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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
52/113

050 支配しない君主

 インペリアー王都、高級宿の一室。


 貴族であれば城の貴賓室を使わせてもらえるんだろうが、その城が消えて無くなってしまったものだから、ルフェルニとミューンがそんな良い部屋を借り受けてくれたのだ。


 王様や偉い人たちは、とりあえず王都にある別邸にと移ったようだ。

 地震の被害は大きかったが、城を中心に局地的だったせいか郊外の方は無事な建物が多かった。この宿もその難を逃れたひとつだ。


 これから城や都の再建に向けて、色々と忙しくなるだろう。


 生きている人間は大変だなーと俺は思う。


「本当に、本当に死んでしまったんだとばかりに思ったんですからね!」


「わかったわかった。俺が悪かったよ。ロリー」


 ロリーは俺の頭を片時も手離さず、ここに来るまでもずっと抱っこしたままだ。


 街の人たちがギョッとして見ていたが…いやぁ、噂になってないといいけど。無理か。


「…ゴライ。メガボン。カナル。本当にご苦労様だった。お前たちの働きで、全て上手くいったよ」


「ご主人サマ…」


「カッコカコカコ! パックン!」


「もったいないお言葉です。マイマスター」


 特にカナルは、屍従王から支配権を奪ったゴライとメガボンを今でも魔法で操っているっていう設定だからな。


 おそらく、死霊術士とか呼ばれて不名誉だろうに…。


 いや、そもそも、そんな言葉はこの世界にないのかな。


「ルフェルニ。ミューン。それにイスカ、シャムシュ。お前たちの協力にも感謝する」


「いいえ、すべてカダベル様のご指示通りに動いだだけですから」


「…アドリブが多すぎたわい。ときおり間違っているんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」


「何もしてないも同然なんだから、礼を言われる筋合いもないわ」


「むしろ、共倒れしてくれと思ってたぐらいだしね」


 うーん。いまいちイスカとシャムシュとは仲良くなれてないな。まだ信用を勝ち取るに至っていないわけか。かなりフレンドリーに接してるつもりなんだけどなぁ。


「…そして、ナド。なにより、お前がいてくれて良かった」


「家臣として当然のことをしたまでですわ。

 しかし、カダベル様のお姿が…ひどく変わってしまったので妙な気分ですわね」


 ナドは複雑そうな笑顔を浮かべる。


「ナドさん! どんな姿になろうとも、カダベル様はカダベル様です!!」


「ロリーシェ。本当に、そういうところは尊敬するわ…」


 あのカダベルマニアのナドがそう言うぐらいなんだから、ロリーはもっとヤバいんだろう。さすがミイラとなった俺を崇め祀っていただけはある。


「しかし、色々無理を言って悪かったな。足がつかないように金銀財宝を調達するのも大変だったろう」


「初めて魔法書以外に資産を使っていただけたので、アタクシとしては苦労でもなんでもありませんでしたわ」


 そういや、財産が貯まりに貯まって困っていますと、連絡とってから真っ先に言われたんだよな。


 カダベルが隠棲した後も、ナドはしっかりと資産運用して、ソリテール家の財を着実に増やしていてくれたらしい。


 帰るはずのない主人を待って、そんなことをするなんて…まったくの忠臣だよな。


 まあ、それで今回、大盤振舞おおばんぶるまいしたのは…つまり棺桶の中に入れた財宝は、ナドに任せて用意してもらったのだ。


「しかし、良かったんですの? ギアナード王国に寄付するような真似をなさって?」


「いいんだ。壊した部分の損害の補填と、連れてきた屍体の埋葬費で使ってもらえればいい」


 ナドは納得したような、してないような顔で頷く。


「それよりも、ロリーの件も聖教会にかなり働きかけてくれてたんだろう」


「…ええ。まあ、それもお安いご用でしたわ。カダベル様の人脈もありましたし」


 “朱羽老人”を後押しするべく、ナドはかなり手を回して尽力してくれていた。

 そうでなければ、聖騎士たちをギアナードに足止めし続けるなんて事は容易にはいかなかっただろう。

 

