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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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075 平定の大魔法師

 ミューンは相変わらず独りだった。“ギアナードでは珍しい魔法士”に、護衛など不要だという彼の矜持からだ。


「異変に気付いて駆けつけたにしては早い…な」


「たまたまじゃ。元よりここに来るつもりで途中まで来て、イルミナードに着く直前に空に異変が起きた。それから魔法が一切使えん」

 

 ミューンは杖を傾け、【流水】を使うが発動しないのを見て目を細める。


 俺が【流水】を使い手近にあったコップに水を注いで見せると、ミューンはわずかに口をすぼませる。


「驚かないのか?」


「死者として戻って来たことに比べれば大したことないわい。だからこそ、すぐに思ったわ。お主が原因だろうとな」


「おいおい。なんでもかんでも俺のせいにするなよ」


「だが、なにかは掴んどるんじゃろ? カダベル」


 俺は頷く。


 考察はいくつかある。それを…


「まあ、それを聞く前にじゃ。コイツを見てくれ」


「ん?」


 ミューンはズタ袋を持ち上げて机に放る。かなり重いらしく、ズンという音と共に机が軋んだ。


「なんだこれは?」


「いいから開けてみろ」


 言われるまま、俺は袋の口を開く。


「うっ、うげぇ!」


 中には、真っ赤な猿のような醜悪生き物が入っていた。

 死んでいるらしく、白眼を剥いて、長い鼻の下にある裂けた口から舌が飛び出ている。


 あまり見ていて気分がいいものではない。俺はそっと袋を閉じる。


「俺が言うのもなんだが、グロテスクだな。なんの生き物だ?」


「知らん」


「知らん? ミューン、お前が持ってきたんだろう?」


「山を通る途中で此奴らに急に襲われたんじゃ」


「此奴()? 1匹じゃないの? …えーと、襲われて大丈夫だったのか?」


「魔法が使えないんで少し焦ったが、殴っただけで簡単に倒せたわい。此奴を殺したら他は逃げて行きおった」


「弱いのか? いや、だが逃げて行ったってことはその辺にまだ居るってことだろう。他にもいて襲ってくるならマズイぞ」


「自分より弱そうな相手を探しているらしい。儂は小柄だしな。まして独りだったから狙われたんじゃろう。子供だけで歩かせたりせん限り、恐らくは大丈夫じゃ」


「そうか…。なら、村に周知徹底させよう。被害がでてからでは遅い」


 ケンタウロスといい、この怪物といい…一体なにが起きてるんだ。


「カダベル。気づかんか?」


「なにがだ?」


「その気味の悪い化け物に見覚えはないのか?」


「…? こんなものに見覚えなんて…」


 俺はもう一度、袋を開けて見やる。


 真っ赤な肌、小太りな体型…短い手足…鋭い歯列……


「赤鬼……プロトか」


 ミューンは頷く。


 赤鬼は頭だけの一頭身で、コイツは頭と胴体に分かれた三等身であるなど、細かなところは違う。しかし、特徴だけをディフォルメ…それこそ、小さな子供が落描きしたのだとしたら赤鬼に見えなくもない。


「プロトは“魔物の原形”といってたな。なら、これが進化した完成形という線は……? なら、ケンタウロスとかもそうなのか?」


「ケンタウロス?」


「ああ。そんな名前の馬の化け物に襲われたんだ…」


「馬? 村の入口で争った形跡があったのはそういうわけか。ルフェルニから戦闘した話は軽く聞いていたが、詳しくは聞いておらなんだ。其奴もプロトのようなものなのかのぅ」


「あー。いや、馬というか、馬に似たようで似てない魔物だと思うんだが…」


「なんじゃ?」


 この世界の馬は鹿みたいな感じだから、とても説明するのがややこしい。案の定、ミューンは不審そうだ。


 だが、前の世界の知識で合っているとすれば…


「この化け物…たぶん、俺はその名前を知っている」


 俺はズタ袋を指差す。


「は? 本当なのか?」


「ああ。たぶん、これは“ゴブリン”ってやつだ」


「ゴブリン…?」


 ミューンは眼を見開く。


「“イタズラ好きの醜い妖精”…だったかな。スケルトンやリッチーの名前は知られているから、もしかしたら…って、どうした? ミューン?」


 固まっていたミューンはハッとして顎に手をやる。


「いや、聞いたことがないが…。妙に納得がいくというか、しっくりとくる感じがしてな」


「しっくり…」


「儂がそう思っただけだ。気にせんでくれ」

 

 なんだ?


