さらわれ体質
危ないと叱るノーフェに、
「だって、みかんが」
と千春が、働いていない頭でぽつりと言う。相手がノーフェだと気が付いてはいなかった。
「みかん、って、そのソルナみかんか」
ノーフェは千春が胸に抱え込んだみかんを見てあきれたように言った。
ノーフェだけではない。真紀もあきれていた。正確に言うと、「私たち25歳だよね。確か25歳だよね、だってみかんがって、千春……」と心の中で盛大に突っ込んでいた。と同時に、心配した分怒りがこみ上げてきて思わず大きな声を上げていた。
「みかんより、命が大事だろ!」
「ノーフェ……」
千春にも真紀と呼ばないだけの落ち着きはあるようだ。もっとも目立ってはいけないということを忘れて、いわば敵陣営の前で思い切り目立っていることに気づかない真紀も相当焦っていたのは確かだ。
「よい、この者も反省していることだろう」
怒っている真紀に毒気を抜かれたのか、ノーフェが笑いを含んだ声でそう言った。
「けど!」
おもわず言い返してハッとなった真紀を、王族に言い返して焦ってしまったためと解釈したノーフェは、
「仕方ない、食べ物は大切だものなあ」
と千春に話しかけた。千春はこくりと頷き、
「すみませんでした」
と言って立とうとした。でも立てなかった。ちょっと腰が抜けたらしい。もっともみかんを手放したら立てたかもしれない。
「お前はみかんがそんなに大切か」
ノーフェはみかんを抱えたまま慌てる千春を見るとふっと笑い、千春をさっと抱き上げてしまった。千春はぎょっとして固まった。しかし事件をハラハラと見守っていた市場の皆は大喜びで、拍手が起きる始末だ。さすがはノーフェ様とみんな満足げに頷き合う。
「え、あ」
「どうやらびっくりして立てないようだからな。脅かしたお詫びだ。離宮に連れて行って少し休ませてやる」
「い、いえ、歩けます」
「立てもしないのに?」
確かに立てなかったけれども、でも、これはない。だいたいこの人、あの意地悪王子様のノーフェだよ! 今頃気が付いた千春はこの状況に焦ったが、暴れると落ちてしまう。
「すみません、妹は、シュゼは俺がめんどうをみるんで! 大丈夫です」
真紀があわてて千春を引き取ろうとした。
「おや、お前はさっきの。この者の兄であったか」
「ノーフェ!」
千春も真紀に手を伸ばそうとした。
「おっと危ない、みかんが落ちるぞ」
そう言われてハッとみかんを抱えなおした千春は、結局ノーフェの胸に収まった。なんだろう、この状況。
「ノーフェとシュゼか。兄妹としては最高の名前だぞ」
本物のノーフェはフッと微笑むと、
「残りのみかんも離宮で買い取る。もう市場はしまいにして、妹を離宮に引き取りに来るとよい。それまでゆっくり休ませておくからな」
と真紀に言い、さっさと歩き始めてしまった。
「え、おい、待って、あー」
立ち尽くす真紀に後続の騎士が声をかけた。
「早く引き取りたいなら早く片付けることだな」
「え? はい、そうします」
真紀はぶつぶつ言いながら急いで店をたたみ始めた。
「いいじゃねえか、ノーフェ様に直々に話しかけてもらえて、みかんも売れて、ついでに離宮が見られるんだしよ」
野菜売りのおじさんがそうのんきに声をかけてくれるものの、
「今日はもう街を出る予定だったんだよ。王族とかめんどくさい」
と思わず返す真紀だった。
「兄さんたちが後で迎えに来る予定だったんだけど、待っていられない。おじさん、すまないけど今までのこと兄さんたちに伝えてくれないか」
真紀はそうおじさんに頼んだ。
「いいぜ。安心して離宮を楽しんできな!」
真紀は荷馬車に物をしまうと、みかんの箱だけを抱えて離宮に急いだ。
離宮までと言っても、市場から10分ほどはあるだろうか。
「あの、もう大丈夫なので降ろしてください。重いし」
「なに、全く重くはない」
というノーフェは確かに軽々と千春を抱えている。
「あの」
「シュゼと言ったか、そのみかんをむいてくれないか」
「ええ?」
「みかんが食べたい」
千春は仕方なくみかんをむいた。食べさせろとノーフェが口を開けたので、困った千春は周りを見たが、騎士たちはあきらめろと首を振った。千春は恐る恐るみかんをノーフェの口に放り込んだ。ノーフェはきちんと食べ切った後こう言った。
「うまい。一ついくらだ」
「300ギルです」
「300ギルか。ハイランド産の大きいリンゴが一つ100ギル。ソルナみかんをローランドで買うと200ギル。それがハイランドで買うと300ギルになる」
王族とは思えないほど物価を正確に知っていた。
「輸送費と、人手がかかるから」
「そうだな。間抜けなようでいてお前は案外賢いな」
18歳の年下男子に賢いと言われた千春は大変微妙な気持ちだった。
「同じ人間領でも、三領の物を利用したいと思うとこの差が出るのだよ。200ギルでソルナみかんを民に食べさせたいと思うのは間違っているだろうか」
ノーフェはそうつぶやき、もう一つみかんをくれと合図した。ノーフェの口にみかんを差し出しながら、千春はこう返した。返事は求められていないとは思ったけれども。
「それならハイランド産のリンゴを三領にどんどん出せばいいのに」
「お前はやっぱり賢いな」
ノーフェは満足そうに言った。
「ハイランドにあって、三領にはないもの、これがなかなか難しい。それに日界の端と端で今まであまり交流もなかったしな。難しいのだよ。それならハイランドだけで賄えないかと、そう考えてもおかしくはあるまい?」
「確かにそうだけど」
自給率を上げるということは間違ってはいない。でも寒いハイランドではソルナみかんはできないのに。
「さ、そろそろ離宮に着くぞ」
「お、降ろしてください」
「このままのほうが早い」
こうして千春はそのまま離宮に連れていかれたのだった。
「お兄様!」
離宮からシュゼが走り出してきた。
「おお、シュゼ。もう走るような年ではないと何度言ったらわかる」
「だって嬉しくて。あら、なに、その子」
シュゼはノーフェに抱かれている千春をいぶかしげに眺めた。
「馬の前に飛び出てきてな。腰が抜けたから休ませてやろうと思って連れてきた」
「お兄様らしいことね」
「部屋まで連れていく」
そう言うノーフェにあわてて離宮の侍女たちがやってきた。
「いけません。幼いといえど女子にございます。私たちが世話をします」
「そうよ、それより人魚がいるのよ! お兄様も会いにいらして」
「そのことだが、シュゼ」
ノーフェはやっと千春を降ろしてくれた。よろよろする千春を侍女がちょっと手荒に連れて行こうとする。みんなの憧れのノーフェ様にだっこしてもらえるなんて! 生意気だわ!
「王都に連れていく。そういう命令が出た」
なんだって! 千春はぎくりとして思わず止まってしまった。
「何をしているのです。早く行きますよ」
侍女がいらだって千春を引っ張る。シュゼはノーフェに文句を言っている。
「いやよ。それに干からびてしまうわ」
「人魚は一か月ほどは水に入らなくても生活できる。王都まではもつだろう」
新事実が判明した! しかし侍女に急がされた千春はその後の話は聞けなかったのだった。
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