「……そして、地没刑の魔女ジュエル・ルディ」


 俺の前に座る少女が顔を上げる。

 ボロボロの格好のままだったが、顔だけはタオルで拭っていた。


「……どこまでキミの考えの通りだったの?」


「何がだ?」


「……アタシを悪者にしなかったのはどうして?」


 なるほど。さっきから静かだなと思っていたら、そんなことをずっと考えていたのか。


「…俺の中で第一優先事項は、ロリーの救出だ。これが果たせた時点で後は正直どうでも良かった」


 ジュエルの眼がロリーを見やる。初めて彼女を見たというような顔をしていた。


「そして、第二優先事項。それは魔女の力の削減、もしくは魔女そのものを倒すこと。これはルフェルニやミューンたちとの約束だ」


 ルフェルニたちが頷く。


「俺が魔女を倒せればそこでお終い。倒せなければ、力を弱めさせた魔女を、ルフェルニたちがゼロサム国王たちも巻き込んで…一気に倒す。そういう計画だった。元々はね」


 俺は全員を見回す。


 ここにいる誰にも、この先のことは伝えていない。


 ナドに至っても、“俺と魔女の状態如何”によって、ああ演じろと手紙で伝えただけだ。


「…だが、もし俺が上手く“魔女の力”だけ削ぎ落とせることに成功したら…」


「成功したら?」


「魔女を保護してやれと命じていた」


 ジュエルが眼を見開き、ルフェルニたちが驚いた顔を浮かべた。


「“屍従王”に全責任を負わせたのは、ワシらの立場を守るためではなかったのか?」


「そうだよ。でも、それは俺が完膚なきまでに敗けて、魔女がピンピンしていた時のためのもんだ。屍従王とギアナード貴族が無関係だとするためにもね」


 イスカとシャムシュが顔を見合わせる。


「カダベル殿。どうして魔女を…庇うような真似を? その理由はなんですか?」


「…魔女の存在が、この国にとって害だと思うのは間違いだからさ」


 ルフェルニでも俺の言っている意味がわからないようで困惑している様子だ。


「魔女とは象徴だ。この国にとって、根幹となる絶対的な力だ」

 

 魔女は表舞台に出ては来なかった。だが、それでもこの国に潜在的に大きな影響を与え続けてきたことは誰にも否定できないだろう。


「そんな力が裏側にあったからこそ、この国は愚かな王でも治められていたんだよ」


「それってカダベル様のことですね!」


「まったく違うぞ。ロリー」


 俺、魔女って言ったじゃん。


「影の支配者…魔女だなんて、国を統治する最高のシステムじゃん。それをむざむざ潰すのはもったいないと思ったんだよ」


 そうじゃなきゃ、ゼロサムなんて馬鹿王がいつ引きずり降ろされる…暗殺されるかなんてわからないしな。


 腹黒い権力闘争がないのは、この国に魔女という巨大で絶対的な存在がいたからに違いない。


 これは権謀術数だけ長けて、国民のことを全く考えない日本の政治家を知っているから気づけたことだ。


 あの国会答弁のグダグダ具合は何なのかと思う。小難しいこと言ってても、揚げ足取りばかりでまったく実にならないし。ああいうシステムこそが最大の無駄だよな。


「…俺はね。最高の支配者とは、“支配しない君主”だと思っているんだ」


 俺は魔女ジュエルを見て言う。


 自己中心的なワガママでさえなければ、魔女ジュエルの“何もしないで存在し続ける”というのは最高の状態のハズだ。


「黄金の自由って言ったけかな? 君臨しても統治せず…どっかの偉い人が言った言葉だと思ったけど」

 

