そして明日が来る(2)
星を追う者の中で、最も人気のある者は誰なのか。それは母星に住む星を追う者のファンならば、誰もが一度は興味を持つランキングだ。
残念ながら星を追う者は隕石を迎撃する任務を帯びた国際航空迎撃センターの職員であって、アイドルグループではない。よって、公式には人気投票のようなイベントを開催する予定はないのだという。そのためファンの手による非公式なランキングボードが、そこかしこに設立されている状態だ。
一応一つのバロメーターとして、各星を追う者個人に贈られてくるファンレターの数、というものがある。ワルプルギスの郵便船で運ばれる手紙のうち、優に半数は星を追う者宛だというから驚きだ。
過日の『ブリアレオス』の一件の後、フラガラハ隊四番機サトミ・フジサキ女史の人気は一時的に大きな伸びを見せた。同じヤポニア出身者としては、実に誇らしいことだ。
また星を追う者以外にも、戦闘士や防御士宛にもファンレターが来るようになったという。特にマチャイオの魔女、トンラン・マイ・リン女史はマチャイオ解放キャンペーンの相乗効果もあって大人気だった。普段は地道な活動の多い防御士が、ここまで注目されるのは珍しいことなのだそうだ。国際航空迎撃センターの広報課では、次の極大期向けの新しいポスターに星を追う者と共に防御士の魔女をモデルとして採用した。
それはさておいて、合計したファンレターの数をカウントしてみると、今期の一位は断トツでゲイボルグ隊隊長機、ルシエンヌ・メル・ギノー女史であった。元々からファンの多いルシエンヌ女史だが、ヤポニアでその人となりが報じられた際、ヤポニアで国民的に食されている即席プリンの素の大ファンであることが知られたのが大きかった。ヤポニアから大量のプリンの素が送られて郵便船から苦情が入ったというニュースが、ワルプルギスではローカル紙で取り上げられて話題となった。ルシエンヌ女史はかねてからの夢であったバスタブプリンを完成させて、ご満悦であったとのことだ。
――では、ファン以外の目線ではどうだろうか。今回は少々趣向を変えて、筆者は国際航空迎撃センターで星を追う者の任務補助をおこなう、整備クルーのメンバーに話を伺ってみた。
星を追う者は魔女たちの中でも特に優れた才能の持ち主であり、音速を遥かに超えて飛び、巨大な隕石を塵一つ残さずに破砕する。そんな彼女たちが使用するホウキや防護服、サポート機材の数々は魔術と科学の融合した最新鋭のものばかりだ。第一整備ユニットと呼称される整備員たちは、星を追う者の装備を専門に扱う第一線の魔術師且つ、メカニックマンである。
「シャウナさんですね。カラドボルグ隊隊長機の、シャウナ・ヤテス」
意外なことに、第一整備ユニットの整備員は全員口を揃えてシャウナ女史の名前を挙げた。
シャウナ・ヤテス女史といえば、星を追う者の中でも一番の荒くれ者だ。仇名の火の玉は伊達ではない。この日筆者が取材のため訪れていたハンガーでも、本当に全身火だるまになったシャウナ女史が帰還してきて辺りは騒然となった。電装部品のトラブルが原因ということで、消火剤まみれになったシャウナ女史が大声で怒鳴り散らして取材は一時完全にストップした。整備スタッフからしてみれば、てっきりシャウナ女史はトラブルメイカーで口うるさい迷惑者という印象を抱かれているのかとばかり思っていたのだが。
「シャウナさんはいつだって、我々が組み込んだ機能を最大限に活用して、改善点の指摘をおこなってくれます。さっき燃えちゃったのだって、シャウナさんがちゃんと不具合を見付けてくれたからですよ。そういうのを率先して示して、整備を信用してまた使ってくれるんです。頭が下がりますよ」
星を追う者向けの装備は、その運用場面に合わせてかなりシビアな使用条件が要求される。星を追う者の感じている世界というのは、例え同じ魔女であってもそれ以外の人間には計り知れないものだ。その極限の環境を想定して、第一整備ユニットは星を追う者のための機能を日夜開発し続けている。
シャウナ女史は、試験飛行の度に常にその新機能を限界まで試してくれる、素晴らしい星を追う者であるということだ。シャウナ女史本人に訊いてみると、「目新しいものが好きなんだよ」などと照れ臭そうにコメントしてくれた。そういった一つ一つの積み重ねを経て、星を追う者の仕事は改善化が進んでいる。次の極大期には、星を追う者たちは更なる活躍を見せてくれることだろう。
