33.惨劇の始末
ルネ達魔術師を目指す生徒達が利用する建物──魔術棟前での火災事件により、収穫祭は終了となった。
アリゼは医務室で手当てを受け、タウンハウスへと帰された。
生徒へは一週間の登校禁止が通達されている。どう騒動を収束させるのだろうか、そればかりが気になって仕方がない。
ルネの髪、ジュリアの顔の怪我、パオロの起こした暴行……思い出すだけで憂鬱な気分になる事ばかりだ。
それでも、頭から離れない。
本来なら領地経営について学ばなければならないのだが、どうにも集中出来ない。かと言って他の事をするにも気が散ってままならない。
気持ちを持て余したアリゼは父親に尋ねた。
ジュリアの母とはどういう関係だったのかと。
予想もしなかった人物の名前にルデュック伯は戸惑ったが、収穫祭当日について話そうとしなかったアリゼが、俯きながらも説明した仔細に、納得した。
もし父とジュリアの母の間に何かがあったならばと思い、二人きりでとお願いをして話した。
「ソネゴ男爵夫人とは確かに関わりがあったが、恋人にはなっていない」
その言葉だけでは納得がいかないのか、アリゼの表情は曇ったままだ。
「何と言うのか、彼女はとても恋多き女性でね。男子生徒達の間を蝶のように飛ぶ女性だった」
言葉を区切り、ルデュック伯はため息を吐いた。
「彼女の信奉者は多く、中には高位の家の方もいたから、大騒ぎになったものだ。
名は伏せるが、とある高貴な方の怒りを買い、彼女の信奉者の内の一人と卒業後に婚姻を結ばされたのだ」
血は争えぬと言う奴なのだろうかと、アリゼが思っていると、父が恐ろしい事を口にする。
「ソネゴ男爵夫人はブリュネットの髪に青い瞳の持ち主で、ソネゴ男爵もまた、ブリュネットに黒い瞳だった」
アリゼの知るジュリアは、美しい赤毛に緑の瞳の持ち主だ。そこでふと、ある考えが過ぎる。
まさかと思うアリゼに、ルデュック伯は娘が言葉の裏を理解したのを感じ、話を続ける。
「親しくしていた高貴な方達の名を口にしてはならないと厳命されたソネゴ夫人が、口にしたのは次にそれなりの家格を持つ私だったのだろう。
それに、男爵と婚姻させられそうになった際に、彼女から私へ手紙が来たのだよ。
自分を連れて逃げて、とね。無論そんな手紙は破棄した」
迷惑な話だと父は口にする。
「アリゼが心配するような事は何もない。母親の妄言を信じ、拗らせたのはジュリア嬢の問題だ」
両親に後ろめたい事がない事に安堵するものの、気になる事が一つ片付いただけである。
浮かない表情の娘に、ルデュック伯は話しかける。
「まだ確定ではないが、ピジエ家からの知らせを話そう」
アリゼは俯いていた顔を上げて父を見る。
「さっき話したように、ジュリア嬢はとある家と縁がある。公然の秘密と言うものだが、私達の世代では知らぬ者はいない。
当然彼女の醜態をその家はよく思っていない。
ゲイソン家の長男のした事を表沙汰にすれば、彼女の罪も表面化する。それはよろしくないと判断された」
合いの手をどう入れて良いのかも分からず、話の続きをじっと待つ。
ルデュック伯は茶を飲み、咽喉を潤して続ける。
「ジュリア嬢とゲイソン家の長男──パオロ君は恋人未満の関係だった。彼女に想いを伝えようと魔術棟の前で話をしていた所、まぁ、話が拗れた。少々強引な事もした。
小競り合いの際に触れた石像が誤作動を起こし、ジュリア嬢の顔を焼いてしまった。
パオロ君は救援を求めに校舎に走り、そこへたまたま居合せたルネ君とアリゼは、倒れてきた木材の下敷きになり、危なかった所を逃げおおせた」
でたらめだ。アリゼはそう思うが、真実はもっと残酷だ。そしてそれだけが全てではないと分かっている。
「顔が焼け爛れてしまったジュリア嬢が悲観し、ナイフで自死しようとしたのをマチュー君が助けた、と言う事でまとまろうとしている」
そこまで話すとルデュック伯はアリゼを優しく見つめる。
「この話はね、アリゼ、おまえが頷いたら事実になる」
突如自分に振られた事でアリゼは戸惑う。
「私、ですか?」
「全員から事情を聴取した結果、各家は先程のようにまとめたいという意向があるが、どの家も今回の被害者はアリゼだと認めている。アリゼが納得しないのなら、全てを公の元に晒す事も可能だ」
「そんな……」
正直に、ジュリアから自身に向けられたものは理不尽極まりなく、すっきりしないという思いもある。
けれど彼女はもう、罰を受けた。
自慢の美貌を失う罰以上のものを課すのは、酷だと思ってしまう。
アリゼは首を横に振り、「いいえ」と答えた。
「これ以上の罰は望みません」
娘の言葉に父は頷き、悲しそうに眉尻を下げた。
「すまない。飲み込んでもらう事になるな」
「……何でも詳らかにすれば良いというものではありませんから」
ルデュック伯は頷いた。
「ジュリア嬢は辺境の修道院に送られるだろう」
アリゼは頷いた。
これで全てが終わるのだろう。
表沙汰にすればジュリアの実父であるとされる人物からの報復がルデュック家、下手をすればピジエ家にも及ぶ可能性もある。
それに、パオロも不幸になる。人に言えない苦しみを彼は今後も引きずるのだろうし、そうすべきであると思う。
激情に駆られて人を殺めそうになったのだ。その事を彼は自戒しなくてはならない。
真実に蓋をして、不幸になる存在を減らす。その為の嘘。残酷だけれども、必要な嘘だとアリゼは思う。
「ルネ君の髪の事は、おまえの所為ではないよ」
父の言葉が正しい事は分かっている。
何でも自分の所為にするのは、逆に傲慢でさえある。
自分になら何とか出来たかも知れないと言うのは、自分を責める事で楽になりたい気持ちの表れだった。
「髪を切り落として生き延びると決めたのは彼だ。魔術師になる夢を抱き続けるも、諦めるも、ルネ君が考え、結論を出す事なのだよ」
そうなのだ。
辛いのはルネなのに、ルネの気持ちを思うと辛くて堪らない気持ちになってしまう。全てを自分の所為にして彼の気持ちを和らげたいとアリゼは思ってしまう。
「信じなさい。伴侶にと求めた相手の強さを」
その言葉に、ぐっと胸が詰まる。
信じたい。
けれど、もうすぐやって来る。
魔術師を目指す試験が。
既に入試の手続きは終えている。髪が短くなった状態でルネは試験を受けねばならない。
確かにあの時、ルネは髪はまた伸びると言った。
髪が伸びたら改めて受ける事は可能だけれど、あの長さまで伸びるのにどれだけの月日が必要になるのだろうか。
そうしている間にもルネとアリゼは婚姻を結ぶ事になる。領主としての務めを果たすのに時間を取られ、魔術師を目指すのを諦めてしまうのではないか──。
アリゼはそれが心配だった。
せっかくの才能を、本人の意思とは関係のない横やりによって阻害された。
それが、やるせなかった。