 歴史の教科書か何かで拾い読みした内容だ。こういう偉人の言葉を持ち出すって、だいたいが自分の考え持ってない奴だと思われるよな。 

 ま、ここは異世界だから、どんなに引用しようが、それが間違っていようがまったく関係ないだろうけど。


「…とにかく、それを行うのに、魔女ジュエルは適していると思った」


「アタシが?」


「魔女は国政には携わらなかった。そして王が愚かだった。…だからこそ、憂国の士…彼らのような貴族たちが動いた」


 俺はルフェルニたちを見やる。


「自らは動かず、下を十全に動かすことができる。これが真の支配者だよ」


 なぜかロリーが首を傾げる。


「……それって、やっぱりカダベル様のことじゃないですか?」


「違うって。ロリー。君は人の話をちゃんと…」


「いえ、アタクシもカダベル様のことだと思いますわ」


「ナド?」


「ここにいる者たちは、カダベル様が意図されていたように十全に働きましたわ。アタクシも含めてね」


 ナドがゴライたちを、そしてルフェルニを示して言う。


「……そして、いま、まさに魔女すら手中に収めようとされているように見えますけれど」


 ナドに言われ、ジュエルが俯く。


「……屍従王。“屍の身体を持ってして、総てを従える王”」


 誰かがそんなことを言った。


 やめてよー! なんか俺が凄い人みたいじゃん!


 ロリー。ゴライ。カナル。ルフェルニ。やめろ。そんな眼で俺を見るな。それはミイラを見る時の眼じゃない。


「…じゃが、魔女が再び魔力を取り戻したら元も子もないじゃろ?」


「ミューンがそう思うのも最もだな。だが、魔女は魔力が回復しない。失った魔力は戻らん」


 ジュエルだけじゃなく、皆が驚いた顔をした。

 皆って言っても、ミューンとか、ある程度の魔法に知識がある者たちだけだが。


「…なんでそれを? 知っていたの?」


「最初から知っていたんじゃないよ。お前が本気で俺を殺そうとした時、“使い果たしても構わない”って言ったからね。最初、今の魔力の限界の意味で言っていると思ったんだが…」


 火磔刑の魔女プライマーの指摘で確信したんだよね。


 ま、火磔刑の魔女については、今のところ俺とジュエルだけの秘密でいいだろう。


 それに彼女から魔法書みたいなのが抜き取られたことからしても、きっと高ランクの大魔法は使えなくなっていると予想できるしな。


「…なら、魔女はもう魔法が使えないのかい?」


 イスカとシャムシュが嬉しそうにする。今にでも「ブン殴ってやろうぜー」って言い出しそうな雰囲気だ。


「…ジュエルに危害を加えるなら、もれなく、うちのゴライとメガボンが相手をするよ」


 俺が視線を送るだけで、ゴライがボードを掴み、メガボンが槍を握りしめた。


「…なんで?」


「理由なんてない。女の子をイジメるのは、俺がキライだからだ。お前が男の子だったら捨て置いたかもだが」


 ん? でも、魔女って何百年も生きていたって…


 ま、そこはいいや。見た目が子供なんだし、精神年齢も子供だしね!


「……アタシは、これから、どうすれば…」


「まずは常識を学べ。自分が犯した多くの罪と向き合うんだ」


「常識? アタシは罪だなんて…」


「そうだな。自身の罪を知らないことがそもそもの罪だ。それを識ることから初めることだな」


「……それからはどうすれば?」


「罪を償え。何が自分にできるか考えろ」


「……その後は?」


 本当に自分で考えたりしたことがなかったんだろうな。なんだか可哀想になってきたな。


「罪を償った後は、普通の女の子として生きていけばいいだろう。

 その先は知らん。お前の人生だ。そもそも死者が口出すことじゃない」


「……わかった」


 え? わかったのか? うーん?


「だが、魔女ジュエル・ルディの名前だけはこの国に永遠に残してもらうことになるがね。この国の恒常的平和のためにな」


「……言われた通りにする」


 なんか叱りすぎたかしら?


