挿話② カダベル不在のある日
お話は、第三章が始まる以前の出来事となります。
第三章本編で目立たなかった、あまり絡みのないメンバー同士に焦点を当てた日常話となります。
山岳地帯を進む、馬に乗ったふたりの姿があった。
「ほら、イグニスト。あれがサーフィン村だよ」
「フフン。これはまったくもって芳しき香り。険しい山を抜けた途端に広がる花畑とは、なかなかに風情がありますな」
「いい感じでしょう。いつもここに来るとホッとするんだ」
まるで子供のように明るく笑う主人を見て、イグニストもヒゲを撫でて嬉しそうにする。
サーフィン村に近づくにつれて、ルフェルニはさらに意気揚々となっていた。
鏡で身だしなみを整え直し、普段はしない化粧をし、髪を整えて後ろでまとめる…ポニーテールにした方が、“その人”の好みだったからだ。
「この格好、変じゃないかな?」
普段と変わらない服装なのに、ルフェルニは自信なさそうに問う。
「ルフェ様はなにを着ていてもお美しいですとも」
「そうじゃなくて、もう少し可愛い服とかの方が…」
“恋する乙女”の心情に聡いイグニストは柔らかく微笑む。
「今日は戦闘訓練の指導に参ったのですからな。動きづらい服装は逆に不審に思われますとも」
「そ、そっか…。そうだよね」
自身の髪を指で弄び、期待や不安と入れ混じった面持ちでルフェルニは頷く。
「まだ告白はされないので?」
「え?」
イグニストの問いに、ルフェルニは顔をさらに赤らめる。
「そ、そんなこと…。わ、私には呪いがまだ…」
「お気持ちだけでも先に伝えておいた方がよろしいかと。ムッシュ…カダベル殿は女性から想いを寄せられることが多いように見えますからな」
「あ…。そ、そうなんだよね」
カダベルはミイラだが、ヴァンパイアという他種族交配に寛容な種族でなくとも、彼の周りには自然と人が集まっているようにイグニストには見えていた。
「我々は例え相手がアンデッドだったとしても“妊娠できる”という強みがありますからな。魔女の呪いが解けた暁には、それを武器に“正妻”の座を…」
「あー、今はそういうのいいから」
ルフェルニは赤い顔で首を横に振る。
「ロリーシェさんを出し抜いてとか、そういうのはカダベル殿も嫌われるし…したくない」
「ハハン。なるほど」
ヴァンパイアは意中の相手を手にするためには労力を惜しまない。恋仇を蹴落としてでもと考えるものだが、ルフェルニは変に生真面目なところがあった。
「しかしですな。高嶺の華も、いつかは山に登らねば得られないものですぞ」
「……それは」
イグニストは笑って首を横に振る。
「ルフェ様、どうぞ高き山へと登る勇気をお持ち下さい」
──
「これはディカッター伯。ご無沙汰しております。遠路遥々ようこそお出で下さいました」
村に入ると、すぐに紫髪をアップにし、縁のない伊達眼鏡を掛けた若い女性が出迎えにやって来た。
「カナルさん? 戻っていたんですか?」
「ええ。ちょうど、マイマスターに定期報告をしに戻ったところなんですが…」
元ニルヴァ魔法兵団だった彼女は、その魔法能力をカダベルに買われて、ギアナード中の情報を調べて回っているのだった。
「ディカッター伯は、本日はどのようなご用件で?」
「ええ、実はカダベル殿に村の青年団の訓練を依頼されてまして…。ヴァンパイア最も腕の立つ人物を連れて来たのです」
ルフェルニがそう言うと、イグニストは丁寧にお辞儀して見せ、カナルもそれに応える。
「そうだったのですね。しかし、あいにくと今は…」
カナルが続けようとした時、ルフェルニの耳にブツブツと呪言のようなものが聞こえてきた。
「ろ、ロリーシェさん?」
門の端に隠れていたロリーシェが、しゃがみ込んで親指の爪を囓っていたのだ。眼は窪み、その虹彩は酷く淀んでていた。
「いったい、これはなにが…」
ルフェルニの問い掛けには答えず、ロリーシェは花畑の先を見やって口の中でモゴモゴと繰り返したが、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。
「マイマスターに置いて行かれてから、そんな調子なんです」
