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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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26.収穫祭 その3

 鐘が三度鳴り響く。

 令息にとっての試練の時がやって来た。

 詩吟の発表会の開始である。


「カフェでお茶をいただいてからピジエ様の元に参りましょう」


 イレタの提案をシモーヌが却下する。


「そんな事をしていたら間に合わないでしょう。発表会が終わったらアリゼはピジエ様と収穫祭に参加するのだから、私達と回れるのはその前だけなのよ?」


「軽くだったら大丈夫かと思ったの」


 軽くでは済まない事を知っている三人は、呆れた顔でイレタを見る。


「イレタには無理でしょう」と、エミリエンヌにはっきりと否定されて、イレタは諦めたようだった。


「カフェに行けるのもあと数えられる程かと思うと……」


 一体どれだけ通えば気が済むのかとアリゼは問おうかと思ったが、シモーヌが参りましょう、と言うので止めておいた。


 教室を出て廊下を歩く。窓の外からざわめきが聞こえ、四人とも窓に近付いた。

 平民たちが前年よりも多く入場していて、歩くにも人とすれ違うようにしなければならない程であった。

 生徒の保護者から提供された物が平民達に大層人気なのは知っていたが、前年とは比較にならない気がする。


「今年はピジエ様がいらっしゃるし、他にも商会をお持ちの家の令息がいらっしゃるでしょう? 結構な人出が予想されているとは聞いていたけれど、本当に凄いこと」


 なるほど、そういう事だったかと納得して頷く。


 例年の収穫祭であれば通れる道も、今年は平民の入場数が異常に膨れ上がった為に平民向けに開放されたようで、四人は遠回りをしながら収穫祭を見て回る。


「商会をお持ちのご子息がいらっしゃるだけでこんなにも入場者が増えるなんて、学園としても想像もしていなかったでしょうね」


「本当に。珍しいものをお持ちかも知れないけれど、それが出品されているかは分からないのに」


「それでも見てみたいものなのではなくって? 各商会を持つ家が何を出品したのか」


 そう言われると、何となく見てみたくなるのだから、不思議だ。

 どんな物を提供したのか、後でルネに訊ねよう、とアリゼは思った。アリゼの家、ルデュック家は海を隔てた外の国で購入したと言う日用品を提出した。あちらの国の平民が使うものだと言う。アリゼには使用方法がさっぱり分からない。