 まあ、後はルフェルニとミューンに丸投げでいいだろう。


 あ。待てよ。でも、そういや、ジョシュアに無責任だと言われたな。救うだけ救っておいて…と。うーん。


「…ゴライ。メガボン。ジュエルが更生するまで側にいてやれ」


 俺がそう命じると、ゴライもメガボンも意外そうにした。


「どうせ俺はこんな状態だ。…手足は動くようだが」


 机の上に置かれた俺の身体の残骸。指を動かすと動く。

 あまり離れてしまうと無理だが…電波が届かないと動かなくなるラジコンみたいだ。

 このことからしても、どうやら源核のある頭部そのものに俺の意思が宿っているのは間違いない。


「カダベル様…」


 何かを察したのか、ロリーが強張った表情をする。


 ああ、俺のことに関してはまったく敏いよな。


「……こんな身体で存在していてもつまらん。本当にこの世から去ろうと思う」


「イーヤーデースーゥ!!」


「ロリー……」


「絶対にダメですぅ!!」


 ナドやルフェルニが手を差し伸べるが、ロリーはイヤイヤと首を横に振って、俺を抱きしめて離すまいとする。


「ロリー」


「イヤです!!」


「聞いてくれ。ロリー」


「聞かないです!!」


「…ロリー。君は俺の言うことをちゃんと守れる良い子だろう」


 俺が静かにそう言うと、ロリーの力が少しずつ抜けていく。


「君は俺に助けられれたつもりでいただろうが、俺はむしろ君に救われたんだよ」


「…カダベル様」


「君が存在しなければ、俺もゴライもメガボンも存在しない。君が死後に俺に生きている間に味わえなかった充足感を与えてくれた。だから、俺はとても満足しているんだ」


「……」


「君はひとりじゃない。ジョシュアが、ルフェルニが、ナドだっている。だから…」


「……だって、カダベル様。モルトやキララに必ず帰るって…ヤグゾクなざっだじゃないでずかッ……」


 う、それを言われると弱いな。


「そうだったな。…だが、こんな身体じゃ流石に帰れん」


「……身体が元に戻ればいいの?」


「え?」


 ジュエルがなんなく不満そうに下唇を突き出している。


「……罪なんて償いたくない。だから、ここで借りは返す」


 ジュエルは大きく息を吐くと、胸元からペンダントを引っ張り出した。

 彼女が持つにしてはちょっと大きめの青色の宝石が付いている。


「…【対象物体再構築】」


 ランク7の魔法だと!? 


 俺の身体が光に包まれて……


「おおおおおッ?!」


 も、元に戻った…

 

 手も足も…服も、杖も魔力測定機まで!


 ジュエルと戦う以前の姿に戻っている!


