帰還9 せっかちなエルフ
世界を巻き込んで満足かだと? ではこの世界は私たちを巻き込んで満足かと言い返そうとする真紀の肘を、千春はそっとつかんだ。そしてこう言った。
「ねえ、ノーフェ、聖女様、騒がしくないと思う。さっき列車の駅のところにいたものね」
「え?」
真紀は一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐにこう返した。
「そうだね、シュゼ。アーサー様と、エドウィ様もいっしょだったねえ」
「あと白い髪のエルフの人と、大きい獣人の人!」
金髪のエルフはいぶかしげな顔をすると、
「鳥人に連れられた黒髪黒目の少女など、聖女以外におらぬだろう」
と言った。真紀は、その少女と言うところにどうしても突っ込みたかったがぐっと我慢し、
「よく見て。私の髪は濃い茶色だし、目も茶色。鳥人はよく子どもを運んでくれるよ」
と答えた。こんなに濃い茶色をもつ人族なんかいないけどね。
「ううむ、確かに少し茶色がかっているか?」
真紀の目を見て悩むエルフに千春が後押しした。
「ねえサウロ、サウロもさっき駅で聖女を見たよね?」
サウロも慣れたものだ。
「見たぞ。二人。アーサーとザイナスといたな」
「なんと、それは……失礼した。人違いだったようだ」
エルフは謝った。一応失礼なことを言った自覚はあるようだ。もちろん、そのあと聖女は移動したのだが。つまり人違いじゃないけどね。
「人違いじゃなくても、嫌なことは言わないほうがいいと思う」
千春は真面目な顔でそう言うと、後ろを振り向き、それから真紀と目を合わせ、早くしないと、みんなが追いついてくると伝えた。すでに城門のあたりは騒がしくなっている。
「サウロ、サイカニア、バルコニーまでお願い!」
「いいぞ」
「いいわよ」
空に上がる二人と鳥人をまぶしそうに見上げるエルフを残し、真紀と千春は無事に元の部屋に戻ってきたのだった。「見上げるなよ!」と思いながら。
「マキ様、チハール様!」
「セーラさん!」
「ご無事で! 心配いたしておりました!」
部屋ではセーラが待ち構えていた。涙ぐみながら。
「悩んでいることがあればおっしゃってくださいませ! 内陸のものなどこの私がなんとでもいたします!」
「いや、なんとかしちゃダメだから」
そう言えば内陸の不愉快な一幕があったなあと千春は思いだした。それより、一番心配をかけて心残りだったのはセーラだった。
「ごめんね。少しでもセーラが知っていたら、きっと迷惑かけるだろうと思って内緒にしてたの」
「迷惑などと。あやつらめ、経済封鎖をしてもしばらく粘っておりましたが、やっと音をあげて謝罪に参りましたよ!」
け、経済封鎖してたんだ。千春は真紀と目を見合わせ、大事になっていたことに驚くのだった。その時、勝手に部屋に入ってくつろいでいたサウロが声をかけた。
「マキ、チハール、そろそろ皆が戻って来たぞ。呼び出しがあるのではないか」
「サウロ! サイカニア! あなた方は次代の鳥族の長でありながらその軽率な振る舞い、まさか、またマキ様とチハール様を連れだして皆さまにご迷惑をかけたのでは!」
そのとおりだ。セーラの読みには感心するしかない。
「迷惑をかけられたけど結果的に助かったと言うか、ええと、あまり責めないであげて……」
「チハール様はそもそもこの者どもには最初から迷惑をかけられっぱなしですのに、なんとお優しい」
いや、私をほめる感じでものすごく鳥人をディスってるからね、セーラさんは、と千春が思ったその時、廊下が騒がしくなってきた。
「直接のおいでのようだぞ」
サウロが言った。サイカニアは爪を眺めている。鳥人は耳もよいのか。
騒がしさは部屋の前で止まると、どんどんと大きな音がした。そしてまた騒がしくなっている。
「まあ、しつけのなっていない!」
