後になって気づいても
その一時間前。
「お二人が戻って来ない。いつもならそろそろ二往復目の顔を出すのに」
護衛が首をかしげていた。
「確かになあ、今までだってさぼらずまじめにやってくれていたもんなあ」
おやつ係のドワーフが同意した。
「ちょっと見てくる」
「中腰になれば畝に入っていけるからな」
「わかった」
しかし、中腰になって畝の端から端まで探しても真紀と千春はいなかった。
「どうしたの」
「スティラか、ケネスとライアンがいないのだ」
「あの子たちなら担当はこの畝何列かよ」
「そのどこにもいないのだ」
「おかしいわね」
スティラは思い切ってその畑のドワーフを集めてくれた。
「なんだよ、もう少しで終わりなのに」
「ケネスとライアンがいないのよ。誰か見なかった? 例えば具合悪くて宿に帰っちゃったとか」
「宿方面には誰も行ってないぞ。移動していたのは一台の荷車くらいで、藁を積んでいたが」
宿方面で働いていたドワーフがそう答えた。
「しかし、畑で働いていたら見えないだろう」
「見えるんだよ、背高さん。ほら、畝のところで俺たちの頭まで頭を下げてみな」
護衛は言われたとおりにしてみた。真紀と千春が思ったのと同じように、護衛にはジャングルのようにしか見えなかった畑は、地面から140㎝くらいの高さでは、はっきりと先が見えるのだった。
「ではどこへ」
「ねえ、荷車って言ったわよね」
「ああ、藁を積んでた」
「この季節飼葉はそうはいらないし、収穫期でもない。そんなときに何で藁を積んだ荷車が通る必要があるの」
「確かに、変だな」
「もしかして、さらわれた?」
護衛ははっとした。
「荷車は、どちらの方面へ!」
「グロブルのほうに向かってたような気がするが」
護衛は走りだそうとした。
「待て、これだけは聞いていけ!」
「なんだ」
「グロブルの町長はお稚児趣味だ。それも人間族のな」
「お稚児、人間!」
今度こそ護衛は走った。
当然グロブルに向かう街道にもう荷馬車はなかった。護衛は宿のグルドのもとへ急いだ。
「さらわれただと! グロブルの町長の元にいる可能性があると。うーむ」
グルドは少し考えた。
「戻って来るかもしれぬ。しかし最悪を考え、今すぐグロブルに向かう。おぬしは先行してエドウィか誰かにこのことを報告、その後はとりあえず兵の宿舎となっている宿屋に集合だ」
「わかりました」
グルドは急いで宿の手続きをし、護衛の後を追ってグロブルに向かった。グロブルについたころには夕方になっていた。
「グルド様!」
護衛の者が宿舎で待っていた。
「今日は代表の四人ともダンジョンに入っていて、いつ帰るかもわからぬということで、連絡がつきません。カイダル様とエアリス様など、泊まり込みでダンジョンに潜っているらしく」
途方に暮れている。
「エドウィとナイランは!」
「昨日まで町長の館で社交と称して拘束されていたため、今日はさっさとダンジョンに行って戻っておられぬとか」
「どうしたものか。いきなり行って追及するわけにもいかぬし」
グルドはいらだった。グルドも本来エアリスと同じ研究者兼技術者なのだ。社交は苦手だし、気持ち悪い町長など会いたくもない。しかしそうもいっていられない。
「よし、わしは今日から町長の家に滞在する。護衛も二人ほど連れて行って、とにかく牽制して来る。ダンジョンに使いを出し、エドウィたちの誰かに連絡を取ろう」
そのころ、真紀と千春はゆっくりと眠りから覚めようとしていた。
「ん、つう、頭が痛い」
「ん、あ、真紀ちゃん!」
「千春! いたっ」
水分不足だろうか、ぐるぐる巻きで運ばれたからだろうか、体じゅうがずきずきする。
「ここはどこだろう」
「薄暗いけど、立派な部屋だ。宿ではないね」
「真紀ちゃん、私たち、さらわれたんだよね」
「うん、しかもかなり犯罪くさいさらい方だった」
