27.弟との関係
「お姉さまなんて、嫌いです!」
今日もティアンが私の部屋から逃げ出すように、出て行ってしまう。
ティアンに厳しくすると決めた日から、こうやって嫌われてしまうのは仕方がないと言い聞かせてはいるけれど、どうにもチクリと心が痛む。
ともすれば「私だってやりたくてやっているんじゃない」と言ってしまいそうだ。でもそれを言ってはいけないのはわかるし、そもそも私がやりたくてやっているのでティアンに嘘をついてしまうことになる。
貴族で守るものがあるのだから、嘘をつく必要もあるし、嘘まではいかなくても真実を隠す必要も出てくる。あいまいな答えをして、場を濁すこともあるし、人だって騙す。
場合によっては人に死ねと命令しないといけない。それが貴族というものだ。
だから嘘をつくこと自体はそこまで悪いことではないと思う。だけれど同時にこんな社会であるからこそ信用が大事になってくるのが、貴族の社会だ。
そして信用を得るためには、嘘をつくというのは逆効果でしかない。
○○だけすればいいというものではないのは貴族社会だけではないけれど、貴族社会はよりその傾向が強い。
ということで、ティアンには安易な嘘をつくような子にはなってほしくない。
だから嫌っていると言いつつも私の真似をするティアンに対して、こんな嘘をつくわけにはいかない。
何より「もうお姉さまのところにはきません!」と言い放ったティアンに対して、「ええ、もう二度と来ないでくれるかしら?」と冷たく突き放したところ、涙目になって出て行った後でお母様と一緒に謝りに来たことがある。
以来ティアンの捨て台詞が「嫌いです!」になってしまった。大体数回に一回くらいこのセリフを聞くことになる。
そしてまた数日後にやって来ては、私の作った教材で勉強して帰る。ティアンは私が教材を作っているとは、少しも思っていないようだけれど。
今日は計算の間違いを逐一指摘していったので、出て行ってしまった。たぶん次に来るときには、間違いが半分くらいになっていることだろう。
基本的にティアンは優秀なのだ。なにせまだ5歳なのだから、前世基準だと計算もまだ習うようなことではない。お受験のために勉強している子もいるかもしれないけれど、少なくとも私は小学校に入ってから勉強した気がするし、それまではとにかく遊びまくっていた記憶がある。
「お嬢様は何をなさっているのですか?」
「ティアンの教材を作っているのよ。お父様にいろいろ提出してから、結果が出るまでは大きなことは何もないのだもの」
お父様に精霊のための山をもらおうと交渉してから、早数か月。気が付けば私は6歳になっていて、ロニカもだいぶ仕事に慣れた様子だ。
この世界――というか貴族の慣例として――だと、10歳から15歳までの誕生日に盛大にお祝いをするくらいで、あとは当主の誕生日でもない限りは身内だけでこじんまりと祝うものらしい。
ということで、私の誕生日はささやかに行われた。そして私が祝われたのは、私がこの世界にやってきた日。リューディアの誕生日は知らなかったのだけれど、まさかその日だとは思わなかったし、もう一年たったのかと驚いた。
閑話休題。
いまの私は結果待ちの状態。思いついたことをお父様に渡しているし、馬車については少しずつ広まってきているらしいのだけれど、まだまだ求める成果には足りていない。
それ以外だと、勉強は少しずつしているけれど、今の段階で学園で十分通用するほどだと言われたし、礼儀作法についてはまだ改善しないといけない点があるけれど急いで詰め込む必要もない。
だから時間があるのだ。時間があるから、ティアンの教材を作っている。なにも不思議じゃない。ロニカもそれくらいわかっているだろうに。
「それは見ていればわかります。とても丁寧に考えて作られているのも、存じております」
「だとしたら、何が気になるのかしら?」
「お嬢様はティアン様のことをどのように思っているのでしょうか?」
なるほど。ティアンに冷たく当たり、嫌いと言われながらも、どうしてティアンのために働いているのかが気になるのか。
ティアンが私のことを悪く言うと――と言っても、ティアンの語彙力だと「嫌い」が限度だけど――ロニカは不機嫌になるし、私がティアンを嫌っていると思っているのかもしれない。
ロニカにはそのあたりを説明していなかった、説明する必要もないかなと思っていたけれど、これは変にこじれる前に伝えていたほうがいいかもしれない。
私が言うなといったことは、相手がお父様でもない限り言うことはないだろうと、それくらいにはロニカを信頼しているし、良い機会なのかもしれない。
「これからする話は誰にも言っては駄目よ?」
「承知いたしました」
「私はティアンが嫌いではないのよ。嫌いだから厳しく当たっているわけではないの」
「そうなのですか?」
「私がそうするとお父様とお母様に言ったから、そうしているのよ」
私の言葉にロニカが首をかしげるので、説明を加える。
「ティアンはリンドロース家の次期当主だから、ただ甘やかすだけではだめなのよ。だけれど厳しくしすぎてもいけないの。
だから厳しくする役目を私が引き受けたのよ。私はいずれリンドロースを出ていくのだから」
「ですが、それだと――」
「私はティアンに嫌われるでしょうね。それよりも私がお父様とお母様に愛されないと思っているのかしら?」
私は子供として両親に愛されるということはない。愛されていい立場にはない。だけれど――。
「ティアンについては仕方がないわ。でもお父様やお母様からはよくしてもらっているのよ?
だからロニカが心配することはないわ。お父様とお母様がいる間は、私が下手をしなければ私はリンドロースにいられるから」
「そういうことなのですね……」
「何がかしら?」
「いえ、お嬢様が気になさることではありません」
そういわれると気になるけれど、ロニカを困らせたいわけではないし、聞き返すことはしないでおこう。
その代わり教材づくりには協力してもらうことにする。
「じゃあロニカ。これを読んでみて意味が分からないところがないか、確認してくれないかしら?」
「これをですか?」
「ええ」
「わかりました」
ティアン用にとても簡単に書いたつもりだけれど、これが案外難しい。
実はロニカよりもティアンのほうが勉強できるのではないかと思っているので、ロニカが理解できればティアンも理解できるだろうと読ませたのは、ロニカには内緒にしておこうと思う。





