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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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29.目撃

暴力表現があります。

ご注意下さい。

 友人達と別れたアリゼは、詩吟の発表会を終えたルネと歩いていた。

 まだ恥ずかしさが収まらないようで、ルネは顔が赤いままだ。

 そんな婚約者を可愛いと思うが、年頃の男性を可愛いと言っては駄目だとイレタから教わっていた為、何度も言葉にしそうになるのを我慢した。


 平民向けのバザールが落ち着いたのか、学生用の通路が一つ使用可能になったのもあって、少しだけ歩きやすくはなったが、それでもまだ、人が多い。


「うちの出店に行こう」


「えぇ」


 ピジエ家の商会が開いた出店は満員御礼で、何が並べられているのかを見たくとも、人だかりが邪魔をして見えない。

 せっかく楽しみにしていたのに、これでは見る前に収穫祭が終わりそうだ。


「ちょっとここで待っていてね」


「えぇ。すぐ戻って来てね?」


 もしや、こっそりと見られるように手配してくれるのだろうか、でもそれは並んでる人達に申し訳ない、そんな事を考えながら、人だかりから少し離れるようにしてルネが戻って来るのを待った。

 十分程待っただろうか、ルネがなにやら両手に持って戻って来た。


「お待たせ」


 見た事のない、いや、見た事はある物なのだが、手に持つ筈ではなかった物を、厚みのあるペーパーで包んで持っている。

 笑顔でルネは尋ねた。


「ストロベリーと、チョコレート、どっちが良い?」


 ルネの手にあるものを見ながら、何を問われているのか分からないまま、ストロベリーとアリゼは答えた。


「はい」


 差し出された物を両手で受け取る。紙を通して感触を確かめる。表面は柔らかくて、でもその内側は固く冷たくて、甘い香りがする。

 目の前にあるのはアリゼの目がおかしくなければクレープだ。けれど、よく知るクレープとは異なる。

 彼女達が食べるクレープは、丸く焼き上げた生地を四つ折りにして皿に載せ、その上に甘いソースをたっぷりかけ、ナイフとフォークでひと口大に切り分けて食べるのだ。


 ルネは周囲を見渡し、眉尻を下げる。


「何処か座れると良いんだけど、人が多くて無理だね」


「あ、それなら、カフェのテラスはどう? 座れなくても、空いてるかも知れないわ」


 出店などが集まる区画から離れているから、ここよりは人が少ないのではと考えての事だった。


「うん、そうしよう」


 テラスに向かう道は、思った通り人通りが少なくなっていった。


「これだけ人が少なければ、歩きながらでも食べられるかも知れない」


 歩きながら食べる?


「溶けちゃうし、食べてみて」


 知っているようで知らない食べ物に、アリゼは少し気後れするものの、ルネの期待した眼差しに見つめられると、食べたくないとは言えなかった。

 それに、とてもとても、甘く柔らかい良い匂いがするのだ。


 そっと齧ると、やはりそれはクレープで、なのに中から出てきたのはアイスクリームだった。


「アイスクリーム!」


 驚いて大きな声を出してしまった。慌ててアリゼは口を噤む。

 ルネはにこにこしながら「アリゼ、アイスクリームを残さず食べてみたいと言っていたでしょ?」と言う。


 何気なく口にした事を可能にしたと言うのかと、アリゼは手の中にあるクレープと言うべきかアイスクリームと言うべきか──を見つめる。

 アイスクリームにはストロベリーソースがかけられた状態でクレープで包まれている。


「食べて」


 頷いてまたひと口食べる。

 バニラアイスの甘さと、ストロベリーソースの酸味が美味しい。


「これ、アイスクリームは溶けないの?」


「溶けるよ」


 いくらクレープで包んでいるとは言え、それなら早く食べなくてはならないのではと、アリゼが慌てて齧りついたのを見て、ルネが笑う。


「中にね、スポンジ生地を入れてあるんだ。硬めに焼いたスポンジ生地がアイスクリームとストロベリーソースを吸うようになってるけど、溶け切る前に食べてね」


「もう、焦ってしまったわ」


「ごめんね」


 あ、と言ってルネは自分の持つチョコレート味を差し出す。


「食べてみる? チョコレート味も美味しいよ」


「いただくわ」


 交換して齧り付いてから、ルネが齧った所を食べた事に気付く。

 途端にアリゼの顔が赤くなる。

 これまでもそんな風に食べさしを交換した事はあった。回数など覚えていない程だ。

 それなのに恥ずかしくて、それでいて嬉しい。複数の気持ちが混じり合った、何とも言えない気持ちが胸を熱くさせる。


「アリゼ?」


「なんでもないの。チョコレートもとても美味しいわ」


 慌てて返すと自分のストロベリー味を口にする。

 そしてまた、恥ずかしさに叫びだしそうになるのを必死に堪える。

 アリゼが何に頰を赤らめているのか分からなかったルネだが、思い出していくうちに答えに辿り着き、ルネまで顔が赤くなる。


 そこからは二人とも赤い顔のまま無言で、カフェのテラスに向かった。

 人を避けていたにもかかわらず、人が少なくなる事に焦る。もっといれば良いのにと思ってしまう。

 恥ずかしくて気不味い。

 何と話しかけて良いのか分からない。


 辿り着いたカフェのテラスは一転して人に溢れていた。

 皆同じ事を考えてここに休憩に来たのだ。

 それもそうかと人で溢れたテラスを見て、二人は見合って笑った。

 自然に相手の顔を見る事が出来た。

 恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑むルネを見て、アリゼは喜びを噛み締めた。


 ──ルネが好き。


 そっとルネに手を掴まれて、カフェのテラスから離れる。


「この奥なら、少し静かだと思う」


「私も行って良い場所なの?」


 足を踏み入れた事のない区画だった。

 この先はルネのような、特別な能力を持つ生徒だけが通う建物がある。

 存在は知っていても、行くのは初めてだ。


「制限はされていないんだよ。

ただ散らかっているから、用のない生徒は来ないんだ」


 数分程歩くと、視界が開けた。

 古めかしい建物が聳え立っており、その前にはごちゃごちゃと雑多に物が散らばっているし、大きな物から小さな物まで、乱雑に積み上げられてもいる。

 確かに散らかっていると納得した時、悲鳴のようなものを耳が拾った。

 ルネを見ると、彼にも聞こえたようで、真剣な表情に変わっていた。


「…………何かしら?」


「分からない。アリゼはここで待ってて」


「いやよ」


「危ないかも知れない」


「ここにいるのは怖いの。邪魔をしないようにするから、お願い」


 ルネは周囲を見渡す。確かに誰もいない。不慣れな場所にアリゼ一人を置いておくのもまた、心配ではある。


「絶対に、無茶をしないでね」


「もちろんよ」


 頷き、先を進むルネの後ろを、息を詰めるようにして歩く。

 心臓が早鐘を打ち、緊張で身体に力が入る。


 今日はいつもと違って多くの人が学園に集まっている。

 不届き者がとんでもない事をしているのかも知れない。


 少し進んだ所でルネが立ち止まる。ルネに隠れるようにして、ルネが見ているものを見る。


 パオロがジュリアに覆い被さり、首に手をかけていた。


「…………っ!」


 ひゅっ、と息を呑む音が背後からして、ルネはやはり連れて来るべきじゃなかったと後悔した。

 けれど今すべき事は後悔ではない。

 パオロを止める事だと思った。


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