04 アンネマリーのお茶会
「え、アンネマリー様の、お茶会……?」
驚きの事が起きました。私宛てに招待状が届いたのです。
それは、あの天才の公爵令嬢、アンネマリー・ローマイヤ様から、お茶会の招待状でした。
「ええ? どうして?」
確かに学園生活を送る間、何度も彼女の視線を感じました。
ですが結局、彼女と言葉を交わした事はなかったのに。
公爵令嬢のお茶会なんて『事件』ですよ、これは。
「どうしよう、セリア。どうして私だけ?」
「アンネマリー様は、どうもカレンを見てたっぽいからね」
それは、そうかもしれませんけど。
この招待を断るという選択肢は、私にはありませんでした。
そして、あっという間にお茶会当日。
私は、指定された学園のサロンへ足を運びました。
「本日は……、お招きいただきまして、誠にありがとうございます、ローマイヤ公爵令嬢。私は、カレン・ハートベルと申します」
心臓がドキドキとして緊張します。
なにせ、相手は公爵令嬢ですから。男爵の娘の私には雲の上の人です。
「ええ、よく来てくれたわね、ハートベル嬢。お座りになって」
「はい、失礼致します……」
何故か、お茶会とはいうものの、呼びだされたのは私だけ。
侍女や護衛の方が、そばには控えているものの、実質、1対1の状況です。
どうして、こんな事に?
「楽にしてくれていいわよ、ハートベル嬢」
アンネマリー様は、間近で面と向かって見ると、なんとまぁ、美人といいますか。
気品を兼ね備えた美女です。
私が、普段から見ている彼女は、物陰からこちらを窺ってくる姿だけでした。
それは正直、奇行というか……『変な人』のイメージが強かったのですが。
こうして、座って優雅にされていると、気圧されるような存在感があります。
「……あの、失礼ですが、先にお聞きしてもよろしいですか」
「もちろん、いいわよ」
アンネマリー様に許可をいただき、私は質問しました。
「どうして私をお呼びになったのでしょうか。今回、お話しするのも初めてですし」
「……そうね」
彼女は、少し思考を巡らせた後で答えてくれます。
「貴方の事が前から気になっていました。何度か目も合いましたね」
「ええ、何度も……」
「……ねぇ、ハートベル嬢。貴方、好きな人は居る?」
「え?」
唐突な問いかけに私は首を傾げました。
「好きな人ですか?」
「ええ、貴方の好きな人。知っているかもしれないけれど……」
「はい」
「ルシウス殿下は今、婚約者がいらっしゃらないわ」
「……はい?」
ルシウス殿下?
「それから、ディスト侯爵令息、バーメイン伯爵令息もね」
「……はぁ、そうなんですか」
バーメインさんはセリアに聞いていましたけど。
ですが、だから何でしょう?
「この3人に中に、貴方の好きな人は……居る?」
「居ませんけど……」
「居ないの?」
「はい。もちろん、皆さん、素敵な男性だとは思いますが……好きとかは、特に」
そもそも王太子殿下や、その側近の方たちですよね。
身分が違い過ぎます。いえ、あくまで聞かれているのは『好きかどうか』だと思いますけど。
何故か、とても真剣な様子のアンネマリー様。私の好きな人が何なのだろう?
「……あの、彼らが何か?」
アンネマリー様は、なおも私を観察し続けます。
あれでしょうか。恋する乙女向けの商品を何か開発中、だとか。
そのサンプル? として、私の話を聞きたいのでしょうか。
「……あのね、ええと」
「はい、ローマイヤ公女」
「貴方は、とても可愛いから。殿下たちも見初めると思うの」
「……はい?」
私は首を傾げました。
「もし、良ければ、私が出会いの場を設けるけど……?」
「え、それは殿下たちとの出会いを、という事、ですか?」
「ええ、そうよ。私は公爵の娘ですから。それぐらいはできましてよ」
「そうですか、ですが、その。角が立つかもしれませんが。私は、特に彼らと親しくなりたいとは思わないのですが……」
「そうなの? それは、どうして?」
どうしてって言われてもなぁ。
「あの、私は婚約者が居ないのですが」
「ええ」
「ハートベル男爵家には子供が私しか居ません。男爵家を継ぐためには『婿』を取らねばならないのです。ですから、その。交際する相手は、そういった事も視野に入れています。王太子殿下や、その側近となられる可能性のある方は、ちょっと流石に……」
「それは……、家の事情とかは、そうかもしれないけど」
「はい」
「でもでも! こう、好きになった気持ちは抑え切れない! とか? あるのではなくて?」
「そもそも、彼らを好きになった記憶もありませんが……」
もしかして、ですけど。
「あの、何か誤解されていますか?」
「誤解?」
「はい、その。私が、名前を挙げられた彼らに懸想している、など。そのような誤解があるのでは、と」
「……つまり、貴方はあの3人の誰にも興味はない、と」
「え、ええ。殿下や高位貴族を相手に不敬とは思いますが、一人の人間、一人の女としては、特別、彼らに惹かれるような事は、何もないです……」
アンネマリー様は、さらに私を食い入るように見つめてきます。
失礼な物言いだったかな? 高位貴族怖いよー。
どうして私にこんなに質問してくるんだろう……。
「カレン・ハートベル」
「は、はい」
「……貴方は、私の事はどう思っている?」
「どう、ですか?」
何の事だろう?