 どうせならミイラじゃなくなっていてほしかったが…そこまでは戻してはくれないらしい。


 外から大きな声が響く。


 何事かとナドが窓を開けて、あんぐりと大きく口を開いた。


「ウソ。し、城が…街が……元通りに…」


 俺たちが窓辺に寄ると、粉微塵になっていた城が、亀裂の走った地面が、倒壊した建物が…本当に何事もなかったかのように元通りになっていた。


「これがランク7の魔法…。まるで奇跡じゃ」


 俺だって驚いているんだ。ミューンだって同じ感想に決まっていた。


「…ジュエル。お前、まさかランク7の魔法まで使えたのか?」


「……使えない。これはお師匠様の魔法」


 ジュエルの眼の端からポロリと涙が溢れる。手の平に置いた宝石が粉々に砕けてしまっていた。


「…魔蓄石。いや、もっと上等な物か」


「一度だけ、お師匠様の使える魔法を扱えるって魔法道具」


「大事なものだったのか?」


「当たり前じゃん! アタシとお師匠様を繋ぐ唯一の…うっうう。うぁーんッ!!」


 ジュエルはボロボロと涙を流す。よほど大事なものだったのに違いない。


「そんな物を使ってまで…カダベル様を! ありがとう! ありがとうございます!!」


 ロリーが感極まってジュエルの手を取る。


 いや、あんな身体にされたのはそもそも魔女に…そんなことを言うのは野暮か。


「イカす! 今のカダベル様! イカしてますわ!! その仮面もクール・アンド・ビューティ!!」


「…あー、ナド。あんまり近づかないように」


 俺は杖の先でナドを牽制する。「イケズですわー」とか何とか言っているけれど、ロリーに抱きしめられるのはともかく、化粧の濃いオッサンに抱きつかれたくはない。


「…ジュエル。教えて欲しい。お前の師匠というのは?」


「それは……」




──




「…なぜ止められたのですか?」


 長い廊下を進み続け、アンワートはその背に問い掛けた。


「屍従王は利用できる。そう判断したからだろう」


 嗄れ声ではあったが、目の前の小柄な老女はハッキリとした口調で答えた。


「……貴女の指示を聞く必要はありませんでした」


「だろうな。だが、これは“巫女”様の決定だぞ。それに逆らうのかえ? アンワート坊」


 小馬鹿にしたように笑う老女に、アンワートはついその細い首を締めてしまいたい気持ちに駆られる。


 しかし、決してアンワートでは勝てない。目の前の老女はクルシァンでも最高の実力者だったからだ。


「なんだい。つまらないね。魔法でもブッ放してくれりゃ面白かったのに」


 わざと挑発されたのだと知り、アンワートはコクッと喉を鳴らす。

 ずっと老女は腰の剣に手を掛けていたからだ。それはすぐに反撃できるという事を意味していた。


「…まあ、ソリテール家は破産しました。これ以上、クルシァンに手出しできなくなっただけでも今回は良しとしましょう」


「破産?」


「貴女が仰ったことです。ソリテール家は財産を使い果たしたと…」


「ああ…。そういやそんなこと言ったね」


 聖教会が最も危惧したのは、屍従王がソリテール公爵の別の姿“朱羽老人”として暗躍することだ。


 それが無くなったと知ったからこそ、聖教皇王を始めとし、他の八翼神官も、屍従王を無理にギアナードで倒すことはないと判断したのだ。


 “朱羽老人”の正体が明らかになった上、ソリテール家が屍従王の悪名ごと消え去ってしまえば、もはや聖教会に敵はない。その勝利は揺るぎないものとなる。


 老女は少し考えた後、アンワートをチラッと見て鼻で笑う。


「ナド・ベンチェーべは馬鹿じゃない。主人の破産を捨て置くわけがないじゃろ」


「…は?」


「あの抜け目ないソリテールの懐刀だ。どっかに財産を逃してるはずだよ」


「そんなはずは。…ギアナードに運び込まれた財宝と、ソリテール家の資産目録はほぼ一致して…」


 クルシァンに戻ってから、アンワートは裏付けを取っていた。だからこそ、間違いがないと確信していたのである。


「…だから、お前さんは甘いんだよ。アンワート坊。盤上の駒しか見えておらん。

 カダベルが攻めて来るのは、常に盤下…裏側からさ」


「……それを知っていて、皆を騙したと?」


「騙したわけじゃない。表向き、ソリテール家は消えるだろう。そんなの公爵が“死んだ”時点で決定じゃ」


「そんな話をしているわけでは…」


「ハン! 屍従王も朱羽老人もカダベルも…クルシァンに敵対するつもりはないさ。こっちから何もしなきゃ、表にはもう出て来ないわ」


「…まさか貴女が知己だというだけで、それを認めろと仰るのか?」


「認めろなどとは言わん。老いらくの恋など馬鹿馬鹿しいと思ったからこそ、戦うのを止めさせたんじゃしな」


「なんですって? 老いらくの恋? それが何だと…」


「私らが警戒しすぎてたって言うとるんじゃ。惚れた女でもできたんじゃろ。…クソジジイが。死んだ後に恋するような奥手がおるもんか」


 聖域にツバを吐き捨てる態度の悪さに、アンワートは顔をしかめる。


「……報告はさせて頂きますよ」


「好きにせい」



 ふたりは聖堂の扉を開く。


 入った瞬間、膨大な魔力による圧を感じてアンワートは身震いする。


「か、火磔刑の魔女…」


 聖堂の真ん中の柱上に、プライマーが立っていた。


 しかもプライマーだけではない。天井の影に隠れて顔こそ見えないが、円形に立ち並ぶ柱の上それぞれに何者かがいた。


「魔女が…5人…も」


 まるで喉が押し潰されでもしたかのように声が掠れ、アンワートはそこから一歩も動けなくなる。

 

