38.孤児院
街はずれにある教会。教会は基本的に人々の拠り所となるためにあると思うのだけれど、どうして街はずれにあるのか調べたことがある。正確には精霊について調べているときに、偶然一緒に調べていただけだともいう。
孤児院が併設されているから、子供の声で騒音を訴えられないようにとか、広い土地をつかえるほど教会の力が大きないとか、いくつか思いつくことはあるし、それらも理由の一つかもしれないけれど、主な理由は別にある。
それは精霊が気にいるような場所であること。つまりは自然が豊かな場所であること。そうはいっても、森のど真ん中にあるわけでもなくて、街の隅っこのほうのまだあまり人の手が加わっていないところに建てられている。
この辺りは努力目標のようなもので、どれくらい自然があればいいという決まりはなく、何なら王都の街中の到底自然とは無縁の場所にもあるらしい。
精霊という存在が形骸化してきた影響が出ていると考えてもいいのかもしれない。
リンドロースの領都にある教会も、寂れたところにはあるものの自然豊かな場所にあるとは言えそうもない。
広い空き地があったから、そこに建てましたとばかりに二つの建物が並んでいる。
街から歩いていける距離にはあるので、ちらほらと人がいるものの私が乗る馬車を見つけると道を譲ってくれる。貴族になってそうとわかっていても、こういうのは少し慣れない。単純に馬車が邪魔だから、先に行かせてしまおうという考えのもと譲ってくれているのかもしれないけれど。
白を基調とした清潔感のある建物の近くに馬車を止めて、リーリスに案内される形――ロニカは私の後ろに控えるようについてくる――で教会の中に入っていく。
教会の中には長い椅子が真ん中の通路を避けて左右に均等に並べられている。木でできた椅子は厳かさよりも温かみがあり、正面にある祭壇の後ろには、きれいな女性の像が立っている。この女性が精霊のイメージなのだろうか?
外も中も結婚式で使うような教会をイメージしてくれればいいと思う。今はそれなりの人がそれぞれに椅子に座って祈りをささげているけれど、それを除けば私のイメージするものとは一致する。
さてどうしたらいいのだろうかと思ったのだけれど、先ぶれは行っていたらしく、私が中に入ってしばらくもしないうちに祭服を着た優しそうな女性がやってきた。彼女は私――というよりリーリスやロニカだろうけど――を認識すると、人の好さそうな笑顔を見せる。背は高くなく、物腰がやわらかいお婆様といった印象を受ける。
「あらあら。今日のお客様はとても可愛らしい方のようですね」
「お初にお目にかかります。私はリンドロース家の長女のリューディアと申します。本日はお時間を作っていただきありがとうございます」
仕方がないとはいえ、リューディアの名前を出すのは思うところがある。
聞き間違えてくれることにかけて、リーデアと言ってしまおうかと考えることもあったけれど、そんなことをするくらいならリューディアと言い切ったほうがリンドロースに迷惑をかけないので、あきらめた。
何より両親がこれでいいと判断している以上、私は下手なことをする気はない。
「これはこれは、ご丁寧にありがとう。私はこの教会で司教をしているカティ。こちらこそよろしくお願いしますね。リューディア様。ここで話をするのもなんですから、場所を移動しましょうか」
「そうしていただけると助かります。カティ様」
お礼を言ってカティ様についていく。
どこに連れていかれるのかなと思ったら、外に出てしまったので、たぶん孤児院のほうに行くのだろう。私の視察もそちらがメインだし、カティ様に話が通っていてもおかしくはない。
そのカティ様だけれど、柔らかい物腰のわりに値踏みをしているかのように見てくる。まったく年齢相応を演じる気がないので、当然と言えば当然だと思う。
リンドロース家を名乗るから無碍にはできないけれど、言動が明らかに年齢相応ではない相手なわけだから。
何か裏があるのではと思われるかもしれないし、何なら屋敷にいたときのように異常な存在と思われた可能性もある。
それでも対応を変えない辺り、司教というのも伊達ではないらしい。
「こちらは孤児院ですよね?」
「ええ。リューディア様の目的は、孤児院の視察とうかがっていましたからね。先にこちらに連れてきたほうが、よろしいかと思ったわけです」
「心遣いありがとうございます」
そんな風に話をしていると、遠くから「あ、ママカティだ」と私とそんなに年齢が変わらなさそうな、女の子が声を上げた。
見てみると、10人程度の私と同じ年齢か、少し上くらいの子たちがこちらにかけてきていた。
「慕われているんですね」
「ええ、どの子も我が子のように思っていますよ」
「ママカティ! その子は新しい子なの? 一緒に遊ぼう!」
最初にやってきた男の子が話を遮るように迫ってくる。元気な子だなと思うけれど、カティ様が「この子は違うのよ」と困った顔で説明をしていていて、申し訳なく思う。
あとからやってきた子も加わり、収拾がつかなくなりそうなので、一つカティ様に提案することにした。
「少しの間、一緒に遊んできてもよろしいでしょうか?」
「……そうですね。よろしくお願いします。何かあれば遠慮なくいってくださいね」
カティ様が少し考えた様子を見せてから、提案を受け入れる。
果たして何を考えていたのか。1つは私が子供たちに何かをしでかさないかということだとは思う。
それから子供たちにつかまった私がもみくちゃにされる前に、私はお客様だからあまり困らせてはいけないとカティ様がくぎを刺してくれた。





