第四十二話 最高会議(3)
1942年6月12日
インドにおけるアメリカ陸軍の撤退、これを確認した日本軍陸海軍の上層部は緊急で最高会議を開いている。
議題は勿論インド方面における今後の展開について、草鹿の号令と共に会議が始まったがその雰囲気は今までのものとは違い重く暗いものであった。
最初に寺内が立ち上がり、挟撃作戦の立案者として海軍に対して謝罪をする。
「目論見が外れてしまった・・・海軍の面々には大変申し訳なく思っている・・・。」
そう深く頭を下げる寺内に対して、驚きの反応を示したのは海軍側であり、仮にも陸軍の最高責任者の一人である寺内が海軍に対して頭を下げるなど要求してもなければ、寧ろ申し訳なさすら感じるようであった。
「寺内さん、顔を上げてください。目論見が外れたというだけで、我々は負けたわけではないじゃないですか。」
山本の言葉に寺内は顔を上げる。
「ありがとうございます。海軍ではどのような判断を致しましたか?」
「我々は我々の案を・・・ミッドウェーを攻略し、そこを踏み台に真珠湾の占領を目指す作戦を前々から立案してあった。それを実行に移そうと思っている。」
山本の発言に陸軍側からは落胆のため息が聞こえてきた、だが山本は続けて発言を行う。
「確かに主力艦艇は太平洋を主な活動拠点とする。だがインドから撤退するアメリカ軍を放置するわけにもいかない。近藤くんをインド洋方面艦隊司令官として、近藤艦隊に加え新設の遊撃部隊である小沢機動部隊をインド洋の通商破壊活動へと加える。米英海軍はインド洋に最早存在しておらず、輸送船団の護衛が居る程度、これだけの戦力で出来る限りの輸送船の撃沈を目指す。インド洋には醍醐くんの潜水艦隊も配備しているし、決して手薄にするわけではないことを理解いただきたい。」
「勿論です・・・。我々はスリランカに集結させた今村指揮下の部隊を再び移動するのは無駄と判断しました。このまま予定通りインド南方への上陸を行い、ビルマの山下指揮下の軍と同時にインドの攻略を目指す所存です。」
寺内の言葉に山本や堀を始めとした参加者は頷く。
「それが良いかと思います。アメリカ軍が撤退したということは、講和という目的を果たすのが難しくともインドの攻略は何倍も楽になったということ。講和を引き出す役目は我々海軍が受けますので、陸軍には我々日本軍の支配地域の拡大に努めて頂きたい。特にインドを攻略することは、連合軍が西方からの進出拠点を完全に失うことを意味する。そして我々が真珠湾を攻略すれば東方からの玄関口も失うことになり、必然とオーストラリアは孤立する。西のインド、東のハワイ、南のオーストラリア、これらを手中に収めることで大東亜共栄圏構想は完全なものとして成就するでしょう。ミッドウェーへの上陸作戦は我々の陸戦隊が行いますので、その後の駐屯部隊を陸軍から捻出いただけますと助かりますが。」
「もちろん、そこは任せて頂ければ・・・。予想では真珠湾の攻略までにどれくらい時間が?」
寺内の問いかけに山本は少しの間沈黙を作る。
「順調にいけば4ヵ月、アメリカの抵抗次第では・・・。」
初めて山本の口調が重くなり、すかさず堀が後に言葉を発した。
「問題のエセックス級空母、一番艦エセックスが先日、図書館の情報よりも一か月以上早く進水した。そしてレキシントンが来週、バンカーヒルが来月には進水する予定であると諜報員からの情報が入ってきた。」
堀の発言に海軍は沈黙し、陸軍ではざわつきが起こる。
エセックス級空母、史実における日本軍を最も苦しめた兵器のひとつといっても過言ではないであろうそれはこの世界において史実よりも速いペースで建造が進められていた。
その存在は陸軍にも知られており、海軍では1943年以降異常なペースで行われたアメリカ軍の軍拡に対抗するべく艦艇の建造、そして千葉の市原や大連での新工廠の建築を急いでいた。
