101話 師匠の家族④護りの爵位
一番上のスタンお兄さんは一見厳しそうに見えてちょっと怖かったが、お仕事部屋にお茶を持っていくと、一番上の引き出しから包み紙を取り出して、そのひとつをわたしの口の中に放り込んでくれた。いつもお子さんにやっているんだろうな。
チョコレート? ほっぺたを抑えて味わっていると、にっこりと笑う。口元を綻ばせるだけだとそうは思わなかったけど、目を細めるとその顔がモードさんと同じだと思った。
2番目のレノンお兄さんは、わたしをみつけるとすぐに抱っこをしてくれる。その度に成人しているんだから子供扱いはやめてやれというけれど、誰より一番子供扱いするのはモードさんだと思う。お兄さんは獣人のロイドみたいに力持ちみたいで、もう大人ほどのわたしを腕に乗せてくれる。大きな手でグリグリ頭を撫でてくれる。力強くてちょっぴり痛いのだが、構ってもらっているのを喜んでいるわたしがいる。
ゼノお兄さんはわたしとすれ違うたびに、どこかの珍しい物をくれた。細い紐を編み込んだ紐が色合いも綺麗で、髪をまとめるのに重宝しそうだ。お菓子の時もあるし、マジックポケットなのではと思うほどポケットからいろんなものが出てくる。
ウォルターお兄さんには魔具のことをいろいろ教えてもらった。ダンジョン産なのですがと、火の魔具と光の魔具をどんなものか見てもらう。珍しくて、価値のあるものだと言われた。火の属性がある人が火の魔法の威力を高める魔具はあるけれど、魔力を注ぐだけで持っていない属性の魔法を出せるのはかなり高いレベルの付与だそうだ。街のお風呂のお湯を出すものやトイレの風を流す魔具も属性を選ばないからあれもすごいものなのかを尋ねてみると、あれの場合は、魔力が注がれて起こる現象がひとつだからそうでもないということだ。お風呂のお湯を出すのは、魔力が流れたらお湯を出すという現象。トイレの風も、魔力が流れたら風で運ぶというひとつだけの現象を起こす。ちなみにわたしが作った魔具は細かいことは考えなかったので、魔力が流れたら、火の属性が使えるとゆるゆる設定だ。なるほど、これから魔具を作るときはできることはひとつに絞ろう。ひとつのことに絞られた魔具でも、75万〜100万の値段がつき、わたしの魔具は500万以上になるだろうとのこと。恐っ。これはあまり使わない方が良さそうだ。
持っている属性魔法を混合技で使用できるものなのかを聞いておく。例えば、火と水でお湯を出すような、と尋ねれば、できる人はいるかもしれないが聞いたことがないと言われる。魔力が無限にあるわけではないから、そういう使い方はあまりしないのだと。そうか、わたしは魔力が多いから、合わせ技をしても使えるのか。っていうことは、お湯を出せるとかは隠すことか、やっぱり。それなら、例えば、火と風の属性がある付与師が、温かい風を出す付与をつけられるのかを尋ねる。ウォルターお兄さんは首を傾げる。温かい風が必要なシチュエーションがわからないと言われるので、寒い季節に洗った髪を乾かしたいことを告げる。今までは短かったからタオルで拭いていればずいぶん乾いたが。肩ぐらいに伸びてくると、乾かすまで時間がかかる。一人の時は温風で乾かしていたが、人に見られる危険性があるので、道具を作っておきたいと思ったのだ。いってみればドライヤーだ。髪の長い貴族様は、タオルでよく拭いたあと、ひたすらクシでとかして水気を飛ばすみたいだ、メイドさんが。いやー、そんな時間と労力がかかるの。ってなことで、わたしは温かく乾かせる怪しまれない何かを作りたいのだ。
近くで聞いていたゼノお兄さんが面白い話をしているなと入ってきて、やはり髪を乾かすのに苦労している女性陣がやってきて、お父様とスタンお兄さんをも巻き込んでの意見の出し合いになった。そしてウォルターお兄さんに作ってみろと結局はそういうことになった。すいません、作れるんですが、それが怪しまれないものかどうかを知りたくて聞いたら、こんなことに。
