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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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35.魔術師試験

 魔術師の塔への入門試験当日。

 自身が受験するのではないのに、アリゼは早くに目覚めた。

 昨夜も寝付きが悪かった。

 ルネの心身を思い憂う。

 何も出来ない己がもどかしい。


 針を刺し終えた灰色のリボンを手の中に握り込み、窓の外を見る。

 恐ろしい程の快晴。雲ひとつない、高い空。

 久方ぶりの晴れではあるものの、寒さは刺すように痛い。空気まで緊張しているかのように思えてしまう。


 ルネに結ぶ髪はもうない。

 リボンは必要ない。

 ハンカチーフに刺繍をする事も考えたが、まずはリボンにと思った。

 あの日渡せなかったリボンを、意味がなくとも渡したかった。ただの自己満足である事は重々承知の上で。


 本日行われる入門試験は、良くも悪くも注目を集めている。

 ルネは久方ぶりに若年での魔術師誕生なるかと言われていた。これまで二度、入門試験に落ちてはいたが、今回は違うのではないかと期待されていたのだ。

 アリゼとの婚約後、かつてない程に集中して学問を修め、魔術師として研鑽を重ねていくルネに周囲は本気を感じ取った。


 その矢先の、惨事。

 魔術師の命と言われる髪を失い、誰もが受験を控えるだろうと思っていた。

 けれど、ルネは棄権しなかった。

 いくら年齢の制限がないとは言え、髪が伸びるのに時間がかかる。

 学園を卒業すればアリゼと婚姻を結び、伯爵位を賜る。

 生家も力を持つ家でもある。

 魔術師になる事にこだわる必要がない程に、ルネは様々なものを持ち得ている。

 たとえ魔術師になれずとも、目指しているというだけで箔が付く。その為の受験だろうと目されている。


「魔術師の入門試験では、どのような事を試されるの?」


 イレタがアリゼに尋ねる。

 以前同じ質問をルネに投げた事がある。




『初めて受ける場合は、まず適性を調べられるんだよ』


 手にしていた本を閉じ、ルネはアリゼを見て説明する。


『適性?』


 聞き返すアリゼにルネは頷いた。


『この世界の四大元素である、火、土、水、風のいずれかの適性があって、魔術師候補になるんだ。

僕は風なんだよ』


 アリゼは納得したように頷いた。


『分かるわ、ルネは何処かふわふわしているもの』


『え、そうかなぁ?』


 ルネが空を好きなのはその所為なのかも知れないとアリゼは思った。


『僕は前の試験で適性を確認されているから、応用を見せなくちゃいけないんだ』


 自分が魔術師の塔に入る資格があるだけの、有用な者であると証明する必要があるのだとルネは言った。




「応用試験だと聞いているわ」


 ルネから教えてもらった話を友人達にする。

 応用、と繰り返すイレタにアリゼは頷いた。


 試験は当然の事ながら学園ではなく、王家指定の場所にて行われる。

 披露したい内容によっては場所を変更する事もあるし、時間も夜になる事がある。

 ルネの試験は昼に行われると聞いている。


 側に行きたいと思ったけれど、父親に止められた。

 髪を──魔力を失ったルネは失敗する恐れがある。それをアリゼに見られたくないのではないかと言われてしまった。

 誰もがルネが失敗すると思っている。信じていると言い続けているアリゼ自身も、心の奥で失敗してしまうのではないかと不安に思っていた。

 会えないのは寂しかったが、そんな自分の不安がルネに見透かされなくて済んだと、今なら思う。

 成功して欲しい気持ちはある。願わない日はない。

 けれど、成功しても、成功しなくても、自分の中のルネの価値は変わらない。これまでも、これからも。

 ルネはルネであり、大事な人だ。




 卒業も間近であるアリゼ達が受ける授業は、学問の方ではなく、これから社交界に本格的に参加する事になる若人達への、先達からの忠告を聞く講座が主となっていく。受講は任意の扱いとなるが、余程理由がなければ大抵の生徒が受講する。