ところで我らがヤポニアの魔女、サトミ・フジサキ女史の評判はどうなのか。興味本位で、筆者はそのことについても質問してみた。
「あー、サトミさんはねぇ……」
前回極大期でも群を抜いた好スコアを記録したサトミ女史だが、整備員たちからの評価は今一つだった。
「サトミさんは天才肌なんですよ。あそこの隊長さん――ニニィさんも似た感じで、補助機能とかを一切使わないで本人たちの勘だけで飛んでる。それで充分に成果を出しちゃうんですよね。こっちに上がってくる意見は『防護服が暑い』とか、快適性に関するものばっかりで。正直、整備員としてはヘコみます」
凄すぎる魔女というのも、困りものということだ。フラガラハ隊隊長機ニニィ・チャウキ女史からも、確かにそんな印象を受ける。尤もそんな天才たちだからこそ、あの『ブリアレオス』に対しても臆することなく立ち向かうことが出来たのだろう。
「まあ、だからあの二人はうちら整備員にとっても目標なんですよ。いつか、サトミさんやニニィさんを唸らせるようなサポートシステムを構築してみせるって。あの二人が現役のうちに、一度はぎゃふんと言わせてみたいです」
毎日の激務で疲れているだろうに、第一整備ユニットの面々は笑顔を絶やさずに明るくインタビューに応じてくれた。これからも是非、母星を守る星を追う者たちを支えていってほしい。
降臨歴一〇二九年、九月二三日
フミオ・サクラヅカ
「フラガラハ隊全機、降下準備。状況送れ」
「フラガラハ二番機、準備完了」
「フラガラハ三番機、準備完了」
「フラガラハ四番機、準備完了」
「……欠番機、どうした?」
「はいはーい、よろしくてよん」
「――まあいい。ではフラガラハ隊、急速降下開始! 各員、母星に愛される淑女たれ!」
その刹那の瞬間に起きた出来事は、あまりにも早すぎた。
極北連邦の狙撃兵は、確実にサファネの頭部を照準に収めていた。最新鋭の長距離ライフルに、弾丸は虎の子の魔術貫通弾だ。防御士が近くにいると万が一防がれる可能性もあったが、サファネは自分からのこのことその場から離れてくれた。
いくら魔女たちが超感覚を持っていて、隕石をも弾く防御壁を持っていたとしても。魔術貫通弾の一撃を止めることは出来まい。
必殺の間合いと、必殺のタイミングだ。この感触で外したことなど、今までに一度としてなかった。
――だから、信じられなかった。
「なっ!」
サファネの姿が、消えた。
文字通り、視界から完全に消失していた。瞬きの間とか、そんな生易しいものではない。砂の上に、魔術貫通弾が虚しくめり込んで痕を付ける。狙撃兵は慌ててスコープから眼を離して、もう一度覗き込んだ。
「うらぁっ! 何をやっとんじゃあ!」
突然、背中が力いっぱいに踏ん付けられた。ごきり、と嫌な音がする。遅れて、猛烈な痛みが這いあがってきた。肺の中の空気が全部漏れ出して、悲鳴すら上げられない。ひゅこ、というタイヤチューブに僅かに残された空気の断末魔が精一杯だ。
手足をじたばたとさせたが、抵抗するだけ無駄だった。がつん、と追い打ちのようにして放り投げられたヘルメットが脳天を直撃する。観念して大人しくなったのを見届けると、狙撃兵に足を乗せた女は満足そうに頷いた。
「隊長、でっかい砂ネズミを捕まえた。他にもいるかもしれないから、掃除が終わるまで王子さんにはそのままお散歩でも楽しんでてもらってくれ」
何が起きているのか、まるで判らなかった。ただ、手を引かれていることだけは明らかだ。景色が猛スピードで流れて、空へと昇っていく。銃声が聞こえた気がしたから、撃たれたのかもしれない。サファネはトンランの傍を離れて走り出して。
狙撃兵に狙われた。
迂闊だった。レヴィニア解放軍は国際条約を破ってでも、サファネの命を狙ってきた。そのくらいのことは、当然のようにやってくる。罪を犯したことがバレてしまったのならば、もはや形振り構う必要もないだろう。
諦めるしか――ないのか。
サファネを殺して、レヴィニアに平和と安定を。それが成されたのなら、サファネには何も言うことはなかった。イクラスが生きてくれるのだから、満足だった。
「王子様、特に痛むところとかはありませんか? そろそろ離しますよ?」
誰かの声がした。サファネが改めて周りをよく見ると、そこは不思議な世界だった。
