079 源神による託宣(2)
サトゥーザたちが退席し、後には俺とルフェルニとミューンだけが残る。
「カダベル。お主はどう思ったんじゃ?」
「どうとは?」
俺が聞き返すと、ミューンはムッとした様な顔を浮かべたみたいだが…リザードマンは本当にわかりにくいな。
「託宣じゃ。源神は実在して本当のことを語っとると思ったのか?」
「うーん。そうだな、ルフェルニはどう思ったぁ?」
「え? 私?」
戸惑っているルフェルニに、ミューンがジト眼で俺を睨んでくる。
「そうそう〜。ルフェルニくんの意見が聞きたいかなぁ〜? 教えてぇ〜♡」
俺はぶりっこをして手を顎の下で合わせるが、それを冗談だと思わなかったルフェルニは真面目な顔で考える。
「私は…ギアナードでは、源神や聖教は単なるクルシァンの象徴…王の代理程度の認識ですから。実際に目の当たりにすると…」
「まさか信じたのではあるまいな? ルフェルニ?」
「いや、まさかですよ! 私からすれば、魔女も源神も得体が知れない存在。恐怖しかないです…」
ルフェルニとミューンは俺の言葉を持つように見て来る。
「カダベル殿は…?」
「んー?」
「さっきからなんじゃ! 上の空すぎるぞ!」
ミューンが怒るが、俺だって色々と考えてるのよ。
「ああ、そうだなぁ。やはり、『神は黙して語らず』べき…なんだなぁと思ってね」
「は? なんじゃそれは?」
「宗教が長く存続する方法だよ」
「宗教ですか?」
「ああ。俺がクルシァンにまだ居た頃、皇帝と教皇が別れていた時代だな。聖騎士や修道士といったものはいたが、八翼神官なんてのは居なかったよ」
元カダベルの記憶だ。世間知らずな男だったが、それでも宗教国家がどんなものかぐらいは知っていた。
「だから、なんと言うかな。クルシァンは伝統を重んじるというか、もっとこうストイックな、清貧を貴ぶという感じだったんだよ。いや、褒めてはないよ。嫌いだったからね」
元ガダベルは、朱羽老人を名乗って聖教会に敵対するほどに毛嫌いしていた。魔法研究を止めさせるような教義を押し付けてくるのを不満に思っていたからこそ、源神教を受け入れなかった。
「それに比べて、今はこうやって“神様の声が聞こえる”だなんて便利になったものだなぁ…と、考えていたわけ」
ルフェルニとミューンは顔を見合わせる。
「聖宣の巫女とやらが表舞台に出てきたのも、きっと最近のことだろう。俺はその存在を知らなかったしね」
「いったいなんなんじゃ? 核心を言わんか。いつにも増して回りくどいぞ」
「あまりにも“都合が良すぎる”ってことさ」
ルフェルニは納得したように頷く。
「都合がいいとは確かに感じます。聖騎士たちは最初、カダベル殿を倒すために遣わされていたんですよね…」
「そうだ。最初、サトゥーザたちは俺を滅ぼすためにやって来た。魔女に創り出された邪悪な魔法士の討伐としてな」
崖から落とされたことを思い出して、ルフェルニは少し赤面した。
「それがそうでないとわかるや、手の平を返して友好関係を築きたいと擦り寄ってきて、挙げ句に『魔女ジュエルを倒したのはご神意』だと。神のセリフにしちゃ安っぽいし、随分と二転三転してるとは思わないかい?」
ミューンは唸って首を捻る。
「しかし、あの巫女が宙に浮いた現象は…」
「魔法だよ。なにかしらのね。魔力反応があったのを確認したよ」
俺は懐に入れていた魔力測定機を放る。少し大きめの懐中時計サイズだ。
「魔法じゃと? しかし、お主以外は魔法は使えぬはずでは…」
「理外者という例外があるなら、魔女もそうである可能性がある」
「なにを言っとる? ジュエルも今は魔法を使えなんじゃろう?」
「そうだよ。でも、それはこの封印が原因とは限らない。彼女は俺との戦闘で魔力をほぼ使い切っていたし、プライマーは『“魔女”と“資格”を剥奪する』とジュエルに言っていた。“資格”とやらが魔女同士が競い合っていることに関係するなら、前者の“魔女”とはなんだ? 俺は“魔女としての力”のことだと思うね」