カナルが呆れたように言う。
「置いて行かれた…というと、カダベル殿はここにおられないんですか?」
「ええ。今はイルミナードの方に村長と共に行っておられます。都市長と面会するとのことで」
ルフェルニは「ああ…」と頷く。
「ルフェ様?」
「前から、私やミューンがこの村に頻繁に出入りするなら、ロッジモンド都市長には話をした方がいいと仰られていたんだ」
ルフェルニがそう説明するのに、イグニストも「確かに他の地の領主が隠れて訪問するのは望ましくはありませんな」と言う。
「我々が来ることを、コウモリを使って伝えてはおられないので?」
明らかに落ち込んでいるルフェルニを見て、イグニストは不思議そうに尋ねる。
「あ、うん。サプライズ⋯にしようと思って」
ルフェルニが後ろでまとめた髪を弄るのを見て、イグニストは「なるほど⋯」と頷く。
「ルフェルニ、デッセ!」
「カッコカクカク!」
カナルの後ろから、巨人と骸骨が来るのを見てイグニスとは「ん?」と顎に手をやる。
「ゴライさん。メガボンさん」
ルフェルニがそう言って手を振ると、向こうも振り返してくる。
「ホホゥ。あちらの方たちが、カダベル殿の直属の兵ですか」
「イグニストは初めて会うんだっけ?」
「ええ。…ぬうッ!」
ゴライが近付いて来るのに、イグニストはヒゲと背筋をピーンと立てて硬直する。
「い、イグニスト?」
いつも余裕ぶっているイグニストがこんな反応するのを初めて見て、ルフェルニは少し驚く。
「こ、これは⋯」
「デッセ?」
イグニストは軽快に駆け出すと、ゴライの姿をジロジロと色んな角度から見やる。
「どうしたのですか? 彼は?」
「さ、さあ? 私にもなにが起きたのか⋯」
カナルに問われ、ルフェルニは首を傾げる。
「こ、これは凄い⋯。このイグニスト、百数年生きて来ましたが⋯これほど完成されているのを見たことがない」
イグニストが感心したようにゴライを見て言う。
「なにの話?」
「彼の武人としての素質です」
「武人?」
「フフン。これは訓練するのが楽しみになってきましたな」
──
ゴライ、メガボン、青年団リーダーのビギッタやナッシュたちが一同に広場へと集まる。
そして、彼らに囲まれる形でイグニストは立ち、長剣を持ち、指先をクイッと曲げて「来なさい」と煽った。
「デッセィッ!!」
ゴライがサーフィンボードを掲げて突貫するのを、彼の肩に手を当ててイグニストは身を翻す。
「もらったぁッ!」
その横から現れたビギッタが手斧を振る。
「甘いですな」
手斧の柄に手刀を当てて跳ね飛ばすと、ビギッタの首筋に峰打ちして一撃で倒す。
「一斉に掛かって動きを止めろ!」「やいぁッ!」「おりゃッ!!」
青年団が囲んでくるのに、イグニストは高く跳躍した。彼らは互いの顔をぶつけてその場に転げる。
「うあああッ! あ! ああッ?!」
やぶれかぶれとなったナッシュの槍を掴むと、そのまま勢いを利用して引っ張り回して倒す。
「負けないッセ!!」
方向転換してきたゴライが再度攻撃を仕掛けてくるのに、イグニストはニヤリと笑うと、とんでもない速度のバック走法で距離を取る。
「君たち、動きが直線的すぎるよ。連携も浅い⋯むッ?」
「カッコカクカク!!」
「いっけー! やっちまえ!! メガボンさーん!!」
ビギッタが拳を突き上げる。ゴライの影から飛び出したメガボンが槍を突き出して走ってきた。
「ほう。姿が見えないと思ったら⋯」
メガボンの執拗な突き、そして身軽でトリッキーな動きにイグニストは感嘆する。
「手数の多さ、意表を突く攻撃⋯よく、主人の動きを取り入れている」
メガボンの動きを見て、かつて自分が指導したカダベルの動きに似ているとイグニストは思う。
「しかし、まだまだ荒削り⋯」
「カッコン!!」
メガボンは槍を大きく引き下げると、思っきり突き入れようとする溜めの動作を見せる。
「フフン。真っ直ぐ突き入れるかのように見せて、”逆関節からの上段”⋯かね?」
「カッコォン?!」
イグニストの指摘通り、メガボンは引き切った肘関節を外し、槍を背中側から回して上段から叩きつけようとする。