ディアーナお姉さんからは黄虎用のブラシコレクションからいくつかブラシをいただいてしまった。もう、このブラッシングタイムが至極なんだよね。クーとミミのブラッシング用として買ったのは小さなクシみたいのしかなかった。それで黄虎の毛をブラッシングするのはキツイものがあったのだが、やはりブラシもあるところにはあるんだなぁ。黄虎の毛並みもあっという間によくなったし、とろける心地みたいで、クーとミミはブラシを当てるだけでふにゃっとしてしまう。もうそれが可愛くって。メイドさんたちと取り合いになるみたいにして、見かけると誰かをブラッシングしてしまう。
みんなモードの弟子なら俺の、私の弟子と同じといって可愛がってくれる。
モードさんのお父様とお母様も、ものすごく可愛がってくれて、ベタベタに甘やかされている。こんなに甘やかされるのは人生で初めてだ。何だか自分がものすごく可愛くて、価値ある生き物になれたように勘違いしそうになる。
わたしが皆さんやお屋敷の中のことを手伝っていると、お母様から買い物に行こうと誘われた。お母様はモードさんにも声を掛けられたが、モードさんは真顔で拒否していた。クーとミミは黄虎とお昼寝をするそうだ。お姉さんたちはやることがあるそうで、結局、お母様とふたりでお買い物になった。
馬車の中で、いろんな話を聞いた。モードさんの小さい頃のエピソードには悶えた。ニンジンが嫌いだったが、ウサギさんが強い歯を持っているのはニンジンが大好きだからなんだよ、ニンジンをいっぱい食べるとウサギさんみたいな強い歯になるよと言われてニンジンが食べられるようになったとか。その頃から『強い』に反応しているところはさすがだ。熱い湯船が嫌いでお風呂嫌いだったのが、石鹸で体を洗うと体に膜ができるから体を洗ってから湯船に入ればそんなに熱くないはずだというと、信じて熱くない、と湯船に浸かれるようになったとか。モードさん、可愛い。
「モードからあなたにはいろいろ聞かないようにと言われているのだけれど、気になってしまって。モードと出会ったときのことを教えてくださる?」
扇で口元を隠すようにして微笑んでいらっしゃる。
「わたしの事情は、すいません、詳しくはお話しできないのですが。わたしは森で迷っていました。黄虎に拾ってもらったんです。ご飯にされるんだと絶望的でしたが、黄虎はモードさんのところにわたしを連れて行ってくれました。わたし、あるところから逃げ出して、特殊な環境で育っていたので、外の世界のことを何も知らなかったんです。そこにアクシデントが起こって、どうにも困り果てていました。モードさんは一文無しで何もできないわたしに、怪しさしかないわたしを街まで連れて行ってくれました。お風呂に入れてくれて、ご飯を食べさせてくれて、眠らせてくれました。そして生き方を教えてもらいました。わたしが生き延びられたのは、全部、モードさんのおかげです」
「モードとはどれくらい一緒にいたのですか?」
「半年ぐらいです。強制依頼で、モードさんは行かなくちゃいけなくて」
ふわっと温かみを感じて、お母様がふんわり抱きしめてくれていた。
「ひとりで大変でしたね。よく、頑張ったわ」
気がつくと涙腺が崩壊して、いい匂いのするお母様に抱きしめられながら泣きじゃくっていた。ああ、マズイ。甘やかされすぎだ。顔をあげる。
「すいません、ありがとうございます。辛いこともありましたが、いいことも楽しいこともいっぱいありました。いろんな人に助けてもらって、家族もできたんです」
目を丸くされて促され、わたしはアジトでの楽しかった暮らしを洗いざらい話していた。
目的地に着いたので、話を中断し、馬車を降りる。
そこは小物や装飾品が売られている店みたいだった。もちろん貴族御用達の。
ブランド品に包まれているわたしもレディ扱いしてくれる。
品のいい部屋に案内される。細身の白髪の紳士が現れた。
「竜侯爵夫人、ご無沙汰しております。こちらにお戻りになったのですか?」
白髪の紳士はこのお店のオーナーだそうだ。お母様はこちらにいるときはよくこのお店で購入されるみたいで、領地にほとんど籠られているのを残念がられた。
というか、侯爵って聞こえた。王位継承権があるってことは位も上だろうとは思っていたけど。でも、そうすると、公爵か?
