、かつおぶし。ちゃんとした菌は知らないし手に入らないけれど、とにかく何度も燻して、カチコチになるまで燻したら、似たものができた。森の中の開けた場所で、一応井戸の水を大量に用意しておいて、わたしは燻した。お肉や野菜やチーズを一緒に燻した。そんな時、槍を持った強烈に美しい人に話しかけられた。


『竜人だ』


 クーとミミが教えてくれる。

 超絶に美しかったので、納得だ。

 竜人さんはそうは名乗らず、この辺りの警備をしているのだが、お前はここに来ていつも何かやっているようだが、何をしているのかと尋ねられた。

 今日はかつおぶしを作っていると言うと、わからない顔をされる。

 これはまだまだ出来上がらないので、燻すと美味しいものができるのだとスモークチーズを少し渡してみる。

 食べると顔を輝かせた。

 スモークチーズも美味しいよね。

 売ってくれないかと言われて、少量だけど売った。

 それからそこで何かを拵えているとやって来て、何度かそこで会った。高額で買ってくれるいいお得意様だった。

 彼は門番みたいなことをしているといっていた。


 クーとミミのいうことには、竜人は空中庭園を持っていてそこに住んでいるそうで、庭園への入り口が近くにあるんだろうと言っていた。


 わたしはその地上の入り口を探すつもりで森にやってきた。

 クーとミミは黄虎に預けようと思ったのだが、ふたりは何か感じたのか、今日はついてくると言う。

 近くで燻し作業をしていただけで偵察にきたので、入り口がわからなくても、あの辺をうろうろしていればあちらから声をかけてくるのではないかと思った勘は当たった。



「お前はさっきからこの辺をうろうろと何をしている?」


 槍を持った綺麗な人に呼び止められた。


「2匹の白い猫を連れた人族。お前はグリープ酒の商人か?」


「商人ではありませんが、以前、あなたと同じ種族の方にいろいろ買っていただきました」


 そう告げると彼は表情を綻ばせた。


「うまかったぞ」


「ありがとうございます」


「今日も何か行商に来たのか?」


 わたしは首を横に振る。


「モードさんはそちらにいますか?」


「モード?」


 また目が吊り上がる。


「お前はモードの何だ?」


 わたしは鎖の先の指輪を見せた。


「なぜ、人族の娘が! お前が盗んだのか?」


「預かっていました」


「盗んだのだな?」


「預かっていたんです」


「盗んだなら、モードは助かるが」


「これ以上の話は、他の竜人族の方や、モードさんを交えてお願いします」


 わたしはキッパリと言った。




 一見、倒れた大木と大木の間を通り、茨のトンネルのようなところを抜ける。

 石造りの倉庫みたいなのがある。その中へと促される。小部屋だ。


「上へあがる」


 彼は言って、扉を閉めると、ボタンのようなものを操作し、緑色の魔石に手をかざした。

 軽く音がして、浮遊感がある。エレベーターみたいだ。耳がおかしくなり、何度か唾を飲み込んだ。

 しばらくして、がったんと再び音がして、止まる。

 扉が開くと、そこは石畳と緑の庭園が広がっていた。


 胸の中にクーとミミを抱きしめて、彼の後について行く。

 時々すれ違う超絶に美しい人たちにジロジロ見られた。

 石造りの建物に入り、ここで待てと、言われる。

 クーとミミはふたりで部屋の中を走り、探検している。

 やがて呼ばれて、少し大きな部屋に連れて行かれた。


 奥にはスマートなサンタクロースを思わせる、銀髪のなっがいひげのおじいさんがいた。眉毛が長くて俯いているので瞳は見えないが、おじいさんでもやはりとてつもなく綺麗な顔立ちだ。横には若い美しい竜人が控えていて、おじいさんが偉い人なのがわかる。