それを看破したイグニストは真っ直ぐ懐へと入り、掌底を顎に叩き入れて、メガボンを組み伏してしまった。
「ブフゥーッ」
イグニストは熱い吐息を勢いよく吹き出し、髪を掻き上げる。
「な、なんて人だ⋯1人で全部倒しちまいやがった。あのゴライさんや、メガボンさんまで歯が立たねぇなんて…」
ビギッタが唖然として言うのに、イグニストは眼を細める。
「“1対1”なら我もそこそこ戦えますからな」
「はあ? 今のは⋯」
「よく見てみたまえよ。我は全員と戦っているように見えて、1人ずつとしか戦っておらんのだよ」
イグニストは自分が走った形跡を剣で示す。彼が動いた足跡は蛇行した線を描いていたが、その道中で、一定間隔に各人が跪いていた。
「いかに自分の有利な戦況に持っていくか⋯これも戦闘の技術というものさ。フフン」
「な、なるほど⋯」
ナッシュが感動したように頷くのに、なぜかビギッタは不貞腐れたかのようにそっぽを向いた。
「⋯…別に腕っぷしだけでこの村を守れるわけでもないし。“アレ”がありゃ俺だって⋯」
「ビギッタ⋯?」
飛んでいった手斧を見やり、ビギッタはブツブツ呟く。
「ふぅむ。しかし⋯」
イグニストはゴライを見やり首を傾げる。
「君」
「デッセ?」
「あの骸骨クンが我に大技を仕掛けたタイミングでどうして攻撃してこなかったのだね?」
「で、デッセ?」
ゴライは戸惑ったようにメガボンを見やる。
「カッコン!」
「そう。骸骨クンは攻めるチャンスを作った」
イグニストがそう言うと、メガボンは口をパッカーンと開く。
「め、メガボンの言っていることがわかるんデッセ?!」
「なんとなくではあるが、優れた戦士ならそう言うと思ってね。
それよりも、君がそれに乗じれば、我は防御に回らなければならなかったのだよ」
「ゴライは⋯」
「“守りに徹している”⋯そう感じるね。だが、君の本当の能力はそうであるべきではない。君は私よりも遥かに強い」
ゴライはしょぼんと肩を落とす。
「ゴライはカダベル様より、敵を倒すということより、むしろ“守ること”を教わったんです」
「ロリーシェ⋯嬢、だったかな」
さっきまで落ち込んでいたのはどこへいったのか、ロリーシェは真剣な顔をして、いつの間にかゴライの側に立っていた。
「主の命令に逆らって攻撃的に戦うことはできないと⋯私はそう思います」
「なるほど。“リミッター”か⋯」
「ロリーシェ⋯」
ゴライが心配そうな顔を浮かべると、ロリーシェはニッコリと笑う。
イグニストはヒゲを撫でて頷く。
「ゴライくん、メガボンくん⋯この村は強い守護者たちに守られていると我は思ったが⋯⋯」
その視線が少し離れたところに立つルフェルニに向けられ、それからロリーシェへと再び向く。
「君がもっとも手強そうだね。フフン」
「え? それはどういう⋯」
ロリーシェが首を傾げるのに、イグニストは深々と胸に手を当ててお辞儀してみせた。
「ルフェ様。この後の訓練は、カダベル殿が戻ってからに致しましょう」
「え? そうなの?」
ルフェルニは首を傾げつつ、タオルを持ってやって来る。
「それに騒がしい方が来られたようですしな」
「ルフェルニ!! 来てるなら言ってよぉ!!」
「じゅ、ジュエル?」
向こうの繁みから、モルトとキララを引き連れたジュエルが大声を上げた。
ジュエルは物凄い勢いで走って来たかと思うと、ルフェルニ抱きつく。
「あー、もう。遊びに来たんじゃありませんから⋯」
「そう言ってこの前も遊んでくれなかったじゃん! 今日こそはオママゴト付き合ってもらうから!!」
「そ、そんな⋯」
「ルフェルニ兄ちゃん! またサッカーやろうぜ!」
「は? サッカーなんてやんないわよ! また泥だらけになんじゃん! ねー、キララ!」
「うん。ルフェルニおねえちゃんとはオママゴトがしたい」
「“おねえちゃん”?」
モルトが怪訝そうにすると、キララは「だって、おねえちゃん⋯じゃん」と頬を膨らませる。
「まー、こんな立派なモンがついてっからねぇー」
「な! ジュエル! ど、どこを触って!」
ジュエルはジト目で、ルフェルニの胸を掴む。
「でも、アタシは性選択どっちでも大丈夫だから! ねぇ、ルフェ〜♡」