「真珠湾で空母を失い、インド洋でも失った。史実よりも消耗の激しい空母へアメリカも注力するとは想定していたが、やはりこうやって現実となるとどうしても我々も緊張感を持たねばなるまい。だが、我々もついに大鳳を、そして改翔鶴型空母を二隻就役させた。我々も艦艇の増産は行っている。・・・だが、それでも来年半ばからはアメリカ軍の圧倒的な工業力が我々を追いかけ始めるだろう。そこが時間制限だと我々軍令部は考えている。それまでに真珠湾を落とし、アメリカを太平洋から追い出さなければならない。護衛空母も大量に建造が開始されている・・・が、幸い次の作戦までは我々が圧倒的に有利だろう。アメリカには休む暇を与えてはいけない。半月後に行動開始、そして一か月後、確実にミッドウェーを落とし、そして真珠湾を手に入れる。我々は飛号作戦と命名し、飛号1をミッドウェー攻略、飛号2をハワイ攻略として立案する。飛号2においては我々の陸戦隊だけでは決して不可能だろう、陸軍の戦闘兵力の協力が必須となる。頼みます。」
軍令部総長の永井がそういうと、寺内や畑を始めとした陸軍の面々は無言でうなずく。
「我々はインド洋にて長門に蒼龍、飛龍を失った。けど今は大鳳に加え慶鳳、寧鳳が就役し、重巡以下の艦艇も続々と完成しつつあるし、更には次世代艦載機も量産が開始され、少数だが編成されている。此度の作戦は充足を受け十分な戦力に加え、新兵器の登場の場でもある。アメリカの軍拡に対抗できるだけの底力は我々にはある・・・と思う。それを証明するのがこの飛号作戦だと考えています。」
飛号作戦の立案者は山本である、その迫真の言葉に他の面々はただただ聞き入るだけであったが、そこにいる者は皆山本の覚悟を肌で感じ取っていた。
その後は陸海軍各々がどのように担当する作戦を展開していくかより詳しい話し合いを行い、閉会となった。
※
ここ東京湾には大艦隊が集結していた。
大鳳に加え、横須賀、そして新造された工廠である千葉の市原にて計五隻が起工し建造中であった改翔鶴型がついに二隻完成し、南雲機動部隊へと編入された。
数で圧倒してくるであろうアメリカのエセックス級に対抗するべく、日本でも搭載機数を大台の100以上へと乗せることを目標としたこの空母は慶鳳型、一番艦慶鳳、二番艦寧鳳と名付けられ、大破した赤城、加賀と入れ替わり第一航空戦隊を編成、大鳳はインド洋での通商破壊活動のため小沢機動部隊へと編入された。
これに併せてパイロットらも異動があり、第一航空戦隊には元から所属したパイロットに加え、戦死したパイロットの穴埋めとして各艦からの腕利きが集められていた。
インド洋作戦において大破し、その修理作業に併せて機関などの大幅改装を行う赤城、加賀を遠目に新生南雲機動部隊は東京湾を発った。
同時に呉では大和、武蔵を中心とする打撃部隊が発進しており、後続には塩沢率いる上陸艦隊も続いていた。
インドにおけるアメリカ軍の撤退を確認した後、陸海軍はどちらも大慌てで今後の計画の修正を行っていた。
最高会議が開かれ、陸海軍の打ち合わせの結果、大方の予想通りに海軍の案であったミッドウェー島攻略作戦の決行を決断した。
ミッドウェー島を踏み台に真珠湾占領を達成することで、太平洋への進出を一気に難化させるのが目的であった。
インドからイランへ、そこから大西洋へと脱出しようとするアメリカの輸送船に対しては陸奥、榛名に加え修理が完了した金剛を中心とした近藤艦隊と小沢機動部隊が船団襲撃を担うこととなった。
大鳳を編入し生き残りの瑞鳳と共に再編された第三航空戦隊、そして商船改造空母である隼鷹、飛鷹によって新編された山口多聞率いる第二航空戦隊が主軸となった機動部隊である小沢機動部隊は十分に強力な機動部隊である。
更にインド洋では醍醐指揮下の日本海軍潜水艦隊が活動している。
だがそれでもアッズ環礁を拠点とした場合でも航続距離の問題からイランから出港するであろうアメリカの輸送船団を効率的に通商破壊することは叶わないだろうというのが海軍の見通しであった。
水上艦隊である近藤艦隊、小沢機動部隊はスリランカのコロンボを拠点とすることでなるべく西方への活動範囲を広げているが、それでも効率の良い襲撃は行えないだろう。
