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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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38.十八年前のツケ

 誰も話していない筈であるのに、あの日の事が社交界に知れ渡っていた。欠けている事実が多かった為、目撃した者がいて、それが広まったのだろうと父であるルデュック伯は言った。


 一転してマチューが全ての元凶のように言われている事にアリゼは納得がいかなかった。けれど、ジュリアの血縁者の事もあって否定する事も叶わない。


「流石にこのままにはしておけぬとテター伯が立ち上がってね」


 俯いていた顔を上げ、アリゼは父の顔を見た。

 近頃屋敷を離れる事が多かった。この噂の為に奔走しているのは何となく察していた。


「アリゼにあのような判断を迫ったのは、ルネ君の代わりに領主としての務めをアリゼが果たせるかを試した訳だが……全てが無駄になってしまったな」


 そう言って息を吐く。

 いいえ、とアリゼは首を振る。


「マチュー君に対して思う事はあるが、全てを彼だけに押し付けるのは、やはり良心が咎める。

ピジエ家も同じ考えだった」


 ただね、と言葉を区切ると、哀しそうにルデュック伯は言った。


「それでも覆らぬものはある」


 アリゼはぎゅっとスカートを握った。

 マチューに対しては複雑な思いがある。あの時、マチューは己を悔いていた。その言葉が本心だったとしても、これからマチューと積極的に関わりたいとは思わない。

 ただ、だからと言って不幸を願ったりはしない。


「近々、沙汰が下される事になった」


「それは、どんな……?」


「もはや隠しても仕方がないから明らかにするが、ジュリア嬢は王弟である殿下の血を引く。それが公になる」


 ジュリアの血筋が明かされる。

 思っていた人物の名が挙がり、やはり、と思う。


 兄である第一王子が即位し、第二王子は公爵位を継いだ。

 王弟は赤毛に美しい緑の瞳の持ち主だ。ジュリアとまったく同じ色を持つ。


「その上で彼女は辺境の修道院に入れられる。巷間を騒がせ、その血にあるまじき振る舞いをした咎人としてね。

当然、そこから出る事は生涯叶わない」


 誰かに嫉妬する必要もない程の美貌と出自を持ちながら、日の目を見る事もなく葬り去られる事になる彼女を思い出すが、僅かな同情しか抱けなかった。

 アリゼにとって彼女は何年にも渡り自身を悩ませた存在であり、危害を加えようとしてきた存在だ。最後には命まで狙われたのだ。

 非情と言われても、可哀想ぐらいにしか思えなかった。生涯修道院で過ごして欲しい。二度とこちらに戻って来ないで欲しいと願ってしまう。

 思い出せば今でもあの時の恐怖が蘇り、身体に震えが走る。命を狙われると言うのは、そう言う事なのだ。


「ソネゴ男爵と夫人は離縁になる。夫人は生家に戻るらしいが、隔離されるか、娘と同じように何処かの修道院に入れられるだろう」


 気になる点を父親に尋ねる。


「生涯とは言っても……殿下のご息女ともなれば、いつか修道院を出る事もあり得るのでは?」


 現国王の妻──王妃は隣国の姫であり、第一王子の実母である。王弟の妻は国内でも大きな力を持つ侯爵家の出身。こちらにも王家の血を引く男子がいる。

 あまりに王弟の子が優れている為に、第一王子ではなく、公爵家嫡男をこそ王太子にした方が良いのではないかという声が上がる程だった。

 外祖父である侯爵もまた、自身の孫こそ王太子に相応しいと公言して憚らなかった。


 もし王弟の子が王太子ともなれば、母親が異なるとは言え、ジュリアは王女にはならずともそれに準ずる立場となる。

 多少の罪は目溢しがなされるであろうし、修道院に生涯閉じ込められるとは考えられない。


 娘の質問にルデュック伯は首を横に振った。


「殿下は王位継承権を返上し、爵位を息子に譲り、ジュリア嬢の仕出かした事に対して間接的に償う事になった」


 ルデュック伯は目を閉じ、額を撫でてから深いため息を吐いた。疲労が色濃く出ている。

 王弟は現在の王室において王位継承権第三位である。

 それを返上するまでの騒ぎではない事はアリゼにも分かっている。理解出来ないと顔に書かれた娘を見て、父である伯爵は険しい顔のままである。


「大公が今回の事を詳らかにすると仰せだ」


 この国に大公と呼ばれる人物は一人しかいない。

 現国王と王弟の父であり、前国王が退位して王家が持つ公爵位で呼ばれる。尊敬を込めて大公、と。


「テター伯は懇意にしていた別の侯爵を頼ったのだよ。

おまえとルネ君が初めて参加した夜会があったろう。あの時の侯爵閣下だ。

閣下は大公の元に行き、巷間を騒がす事件について大公に意見を仰いだのだ」


 夜会で挨拶をした侯爵の顔が頭に浮かぶ。

 強かさを隠そうともしない、飄々とした人物であったと記憶している。

 

「大公は以前より侯爵の増長をよく思われていなかった。それを見越しての事だろう。

両陛下には王子もおられる。その王子を排除してまで王弟殿下の血筋を選ぶ理由はない。

小国とは言え王妃は王女だ。隣国との関係性、国内貴族の勢力の均衡と言う点においても、侯爵の存在は宜しからずと判断なされたのだろう」


 大公は国内の和を乱される事を厭われる、とルデュック伯はため息混じりに口にした。

 退位してなお、国内に大きな影響力を及ぼす大公の意向を、王も王弟も無視出来ないと言う事だろう。


 言葉が出なかった。

 書物に、蟻の穴より強固な壁も崩れるなどという言い回しを見た事があったが、王弟も侯爵も、若かりし頃の過ちが今になって自分達の足をすくう事になるとは思いもよらなかった事だろう。

 それも、自分達が全く関与しない所で起きた事が巡り巡って来ようなどと。


「アリゼが気に病む事ではない。

過去の不始末を適当に済ませた事への反省と、政治的な思惑に今回の件が利用されると言う事だ」


 では、マチューへの悪い噂は消えるのだろうか?


「マチュー君は王妃の生国に招かれる事になった。罪滅ぼしと言う奴だろう」


 思いもよらぬ高い所から大鉈を振るわれる事となった。

 マチューの汚名は完全には雪がれる事はないだろう。

 何の土台も無い新天地に行かされるマチューは、いくら才能があると言っても苦労するに違いない。

 それが彼に与えられた罰なのだろう。


「テター伯は爵位を長男に譲り、領地に下がる予定だ。

巷を騒がせた事に対する詫びとしてね」


 優しい笑顔を向けてくれたテター伯爵を思い出す。

 アリゼは唇を噛んだ。


「十八年前のツケを、このような形で払わされる事になろうとは、誰もが思いもよらなかったろう」


 そう言って父は悲しそうに目を伏せた。

 アリゼもまた、何かに耐えるようにぐっと手を握りしめた。


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