ダメなヤツら
「ノーフェ、シュゼ、どこに行ってた!」
めずらしくナイランから声をかけてきた。ノーフェはいつもの調子で答えた。
「どこって、温泉だけど?」
「いなかっただろう」
「え、いたけど?」
「見当たらなかった」
それに対してシュゼが小さい声で答えた。
「え、見に来たの?」
「え、いや、見に行ったというか、探しに? みたいな?」
ナイランは焦ってそう言った。
「大丈夫だよ。宿の人が言ってたもん。地元の人は、家族連れや女性が入っていたらちゃんと避けるって。だから安心……。二人とも、どうしたの?」
カイダルは食堂のテーブルに突っ伏しているし、ナイランは壁に手をついてうつむいている。
「変だなあ。ほら、夜明けがきれいだからって、一番上のほうに行ってさ、女の人が二人いたようだからその向こう側に入ったんだよ。ほんとに夜明けがきれいでさー」
「きれいだったねー、あれ、カイダル? ナイラン?」
ノーフェとシュゼは楽しそうに話していたが、カイダルとナイランの様子に首をかしげた。
「わかったよ、悪かったよ、今度から前もってちゃんと言うからさ、カイダルとナイランもあんまり硬いこと言うなよ?」
ノーフェはやれやれと言う感じで言った。
「ねえ、お兄ちゃん、遠くで暗くてよくわからなかったから、女の人二人って言ってたけど、実際は子どもだったかもしれないよね」
「そうだな」
「いや、女の人だった」
「バカ、お前!」
「え、見たの」
ノーフェが興味しんしんと言う顔で聞いた。
「見てない! 見てないけど、ただ、こう、目に焼きついたと言うか……」
「バカがいる……」
つい話してしまったカイダルにナイランは天を仰いだ。
「さいてー」
シュゼの小さい声に撃沈した二人だった。
撃沈した二人を置いて真紀と千春はいったん部屋に戻り、なんとか乗り切った無事を喜び合った。
「目に焼き付いてるって言う? ふつう」
真紀はぷりぷりしている。
「カイダルだからねー」
「まあ、私たちのあれはともかく、黒髪そのままだってことが問題でしょ」
「今のとこ、髪は注目されてないみたいだから大丈夫そう」
喜ぶべきかどうか。
「とにかくしらを切り通す! あーあ、ここにしばらくいたいな」
「また来ようよ!」
「そうだね。今は先に進もう」
コライユは温泉の涌く山そのものの地熱が高いので、めずらしい果物がなっているという。緑のやわらかい球状の皮をむくと、白い果実がつるんと出てくる。大きさは握りこぶしほど。
「ライチみたい」
「ほんとだ」
数が少ないので他の町にはめったに出回らないと言うそれを、朝ごはんのデザートに添えてくれた宿の人には感謝しかない。食欲がないというカイダルとナイランからも果物をもらい、ご機嫌に領都へと旅立つ真紀と千春だった。
一方、カイダルとナイランは反省していたか。
「確かにうかつだったと思う、誰が入っているかわからないんだから、気をつけないと。でも確かにノーフェの声がしたような」
「向こう側にいたって言ってたから、それじゃないか」
「そうか、そうだな。それにしても」
「なんだ」
「眼福、というか」
「バカだろ、お前」
「なんだよ、自分は見なかったとでも?」
「……見たけどさ」
していなかった。
「ほっそい子たちだったよな。けど白い肌にこう、曲線が何とも、そして黒い髪との対比がまた」
「待て待て、待てよ」
「なんだ」
「黒髪だった」
「ああ、あ!」
「それ! 黒髪の民族っていたか? カイダル、お前目が合ったよな」
「いや、合ったけど体のほうが」
「ほんとにバカなのな、お前」
「違うって。目は、えーと、黒……」
はっとして顔を合わせた。
「「聖女か」」
「いや、まさかな」
「だってさ、ミッドランドに行った時、ちょうど聖女のお披露目だったよな」
「そっからこの期間でコライユまで? ないない。それらしい一行もいなかったろう」
「そうだな。けど、そうだとするとこの瘴気の薄さは説明がつくんだが……もっとちゃんと見ておけばよかったな」
「ナイラン、人のこと言えないだろ」
「バカ、お披露目の時の話だよ」
「そ、そうか」
「ほんとに聖女なら護衛が必要だが」
「俺たちはちびの護衛兼、領都での報告だ」
「そうだな。ほんとなわけないか」
男たちは小さな幸運をかみしめつつ、知らずに聖女を護衛しながら領都へと向かうのだった。
間にコライユの町を挟んでも、領都までは10日ほどかかった。最後の町からゆったりとくだると、広い盆地に領都グレージュが見えてきた。
盆地の端のほうには盛んに煙が噴き上げている地域があり、それ以外は背の高い建物もなく通りに沿ってたくさんの家々が並んでいる。
「城を見てみろよ」
「城?」
そんな大きい建物は見当たらない。
「ミッドランドや内陸の城を見慣れてるとわかりにくいかもしれんな。ほら、鍛冶屋街、煙の上がっているところを見てみろ」
「あれ鍛冶屋街なんだね。うんと、あの二階建の、体育館みたいな大きな建物かな」
「体育館? なんかわからねえが、そう、あのいろいろな建物が寄り集まっているところだ」
「へえ、なんか親しみ深いね」
「そうだろ。ドワーフは鍛冶の国だろ、王族も優秀な鍛冶師でなければならないのさ。だから城にも鍛冶場があるし、そこを起点に鍛冶屋街が広がったともいえるな」
「なるほど、さすがカイダル、地元だね」
「おう、安くておいしい店も知ってるからな、連れてってやる」
「その前に宿だよ」
そう主張するノーフェに、
「なあ、ほんとにオレんとこ来なくていいのか。結構広いし、おふくろや兄弟も喜ぶと思うんだが」
「ありがたいけど、そこまでは」
「カイダル、その辺で」
ナイランが止めてくれた。心配するカイダルをかわしつつ、馬車はグレージュにたどりついた。
「とりあえず今日は宿までは送る。俺たちも用事があるから、悪いが飯は自分たちで頼む。2、3日中には必ず予定を伝えに来るから、それまで領都を楽しんでくれ」
「わかったよ、大丈夫だから」
「それにしても、なんだか町がざわついているな」
馬車を降り、周りを眺めながらナイランが言った。そこにバサバサっと白い鳥人が下りてきた。
「またオルニか、めんどくせ、え?」
オルニのかばんは茶色だ。緑と赤のかばんが誇らしげに腰につけられている。
「「サウロ、サイカニア!」」
「マ、いや、……ノーフェ、シュゼ」
「どうしたの?」
「ミッドランドからダンジョンに向けて兵がくる」
サウロは千春の耳元に顔を寄せてささやいた。
「エアリスとグルド、それにエドウィがくるぞ」
芝居成功。
連休の間更新不定期になるかもしれません。