部屋はシンプルでベッドと小さい書きもの机、椅子のほかに何もない。窓はというと、天井に近い位置にあるが、小さすぎて二人にはとても入り込めないものだった。
「逃がす気はなさそうな部屋だね。けど何でさらわれたかまったく見当がつかないよ。考えられるのは下働きとして売られるか、女だってばれて娼館に売られるか」
「たぶん女とはばれていない。けど、待遇は悪くないよ。いったいなんだろう」
「千春、とにかくなんとか起き上がろう。寝たままだと何かと不利だよ」
「わかった」
痛む頭をこらえて二人でなんとか起き上がった。その時、ドアがぎーっと開いた。
「ほう、起きていたか」
ドワーフの初老の男の人と、そのお付きの人と思われる二人連れだった。お付きの人は水差しを持っていた。思わず真紀と千春の目はそれを追った。
「のどが渇いたか、トマス、水を」
お付きの人はカップに水を入れて飲ませてくれた。何が入っているか不安だったが、このままではいずれ熱中症で倒れてしまう。二人はありがたく水をもらった。その様子を初老の人はじっと見ていた。
「さて、何でこんなところにいるか不安に思っているだろうな」
二人はうなずいた。
「お前たちは冒険者崩れの奴らにさらわれて、売られるところだったんだよ」
やっぱり。真紀と千春は目を合わせてうなずいた。
「それをたまたま私の家の者が見つけてね。安心おし。やつらはちゃんと捕まえておいたから」
「ありがとう、ございます」
「ほう、声変わり前か。よいよい」
そう満足そうに言うと初老の人はベッドに近づいてきた。そして真紀のほうを向くと、手をあごにかけた。
「くすんだ金色の髪に、濃い色の瞳。まつげもくっきりして、なんと愛らしい」
き、気持ちわるい。真紀は鳥肌が立つのを一生懸命がまんした。
「どうだね、帰るところがなければこの館で働いては。下働きなら雇えるが」
とんでもない!
「いえ、あの、ミッドランドの一行に、帰りも雇ってもらうことになっていて」
「なるほど、なるほど。しかしダンジョンはずいぶん魔物が多くてね。帰るまではだいぶ時間がかかりそうだが、その間はどうするんだい」
「あの、花つみが」
「花つみはもう終わりだよ。生活費はどうするんだね」
うろこのお金も、日払いでもらっていた賄いのお金も、花つみで稼いだお金も、まだ十分に持っているんだけど、それを言って、不利に働かないか。言葉に詰まった真紀と千春を満足げに眺め、なにか言おうとしたとき、ドアをノックする音がした。
「なんだ」
不快そうに問う初老のドワーフに、
「あの、お客様がいらしています」
「後にしろ!」
「それが、あのグルド様でして……」
「なんだあの死に損ないが! まあいい。すぐに行く」
そうして真紀のほうに振り向くと、
「とにかく今日はここで休んでゆっくり考えなさい。食事はここに運ばせる」
「え、待って」
という声も無視していなくなってしまった。
「キモ」
「そこか!」
「だってさ」
真紀はふてくされた。
「何で千春が人魚で私がおっさんなのさ。しかも性別間違えてるし」
「どっちもどっちだと思うけどな」
「だって貞操の危機だよ?」
「それもそうなんだけど、これ、あいつの自作自演だよね?」
「うん。やつらは捕まえたなんて言ってたけど、絶対あいつがやらせたんだ」
「そうだと思う。まさかこんな目的でさらわれたとは」
「ヤ、メ、ロ」
真紀がうなった。千春がつぶやいた。
「女子だとばれたらどうなると思う?」
「よくて外にぽいだけど」
「別の意味で貞操の危機かも」
「うーん。なんとか隙をついて外に逃げ出さないと。逃げ出して大声で叫ぶんだ。おじさんにおそわれる!って」
「まず部屋をなんとかして出ないと」
「グルドが来てるって言ってた! きっと怪しんでくれてるんだよ」
「助けてもらうのを待つ?」
真紀は姿勢をただした。
「いや、できるだけのことはしよう」
「うん」
まずは、部屋を隅々まで調べよう。