 そんな中、老女だけが腰に手を当てて、魔女たちを睨みつけつつ前に進み出た。


「プライマー・サルタネオス。久しぶりじゃね」


「総団長ヴァルキュン・ペガニオン。…まだしぶとく生きていたか」


「ここは神域だよ。魔女たちが集会をする場所じゃないさね」


「……この地が集うのに一番適していた」


 淡々と言うプライマーに、周囲の魔女たちがクスクスと笑い出す。


「…魔女たちが勢揃いとは。お前さんらも屍従王の件かい」


 ヴァルキュンはアンワートをいきなり蹴り飛ばして廊下にと放り出す。

 魔女たちの魔力に当てられて、今にも気を失いそうになっていたからだ。


「…で、火の姉サマよ。地没刑の魔女ジュエル・ルディは始末したのかい?」


「…無い。魔女と資格を剥奪しただけだ」


「…や、優しいね。プライマーなら殺すとばかり思ってたよ」


「それで、その屍従王というのをどうされるおつもりですの?」


「殺すだろ? …いや、もう死んでんだっけか」


「も、もったいないよ…。いらないなら、僕が欲しいな」


「キモいわね。ミイラって話でしょ」


 まるでヴァルキュンなどいないかのように、魔女たち同士が勝手に会話をする。


「……やはり意見が分かれるか。だが、あの男は“理外者”だ。師に何かしらの意図があるのやも知れん」


 魔女たちが何やら考える素振りを見せる。


「いつまで経っても結論出してねぇ、アーシたちに怒ってか?」


「…別に期間は定められてなくてよ」


「風さんは悠長だしねー」


「水の方に言われたくないですわ」


 電撃がバチンと周囲に走る。


「…師が何かをしたにせよ、賢者ワイズマンの邪推にせよ、これから先はこの男を中心に物事が動く。そう見ていいのかしら? プライマー」


 電撃を発した魔女が問いかけると、この中でもリーダー格であるらしいプライマーに視線が集まる。


「…ランク7に相当する魔法を使う。魔女を充分に滅ぼしうる存在」


 それを聞いて、ヴァルキュンは訝しそうに目を細めた。


「…ワタシのように殺すべきだと思う者、関わるべきでないと思う者、また利用できると思う者。様々な見解がある…いや、あることがわかった」


 魔女たちが牽制し合うように魔力を放つ。聖堂内に干渉し合って魔力がバチバチと弾ける。


「“平定”を取り戻すために…かい」


 ヴァルキュンがそう言うが、プライマーは何も答えずに酷薄に笑う。


「…ワタシたちは対等で、公正に競い合っている。

 屍従王が何故なにゆえにこの世界に現出したかは不明だが、これについても同様に扱おう」


「地没刑の魔女に代わるギアナードの支配者として認めるのぉ?」


「馬鹿ね。アレは魔女じゃないわ」


「本人がその地位を望むなら面白いだろ。なにせ、ジュエルを倒したんだからな」


「…あなたは興味ないとばかりに思ってましたわ」


「戦う相手としちゃいいだろ!」


「…し、資格剥奪されるよ」


「へへッ! そもそもアーシ自身の力を使っちゃいけないって、このルール自体が疑問だねぇ!」


「師の意向に反するわ」


「…構うもんか。力づくで黙らせられるならそれでも良いと言ってたはずだぜ」


 魔女たちが意見を言い合う様を見て、プライマーは軽く首を傾げて見せた。

 だが、結局は何も言わずに首を元の位置にと戻す。


(カダベルの存在が…魔女たちを動揺させてるのかい)


 ヴァルキュンは、これから本格的に彼女たちか動き始めるのだろうとの確信を強める。


「…見ておけ。これが屍従王カダベル・ソリテールの姿だ」


 プライマーが口をすぼめ細く息を吐くと、火花を散らせた糸状の物が延びて、仮面をつけた魔法士の姿がラインアートで描き出される。


「ふーん。なんか言うほど強そうには見えんねぇ」


「…み、ミステリアスではあるけどね」


「……あ!」


 魔女のひとりが大きな声を出したのに、皆の注目が集まる。


「どうしたのかしら? 雷の方」


「…いえ、あの仮面の文字…」


「文字? …あれって図柄じゃないのぉ?」


「いいえ。文字で間違いないわ。あれは“がい”って字よ」

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