 後ろで音がして、振り向くと、モードさんだった。

 モードさんが運ばれてきた。竜人ふたりが肩を貸している。歩くのに難儀している、モードさんが……。

 ボロボロだ。服が汚れていて蹴られたり、殴られたりしたんじゃないかと思われる。唇が切れて……血が出てる。ふと顔を上げて、わたしに焦点が合う。息を飲む。


「ティア、どうしてここに!?」


「モードさんを追っかけてきた」


「長、こいつが何を言っても取りあわないでください。こいつは俺の弟子で、俺を助けたいだけなんです」


「娘、お前が竜人の証を持っていると報告があったが」


「はい」


「ティア、やめろ。すぐに帰れ。クー、ミミ、連れて行け! 長、ティアは関係ありません。人族の言うことに耳を傾けず、こいつを下界に返してください」


 わたしは鎖をたぐって先にぶら下がる指輪を見せた。

 長と呼ばれる人が頷いたので、ネックレスを外して、指輪を鎖から抜き取る。指輪を誰に渡していいのかキョロキョロすれば、長の横にいた人が手を出してきた。



 隣の隣の部屋に案内され、わたしたちは放置された。

 モードさんのピリピリした雰囲気にクーとミミも黙り込んでいる。


「なんで来た?」


 顔をしかめてモードさんが言う。


「モードさんを助けに来た」


「お前は俺より強いのか?」


「弱いけど、わたしのせいだったから」


「お前のせいじゃない。俺の意思でやったことだ」


 そう言われそうな気はしていた。


「会ってすぐに返してれば」


「いや、そこは問題じゃない。手放したのは事実だ」


 モードさんは長く息をつく。怒りをなんとか抑えようとしている感じだ。


「竜人は気難しい。お前は黙っていろ。俺の言う通りにするんだ」


「やだ。わたしだけ助けてくれようとするつもりでしょう? そんなの聞けない」


 聞く前に先手を打つ。


「ティア」


 モードさんの強い声にクーとミミがビクッとなる。わたしもなりかけたけど、かろうじて保った。


「まだ答えをもらってないし。それなのにモードさんが戻ってこないのは困るから」


 モードさんは目を細めて、それが痛かったんだろう、ますます目を細めた。


「よし、それなら、お前に本当にそんな気があるか確かめる。今からそうだな、1分、お前を恋人として扱うそれに耐えられたら、お前の覚悟を認める」


「やらなくていい」


「覚悟がないのか?」


「そうやって、諦めさせる理由をつけているところが答えだと思うから」


 わたしは身を翻す。

 モードさんと地上に戻って。もう一回くらいダンジョンに行きたかったが、それは諦めて旅に出よう。お金を貯めるのと、いい土地をみつけて、牧場経営だ。食堂も併設してね。

 いつもモードさんのことしつこく思い出しちゃうかもしれないけど。

 今度は寂しくて夜泣きしちゃうかもしれないけど。


 なんだよ、それ。なんで諦めさせようとするの? なんで好きになったわたしの気持ちをなかったことにしようとするの? 覚悟がないとか、恋じゃないとか。モードさんはわたしの気持ちを恋愛じゃないって持っていこうとしている気がする。まだ恋愛感情を持てないってはっきり言われた方が納得できる。悲しくても!


「ティア」


 モードさんの顔を今は見たくないので、ズンズン歩く。

 モードさんは足を引きずっているのにわたしに軽く追いついて、手をとって振り向かせる。

 うっと顔をしかめる。わたしはひどい顔をしているだろう。思わず顔をしかめちゃうぐらいの。実感が湧いてきたら、やはり泣きそうになり、我慢している顔は見られたもんじゃないのは想像がつく。


「モードさん、師弟の関係はそのままにして欲しいけど、モードさんはわたしを振ったの。振った覚悟を持って」


 手を振り切る。

 ズンズン歩いて角を曲がって、歩いては曲がってを繰り返し座り込むと、地面にクーとミミが着地した。


『ティア……』


『ティア、モードにふりゃれたのか?』


 覗き込むようにしてクーに問いかけられる。


「そういうこと」


『ティア、哀しいの?』


『イタイにょか??』


『ティア、わたしの頭に顔をしゅりしゅりやっていいよ』


『俺しゃまの、おにゃかに顔を埋めていいぞ』


 ふたりが慰めようとしてくれて、それでますます現実味を帯びてくる。


「なんだ、お前、ここまで追いかけてきて振られたのか」


 さっき長の横にいて指輪を受け取ってくれた人だろう。こちらの人は綺麗すぎて見分けがいまいちついていないが、何回か門番と一緒にわたしの作ったものを買いに来てくれた人な気がする。その顔だけは素晴らしくいい竜人に軽口を叩かれる。


「うるさいなー」


「お前、人が竜人に向かって」


「あなたが誰だとしても、傷つけるようなことをわざと言ってるんだから、少し言い返されるぐらい許容しなさいよ」


 そうだ、こいつはわざといったんだ。だったら、わたしも利用させてもらってもいいよね。


「そうだよ、振られたんだ、悪いか」


 そいつの胸を叩く。思いっきり八つ当たりだけど。


「絡むのか。振られ癖悪いな」


 癖になるほど、振られたことないわ。そこまで挑むことがそうそうなかったからだけど。

 抗議の代わりに胸を叩く。痛いんだろう、手首をもたれる。

 引き寄せられるままに胸に収まると、頭を撫でてくれる。

 ロイドを思い出す。ロイドのあやし方にそっくりだ。

 限界だったこともあり、胸を借りて、泣くことにした。

 予想していたとはいえ、やはり拒絶は哀しい。とても哀しい。なかったことにされたら、わたしの思いはどこに行けばいいのだろう。


 どれくらいそうしていたのだろう。竜人族の彼はなかなかいい人だったみたいだ。わたしの涙が枯れるまで、ずっとそうしていてくれた。

 途中でクーとミミがわたしの肩に上がってきて、横からほっぺたを舐めてくれた。


「……ありがとう。クーとミミもありがとう。もう、大丈夫」


 目が重たいけど、ちょっとだけスキッとした。


「お前がここで暮らすなら、(つがい)にしてやってもいいぞ」


「遠慮します」


 と、誰かの背中に庇われた。


「こいつに何か?」


 ずっと見てきたモードさんの背中だ。竜人の兄ちゃんは


「口説いてたところだ。口を出すな」


 と素っ気なく返す。


「ティア、竜人の愛は重たい。特に男は束縛が強いからな、番になったら女は一生部屋の中だ。誰とも会わせないんだ。よく、考えろ」


 それは重たい愛だ。そしてわたしに向き合う。


「俺はまだ答えてないぞ」


 何? それって、ちゃんとした言葉で振るってこと?

お読みくださり、ありがとうございます。



長くなってしまったため、ここでぶった切ります;

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