 中には意地の悪い者達もいる社交の海を、教え子達が少しでも泳ぎやすくなるようにとの気遣いから生まれた講座であり、多くの学生は熱心に耳を傾ける。

 これまで学び舎では身分の差というものがなかったものの、元学友であったとしてもこれからは立場の違いが明確になってくる。公の場においては同じように接する事は許されない。公私の分別というものである。


 現在王家の血を引く者は学園に通う年齢にはなく、王家に近しい公爵家の令嬢が一人いるぐらいで、アリゼ達とは接点もなく、忖度などの気遣いをする事もなかった。

 その為気ままな学生生活を送ってきていたが、卒業後はそうもいかない。伯爵以上の爵位を持つ者は貴族としての務めが存在する。

 子爵、男爵においても大きく貴族という括りには入るものの、扱いは大きく異なってくる。

 王家から領地を与えられ、土地を治め、納税の義務を負うのは伯爵位以上であり、義務と権利を伴う。

 子爵、男爵の家に生まれた子息令嬢や継ぐ所領を持たぬ次男以下は、法服貴族として国に属する何れかの機関にて勤める事が主流となる。王族に仕える者もいる。

 アリゼ、エミリエンヌ、イレタは伯爵家の令嬢であり、然るべき相手と婚姻を結び生家を支えていく礎となる。

 エミリエンヌもイレタも爵位を継ぐ兄がいる為、卒業後はいずれかの相応しい家格の家に嫁ぐのだろう。

 シモーヌは侯爵家の令嬢で、このままいけば分家の従兄と婚姻を結ぶ事になりそうである。


 ポン、ポポン、と軽い音が建物の外から聞こえ、多くの生徒が窓の方に視線を向けた。

 一度や二度でなく、その後も続いた音に生徒達の関心は集まった。


「なんだろう、あれ。戦争が始まるのか……?」


 一人の生徒が呟いた戦争と言う言葉に、他の生徒達はぎょっとする。

 十年も前に西の国との戦争は終結した筈であったのに、まさかまた荒れた時代がやってくるのかと恐れたのである。


「いや、それにしては何と言うのか、色取り取りな気がする」


「王城の方角だ」


 王城と聞いてアリゼは立ち上がり、窓の前に立った。

 ルネは今日、王城近くの広場にて魔術師の塔への入門試験を受けているのだ。

 彼の身に何かあったのではと不安になる。


 教師もここまで集中力が切れてしまっては説明を続けられないと判断し、生徒達と同じように窓の外を見た。


 雲ひとつない青空に、パッと赤い光が瞬いて、同色の煙が尾を引くように伸びていき、ポン、という音がする。

 同じように橙色の光が瞬き、煙が伸びていく。

 煙は位置がズレている為、空に並ぶように伸びていた。


「……虹?」


 誰かが言った。


 赤、橙、黄色、緑……と光っては煙の筋が並び、透明感はないものの、空に向かって一直線に伸びる虹のように見えた。

 それを見てアリゼは、ルネがやっているのだと分かった。


 空を愛するルネは、虹も好きだった。

 七色の光、七色の煙幕。

 自分の力で虹を空に作り出そうとしたのだと思った。


「ピジエだろうか」


「多分そうだろう」


「美しいが、これだけでは魔術師にはなれないだろう」


 あちこちから聞こえる言葉に、アリゼは唇を噛んだ。


 その時、王城の真上に巨大な花が浮かび上がった。

 真っ赤な花が昼の空に咲き、周囲に大きく広がるようにして散っていき、ドン、という音が響いた。


 空に、花を咲かせる。

 そんな事、考えた事もなかった。

 美しかった、とても。

 一瞬で消えた花は、現実の花よりも儚かった。

 けれど胸に余韻を残していった。


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