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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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27.収穫祭 その4

 友の元に戻ったアリゼは、頰が緩んでしまうのを堪え切れず、シモーヌ達に冷やかされた。


「あらあら」


「まぁまぁ」


「仲がよろしくて羨ましいこと」


 冷やかしの言葉ではあるが、三人は笑顔であり、心からアリゼとルネの関係を祝福していた。それがアリゼにも伝わり、胸の内がくすぐったくなる。

 自分の幸せを祝福してくれる存在がいるという事がどういう事なのか、アリゼも分かっている。

 表面上の優しさなどは見渡せばすぐに目に付く。その辺に転がっているものだし、アリゼとてそうだ。取り繕った関係の相手など数えきれぬ程いる。

 その先の、深い付き合いが出来る存在は多くない。得難い存在だと分かっている。

 自分の事で今はまだ手一杯だけれど、友人達に何かあったなら、必ず助けになろう、と、アリゼは心の中で誓う。


「先程、何かお探しのようでしたけれど、何か失くしたのかしら?」


 シモーヌの言葉にアリゼはハッとする。


「灰色のリボンを間違えて持ってきてしまったの。

制服のポケットに入れておいた筈なのだけれど、見当たらなくて……」


「私達も後で探すのを手伝うわ」


「手伝います」


「勿論」


「見つからなかったとしても、また作って差し上げれば良いのよ、アリゼ。貴女の気持ちがピジエ様に届く事が大事なのだから」


 そうだそうだと言わんばかりに頷くエミリエンヌとイレタに、アリゼの気持ちも落ち着いてきた。


「……そうね、見つからなかったら、また用意します」


 一度きりの機会と言う訳ではないのだと分かっていても、失くしてしまったかも知れないという事実に焦りを感じてしまった。

 見つかれば良い。見つからなかったなら、もう一度、今度はもっと気持ちを込めて針を刺そう、そう思った。


「そろそろ中に入りましょう。思っているよりも進みが早いようです」


 人の出入りを眺めていたエミリエンヌが言う。


 そっと講堂に入る。今も誰かが詩吟を誦じているだろうし、父兄が聞き入っている筈だ。

 四人は中に入るなり目を見張った。

 マチューが舞台に立っており、堂々と詩を誦じていたからだ。

 観客である父兄達から感嘆のため息が漏れるのが聞こえる。


 よく通る声が、詰まる事なく言葉を紡いでゆく。

 少年から青年へと変化していく時期特有の、何処か壊れそうな、危うさを持った声は、誦じる詩の内容に実に合っていた。


 失われたものの重さを今になって知り、後悔しても遅く、もはや遠く届かぬ貴女へ、少しでもこの想いが届きますように。届けることが叶わぬならば、自分の代わりに星よ、あの人を守ってくれと、切なげな表情で詠う。

 詩吟の最後に、マチューが伸ばした手首に見慣れたものが見えた。

 灰色のリボン。


 アリゼは息が止まるかと思った。

 詩の内容は、失ったかつての婚約者への想いを切々と詠ったもののように聞こえ、更には手首に巻かれたリボンはアリゼの瞳の色。

 まるでマチューがアリゼに恋焦がれ、己の愚かさを恥じているかのように思えてしまう。いや、多くの人間がそう考えるのは当然の事だった。


 何故なのか、そんな気持ちを自分には抱いていなかった筈だ、それよりもそのリボンをどうしてマチューが持っているのか、落としたのを拾ったのかと尋ねたかった。

 すぐには答えを得られない問い。

 アリゼはマチューに恋愛感情を抱いた事はない。それでも気持ちが通い合うようにと努力した。努力は無駄だった。だからこそ婚約は解消した。


 アリゼの肩や背に、友人の手が添えられる。


「失ってからなら何とでも言えるものよ。今になって貴女への思いに気付いたからと言って許されるものではないわ」


 彼女達にしか聞こえぬ程小さな声で、シモーヌがアリゼを慰める。


「もう関係のない事、終わった事よ」


「本当に。今更未練がましく、詩の題材としては良くても、悪趣味です。当事者がいるのですから」


 エミリエンヌも怒りを露わにする。


「それに、本当にアリゼの事を想っているかは眉唾です」


 イレタが紙を見ながら言った。


「この後、ピジエ様ですから、嫌がらせでは?」


 当日に配られたという、変更後の詩吟発表会の対象者一覧に目を落とす。

 イレタの言葉の通り、マチューの名の後にルネの名があった。


「それに何ですか、あのリボン、わざとらしくて不愉快です」


 いつもならシモーヌ達が怒っていても、のんびりとしていて怒りを見せないイレタが、珍しく怒っていた。


「アリゼ、あのリボン、貴女が落としたものではなくて?」


「遠目だから確証はないけれど、灰色でした」


 自分が選んだリボンと同じ色のように思う。


「似ているけれど……違うと思いたい……」


 俯いたアリゼの背中をエミリエンヌが撫でる。


「ピジエ様よ」


 顔を上げる。

 舞台の中央に立つルネは、明らかに緊張していた。

 おずおずとお辞儀をし、自身の髪を結んでいるアリゼからもらったリボンを、ぎゅっと握りしめる。

 その姿にアリゼの胸は締め付けられた。


 届かないと分かっていても、心の中で応援してしまう。

 詩の内容よりも、ルネが無事に発表を終える事だけを願う。


 辿々しく、わずかに声を震わせながら始まったルネの詩は、ルネが言ったようにアリゼの事だった。


 ずっとずっと想いを寄せていた彼女。幸せを願い、せめてと側で見守り続けていた。けれど貴女はいつも辛そうで、そんな貴女を見るのが辛くて。

 日を追うごとに、知れば知るほどに貴女への想いは強くなる。それなのに見守る事しか出来ない自分が情けなく、歯痒かった。

 けれど、貴女の前に立つ権利を得た。

 だから誓う。貴女を全力で守る。貴女を裏切ったりなど絶対にしない。

 愛する貴女へ、この想いが僅かなりとも届きますように。


 決して上手とは言えない詩だった。

 それなのに、己に向けられたものだからなのか、聞いている間、聞き終えた後もアリゼの胸を強く締め付けた。

 知っていた事だった。

 ルネがアリゼを想っていたと本人から聞かされていたのだから。それなのに、胸が詰まる。

 苦しい程に切なくなる。


「……詩とは上手ではなくとも良いのですね」


 エミリエンヌが言った。


「ピジエ様の詩は、アリゼに向けたものでしょう。

あの詩が、テター様のようにすらすらと誦じられたなら、とても興醒めします。どなたかの気持ちを借りてきて詠んでいるように聞こえますもの」


 シモーヌが頷く。


「辛辣な言葉だけれど、同意するわ。ピジエ様の詩には気持ちが込められていたものね。それだけでこんなにも胸に残るなんて知らなかったわ」


「詩の奥深さを知りました」


 ルネの詩は、最後まで誦じられたと言う点では良かったが、声も震えていたし、言葉が途切れる事もあり、聞き取りづらさもあった。詩吟を誦じると言う点では、上手いとは評価されないだろう。父兄も、マチューの時のような好感触はないように見える。

 けれど、彼の気持ちはアリゼに伝わった。

 多くの父兄にアリゼへの想いを聞かせたかった訳ではなく、アリゼに聞いてもらえなかったとしても、アリゼへの想いを口にした。

 真っ直ぐに、アリゼだけに、不器用ながらも届けられるルネの想いが彼女の胸を切なくさせる。

 胸が締め付けられ、自然と涙が込み上げてくる。

 胸の中の、ルネへの気持ちが膨らんでいく。


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