 なにかが引っかかる気がするが…


「…それでカダベル。今回の件に思い当たる節はあるのか。解決策は?」


「解決策についてはまだだが、これを引き起こした原因についてはわかっている」


「原因はなんなんじゃ?」


「…魔女たちの師だ」


「師? ランク7の魔法を…魔女ジュエルに託したという存在か?」


「ああ。魔女よりも強力な存在…となると、それ以外に考えられないだろう」


 ミューンは「ふむ」と頷く。


「しかし、カダベル。魔女たち(・・)というのが解せん。魔女ジュエル以外に…」


「東方で魔女を倒した存在がいるという話を聖教会側から聞いたよ」


「聖教会だと?」


「アルアラービの大帝だそうだ。聞いたことはないか?」


「東北ガガウィルと東南ゲルモルドの統一に、“大帝”という男が立役者となったと聞いたことがあるが…魔女を倒したという話は初耳じゃ。

 そもそも魔女や賢者などの話は眉唾なものが多い。魔女ジュエルだけが実在しておったことは、儂らギアナードの貴族だけが認め…」


「地没刑の魔女だけじゃない。言ってはいなかったが、俺は火磔刑の魔女には会っている」


「はぁ? 今なんと…」


「火磔刑の魔女プライマー・サルタネオスとは会ったと言ったんだ。彼女や他にも魔女は実在する」


 ミューンは口をパクパクしていた。


「なぜ、それをもっと早くに言わ…」


「敵意はあったが、俺やこの国に害を為す気はなさそうだったからな。話しても混乱するだけだと思っていたから黙っていた」


「儂にまで黙っていることはないじゃろ…」


「そうだな。それは悪かった。屍従王と地没刑の魔女が同時に倒れた後、この国の行末を案じるお前たちにこれ以上の負担を強いたくなかったってのが俺の言い訳だ」


 それを聞いてミューンは黙る。


 無能な大臣たちとやり合っていたのはルフェルニにだけじゃない。内部でゴチャゴチャやってる時に、他国の魔女について考える余裕なんてなかったハズだ。


 それに明らかにジュエルより格上のプライマーが、この国に敵対したとしたら勝てる可能性はとても低い。

 他の魔女たちも、地没刑の魔女よりも強力だと考えて置いた方がいいだろう。


 対策を立てようがないなら、それを話しても仕方がないし、ジュエルのような暴走さえなければ、魔女は直接戦闘が禁じられている…だとしたらギアナードに直接の害はないだろう。

 消極的な考えではあるが、向こうがこの魔女側のルールに縛られていることを俺は信じる他なかった。


「なら、この事態を引き起こしたのは…火磔刑の魔女なのではないか?」


「ああ。俺も最初は魔女たちの攻撃かなにかだと思った。だが、魔女たちやケンタウロスの断片的な情報を繋ぎ合わせていくと…もっと大きな力を持った者の仕業としか思えん」


 源術を知り、それを扱って、さらにランク7の魔法を使いこなす…世界の理にすら干渉する神のような存在だ。


「それが魔女たちの師…だと? その目的はなんなんじゃ?」


「わからんが…どうにも魔女たちを各国に派遣して競わせているらしい。そして敗北した魔女の魔法の能力を奪い始末するって寸法だ」


 俺は上を指差すと、「それが今回のこれか?」とミューンは俯いて考え込む。


「ジュエルは師匠の封印がどうたらと言っていた。もしかしたら、魔女が敗れることがなにかしらのトリガーとなって…あのグレアボースというのが出てきたのかもしれんな」


「次から次へと新しい名前ばかりじゃな。グレアボース?」


「ミューンにも視えないか? この村の上空に砦みたいなでっかい鉄の塊が浮かんでるんだ」


「なんだと?」


「魔力的ななにかで隠されている。俺は…まあ、理屈はわからんが、俺だけが魔法を使えるのとなにか関係してるのかもな」


「そんなものがあって呑気にしていていいのか!?」


 慌てて外に出ていこうとするミューンを止める。


「今は我々に危害を加えることはない」


「断言できるのか?」


「ジュエルの言葉を信じるならな。…だが、いい感じのするものでもない」


「やはり、あの魔女を拷問してでも話を…」


「前にも言ったが無駄だ。記憶を消されている可能性が高いし、その師とやらは弟子たちにも禄に情報を共有していない…か、もしくは、ジュエルはまったく覚えていない。それに何百年も昔のことだ。肝心なところは歯抜けだ」


 一緒に暮らしていれば、ジュエルが嘘をついてないことはわかる。記憶を呼び覚ますことは何度も試したが効果はなかった。


 拷問までは試してないが、そんなことは進んでしたくはない。師匠とやらがジュエルたちに優しく接していたとも思えないしな。負けたら殺す様な師匠だ。この国で好き勝手やってたことを差し引いても、可哀想という気持ちのが強い。