セーラさんは眉をひそめたが、
「どなたでしょう?」
と声をかけた。
「エドウィだ」
と声がするが、エドウィではない。
「な、何を勝手に私の名前を」
「そのほうが早い。どうせアーサーだっているではないか」
セーラは真紀と千春のほうを見た。二人はうなずいた。勝手に帰ってきたことには違いないのだから。
「どうぞ」
セーラの声と同時にドアが開き、
「失礼する」
の声と共に数人がなだれ込んできた。一番前にいたのは、
「ああ!お前らは!」
金髪のエルフでした。金髪のエルフは二人の後ろに目をやると、目に怒りを浮かべ、
「鳥人もいる! やはり! なぜ嘘をついた!」
と二人にどなった。あーあという面倒くさそうな真紀の代わりに、千春が言った。
「嘘などついていません」
「だが、まるで自分たちが聖女ではないかのように言っていたではないか」
「なぜ自分たちが聖女であると言う必要があるのですか?」
「それは……」
エルフは詰まった。
「だが隠す必要もないではないか!」
「あなたが優しかったら隠さなかった」
千春は静かに言った。部屋になだれ込んだ面々も静かに見守った。
「城にいるからすべてのことから守られているわけではないのです。特に悪意からは自分で身を守らないと。あなたは聖女は世界を巻き込んで大騒ぎしていると言った。そんな人に正直に聖女ですと答えるほど、私たちは幼くはないつもりです」
「それは……」
あまりにも聖女が小さく愛らしく、思わず言ってしまったのがその言葉だったとは、今さら言えないエルフだった。そこにエアリスが口を挟んできた。
「マキ、チハールよ」
「「エアリス」」
「この者は私の甥っ子でな。まだ十分に成熟しておらず、心配性でせっかちなのだよ」
それはお前のことだろうと全員が突っ込んだかもしれない。少なくとも、さすが親族であると。
「おそらく、まだ名前すら名乗っておらぬのだろう」
「失礼した。エアリスの妹の息子に当たる、ヴァンという」
金髪のエルフが改めてそう言った。甥だと言われると、確かに似ているような気もすると千春と真紀は思った。
「国元では宰相補佐をやっていたはずだが、どうした?」
エアリスも城についてすぐ巻き込まれた口だろう、今さらながらそう尋ねた。
「そうだ! こんなところにいる場合ではなかった! ナイラン! すぐにエルフ領へと参るのだ! ダンジョンの様子が今までと違って何が起きるのか予想もつかぬ。ドワーフ領に使者を送った時にはすでに領都を出た後で、こちらで待っていたほうが早いと思ったのだが、こんなことなら飛行船をとばせばよかった!」
一気に答えるヴァンに、うんざりしたような城の面々を見ると、毎日似たようなことが繰り返されていたのだろうということが分かる。
「本当に、聖女はまだ来ぬのかと苛立っていたあの時のお主とそっくりじゃの、さすが親族よな」
グルドがエアリスを見てふっと笑いをこぼす。エアリスは苦笑して、
「焦ってもことは動かぬのにな」
と言った。300歳になっても成長はするのだ。
「さあ、ヴァン、我らも決してゆっくり帰ってきたわけではない。現に兵より早く帰って来たではないか。お疲れの聖女の部屋でするべき話でもない。さあ、アーサーの執務室に参ろう」
「はい、叔父上」
ヴァンはおとなしくエアリスと戻ろうとした。しかしその前に、
「騒がせて申し訳なかった。失礼する」
と一言言って去っていった。その後を、
「俺の執務室なんだけど。勝手に会合場所にしないでほしいんだけど」
とアーサーがぶつぶつ言うと、真紀と千春に目配せして帰って行った。残りの面々も同じであった。
「聖女関係ないじゃない」
「やつあたり?」
あきれる真紀と千春だった。
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