40.卒業式 その1
あの日起きた事件についての詳細が王室により明らかにされた。
真相は人々が想像するよりも刺激に満ちていて、暇を持て余していた貴族達は大変満足した。人の不幸は蜜の味と例えられるものだが、この件についてもそうだった。
それと共にジュリアが王弟の種である事も明かされた。
自身が王家の血を引く事を知ったジュリアは、病床にあって大いに喜んだと言う。
顔の半分に火傷の痕が残り、自慢の美貌を失ったとしても、自分には絶対的な地位があるのだと、踊り出しそうな程の喜びようだったと言う。
しかし、王弟は王位継承権を実の父である大公により返上させられ、異母弟である公爵家嫡男も同様にその権利を失う事となった。
そうなった背景には、王妃が双子の男子を出産した事も大きかった。
王室に正統な血筋を持つ男子が三人もいる。
王弟とその子に玉座が転がり込む事は余程の事がなければありえない。
当然、王の外祖父となる夢を見ていた侯爵は黙っておらず、何かがあった時の為にも、継承権は残して置くべきだと主張した。
侯爵の弁に対し、大公が問う。
王位簒奪の意思有りや無しや。
否、我が身は忠臣に御座いますと答えた侯爵に、さもありなんと満足気に返し、ならば争いの火種となり得る継承権を返上する事に異論はあるまいと大公は言った。
反論しようとする侯爵は、日頃より王子よりも己が娘の産んだ孫の方が王位に相応しいと侯が吹聴して回っていると聞き及ぶが、その真意は何処にあるのかと問われ、返答に窮した。
断念せねば家を取り潰される恐れがあるとして最後は黙ったと言う。
王弟と侯爵が失脚した事にジュリアは腹を立てたものの、血筋は変わる事はなく、自分は公爵令嬢なのだと気を持ち直すが、直ぐにその望みは絶たれる。
若かりし頃の過ちで出来た娘に対して王弟は何ら思う所がなく、むしろ自身の地位を壊す切っ掛けとなったジュリアを憎むに至り、対面を拒否。
王弟とその子に王位への熱望があったかは不明だが、大公と兄王に睨まれるのは今後やりづらい事である。何をするにしても疑いを持たれる可能性があるからだ。
ジュリアが受け入れられる筈もなく、会った事もないまま、実の父から王族としての責を取って生涯、僻地の修道院にて王国の安寧を祈るよう命じられる。
怒り狂った彼女は暴れに暴れた。部屋にあるものを破壊し尽くした。その結果、危険であると看做されて予定よりも早く修道院へと送られる事となった。
仕出かした事が事であるだけに、式への参加は元より許されてはいなかった。ただ単に卒業を待った方がキリが良かっただけである。しかし、それすら台無しにしてしまった。
卒業式。
いつものように制服に袖を通し、侍女に手伝ってもらいながら支度をする。
鏡越しに見る制服姿の自分を見るのも今日が最後なのだと思うと、感慨深い。
身分の差を感じさせない為として指定された制服を、始めの頃は何の意味があるのかと思っていた。
意識に刷り込まれたそれを忘れ、高位の貴族に親しげに接する事など出来る筈もない。
そう思っていたが、同じ服を纏い、机を並べて同じ講義を受けているうちに爵位を意識する事を忘れていった。
気の合う友人を何人も作る事が出来た。
学ぶ事は多かった。
家庭で受ける教育は貴族としての義務と権利が主であり、偏ると言うよりは、視野が狭くなる事の方が多かった。
他家の子息は家に繁栄を齎らす存在であるかどうか。
他家の令嬢はより良い相手を巡って争う相手。
家が属する派閥が物を言い、社交の場は見た目こそ華やかではあるが争いが多かった。
国内の発展を望むものとして開かれた学園。
各地を治める領主一族が愚かであれば国力は弱まる。国力の底上げと無駄な敵対を減らす為に開かれた学園。
子を通して広がる他家との繋がりの意義は大きく、創設当初は否定されていた学園は、貴族社会に受け入れられた。
同年の他の生徒と比較されて悔しい思いをする事もあったが、それが原動力となって努力した事は少なくなかった。友に応援されてやり遂げた事も多かった。
分かっているようで分かっていなかった事、より理解の深まった事。
数えあげればキリがない程、様々な事柄を学園にて学び、去るのが惜しく感じる。
けれど温かく柔らかい箱庭から巣立たねばならぬ事もまた理解していた。
より良い未来を得る為に、アリゼは本日をもって学園を卒業し、この国を支える一人に加わる。
アリゼはルネを目にして驚いていた。
対するルネは笑顔である。
「ルネ、どうしたの?」
挨拶を済ませてすぐにアリゼは尋ねた。
何故ここにいるのか?
「アリゼの学園生活最後の日に、学園までエスコートしたかったから」
「ありがとう。でも、ルネも登校する日でしょう?」
「そうだけど、今日は先生にお願いして遅刻させてもらう」
「まぁ……」
卒業式はいつもと同じ時間に開始ではない。
講義で言うなれば三限目からである。
差し出されたルネの手にそっと自分の手を重ね、馬車に乗り込む。
「アリゼは来月から領地に行くでしょう?」
「えぇ、そうよ」
領主代行を務められるように。ルネとの未来をより良いものにする為に。
出しゃばるつもりはない。助けになりたい。
その気持ちだけだ。
「手紙だと時間がかかってしまうから、何か良い方法がないかな、って考えてる」
真剣な表情でそんな事を言うルネに、アリゼは笑顔になる。その言葉が嬉しい。
手紙を早く届けたい。
手紙を早く受け取りたい。
それは、離れたくないと言ってくれているのと同義だ。
「いつかそんな事が可能になったら素晴らしいと思うけれど、きっとその前に私達の距離は近くなっていると思うわ」
領地に行くとは言っても行きっぱなしではない。
アリゼが領地に行くのは、領地に留まって治める事の為ではなく、将来自分とルネが治める事になる領地を正確に知る為だ。
「それは、そうなんだけど」
ルネの眉尻が下がる。少し頰が赤く染まる。
「ようやく、アリゼが、その……」
両想いになったからこそ、離れたくないとルネは言いたいのだ。その様子にアリゼの胸に甘い痛みが走る。
「私だって、寂しいわ。
毎日会えていたのが会えなくなるんだもの」
「うん」
けれど、精一杯出来る事をしたい。どれだけ準備しても、いざその時が来たら何の役にも立たない事などごまんとあるだろう。
全ての事に対応出来るようになど、到底無理な話だ。
アリゼもそれは分かっている。
欲しいのは、やれる事を積み重ねてきたと言う自信。
努力し続ける事は忍耐を育てる。冷静に考える力を鍛えてくれる。
今の自分になるのに掛かった日数は、それこそ数え切れない程である。
辛い事、悲しい事は沢山あった。
乗り越える力を与えてくれた人あっての今だと言う事も分かっている。
一朝一夕で自分は出来た訳じゃない。
明日を作るのは今日の自分だと知っている。
そうして、未来へ繋がっていく。
だからこそ、やるべき事が、やれる事があるなら、やってみたい。
最初から完璧な結果など望んでいない。努力に結果が伴わない事だってあるだろう。
ただ、やめたら結果は何もない。何も生まれない。
「空を通って、ルネに私の想いが届くと良いのに」
「うん」
そっと手を握り合い、言葉を発する事なく見つめ合っているうちに馬車は学園に到着した。