「……話を戻すか。で、その師は何者だと思うんじゃ?」


「今のところ考えられる候補はふたつある」


「むぅ?」


「ひとつは、魔法を生み出した存在…賢者(ワイズマン)だ」


 この可能性については考えていたのか、ミューンは否定しない。

 魔女が存在していたのだから、賢者(ワイズマン)も存在している可能性は高いし、ランク7の魔法を使うというのなら、その魔法の創始者を疑うのは自然だ。


「もうひとつは?」


「“イスピオン”」


 ミューンはあんぐりと口を開けて自らを指差す。


「違う。お前のペンネームのことじゃない。マグダネル・イスピオニー…平定の大魔法師ワーゲストだ」


「……神話の存在じゃぞ」


「俺たち魔法に携わる者の常識で考えればな。だが、なんとも狭い物の見方だとは思わないか? 俺はワーゲストと賢者(ワイズマン)が同一人物であることも多分にあると思う。いや、むしろそう考えるのが自然だ。そうなれば候補はひとつに絞れる」


 プライマーは“賢者たち”と複数形を使っていたのと、なにか口ぶりに敵意みたいなものを感じたが…魔女全員が、ジュエルみたいに師を尊敬しているとは限らないしな。


 もしかしたら、ワーゲストは1人じゃなくて、“賢者たちの総称”とかの可能性もあるのか?


「うーん」


「500年前に世界から戦争を消した伝説の魔法士が今も生きてるとお主は言うのか?」


「ん?」


「だから! そんな古の魔法士がまだ生きて活動しておるのと聞いとるんじゃ!」


「あー、ああ。魔女が何百年と生きていたんだ。そういう俺たちが知り得ない魔法が存在しないとは言い切れん。死者が甦った様にな。可能性だけならいくらでも考えられるし、もっとも近い可能性に結びつけていくのは普通だろう」


 ミューンは反論すべき点をしばらく考えている様子だったが、「動機が…」と言いかけて止めた。俺たちの常識で、世界に平定をもたらした人物の心情を推し測っても無意味だと悟ったのだろう。


「……ワーゲストの情報は少ないぞ」


「ああ。だが、クルシァンの本拠地に行けば最も古い書籍がある」


「聖都アミングロリアか?」


「ああ。大聖塔モロウイの地下深くには、回復系以外の禁忌魔術書を接収して納めている禁断書庫というものがある。皇帝や教皇くらいしか入れん場所だが、そこになら恐らくワーゲストに関するなにかしらかの情報があるはずだ」


「? なぜ、お主がその様なことを…」



「それはカダベル公爵が前皇帝と親しい間柄にあったからですよん」



 フェルトマンが顔だけ扉から覗かせて言う。


 気配には気付いていたが、まあ、そこは“聞き耳”立たれていてからは聞かれて困る話はしていない。反応も見たかったしな。


「…何者じゃ?」


「フェルトマン・アストラリウム猊下だ。八翼神官のひとり? ……らしい」


「八翼神官? クルシァンの高位神官か?」


 ミューンも知らないか。クルシァンに居た元カダベルの記憶にもない役職だ。たぶん現皇帝…いや、聖教皇王だったか。“あの男”になってから作られた役職だろう。


「なぜクルシァンの重鎮がこの村に?」


「重鎮と申しましても、当方はその中でも末席ですよ。なにせ字義通り8人もいますからね。本当の重鎮はその中の最上位の3人です」


 口振りからすると、巫女セイラーの監視役として選ばれたってことかな。本当に信用ならん感じの男だ。


「カダベル殿。セイラー様たちをお連れしました」


 ルフェルニが、セイラー、サトゥーザを連れて来る。

 ゴライに頼んだはずだが…いや、そのまま引き継いだか、ルフェルニが気を利かせたんだろう。


「確か団長だったな…」


 サトゥーザに見覚えがあるミューンがそう言う。


「ギアナード貴族には、動く使者を匿う決まりでもあるのか…」


 サトゥーザが、ルフェルニとミューンを冷ややかに見やって言う。さすがにふたりはその挑発には乗らなかった。


「サトゥーザ団長。フェルトマン卿。ここはクルシァンではありません。我々は単なる食客であることをお忘れなく」


 セイラーが苦言を呈すると、サトゥーザもフェルトマンも恭しく頭を下げた。


 ミューンが俺に説明を求める顔をしていたので、手短にセイラーたちがここに来た経緯やあった出来事を説明する。


 そして、全員がテーブルについたことを確認してから俺は切り出した。


「さて、ではこれからのことを話し合うとしようか…」



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