それぞれの場所で
結果として部屋からは出られそうもなかった。窓ははめ殺しではないもののまず頭が入る大きさではない。それでも、窓枠に飛びついた真紀は、懸垂してみると外が見えると言う。
「どうやら裏庭のようだよ。誰かいたら気づくんだけどな、え、人間がいる。少年だ。あ、気づいた、ええ、けどなんかにらまれて、あ、そっぽ向いて行っちゃった……助ける気ゼロだよ」
真紀は高い窓枠からダラーンと垂れ下がった。千春は、言おうかどうか迷って、結局言った。
「主の寵愛を奪うよそ者、みたいな」
「ひー!」
真紀が落ちてきた。
「奪ってないから! そもそも寵愛ないから!」
「ごめん」
からかってる場合じゃなかった。トイレだけではなくお風呂まで部屋についていたが、窓はなく、ドアは外から鍵をかけられ出られない。
夕ご飯を持ってきてもらった時一緒に出ようとしたが阻止され、それでも廊下に見張りなどはいないことは確認した。ということは、なんとか廊下に出れば逃げられるかもしれない。
しかし、外に出る機会はなかなかなかった。夜は書き物机を動かしてドアに押し付けて寝たが、食事以外で誰かが来る気配はなかった。そのまま二日過ぎようとしていた。
なぜ誰も来る気配がなかったのか。それはグルドが涙ぐましい努力をしていたからだ。
「まあまあ、老い先短い年寄りに付き合ってくだされや」
といって、渋る町長に一日中付きまとっていたのだった。さすがに列車の開発者であり、魔石の利用促進をしてきたドワーフの功労者を邪険にするわけにはいかない。地域の有力者などを招いてもてなそうとした。
が、グルドは離れない。
「町長というお仕事はどうなんですかな」
「館を見せてくだされ」
などといって、一日中付きまとう。夜になってさてとおもえば、
「年よりは眠りが浅くての」
などといって護衛付きで廊下やホールを徘徊しているありさま。せっかく好みの人間を手に入れたのに。少しずつ心を開かせて、最終的にはと思っているのに。顔すら見に行けないではないか。
真紀と千春も、町長も、そしてグルドも手詰まり感を覚えて来た頃、いつもと違う人が二人の部屋に昼の食事を持ってやってきた。
「あ、きみ、裏庭にいた少年」
「ほら、食事」
その少年は二人を横目で見ると食事を置いてそっけなく出て行こうとした。
「待って待って、ちょっと!」
真紀が止めてもうるさそうに足を急がせただけだった。そこに千春が声をかけた。
「俺たちが出て行ったら、お館様の寵愛は君のもの」
少年はピタッと止まった。
「俺たちは無理やりここに連れてこられたんだ。できれば出て行きたいのに閉じ込められてる。雇用契約だって結んでない」
「何が言いたいの」
「ご飯を運んできてくれた人が、うっかり鍵を閉め忘れたら、いなくなってるかもね」
少年は下を向いてぼそっと言った。
「お館さまが悲しむからできない」
「何でっ、あんな奴!」
「ケネス、ちょっと」
千春は真紀に静かにと合図した。
「いい人なんだ?」
「内陸で食い詰めてた俺たちを引き取ってくれて、仕事をさせて食わせてくれる。大きくなって用なしになっても、ちゃんと仕事をあっせんしてくれるんだ。人間領では満足に食べたこともなかったのに」
真紀の眉毛がぴくぴくしている。うん。一見いい話だけど、「用なし」ってところが怖いよね。もうちょっと我慢してね、真紀ちゃん。あと内陸? へー。
「俺たちは親戚を探してミッドランドの兵についてきたんだ。ここで働きたくなんかない。君だって余計なやつがいないほうがいいだろ」
「……」
少年はうつむいたまま、
「今日の夜も当番だから。出て左にまっすぐ行くと裏口があって、裏庭に出られるようになってる」
と言った。
「ドワーフの重鎮の方が来ていて、お館さまはそろそろお付き合いにいらいらしてきてる。今夜を過ぎたら」
少年はちらりと真紀と千春を見た。二人は息をのんだ。
「もう帰れなくなるから」
パタン、と出て行った。
「ひー」
「真紀ちゃん、落ち着いて」
千春は真紀をなだめた。
「彼が夕方、食事を運んでくる。そして、鍵をかけ忘れる。そこで抜け出すと、そう言うわけですよ」
「そんなにうまくいくかなあ」
「うまくいかないと思う」
「え、じゃあ千春、なんでそんな作戦?」
「とにかくきっかけがほしいでしょ」
「うん。でも、私たちが出て行ったあと、あの子絶対叱られるよね」
「叱られるならいいほう。たぶん放りだされる」
「じゃあだめだよ! 巻きこめないじゃん」
「だから作戦をたてるんだよ、いい?」
二人は脱出の相談を始めた。そして、そのためにしっかりとお昼寝をしたのだった。
その2日間、エドウィたちは何をしていたのか。
「く、もう2日たつのか!」
「あと少しで入口だ!とにかく無事に、兵と冒険者を撤退させるんだ!」
必死でダンジョンからの脱出をはかっていた。
「くそっ、長年ダンジョンに潜ってるが、こんなことは初めてだ!」
熟練の冒険者がつぶやく。
「なんなんだ、こんなに魔物が活性化しやがって。しかも下からどんどん上がって来やがる!」
それはここにいる全員の思いを代弁していたと言える。しかしエドウィたちは確信していた。マキとチハールがダンジョンの近くまで来ているのだと。これが魔物が騒ぐということか。
「何があった」
エドウィはつぶやく。確かに何をするかわからない二人だが、言われたことはきちんと守る。本当ならグルドと三人で保養地でのんびりしているはずだ。それなのにダンジョンのそばまで来ることになっているのには、なにか必ず理由があるはずだ。
あまりの魔物の多さに、兵たちはダンジョンの入り口で押さえるだけで精いっぱいで、グルドの伝言はエドウィたちには伝わっていなかったのだった。
遅かったのだ。いや、数日早く来ても同じだっただろう。狩っても狩っても魔物はわいてきた。まるで順番待ちをしているかのように。
「無駄に時間を使わせやがって」
町長には恨みごとの一つも出ても仕方ないだろう。
どんなに兵たちが努力しても、冒険者にがんばってもらっても無理だった。
「魔物が、外に出る」
そうでなければ兵は全滅するだろう。
「出た後に、どうなるか」
それはわからない。魔物は生きている者に寄りつく。
「エドウィ、伝令に使えそうな兵を選んでくれ」
「わかったナイラン。先行して町長に対策を取らせる」
残念ながらグロブルには堅牢な城はない。だから、人々は建物の中に。できれば地下に隠れてもらう。町にいるだけの冒険者を集め、兵と共にダンジョンの入り口で、なんとか魔物を防ぐしかない。
「あと半日」
なんとか地上まで、兵を欠けさせることなく。エドウィは、カイダルは、ナイランは剣をふるう。