プライマーはジュエルの身体から魔法書のようなものを取り出していた。あれは恐らくは魔女としての力の源か何かだろう。
そして、“資格”の喪失がこのギアナードの異変をもたらしたと考えるのは変ではない。
俺を危険だと言いつつも放置したのは、プライマーは“こうなることを知っていたから”なんじゃないのか。
「プライマー?」
「火磔刑の魔女のことらしい。カダベルは接触しておったんじゃ」
「え、ええッ!?」
ルフェルニが驚いてなにか質問しようとしてきたが、「後で説明するわい」とミューンが遮る。
「魔女がこの状況下でも魔法を使えるという根拠はなんじゃ?」
「ケンタウロスという、ゴライや聖騎士団長でも手を焼く魔物の存在だよ」
「むう?」
「魔法を使えない魔女に対しては戦力過剰すぎる。しかも何匹も用意するなんて、確実に殺すつもりでいる。このことから、対魔法戦を想定していたとしか思えない」
ケンタウロスは馬形態にもなれるし、機動力は当然あるだろう。
ジュエルは飛び回って逃げれるが、あの執念で追いかけ回して、疲れて落ちて来るのを待てばいい。
「それと、魔法封印はギアナード地域だけだってのにもきちんと意味があるはずだ」
「意味じゃと? なぜそんなことが言えるんじゃ?」
「今回のこれが、資格を失った魔女ジュエル・ルディに対する制裁なら限定的なものだと思うからだ。
ジュエルはグレアボースを指して『師匠の封印』、『まだ動かない』、『警告しに姿を見せた』と言っていた。
さて、問題。この警告とは誰にだと思う?」
「う…む。少なくとも、儂らに…ではないと思うが」
「そうだ。俺たちが知らんものをいきなり見せても警告なんか意味をなさない。ましてや俺以外に視えないものなんて、ますます用が足りん。
なら、これは他の魔女たちに対する警告だと取るべきだ。負けると、『ギアナードのようになるぞ』っていうな」
「ちょ、ちょっと待って下さい! いま話していたのは源神とクルシァンのことですよね? それとどう結びつくんですか?」
俺とミューンの顔を交互に見ていたルフェルニが立ち上がる。
「これが結びつくんだよ。クルシァンにも魔女がいるはずだ。だとしたら、源神という信仰形態を利用しないはずがない。人身を掌握するのに宗教ほど効果的なものもないからな」
ルフェルニはコクッと喉を鳴らす。
「沈黙の神が急にお喋りになったのと、魔女たちの動向、そしてこの異変…なんとも都合の良い話ばかりだとは思わないかね」
「それで、カダベル。なれば、その源神の言葉を急に語りだした巫女が魔女だとでも思っておるのか?」
「ああ。もしくは教皇…いや、いまは聖教皇王だったか。怪しいと感じるのはね。後は次席になる八翼神官あたりかね」
「フェルトマンとやらは?」
「うーん。彼は違うと思うな。ま、単なる勘だがね」
「少しいいですか? カダベル殿、ミューン」
ルフェルニは少し困惑したように手を挙げる。
「クルシァンに魔女がいるとして、今回の出来事の裏を知っているということですよね?」
「うん。そうなるね」
「ならば、魔女としてカダベル殿と直接交渉するのでは? なぜこのような遠回りなやり方を…」
「俺も歯車のひとつに過ぎないからだよ」
「歯車? カダベル殿がですか?」
「源神、賢者、魔女、平定の魔術師ワーゲスト…」
「ワーゲスト?」
ルフェルニが問うが、「いま考えられる敵の可能性という話じゃ」とミューンは流してくれる。
「繋がりまでは憶測に過ぎないが、彼らにはひとつの共通点がある」
「共通点? それは…」
「人智を超える強大な魔法が使えるという点だ。彼らからすれば、屍従王なんてちっぽけな存在だよ」
「そんなことは…。カダベル殿は地没刑の魔女を倒したじゃありませんか」
「魔女を倒したのは俺だけじゃないらしい。となれば、そう特別なことじゃないんだろう。
……そうだ。その他の魔女を倒した大帝とやらの住処は、ギアナードと同じような異変が起きたのか是非とも聞きたいものだな」
俺はこっそりと【集音】を使う。