「は、発情すると⋯呪いで死にますからぁ⋯」
「なんじゃ。ルフェルニ。お主、また来ておったのか」
村の入口の方から、今度はミューンが姿を現す。
「ミューン? いや、あなたこそ⋯」
「あ。ハゲツルジジイ」
「誰がハゲツルじゃ!」
ジュエルが指さして言うと、ミューンは杖を振りかざして怒る。
「ミューンじいちゃーん!」
「あはは! また“お水のマホー”つかってー!」
モルトとキララがはしゃいで、ミューンの周りを駆け回る。
「ミューンさんまで⋯。カダベル様がご不在の時に⋯」
ロリーシェが困ったような顔を浮かべる。
「うむ。カナルから聞いたわい。タイミングが悪かったみたいじゃの」
「ミューン。【投函】使えるんだから、カダベルに先に伝えりゃよかったじゃないか」
「文章のやり取りだと、いつも大ゲンカになるから止めてるって話でしょ〜」
「あ!!」
ルフェルニが眼を丸くする。ミューンの後ろから、イスカとシャムシュが姿を現したからだ。
「わー、お客さんが一杯だぜ!!」
「わーいわーい!」
モルトとキララがバンザーイをする。
「これは⋯忙しくなりますね」
「す、すみません。ロリーシェさん」
「いいんです。別にルフェルニさんが悪いわけじゃないですから⋯」
ロリーシェは力なく笑ったのだった。
──
宿泊所の大食堂に一同が介する。
ミライを中心とした女性陣が腕によりにかけ、料理を並べていく。
そこには地元の郷土料理だけでなく、イスカが持ってきた魚や、シャムシュが持ってきたメルシーの肉や蕎麦などが、カダベルの考案した調理法で刺身や揚げ物にされ、また天麩羅蕎麦なども並ぶ。
「ちょっと、ゴライ! 僕のハムカツだぞ! それ!」
「デッセ?」
シャムシュはゴライの身体を這い回り、ハムカツを奪い取ろうとするが、ゴライは首を傾げつつ追撃を避ける。
「メガボンは可哀想よね。うちの旅館でも料理を愉しめなかったんでしょ。カダベルはなんとかするってなんもしてくんないのね」
「カッコン⋯」
イスカはワインを片手に、なぜか食事の前で正座しているメガボンに話しかける。
「こういう家庭料理もいいものですな。ラモウット卿」
「まあな。身体には悪そうだがな。たまになら悪くない」
イグニストはナプキンで口元を拭い、ミューンは山盛りのポテトサラダを頬張りながら言う。
「ルフェルニさんはお客さんなんですから⋯」
「いいえ、私にも手伝わせて下さい」
「ルフェがやんならアタシもやる!」
ロリーシェ、ルフェルニ、ジュエルがエプロン姿で飲み物の入ったワゴンを持って入って来る。
そのエプロンはなぜだかカダベルがやたらとこだわって作った代物であり、「どうせなら裸エプロンになってもいいように…」とか、「ルフェルニんところを超えるメイド萌えの実現を」などと言って試行錯誤した結果に生まれたものだった。
本来なら調理や給仕の際に服の汚れを防止できれば充分なのに、薄い透けて見えそうな白地、身体のラインを強調する角度に付けられた紐、過度なフリルなどが施してある。
当然、ロリーシェやルフェルニの魅力的なボディラインが強調されるに至る。
ジュエルに至っては、なにやら犯罪めいたニオイがしていた。
青年団を含む若者たちが鼻の下を延ばし、ビギッタが皆に聞こえないように小さく口笛を吹いた。
それを見ていたイグニストは軽く首を傾げる。
「どうした? イグニスト」
「いえ、ロリーシェ嬢の年齢はどのくらいかと⋯思いましてね」
「ロリーシェ? ああ、あの娘は⋯まだ若い。60くらいじゃろ」
ミューンが口元にマヨネーズをつけたまま言う。
「ラモウット伯。そんな年齢じゃありませんよ。まだ17歳です」
カナルがそう言うと、「ヒューマンの年齢は見ただけじゃわからん」と悪びれた様子もなく天麩羅の入った器を取る。
「カナル嬢は、ロリーシェ嬢よりも歳上なのですかな?」
「イグニストさん? レディに年齢を聞くのは失礼では?」
少しイタズラ心を込めた眼で、カナルはニコッと笑う。
「失礼。ヴァンパイアも長命種ですからな。我も見ただけでは年齢がわからなかったものゆえ⋯」