「こちらのお嬢様は?」
深い緑の優しい瞳を向けられた。
「末の子に縁のあるお嬢さんなの。手鏡とクシと、髪飾り、耳飾りを見立ててもらえるかしら?」
「朝露しか知らない若芽のような色ですね」
オーナーさんはにっこりと微笑む。何やらつけペンで書き留めると、後ろに控えていた従業員に渡す。
従業員がお辞儀をして出ていき、入れ違いに入ってきた女性がお茶を持ってきてくれた。
瞳の色をとんでもなく詩的に表現してもらったが、これはわたしに買ってくれるってこと? いいのかなぁ。ミリセントお姉さんと同じく大人買い再びとなりそうで、恐ろしい。
片手に収まる小さな手鏡。裏には翡翠の宝石がキラキラと光っている。クシもとても美しい。見ているだけで幸せになれそうなそんな素敵な小物たちだった。
豪奢な翡翠の髪飾り。それもすっごい素敵だったけれど、水色の小花を模した髪飾りが可愛らしくて目に留まる。
「こちらが気に入りまして?」
「どちらもとっても素敵ですが、こちらはモードさんの瞳の色と同じだと思って」
そう言うと、ふたりに微笑われた。
オーナーさんが従業員さんに何か耳打ちして、彼はまた部屋を出ていく。
耳飾りも大人っぽいもの、可愛らしいもの、各種揃えられていたが、最後に従業員さんが持ってきてくれた涙型の揺れる耳飾りに決める。濃いブルーから水色のグラデーションがかった石が使われていて、とても綺麗だ。
お屋敷に泊めてもらって、よくして貰って。優しくして貰って、もうそれだけで十分なのに、いや、もらい過ぎなぐらいなのに、皆さん、さらにプレゼントしてくれる。わたしがお返しできることは思いつけないけれど、気持ちもお品物も超絶に嬉しいのでありがたくいただいた。
「侯爵家といっても、うちは少し特殊ですの」
帰りの馬車の中で、お母様はそう前置きされる。
「竜侯爵と呼ばれておりますけれど、竜の系譜ですとかね。もちろん、竜の血が混じっているわけではありませんわ。でも、加護があるのも確かですの。ディアーナのように神獣や高位の魔物から好かれるものが一代にひとり必ず現れて、国のために尽くして護っていますわ。ですから、侯爵の爵位を授かっております。モードも竜人族のお姫様に気に入られて、小さい頃連れて行かれてしまった事がありますのよ」
お母様はそう笑われたけれど、瞳には翳りが見える。
「小さい頃にですか?」
「5歳だったかしら」
「可愛かったんでしょうね、わかる気がします」
お母様はふふっと笑われる。
「可愛かったと思われて?」
「はい。今はすっごくワイルド系でかっこいいですけど、小さい頃は可愛らしかったんだろうなと思います。見られないのが残念です」
こっちは写真とかないんだろうな。
「ティアちゃんは、本当にモードを慕ってくださるのね」
「はい、大好きです」
そこはキリッと答えておくと、お母様はくすりと笑われる。
「モードは兄姉とも歳が離れていたし、わたくしたちも甘やかしてしまった。その上なんでもできる子だったから、特別な侯爵家ゆえの孤独に気づきませんでしたの。わたくしが王家の血筋なことから子供たちには王位継承権まで持たせることになってしまって。たとえ絶対に巡ってくる順位ではないのに、取り入ろうとされたり、逆につき離されたり。大人だってそう言う駆け引きは辛いことですのに、子供の世界にもありましたのね」
お母様は後悔しているかのように視線を落とされた。
「そのうえ拐われて、竜人族から人にありながら竜人の証を授かり、余計に同年代の子と隔たりができてしまった。冒険者になりたいと言った時も、それで少しでもあの子が生きやすいならと許しましたの。でもあの子は人を寄せ付けず、独りでいることを好み、それをどうすることもできませんでしたの。ですから、モードの隣りにあなたがいてくれて、本当に嬉しいのです」
モードさんはすっごく愛されているね。わかったことがある。
こちらのお屋敷で、わたしはもう大きいのに皆さんがお世話しようとしてくれて。それがとても懐かしかった。小さくなってしまって、わかっているのに思うように体が動かなくて、そんな時いつも手助けしてくれた大きな手。それと同じだった。
「わたし、本当に何も知らずできなかったので、何もかもモードさんのお世話になったんです。モードさんの性格で、面倒見がいいんだと思っていたんですけど、違うんですね。こちらにお邪魔して、皆さんによくしていただいてわかりました。モードさんはご両親やお兄さんやお姉さん、皆さんがしてきてくれたことを、わたしにしてくれてたんですね」
わたしがアジトでモードさんを真似てちびちゃんたちにしたみたいに、モードさんがわたしにしてくれたことは、モードさんがご家族からしてもらったことだったんだ。
そう告げると、お母様が泣いてしまわれて、わたしは慌てた。
「ごめんなさい。嬉しくてね」
そうおっしゃるお母様の手をわたしは握りしめるしかできなかった。
ご家族からみるとモードさんは人を寄せ付けず独りを好むように見えて、人との繋がりを拒否しているように感じて、人を嫌うように思えて、それが心配だったのかもしれない。人を嫌うようにしてしまったのは自分たちの責任だと思われていたのかも。
モードさんはこんなに愛されているし、だからわたしにも優しい思いを、分け与えてくれることができるんだと思う。ご家族の思いは、ちゃんとモードさんに伝わっていると思う。