「…まあそれは置いといても、今回のクルシァンのやり方はジュエルと同じなのさ。向こうからすれば、自分の方が格上。迎えは寄越すが、俺から出向いてこいと言ってるのさ」
魔女の不遜な態度を知っているルフェルニは言い返せずに黙った。
「率直な意見を言うと、もし火磔刑の魔女と戦うとしたら勝つ方法はまったく思いつかんのよ。ジュエルと倒された魔女を除いて、そんなのがあとまだ4人もいる。そしてさらにはその師までがラスボスとして控えている。これに正面から敵対するのは賢くない」
「しかしそうも言ってはおられんじゃろ。向こうは屍従王を利用して、その魔女の競争とやらを優位に運ぼうとしとるんじゃろう。儂らがお主を使って魔女ジュエルを倒したようにな」
「ミューン…。そんな言い方は…」
「いや、その認識は正しいだろう。魔女たちは直接戦闘を禁じられている。プライマーがニルヴァ魔法兵団を貸したり、他の魔女から宿木石を貰っていたことを考えれば、裏で取引や駆け引きをしつつ、勝ち筋を見出そうとしていたハズだ」
ニルヴァ魔法兵団については、ジュエルから火磔刑の魔女から借りたという事実確認をしている。
だが、ルフェルニへ呪いをかけた魔女と、宿木石を手配した魔女については記憶があやふやになっていた。
ちなみにプライマーのことを覚えていたのは、姿を直接見て思い出したのと、彼女がリーダー格の長女だったということが大きい様だった。
「俺らに勝機があるとすればそこしかない」
ルフェルニもミューンも少し驚いた顔をする。
なんだ? 俺はそんな変な事を言ったか?
「巨大な力同士で競っているのなら、対立をさらに煽って互いのリソースを削って貰った方がいいだろ?」
「お主、そんな事を考えていたのか?」
「ギアナードを裏で操っていたのがジュエルだった様に、もし魔女たちが各国で裏を牛耳っているとすれば…これは戦争となるんでは…?」
「そうだよ。これはもう戦争だ」
ルフェルニの中で戦争という考えはなかったらしくひどく驚いている。
「なんとか回避する道を考えましょう。犠牲になるのは市井の者たちです…」
「回避はもう難しいだろう。クルシァンはだいぶ前から戦争準備を始めている」
「それは単なる噂なのでは…?」
「託宣の内容を聞いて確信を持った。あの口ぶりだと、東方や西方からの外圧に悩まされてるんだろう。そうでなかったとしても良好な関係は築けていない」
「そうか。地没刑の魔女が消えたことの影響があったのはギアナードだけじゃないということじゃな」
「そういうこと」
「クルシァンは元々、魔女ジュエルを排除しようとしてたのでは?」
「ルフェルニの疑問は当然だ。それは“聖騎士団が魔女を倒していたら問題はなかった”んだ」
「あ! クルシァン以外にも魔女がいるとしたら…」
「そうだ。団長まで遣わしたのに、魔女ジュエルも屍従王すらも倒せなかったんだ。クルシァン以外の国の魔女からは…そりゃ舐められるだろ」
宗教国家を築いた魔女…たぶんプライドはジュエル以上な気がする。
「カダベルを味方につけたいのはそういう理由からか」
「ああ。魔女であれば魔法封印事変が起きることを知っていたはずだ。俺がジュエルを保護していることを知らなかったもんだから、“託宣”だなんてもんを焦ってダメ押しのつもりで披露したんだろう。下手でつまらん三文芝居さ」
ふーん。反応しないか…。
ジュエルとはやはり違うな。
「…しかし、あれを信じると?」
「信者は信じる。巫女や八翼神官ならそれをよく知っているだろう。普段から信者に囲まれているから、そういうノリでやっちまったんだろ」
俺は3本指を立てて見せる。
「しかし、ルフェルニが懸念しているように民間人が犠牲になる戦争はよくない。魔女たちのよくわからん競争に巻き込まれるのは釈然とせんしね。皆を守るためにできる限りのことはしよう」
「カダベル殿…」
ルフェルニは安心したようだった。ジュエルの支配にギアナードは長年苦しめられてきたからな。クルシァンは他国とはいえ、ルフェルニのような領主が心を痛めるのもわかる。