「20代⋯とだけお教えしておきましょう。ロリーシェより、少し⋯ほーんの少し歳上ですわ」
「あん? そんなの、ほぼ同い年じゃろうが。ヒューマンは実年齢と精神年齢が見合わん。
カダベルなぞ、儂のペンフレ時代からなんも変わっておらんぞ。むしろ、ミイラになってからより憎らしさが増したぐらいなもんじゃ」
海老天を頬張りながら、ミューンは言う。
「しかし、なぜ急に年齢をお聞きに?」
先程からイグニストはロリーシェを見て顎に手をやっている。
「いやね、この村には年頃の若者が多いのに、ロリーシェ嬢には誰もアプローチをしないのかと不思議に思ってだね」
細かな年齢差こそイグニストにもわからなかったが、ロリーシェと、先程戦った青年団は同じぐらいの年齢ではないかと思っていたのだ。
「ずいぶんとロリーシェを気にかけるんですね?」
「⋯⋯フフン。ライバルはひとりでも消えてくれればいいと思ってのことであるよ」
ミューンは口をへの字にして、「本当にヴァンパイアというヤツは」とため息をつく。
「その答えは簡単ですわ。ほら、そんな話をしていたら⋯」
皆にお茶を配っているロリーシェに近づく白い小さな影があった。
「ロリーシェちゅわぁ〜ん♡」
シャムシュが少し紅い顔をして、小さな指をモジモジとさせる。
「僕、ちょっとお酒飲み過ぎちゃったみたいなのぉ〜」
シャムシュは左右にユラユラと揺れて言う。
「それはいけませんね。すぐにお水を入れますね」
ロリーシェがワゴンからケトルを取り出し、コップに水を注ぐのを見てシャムシュの眼がギラリと光る。
「ありが…ああっと! 僕、酔っているから! ついつい! つまずいちゃったァァァ〜!!」
半ばスライディング気味に、ワゴンの足を蹴り、その衝撃でケトルの水が飛び散り、ロリーシェの前掛けを濡らす。
前掛けの下は修道服を着ていたが、ちょうどガウンを外していたために、白い前掛けの下からうっすらピンク色の下着の色が見えた。
青年団が思わず身を乗り出し、ビギッタが鼻血を吹いて親指を立て、ナッシュが真っ赤な顔をしてアワアワと言う。
「ご、ゴメンにぇッ〜!」
シャムシュは眼をウルウルとさせ、手を合せて謝罪する。
「いえ、大丈夫ですよ」
濡れてもロリーシェは嫌な顔ひとつせず微笑みを絶やさない。それを見て、シャムシュは気取られないようニタリと笑った。
「風邪をひくといけない! すぐに僕が責任を取って拭くね!」
ワゴンから白い台拭きを取ると、血走った眼をしたシャムシュが弾丸のように飛び上がってロリーシェの胸元へと飛び込まんとする!
だが⋯
ガシッ!
「⋯“ガシッ”?」
シャムシュの頭が鷲掴みにされる。
それはロリーシェが片手を伸ばして、シャムシュの頭蓋を鷲掴みにしていたのだ。
「⋯⋯あ、あれ? ロリーシェちゃん?」
「⋯⋯この身に触れていいのは、御一人だけです」
金髪の癖毛に隠れた血走った眼がギラリと光り、シャムシュはブルリと身を震わせる。
さっきまでラッキースケベに沸いていた青年団の全員が眼をそらした。
だが、ロリーシェの首がグリンと傾き、その見開いた眼が青年団を睨む。
「総員、起立!」
ロリーシェの声に、青年団全員が白目を剥きつつ立ち上がり、ゴライとメガボンが敬礼しつつ立ち上がる。
「唱和!」
「「「「カダベル様、万歳!」」」」
「唱和!」
「「「「カダベル様、最高!」」」」
「唱和!」
「「「「カダベル様、唯一無二!」」」」
完全に硬直して身動きの取れない小動物と化したシャムシュを、ロリーシェは置物でも置くように静かに降ろした。
「……以上。おわかりいただけましたかん? シャムシュさん」
シャムシュは半泣きで何度も強く頷く。
「⋯と、村の男たちはほぼ全員がロリーシェによって“教育”されているからですわ」
「ぐ、軍隊かよ⋯」
イスカは頬を引きつらせて言う。
「ふむ。なるほど。色々な意味でロリーシェ嬢は強敵ですな⋯」
「あ? お主はさっきからなにを言うとるんじゃ?」
「フフン。峻厳な山ほど登るのが大変であるということですよ」
イグニストが脚を組んで笑うのに、ミューンは「ここら辺はすでに山岳地代じゃろうが」と訝しそうにしたのだった⋯⋯。




