お仕事
真紀は千春をしゃっきりさせると、セーラさんの用意してくれた朝ご飯を急いで食べ、すぐにアーサーの執務室に急いだ。
「おお、すまないな、お疲れだろうに」
相変わらずやや疲れた顔のアーサーが、グルド、そして宰相と共に待っていた。エアリスやザイナス、エドウィ、そしてカイダルとナイランはいない。
「エアリスは張り切って飛行船の準備だ。エドウィとカイダルとナイランはそれぞれ自分の用意だろう。ザイナスはまあ、あれだ」
アーサーは真紀の顔から疑問を読みとったのだろう、そう答えてくれた。そして改めてこう言った。
「マキ、チハールよ。ドワーフ領でのダンジョンの話を聞いたが、正直なところ信じられぬ思いだ。体は本当に大丈夫なのか」
「これまでのところ何ともありません」
真紀も千春も軽く体を動かして見せた。アーサーはほっとしたようだったが、それでも真剣な顔をしてこう言った。
「その話が本当のことなら、なおさらもう三領には行かせるべきではないと思うのだが」
「ヴァンが急かすからですか?」
千春はそう聞いてみた。
「エルフのうるささなどとるに足りぬこと。もっとも本当にうるさいのだが。鳥人とは別種のな」
アーサーはやっぱり眉間をもんだ。
「それではなぜ行くという話になったのでしょう」
真紀が不思議に思って聞いた。
「エドウィだ」
「エドウィ?」
「それをカイダルとナイランが後押しした」
真紀と千春は顔を見合わせた。意外な気がした。特にエドウィはあんなに心配していたではないか。
「城に帰ってきて、聖女を心配し帰還を待ち望んでいた城の者の温かさに触れ、違和感を感じていたところにヴァンに会い、そう決めたそうだ」
「温かさに触れたのに、そう決めた?」
「意味がわからぬよなあ」
混乱する真紀と千春に、アーサーはふっと笑いをこぼした。
「城の者の見ている聖女と、エドウィが旅の間共に過ごした聖女は、どうしても一致しなかったそうだ。心配と安堵の言葉をかけられるたびに、『違う』と、『そんなひ弱な方々ではない』と言いたい気持ちになったと」
アーサーはテーブルに肘をつき、組んだ手にあごを乗せてさらに言った。
「城に残してもどうせ何かに巻き込まれ、いずれ城出するはめになるだろう。遠くで心配するくらいなら、隣で気をもんだほうがましだ、とさ」
失礼な! そう思う真紀と千春だったが、その口元はほころんでいた。隣で、と千春の口が繰り返した。大切に大切にしまわれるのではなく、隣で、共に。
その真意は、やはり隣で大切にしたいというものだったのかもしれない。それでもそれは、真綿のようにくるまれる息苦しさではない。千春の目は優しくきらめいたし、真紀の顔も明るく輝いた。
どうやら、とアーサーは思う。息子も少し、大人になって帰ってきたようだな、と。こうして女性の顔を明るくさせるくらいには。
どん、バタン!
「聖女方、飛行船の準備ができたぞ!」
「待て待て、まずどこに行くかきちんと話して、準備をさせねば!」
その時、執務室のドアが開いて、金銀のエルフが入ってきた。
「ヴァン、エアリスよ、ここは一国の王の執務室で……」
眉間をもむアーサーに、遅れて入ってきたザイナスが苦笑して謝る。
「すまぬ、止められなかった」
さすがにエアリスは居住まいを正すと、真紀と千春を優しい瞳で見た。こうやって並んでいると、さすが伯父と甥、よく似ている。
「マキ、チハールよ、無理にとは言わぬが」
「伯父上!」
「無理にとは言わぬが、エルフ領へと共に参らぬか」
千春は思い出す。初めてこの執務室で、エルフ領へ来てほしいと言ったエアリスを。それから二ヶ月もたってしまったがその時の約束をやっと果たすことができる。千春は真紀を見た。真紀もうなずき返す。
「「行きます!!」」
執務室にほっとした空気が流れた。ヴァンはさっそく言う。
「すべてエルフ領で用意するから、聖女方は身一つでよい」
セーラさんの言う通りだった。せっかちなんだから。真紀は少しおかしくなったが、千春は表情のない顔をしてこう聞いた。
「身一つと言いますが、エルフ領まで何日かかりますか」
「それは、南領まで二日、そこからは一日かからぬ」
「最低でも三日かかりますが、その間はどうするのですか」
「それは……そのままで別に」
研究者め! 千春は冷たい目でヴァンを見た。ヴァンは少しひるんだ。
「それから、私たちは何のために行くのですか?」
「それは、その。瘴気を早く集めるために……」
「では旅の間何をしていればいいの?」
「その……。ぼんやりとでもしていてくれれば……」
千春はさらに冷たい目になった。くっくっと笑っているアーサーのほうにくるりと向く。アーサーはあわてて笑いを引っ込めた。
「そうおっしゃってますが……」
「まあ、いてくれればいいと言うのは本音だろうよ。話を飾ってない分だけましと思ってくれ」
少しおろおろとするヴァンを冷たい目で見ながら、千春は真紀にバトンタッチした。
「昨日行くかもしれないと聞いて、私たちも少し相談していたんです。どう参加しようかなって」
「どう、とは、マキ、どういうことだ」
エアリスは不思議そうに言った。
「千春の言う通り、ただぼんやりと観光に行くのはいやなの」
「なるほど。しかし瘴気を集めるだけでも十分なのだが」
「それは自動ですることだから」
エアリスは少しだけ考えて言った。
「では賄いとかか」
「伯父上! 聖女に賄いなどと」
「マキとチハールによそってもらうスープはうまいぞ」
真紀はこの二人がだんだん面白くなってきた。しかし、時間もない。真紀はグルドのほうを向いた。
「グルド、今度も参加するの?」
「ああ、ドワーフの代表としてはカイダルで十分だが、やはりダンジョンと魔石の様子は見ておきたいのでな」
「では私と千春は、グルドの下について魔石研究班として参加します」
「「「魔石研究班?」」」
全員の声が重なった。