暗い空に、金色の輪がまるで大河のように掛かっている。足元に広がっているのは、ひょっとして母星だろうか。澄んだ青が、とても美しい。死した魂が天に運ばれる際には、こんな光景が拝めるものなのか。行く先はどこなのか。サファネが顔を上げたところで、ばったりとヘルメット姿の女性と目が合った。
「防御壁の範囲は広めに取ってますけど、落っこちると大変なことになります。しっかりとホウキに掴まっていてくださいね」
天使――ではなかった。魔女だ。特徴的な防護服の肩のところには、所属を示す徽章があしらわれている。ヘルメットの顔の部分、半透明のバイザーの向こうで真紅の双眸が細められた。
「君は……」
「国際航空迎撃センター所属、星を追う者フラガラハ隊四番機、サトミ・フジサキと申します。急な飛び出しは危険ですよ、サファネ殿下」
ヤポニアの魔女、サトミ・フジサキは優しく諭すような口調でサファネの軽率さを注意した。
正しく、電光石火のスピードだ。
サトミは狙撃用ライフルが発射された瞬間には、母星への降下の真っ最中だった。サファネへの狙撃を発見出来たのは『偶然』、良く言えば『勘』だ。サトミは以前フミオが狙われた際に、自分では助けることが適わなかった反省から、反応速度はこの上なく鍛えてあった。
音速の数十倍の速度で人体を掻っ攫うのは、一歩間違えば相手の身体をバラバラにしてしまうリスクがある。しかも今のコースでそれをやれば、砂漠に激突して自滅する可能性だって充分にあった。
しかし、悩んでいる時間はなかった。隊長機のニニィがサトミの進路を開けた。察しが早くて助かる。サトミはすぐに猛烈な加速をかけた。空気との摩擦もコントロール。地表すれすれで速度をゼロに。サファネの手を握って、そのままV字に急上昇。
飛行機械にこれを真似することなど、百年経っても無理な話だ。その場にいた人間たちには、突如としてサファネが蒸発したようにしか見えなかったはずだった。
唯一、サトミはトンランと目が合った。向こうも余程焦ったのだろう。ぽかんと口を開けて、走り出そうとする直前の姿勢だった。念話で、短くやり取りを交わす。
「任せて」
「お願い」
それだけで、意思の疎通は完了だった。サトミはサファネを連れて、一息に母星の衛星軌道にまで飛び上がった。
「あーあー、こちらは国際航空迎撃センター、星を追う者のフラガラハ隊である。このレヴィニアで、国際条約の違反行為が認められたとの通報を受けて参上した。魔女とワルキューレ以外、全員武器を捨ててその場を動くな」
ティアマトの周りを、ホウキに跨ったニニィがくるくると回りながら大声でがなり立てていた。手にしているのは、ジャコース将軍が持っていたはずの拡声器だ。地上ではフラガラハの隊員が、隠れているレヴィニア解放軍の兵たちを炙り出していた。砂の中に、何名かの狙撃兵が潜んでいる。それを見付ける度に星を追う者は彼らを空中に引きずり出し、武器をバラバラに分解して兵士たちの身体諸共宙に放り投げた。
「てめぇ、ワルプルギスの魔女が極北連邦の軍属にこんなことをして良いのかよ!」
サファネに向かって銃を撃った狙撃兵は、ようやく声が出せるようになってきた。魔女の世界には、人間たちの争いには不介入という厳しい掟が存在している。特に理由もなく人を傷付ければ、それは重い罪に問われる行為のはずだ。
星を追う者は、兵士の背中を踏み付けたままだった。狙撃兵の訴えに反応して、長い赤毛がざらりと揺れる。その表情は――兵士のことを完全に馬鹿にし切って嘲笑っていた。
「はぁ? 誰が魔女だって?」
星を追う者なら魔女だろう。そう言いかけたところで、狙撃兵は女の肩にある徽章に目が留まった。
――フラガラハ隊、欠番機。
星を追う者の正式隊員でありながら、唯一魔女ではない者。かつて母星の大地に、『ブリアレオス』という罪を刻むことを試みた伝説のワルキューレ。
「イ、イスナ・アシャラか!」
「ご名答」
イスナは足の裏に更に力を込めた。「ぎゃあ」という悲鳴と共に、肋骨がもう二、三本折れたのが感じられた。まったく、こんなんだから魔女は舐められるんだ。イスナに出来ること、イスナにしか出来ないことはまだまだ沢山ある。
それがある限り、恥を忍んで星を追う者でいさせてもらう。星を追う者を夢視て死んでしまった妹に、イスナはそう誓っていた。