「ピジエ様に張り合われて、良いものをお出しになる方もいらっしゃるかも知れないものね」


 先日の試験の結果などが頭に浮かぶ。

 良くも悪くもルネの生家は目立つ。ここまで注目されるとさすがに鬱陶しく感じそうだとアリゼは思う。


「それにしても、こちらにまで影響が出るとは思わなかったわ」


 通路が二つ、平民向けに開放された分、生徒達が通れる道が減った。収穫祭当日はただでさえ父兄専用にされる通路がある。

 その影響でアリゼ達は横に並んで歩けず、縦に一列になって進んでいた。


 軽い悲鳴が聞こえた気がして、シモーヌやエミリエンヌ達が振り向こうとした時、アリゼの身体に衝撃が走った。


「すまない!」


 謝罪しながら走る男子生徒は、それでも速度を落とす事なく、狭くなってしまった道を人にぶつかりながら進んで行く。


「発表会に参加しようとして、通路が封鎖されている事に気が付いた、と言う所かしら」


 状況から判断してそんなところだろう。


「これでは見て回る事も出来なさそうね。ピジエ様にアリゼの愛が篭ったリボンを渡したら、カフェに参りましょうか」


「な……っ、シモーヌ!」


「参りましょう!」


 愛が篭った、と茶化された事に抗議しようとしたアリゼの言葉は、カフェに行ける事になったイレタの喜びの声に負けた。


 人を避けながら、いつもの倍の時間をかけてようやく到着した講堂では、先程多くの生徒達にぶつかりながら走っていた子息がまさに今、詩吟を誦じていた。

 ……が、その内容は散々たるもので、先程ぶつかられた怒りすら霧散する程だった。

 元がどんな詩であったのかは不明だが、通路が閉鎖されて慌て、会にこそ間に合ったものの、残念な結果になったようである。


「……同情してきました」


 エミリエンヌの言葉に全員が頷いた。

 発表を終えたらクラスメート達に励ましてもらえるとは思うが、四人共心の中で励ましの言葉を送る。


 生徒の控え室に入ると、室内は一種異様な空気だった。

 和気藹々と話している者などいない。

 俯いていたり、天井を見ながらブツブツと呟く者ばかりである。壁に向かっている生徒までいて、何とも形容し難い感情を抱いた。

 ルネの姿を探すと、部屋の隅っこでローブに包まれるようにして屈んでいた。手元にある紙を真剣な表情で見つめている。

 話しかけづらい、アリゼがそう思った時、ルネが視線に気付いたのか、顔を上げた。

 立ち上がるとアリゼの前までやって来た。表情は硬い。


「応援に来てくれたの?」


「ええ」


 小声で話したものの、複数人の生徒から睨まれた為、控え室から出た。

 シモーヌ達は二人の邪魔にならぬようにと、少し離れた所で待っている。

 ルネの顔を見る。

 優しい笑顔を惜しみなくアリゼに向けてくれている。


 不意に、シモーヌの言葉が頭を過ぎる。


"婚約者になったからと言って安心していたら、何処かの赤猫に奪われてしまうわよ?"


 本当にその通りだと、アリゼは己を恥じた。

 それから、間違えて持ってきていた筈の、灰色のリボンを取り出そうとポケットに手を入れる。

 ……が、ない。


「……ないわ」


「アリゼ?」


 何処かに間違えて入れていないかと、制服をあちこち触れてみるものの、ない。

 出て来たのは渡そうと思っていた赤と青のリボンを入れた包みだけ。


「それは?」


「リボンなの」


「僕に?」


 ルネの問いにアリゼは頷き、袋をルネに差し出す。

 受け取ったルネは、袋から二本のリボンを取り出し、そこに己の名を見つけ破顔した。


「アリゼが刺繍してくれたの?」


 思った通りの笑顔がアリゼに向けられる。

 ルネの反応が嬉しくて、アリゼの胸は喜びではちきれそうだった。気持ちを抑えられず、アリゼもルネに笑顔を向けた。

 それも束の間、恥ずかしいからと入れずに、ここに来るまでに何処かに落としてしまっただろう灰色のリボンを思い出し、アリゼは自己嫌悪に陥った。

 いつもそうだ、と思う。

 くだらない事に拘って、大切な事に目を背けなければ、ルネをもっと喜ばせる事が出来たのにと。


 アリゼの笑顔が突如曇った事にルネは内心慌てたものの、俯くアリゼは理由をすぐには言ってくれそうになかった。彼女の気持ちが落ち着いたら、話を聞こうと考える。


「アリゼ」


 ルネに声をかけられてアリゼが顔を上げる。


「ありがとう。とても嬉しい」


 泣きそうな顔をしている婚約者に伝わるように、向ける笑顔が優しく見えるようにと、気持ちを込める。

 アリゼはその表情のまま、頷いた。

 ルネは髪を結んでいるリボンを外してポケットに入れると、アリゼからもらったリボンを髪に結ぶ。その結び目を見てアリゼが吹き出した。


「ルネ、リボンの向きが縦になっているわ」


「うん。僕、苦手なんだ。頭では分かってるのに、何故か結ぶと縦になる」


 ふふ、とアリゼから笑い声が溢れて、アリゼがルネに一歩近付いた。

 結んだばかりのリボンをほどき、慣れた手つきでリボンを結ぶ。今度は縦ではなく、横を向いている。


「これで良いわ」


「ありがとう」


 どういたしまして、とアリゼは答えると、笑顔でルネに言った。


「頑張って」


「うん、頑張る。でも、出来たら発表は見ないで欲しい」


「どうして?」


 せっかく応援に来たのに、失敗する姿を見られたくないのだろうかと思っていると、ルネの顔が赤くなり、耳まで赤くなった。


「その……アリゼの事を、詩にしたから、さすがに本人に聞かれるのは恥ずかしくて……」


 自分の事を詩に入れてくれるだろうかと思っていた。

 入れて欲しい気持ちと、入れて欲しくない気持ちがないまぜだった。

 けれど、本人からアリゼを詩にしたと言うのを聞いてしまったら、聞きたいと思ってしまった。


「他の人に聞かれるのも、緊張するけど、アリゼに聞かれるのが一番恥ずかしい」


「私に向けて詠んでね」


 恥ずかしい。嬉しい。

 あぁ、でもやはり嬉しい。


 絶対に聞こう、とアリゼは決意して、ルネを強引に控え室に送り返し、自分は友人達の元に戻った。


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