「被害を最小限にはしたい。だが、魔女はだいぶ前から入念な準備をしていたと考えるべきだ。ジュエルよりも強敵なのは当然、一筋縄ではいかないだろ。一番最悪なのは、下手に戦争を阻止することで、魔女自身が動き出しちまうことだ」
魔女が本気を出した時の破壊力は、国そのものを物理的に壊しかねない。それは剣や槍で戦う戦争よりも遥かに犠牲が大きくなる。
あー、攻略難易度高すぎだろ。
本当になんだか頭が痛くなってきた。
もう考えただけで嫌だな。今から棺桶に戻りたい気分だ。
「カダベル。もうひとつ質問がある」
「ん? なに?」
「最後に巫女が言った言葉だ。“ニホン”という単語。お主は聞き覚えがあるんじゃないか?」
「…あー」
まあ、あの俺の反応みてりゃ聞いてくるよね。
「なんて言ったものかなぁ…。そうだなぁ。ミューン。俺とは手紙でのやり取りはあったが、実際にこうやって会うようになったのはいつからだったかな?」
「ああ? お主が屍従王と名乗り、サルミリュークに招いたのか始まりじゃろ? そんなこと…」
「つまり、生前の俺とは面識がない。ルフェルニもそうだよね」
ルフェルニは眼を瞬いて頷く。
「今この村にいる人間で、生前の俺を知ってるのは、ロリー、ゴライ…そして、ジョシュアくらいなものか」
ジョシュアに至っては、たぶん遠目に見てただけだからほとんど記憶にもないだろうが。
「それがなんだと言うんじゃ?」
「……こう考えたことはないかい? 死後に復活した俺は、本当にカダベル・ソリテールその人なのか? …とね」
ミューンもルフェルニも大きく眼を開く。
「お主…まさか?」
「おかしいです! そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう! カダベル殿は生前の記憶もお持ちです! ミューンだって、手紙の中のやり取りの話をしたでしょう! 本人しか知り得ない内容を!」
ルフェルニは立ち上がって、ミューンに詰め寄る。
「あ、ああ。そうじゃ…そうじゃな」
ミューンはツルリとした自分の顔を撫でて気を落ち着かせようとする。
「カダベル殿…。悪い冗談は…」
「冗談で話したんじゃないよ」
「? なら、それはどういう意図があってのことで…?」
「まあまあ、それを説明しようとしたんだよ」
「……失礼しました」
ルフェルニは一息つくと席に戻る。
「まあ、安心してほしいのは、俺はカダベル・ソリテールという自覚はあって、その時の記憶は確かだ。ナドやゴライとも照合して確認している。…脳味噌はまったく機能してないがね」
俺が自分の頭蓋を指先で叩いてみせると、ルフェルニもミューンも落ち着きを取り戻した。
「だが、死後に復活した時に奇妙なことが起きた」
「奇妙なこと?」
「ああ。今の俺の中に“カダベル以外の記憶”があるんだ」
「なんじゃと? そんなことが…。それは魔法によるものなのか?」
「魔法による副作用なのかどうかはわからん。だが、その記憶の持ち主が“ニホン”という国の生まれなんだ」
「カダベル殿?」
俺が軽く顔を上げたのを、ルフェルニが怪訝に見てくる。
「…いや、なんでもないよ」
「その“ニホン”とやらはどこにある国なんじゃ? 記憶の持ち主は何者だ? 本当に実在する人物なのか?」
「遠い島国だな。正確な場所はわからん。記憶の持ち主は…至って普通の人間だな。実在については…その島にこの身体になってからは行ったことがないから証明のしようがない」
「なぜ、そのような人の記憶を…カダベル殿が持っておられるんですか?」
「復活する時、肉体を離れた際に、別人の魂同士が俺に結びついてしまったというのが、今のところの俺の見解かな。偶然か、必然だったのかは不明だがね」
「それを源神…いや、魔女が知っているということは…」
「俺の第二の誕生について、なにか知っているということだ」
俺はそう言って、自分の仮面の『骸』の字を二度指で叩く。
ルフェルニとミューンは互いに顔を見合わせて頷いてみせた。
「だから俺がクルシァンに行くと言った理由がわかったろ? 神様からの招致とやら…なんとも魅力的じゃないか」