わたしの唯一のできることといったらご飯作りぐらいなので、お礼にご飯を作らせてもらうことにした。それだって、すっごい料理とかができるわけでなく、ただの異世界おうちご飯なんだけど。でも、これしかできないからな。
料理人でもないものがお屋敷の調理場に入るのは嫌なんじゃないかと思うのだが、みんな心が広くて、快く迎入れてくれた。その上量が多くなるので、お抱えのコックさんに指示をと言われた。大変申し訳なかったが、料理長さんや、料理人さんもとてもいい方たちで、小娘の指示に従い、そして抜群のフォローをしてくれながら、一緒に作ってくれた。
一番食べて欲しいのはお刺身なんだけど、いきなりお米やお寿司はハードルが高いかと思い、少し寒くなってきたので、羊肉を熟成させ、山羊のミルクと野菜をたっぷり使ったシチューをメインに、羊肉をタレで漬け込み焼いたお肉と、醤油ベースの和風ドレッシングのサラダにした。お肉の下処理だけ、いつもより丁寧にやった。お塩を振って少し置き、お料理用の布巾にしているサラシで丁寧に水分を拭き取る。さらにお酒で洗って水分を拭く。ちょっと甘くなっちゃうかなとも思ったがわたしが作ったグリープ酒でやってみた。クセのある匂いがほとんど消えて、少し鼻高々だ。
そして、モードさんとアジトのみんなにどうしても食べて欲しかった、ふわふわのパン。こちらのりんご、リンゴンを発酵させリンゴン酵母を作った。それとパン生地を合わせ、タネ生地を作っておいたのだ。これをタネに、パン生地に仕込んでパンを作ると、向こうの世界のような普通にふわふわパンとなる。モードさんを待っている間に、作りまくったのだ。パン作りは習いに行っていたけれど、天然酵母や天然酵母のパンは作ったことがないので、試行錯誤することになった。時間はたっぷりあったので納得できる配合を作れるようになっていてよかった。
みーんな、すっごく喜んでくれた。おいしいって! ご家族もだけど、お屋敷の方々にお世話になっているので、この屋敷で働いている方たちみんなにも食べてもらい、すっごくおいしいって言ってもらえて、とっても嬉しかった。料理長や料理人さんからはレシピを教えてください!とまで言われた。でも、それにはお父様から待ったがかかった。お父様や一番上のスタンお兄さんが何やらモードさんに指示を出していた。
わたしが作った食べ物は、ローディング家が仲介するっていうか、表向きの顔になるとかで、ここで作るのはいいが持ち出し禁止となったようだ。
わたしはもらい過ぎなので、モードさんのお家のいいことになるなら、全然よかったのだけど。お礼だし。これはそういうレベルじゃないと言って、モードさんは商人ギルドに足しげく通うことになった。
モードさんたちにはもっと、いろいろ、いっぱい食べて欲しいものがある。
ただ、みんなお忙しいらしくて、領地や王都に帰らなくてはならなくて、別れるときは涙が出た。だって本当に優しくていい人たちなんだもん。帰る前日の晩餐の後のお茶タイムでは、みんながこぞって褒めてくれた。
「本当に、どれもこれもおいしかった。特にあのパンは家族にも食べさせたい」
帰る時に、焼き貯めしておいたパンをお土産に持って帰ってもらおうと決める。
「すぐにでもお店が持てそうだ」
賛辞をみんながしてくれる。ではお開きと、お父様が立ち上がり、みんなもそれに倣って立ち上がる。お父様がわたしを見て言った。
「神獣に好かれることも含めて、この才能はティアちゃんの財産だ。それを管理するには、君にはまだその才能が大きすぎるようだ。モードの弟子であれば、わたしたちは家族だ。我がローディング家はティア嬢を歓迎し、護ることを誓おう」
お父様が胸に拳を置くと、一番上のスタンお兄さん、2番目のレノンお兄さん、3番目のゼノお兄さんが次々胸に拳を置く。ミリセントお姉さんは、拳にはせずに、手をそのまま胸に置く。4番目のウォルターお兄さんが拳を置いて、ディアーナお姉さんも手を胸に置く。お母様も、手を胸に置き。モードさんは拳を胸にコンコンと2回胸を叩くような動作をする。そしてみんながわたしに頭を垂れた。
ええーーーーーーーーーーーーーっ。
これは儀式というか、習わしかなんかだ。わ、わたしはどうすればいいんだろう。
みなさんが顔を上げ、わたしを優しい瞳で見た。
わからないけど、わたしはありがとうの気持ちを込めて、習ったばかりのカーテシーをしてみた。
顔を上げると、モードさんに頭を撫でられた。ただの弟子なのに、こんなに温かく受け入れてもらっている。
読んでくださって、ありがとうございます。
211129>
あしげく→足しげく
うわー、間違えて記憶してました;
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
240726>行かなくちゃ行けなくて→行かなくちゃいけなくて
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
240726>獣人のロイドみたい力持ち→獣人のロイドみたいに力持ち
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