だが相手は低速の輸送船、燃料節約の為速度を落として航行しても十分に追いつけるだけの速度はあり、醍醐指揮下の潜水艦隊も油槽船から燃料を受け取ることでその場しのぎの航続距離延長を図って襲撃活動を開始していた。
水上艦隊に関しては陸奥、榛名に加え重巡4隻で主力を構成していた近藤艦隊に山本艦隊から妙高型が追加で編入され、大鳳を擁する小沢機動部隊との協調を以てインド洋における船団襲撃活動に従事することとなる。
飛号作戦は当然山本艦隊、南雲機動部隊が中心となるが、その陣容はインド洋で失った戦力を上回る充足を受けており、ミッドウェー島の攻略は容易というのが海軍の認識であった。
史実では大失敗に終わったMI作戦、当然海軍上層部は知っている、だからこそアメリカ軍の空母戦力が壊滅している今を逃すわけにはいかない、山本は誰よりも強い覚悟を内に秘めて大和へと乗り込んだ。
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飛号作戦実施時の艦隊編成
飛号作戦実施部隊構成
総司令 山本五十六大将
総旗艦 大和
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山本艦隊(主力打撃部隊) 旗艦 大和
司令官 山本五十六大将
参謀長 伊藤整一少将
戦艦 大和・武蔵(大和型)
重巡 伊吹・帝釈(伊吹型)高雄・愛宕(高雄型)
防巡 鞍馬・栗駒(鞍馬型)
軽巡 川内(川内型)
駆逐艦 吹雪型8隻、秋月型4隻
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南雲機動部隊(主力機動部隊) 旗艦 慶鳳
司令官 南雲忠一中将
参謀長 草鹿龍之介少将
航空参謀 源田実大佐
第一航空戦隊 南雲忠一中将直率
空母 慶鳳・寧鳳(慶鳳型)
第五航空戦隊 指揮官 原忠一少将
空母 翔鶴・瑞鶴(翔鶴型・慶鶴準拠の対空艤装へ強化改装済み)
第六航空戦隊 指揮官 桑原虎雄少将
空母 慶鶴・寧鶴(翔鶴型)
戦艦 比叡・霧島(金剛型)
重巡 利根・三隈(利根型)
防巡 球磨・木曾(球磨型)
軽巡 阿武隈(長良型)
駆逐艦 陽炎型10隻 秋月型4隻
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塩沢艦隊(ミッドウェー島上陸部隊) 旗艦 鳥海
司令官 塩沢幸一大将
参謀長 栗田健男少将
戦艦 扶桑・山城(扶桑型)
重巡 摩耶・鳥海(高雄型)
軽巡 神通(川内型)
駆逐艦 朝潮型4隻・白露型4隻
陸戦戦力 呉第一特別陸戦隊 指揮官 安達義達大佐
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インド洋方面艦隊構成
総司令 近藤信竹中将
総旗艦 陸奥
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近藤艦隊(主力打撃部隊) 旗艦 陸奥
司令官 近藤信竹中将
参謀長 白石萬隆少将
戦艦 陸奥(長門型)・金剛・榛名(金剛型)
重巡 妙高・那智・足柄・羽黒(妙高型)・最上・三隈・鈴谷・熊野(最上型)
軽巡 長良(長良型)・五十鈴(長良型)
駆逐艦 陽炎型10隻
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小沢機動部隊(索敵・遊撃機動部隊)
司令官 小沢治三郎中将
参謀長 澤田虎夫少将
第三航空戦隊 小沢治三郎直率
空母 大鳳(大鳳型)・瑞鳳(瑞鳳型)
第二航空戦隊 指揮官 山口多聞少将
空母 隼鷹・飛鷹(隼鷹型)
重巡 古鷹・加古(古鷹型)・青葉・衣笠(青葉型)
防巡 北上・大井(球磨型)
駆逐艦 秋月型4隻・朝潮型4隻
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