43.7歳
王都の屋敷を離れてもうすぐ一年。私は7歳になり、王都の屋敷ではティアンも6歳になったことだろう。
この一年の間にティアンとお母様がこの領地に来ると言うことになっていたのだけれど残念ながらその予定はいつまでも決まらず、むしろ王都で何かあったようでお父様が王都に行って私だけ領地に残されるということが度々あった。
お父様は領地と王都を行き来していたけれど、護衛の関係で一人で行った方が都合がよく、私のわがままで迷惑をかけるのもどうかと思ったので、連れていってほしいと言い出すことはしなかった。
リンドロース領に来てからそれなりに運動もしていたので、以前のように体調を崩すこともないと思うのだけれど、念のためと言うのもある。私自身忘れることもあるけれど、私はまだ子供と呼べる年齢であり、体力だって思っているほどはないかもしれないから。
年齢の感覚については、大人という感覚でいると言うよりも、頓着がなくなったと言う感覚の方が近いと思う。お父様や使用人たちを見ていると、自分が大人だと胸を張って言える気はしないし、言える日が来るのかと不安にもなる。
正直、ティアンの方が私よりも先に大人になるのではないかとすら思う。
一人でいる間は個人的に勉強したり、お母様に教えてもらったことを思い出しながらマナーの復習をしたり、後は私が関わってきた事業の状況に目を通したり、と言うのが私の生活の殆どだった。
最終的な決定権を持つのはお父様だけれど、私も報告書を見て気になったところを纏めて、お父様が帰ってきたときに報告する。お父様が帰ってくるのを待てないような案件で有れば、執事長に言えばある程度対処してくれた。この執事長だけれど、たぶん私のことを知っている。私のことをリューディアと呼ぶことはないし、向けてくる視線も子供に向けるようなそれではない。
そう考えると王都にいたメイド長のシャルアンナも知っていたのではないかなと思わなくもない。たぶん私が知らないだけで、私がリューディアではないと知っている人はそれなりにいるのかもしれない。
お父様の判断で、お父様が信頼できる人にと言う感じだろうけれど。
今はお父様は領地に戻ってきていて、私は少し緊張してお父様の前に立っている。
「リディが発案した事業もいくつかは形になってきたな」
「私が発案したというのは、些か語弊がありますけれど」
「この世界で見ればリディが発案したも同然だ。それに別の世界の知識があるとわかったところで、どうできるものでもあるまい」
「確かにそうかもしれませんが……」
「そのあたりはうまく飲み込むことだ」
お父様の言葉に言い返すことはできない。先人の成果を奪うようで申し訳ないけれど、お父様に伝えた時点で覚悟はしていたことだ。
それはリンドロースの為に何でもするという私の決意の一つでもある。だから後悔はしていないし、仮に謗りを受けることが有れば受け入れるつもりではある。
こう言うのは何だけれど、私が発案したと知っている人はほんの一握りで、リンドロース家――お父様――の成果となっているだろう。
そう言ったことよりも、この事業たちが少しでもリンドロースのため、そして精霊のためになれば私はうれしい。
「話を戻す。すでに知っているとは思うが、いくつかの事業はかなりの利益を生み出している」
「特に馬車の売れ行きが良いですね。まだ貴族以外には売り出していないようですし、商人向けのより安価なものも準備を進めたいですね」
「すでに指示は出している。植林と言ったか、そちらも手応えは悪くはないな。さすがに農作物のようには行かないが、後数年もすれば売り物になると聞いている」
私も最近見に行ったけれど、やはり木であっても精霊の加護は受けられるようで、もう高さだけなら大人とそんなに変わらない。私は木を育てたことはないけれど、前世のそれであれば売り物にできるほどまでに成長するのに、数十年はかかるのではないだろうか。
ここまで早く成果が見えてくれたのは、正直とても安心した。数十年単位での計画となると目に見える何かが訪れる前に打ち切られる可能性もある。あとは貴族制と言うのがうまく働いたと言う側面もあるだろう。
「畑の方はどうでしょうか?」
「実験段階とはいえ、成果は上がっているな。より多くの収穫量、既存のものとは少し違う味、今のままでも悪くはない。ここから先は試行錯誤になることはリディが言っていた通りだ」
「うまくいっているのであれば良かったです」
品種改良について私は詳しいことはわからないから、本当に後はここの人たちの試行錯誤にかかっている。
精霊の加護も合わせて、いつかは私が食べたこともないくらいおいしいフルーツとかできたらうれしい。
「孤児院はどうなっている?」
「特に何も。関係は悪くないとは思いますし、現状維持をするかどうかはお父様にお任せします」
「それなら現状維持で良いな」
孤児院には度々顔を見せに行っているけれど、特に何かをしているわけではない。寄付しているお金がきちんと使われているのか、私の視点で見ることが役目だからそれ以上は行わない。
強いて言えば教会に絵本を寄贈したくらいだろうか。カティ様から聞いた精霊王の昔話を子供でもわかるように簡単な言葉にして、長さもだいぶ削った絵本。本と言うだけで高価な上に絵もついていて、最終的に一冊いくらになったかは知らないけれど、そんな本を3冊寄贈した。
使い方は教会に任せている。そしてその教会は1冊を孤児院に、残りの2冊を教会内で無料で読めるようにと決めた。
ただで本を読める機会に、興味がある子供が足繁く通っていたなんて話も聞く。
孤児院ではそこまで人気が有るものではないらしく、たまに朗読して聞かせているのだとか。
「そうだ。近々ようやくティアンとマルティダを連れてこれそうだから、そのつもりでな」
「はい。お父様」
半ば反射的にお父様に返したけれど、喉元まで出掛かっているのに思い出せない変なもどかしさに襲われた。





