幕間 メイドたち ※リーリス視点 後
それからお嬢様のやる気がわかりやすくなくなっていて、一日寝て過ごすなんて普段のお嬢様からすると考えられない行動をとるようになっていた。正直働きすぎだと思うので、しっかり休んでくれて安心する。
だけれど精神的にはあまり休めている様子はなく、ティアン様が目を覚ましたという話をしても、その表情が完全に明るくなることはなかった。ロニカのことが気になっているのだろうなとはわかるけれど、お嬢様はロニカについて触れようともしないし、ロニカにできるだけ話さないでほしいと言われてしまったので話す機会を逃してしまっている。
とはいえ、こうやってお嬢様が落ち込み続けるのは、お嬢様にとってもロニカにとっても良くないことだろう。
だからお嬢様が眠ってしまったのを見届けてから、あたしはロニカのところに足を運んだ。
ロニカは傷のせいかベッドの上にいることが多く、ようやく起き上がってゆっくりと歩くことができるようになってきた、というところだ。むしろもう立ち上がれるようになったのだと言ってもいい。怪我した直後の処置が良かったために、回復も早くなるのだとか。
体を起こして何か紙を読んでいたロニカは、あたしに気が付くとその紙を横に置いて「どうしましたか?」と尋ねてきた。
さてどう話したものかと今更になって考えてみたときに、ふと以前にロニカと話したことを思い出した。
「ロニカが以前、あたしのことが羨ましいといったことを覚えてる?」
「ええ。覚えてます」
「じゃあ改めて言うけど、お嬢様はロニカを頼りにしてるのよ。というか、ロニカのことを大切に思っているんだよね」
「そんなことはないと思いますが……」
なぜロニカはそう思ってしまうのか。聞きたいような、聞かないほうがいいような、そんな気がするから聞かないけれど、そうではないと言える状況が、目の前に転がっているのでその認識も変わることだろう。というか変わってほしい。
「そうなの。というか、ロニカが怪我をして顔を見せないせいで、お嬢様が元気ないから顔を出してくれないかな?」
「お嬢様が!?」
「何を驚いているかわからないけど、あのお嬢様が屋敷に戻ってきてから、眠ってばかりだといえば理解できる?」
ロニカは何かを考え始めたかと思うと「肩を貸してくれませんか?」とあたしに尋ねてきた。どうやら事実はどうあれ、お嬢様のところに行ってくれるらしい。そもそもロニカが原因だと思うのだけど。でもまあ、これくらい手を貸すことは嫌ではない。何ならもっと手を貸してもかまわないと思う。
「そういえば、椅子には座っていられる?」
「大丈夫です」
お嬢様のベッドに寝かせるわけにはいかないから聞いてみたけれど、大丈夫ならよかった。少し無理をさせる形になるけれど、そこは許してほしい。お嬢様に気を揉ませてしまっている一因として、甘んじてほしい。
お嬢様の部屋まではそれなりに距離があったけれど、何とか連れていき、ノックをしてから――返事がないのを確認して――中に入る。部屋の中を見て、まず驚いたのはお嬢様の寝方。何というか、ちゃんとベッドに乗れてすらいない。寝相が悪いというよりも、疲れて倒れてしまった状態で寝てしまったという感じだ。
とても疲れたときはあたしも気絶するように倒れて眠ってしまうので、気持ちはわかるけれど、お嬢様らしくはないなと思う。こういった姿を見せることはほとんどなかったから。お嬢様でもこんな風になることがあるんだなと、ちょっとだけ感動もした。
「お嬢様がこんな風に寝てしまうほど、気を揉んでいたのよ」
「それは……悪いことをしてしまいました。あまり怪我をした姿を見せないほうがいいと思ったのですが……」
「そういった気遣いも悪いとは思わないよ」
お嬢様を守ってできた怪我、ある意味でお嬢様のせいで受けた怪我だから、お嬢様が見たら悲しむだろうという考えもまたわからなくもない。こういった問題は答えがないから難しい。
「とりあえずお嬢様をきちんと寝かせてあげましょう」
そう言って、ロニカがあたしから離れてお嬢様のほうへと近づく。一人で歩けるじゃん、と思ったけれど、たぶん痛いのだと思う。でもお嬢様のお世話のほうが大事とかそんな感じなのだろう。
「あたしはお嬢様を寝かせるから、ロニカは寝かせやすいようにベッドを整えて」
「わかりました」
子供で軽いとはいえ、ロニカにお嬢様を抱えさせるのはどうかと思い、ベッドの端で眠っているお嬢様を横抱きにする。想像通りの子供らしい軽さに、やっぱりお嬢様も子供なんだと当たり前で、よく忘れそうになることを実感しつつ、ロニカが整えてくれたベッドにやさしく寝かせる。
ベッドの隣には椅子を置いて、そこにロニカを座らせると、ロニカは大切なものでも見るかのようにお嬢様の寝顔を見つめ始めた。これはあたしはいらないかなと思ったので「あとはよろしくね」とロニカにだけ聞こえるように声をかけてから、お嬢様の部屋を後にした。





