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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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25.収穫祭 その2

 イレタと他愛もない話をしている間に、一人二人と教室に生徒が入って来た。


「まぁ、二人とも最後の年だからはしゃいでいるの?」


 やって来たシモーヌはアリゼとイレタを見て笑顔で言った。


「私は違うけれど、アリゼはそうじゃないかしら?」


 アリゼは慌てたものの、否定はしなかった。


「リボンの刺繍は完成していて?」


 シモーヌの問いにアリゼは頷き、二人の前にリボンを見せた。


「あら、アリゼの瞳と同じリボンは?」


 首を横に振るアリゼ。


「今日渡せなくても、いつか渡した方が良いわ。

ピジエ様、お喜びになられるわよ?」


「えぇ、分かっているわ」


 シモーヌは呆れたように肩を竦め、息を吐く。


「大方、思っていた以上にピジエ様の事を恋しく思ってしまって、渡せなくなってるんでしょうけれど」


 的確な指摘に頰を赤らめ、アリゼは身体を縮ませた。


「だって……恥ずかしいでしょう?」


「何を言っているの。婚約者になったからと言って安心していたら、何処かの赤猫に奪われてしまうわよ?」


「赤猫と言えば、彼女、テター様とご一緒していたらしいわよ?」


 イレタがアリゼから聞いた話をシモーヌに伝えると、呆れたようにシモーヌは目を細めた。


「どなたか彼女に節度と言うものを教えてきて下さらないかしら……」


 同感だとイレタとアリゼは頷いた。


「学園在学中に伴侶となる方を見つけられれば僥倖とは言われていても、当主が決める事の方が一般的だもの。

あのように複数の異性の間を飛び回るのは己の品位を下げるだけでしょうに……彼女のご両親のお考えは違うのかしらね」


 近頃でも恋愛に至って婚約者となる例は見られてはいても、貴族というものはそう簡単に相手を決められるものではない。

 大概が家格に合った相手を父親が、もしくは本家の当主などが見繕うものである。

 一時期恋愛による婚約が大いに流行り、所謂身分の差がある者同士が立て続けに婚姻を結んだが、結果は散々なものだった。

 それまで生きてきた生活の基盤が異なると言うのは、本人達が思う以上の障害となる。

 気持ちが燃え上がっている時はそれすらも恋の刺激となって良いのだろうが、生活は日々の事。

 小さなものから大きなものまで、一事が万事、障りとなる。それが続けば疲弊する。

 気持ちが離れればその状況が耐え難くなる。

 結果として破綻する。


 昨今は、同じ家格の相手と恋愛結婚をするのが流行りだとシモーヌが言っていた。

 現実を見据えても、夢は捨てられないものらしい。


「ごきげんよう」


 エミリエンヌが登校し、四人が揃った所で鐘が鳴った。


「間に合って良かったわね」


「間に合わないかと思いました」


 ほっと胸を撫で下ろしながらエミリエンヌが答えた。

 アリゼ達とは違い、エミリエンヌは道の混雑に巻き込まれたのだろう。

 収穫祭当日は多くの物が動く。人も、物も。


「では、参りましょうか」


 シモーヌの言葉に三人は頷き、講堂に向かう。

 学園長による開会の挨拶をもって、収穫祭が開始する。




 学園長による開会の挨拶は前年に比べれば短く済んだ。

 その事に感謝しながら四人は教室へと戻る。


 平民が通う学校では、生徒達が店を開くなどをするらしいが、ここは貴族の子息令嬢のみが通う伝統ある学園。

 そのようなものはない。

 ただ、常なら閉ざされた門が定刻になると開かれ、平民にも開放される。当然場所は限定される。

 その際に簡易的なバザール状態となるが、その場合でも平民の相手をするのはこの為に臨時で雇われた平民であって、貴族ではない。


 学園内の尖塔に設置された鐘が三度鳴り響いたら、講堂が開かれ、生徒の父兄──つまり貴族のみが招かれ、男子生徒による詩吟の発表会が催される。

 四人共、発表会に興味はない。

 詩吟の才能のある者達が集まるサロンは人気があるし、アリゼ達も嫌いではない。

 優れた容姿の青年による恋の詩などは令嬢達に大人気である。

 収穫祭での詩吟の発表会は、才能のある無しに拘らず強制的にやらされている男子生徒がほとんどである。

 辿々しい朗読や、何を伝えたいのか分からないものなどが多く、観ているこちらがハラハラする為、心臓に悪く、生徒間では不人気だ。

 クラスメートが泣きそうな顔で詩を朗読する姿など、あまり観たいものではない。

 この会は詩吟の才能ある少年を見つけ出したいという、大人の為だけに存在する。そして大人は学園の有力な後援者である。


 そんな収穫祭だが、ここ数年は学生や教師にも喜ばれる催しがある。

 ピジエ家の持ち物である商会が、学生向けに特別に出店するのだ。その売り上げは学園に寄付される。

 ルネの上の兄が学園在学中に発案してから続けられているもので、他の貴族が運営する商会も真似をして出店するようになった。平民の運営する商会も特別に出店が許可されている。

 未来の顧客になるであろう生徒達に少しでも好感を持ってもらう為のものであり、簡単な市場調査でもある。


 ルネから、午後に特別に売り出すものがあるから、一緒に行こうと誘われている。

 それが何なのかと尋ねても、驚かせたいから秘密だと教えてくれなかった。教えられないけれど、楽しみにしていて、とも。


「収穫祭に参加するのもこれが最後なのかと思うと、感慨深いものね」


 シモーヌの言葉に三人とも頷いた。

 入学して早々に親しくなった四人は、毎年一緒に参加してきた。

 卒業してからも友情は続くだろうが、学生生活は終わりが見えている。

 寂しさを感じないと言えば嘘になる。毎日顔を合わせ、机を並べて共に勉学に苦しみ、他愛のない話をする──そんな日々が終わってしまう。

 既に社交の場には出ていても、まだ子供扱いである。

 学園を卒業してから社交の場に出れば、もう成人として扱われる。


 収穫祭が終わればあっという間に冬になり、長い休みに入る。休みが明ければその年の最後の試験がある。

 家督を継ぐ生徒はその為の準備に入り、宮廷などの公的機関での勤務を希望する生徒は、その為の活動に重きを置く。

 魔術師の塔への入門試験もこの時期に行われる。

 ルネにとっても忙しい季節となる。


「カフェを一般開放してくれたら嬉しいのだけれど」


 イレタは学園内にあるカフェをこよなく愛しており、姿が見えない場合は大抵、カフェにいる。


「もういっそ、カフェに住んだら良いのではなくて?」


 呆れるシモーヌに、イレタは真剣な顔で答える。


「それは以前お父様にお願いして却下されてしまったの」


 本当に願ったのかとアリゼとエミリエンヌは驚きを隠せない様子でイレタを見る。

 いくらなんでもカフェに対する好意が過ぎる。


 ふと、アリゼの胸に寂しいという気持ちがよぎる。

 先程のシモーヌの言葉ではないが、こんな風に顔を合わせ、些末な事を話せるのは楽しい。

 そんなアリゼの気持ちに気付いたのか、イレタがアリゼに寄り掛かった。慌てて支えるアリゼだったが、なにぶんイレタはぽっちゃりである。支え切れなさそうなアリゼをエミリエンヌとシモーヌが支えた。


 悔いのないように残りの学生生活を過ごしたい。

 そう思うと、たとえこれからの長い人生を共にすると分かっていても、ルネにリボンを渡したいという気持ちが湧き上がってくる。


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