「ええと、ローマイヤ公爵令嬢で、確かシャンプーボトルを始めとした商品開発を手掛けていらっしゃる天才肌であると……」
「そうね。シャンプーボトル、あれはこの国には『まだ』なかったものだけど。私がアイデアを出して開発して貰ったわね。……アレを貴方は使っている?」
「はい! とても使い易くて便利ですね! 手洗い用の石鹸にも使われていますよ! 素晴らしい発明だと思います!」
「……貴方でもアレぐらいは出来た、と思わない?」
「私がですか? いえ、そんな事は。確かに現物を見た事があれば、如何にも簡単そうに見えますけど。ああいった品をゼロから生み出すというのは難しいと思います」
私は既存の、存在する商品を有難く使わせて貰うので精一杯です。
それだけじゃ、将来的によくないのかな?
でも、ハートベル男爵家って、本当に領地も狭くて……田舎なんですよねぇ。
ですから領地経営というより、一家庭による農業経営の方が近いというか。
「貴方の可憐さで、高位貴族の男たちを次々と引っ掛けて、ゆくゆくは王妃に! なんて考えない?」
「ええ!? そんな事、考えません!」
「……それが出来るだけの魅力が貴方にあると言っても?」
「はい、もちろんです」
「……美形の男は全部、自分のモノにしたい願望とか」
「いやですよ、そんなの。伴侶は一人で十分だと思います。もちろん、私の場合は田舎の男爵領でも一緒に暮らしてくれる男性、という条件が付いてしまいますけど」
そこが難しいのですよね。男爵家は、貴族としては、身分が下なんです。
ですので、婿入り希望の男性であっても、わざわざ男爵家は選ばないと言いますか。
それから、いくつかの質問をアンネマリー様からされました。
どうやら私の為人を探っているご様子です。
何が気になるのでしょう? 私は、ただの男爵の娘なのですけど。
「……、……、そう」
やがて、大方の質問は終わったのか。アンネマリー様は愁いを帯びた表情で呟きました。
「貴方は、カレン・ハートベルなのね……」
「え、はい。そうですけど」
名乗りましたよね、私? そもそも呼び出したのはアンネマリー様なのに。
「最後に一つだけ、答えて欲しいの、カレンさん」
「は、はい」
アンネマリー様は、真剣に私の目を見つめて、尋ねられます。
「『夕暮れにハートの鐘を鳴らして』。……この言葉に聞き覚えは?」
夕暮れに? 私は、言われた言葉を反芻して記憶を掘り起こしてみました。
ですが、思い当たる事はありませんね。
「はい、特に聞き覚えのない言葉だと思います」
「……そう」
そこでアンネマリー様は、令嬢らしからぬ、というか。
背もたれに力なく寄りかかって『はぁー……!』と、深く息を吐き出しました。
「うーん。でも、本物なら余計に?」
「あの、ローマイヤ公女?」
「……アンネマリーで良いわよ。私も貴方をカレンと呼ぶから」
「ええ? ですが、身分差がありまして。それは恐れ多いです」
「……身分差ね。気にしているのね?」
「もちろんです!」
男爵の娘が身分を気にしなくてどうしますか。あっという間に潰されてしまいますよ。
身分を気にするべきなのは『下』の方が相場です。
「カレン。貴方に『お願い』があります」
「お願い、ですか?」
「ええ、貴方にはね。私と一緒に、あるパーティーに参加して欲しいの」
「パーティー? それは、どういった……?」
「……ルシウス殿下、および、その側近たちの、婚活パーティーに」
「え」
コンカツ? って、何でしょうか。殿下と側近が何か?
「つまり『合コン』……、いえ、こんなの言っても分から……、分からないわよね、カレン? 合コンって知っている?」
「知りませんし、聞いた事もない言葉です」
「だよねー!」
そう言って、アンネマリー様は、力が抜けたようにヘナヘナとテーブルに突っ伏してしまいました。
謎の『コンカツ』パーティーなるものへの参加要請。
断りたいと思いましたが、公爵令嬢のお願いです。
当然、お断りするワケにもいかず……私は、アンネマリー様と一緒に参加する事になったのです。




