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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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2-1:アプデと鯖落ち

 八月五日、土曜日。


 今日も今日とて快晴、真夏日。なるべく建物の陰を通りながら、千影とギンチョはポータルへと向かう。十時五分前に到着。


 ぐしゃぐしゃに壊されたエントランスは改修作業の真っ只中らしい。足場が組まれ、緑色のシートで囲まれている。

 今日は作業が中断しているようだ。修繕されたポータル付近の道路は祭りのときのように封鎖され、そこに多数のプレイヤーや報道関係と思われる人、さらには明らかに一般人っぽい野次馬でひしめき合っている。


「ギンチョ、手を離すなよ」

「は、はう」


 人前で手をつなぐのも慣れてしまった。こんな人混みではぐれたときの面倒を思えば、恥ずかしいなんて言っていられない。一カ月前の自分なら考えられない心境の変化というか成長というか。


「一分切った」


 文字どおり史上初の、赤羽ダンジョンアップデート。それが今日、八月五日の午前十時に敢行される。昨日の夜から「アプデ前のメンテナンスのため」と称してダンジョン内のエレベーターが停止しているというが、アップデート自体は実施からほんの十数秒で終わるとのことだ。


 その瞬間があと数十秒にまで迫っている。なにが起こるのかという緊張感と期待感で、あたりはある意味お祭り的な、カウントダウンパーティーみたいなノリになっている。噂のDJポリスまで出動している。


「十! ――」


 残り十秒を切ったとき、誰かがさけびはじめる。


「九! 八! 七! ――」


 声は重なり合い、周囲を巻き込み、膨れ上がっていく。


「六! 五! 四! ――」


 一際小さいギンチョは戸惑ってきょろきょろと見回すばかりだ。肩車してやってもいいが、別になにが見えるわけでもないし。


「三! 二! 一! ――」


 ゼロ、と一斉にさけんだ次の瞬間、一気にあたりが静まり返る。そのままみんなが顔を見合わせる、気まずい数秒が流れる。


「……なにも起こらなくね?」


 と、思いきや。

 耳を澄ます。うなりが聞こえる。足元から、低く腹に響くような、ごごごご、といううなりが。そしてそれはしだいに大きくなっている。


「え、え?」


 ギンチョがおろおろしている。とっさにその手を引いて、腕の中に抱き寄せる。


 どすん、と大きな縦揺れが起こる。地下から思いきりハンマーで天井を叩かれたみたいな、衝撃が足から脳にまで伝わるほどの大きな揺れだ。


「ぎゃわーーーーーーーー!」


 耳元でギンチョにさけばれて、むしろ千影の鼓膜がぎゃわーとなる。


 あちこちで悲鳴があがる。その場にへたりこんでいる一般客もいる。D庁の職員が「落ち着いてください! その場で動かないで!」と声を張り上げている。


 縦揺れは断続的に十数回、観衆を驚かし続ける。やがてそれがぴたりと止み、地底のうなりが弱まって消えていくと、あたりは不気味なくらい静かになる。


「……ちーさん、くるしいです」

「あ、ごめん。つい」


 どのくらいこうしていたのだろう。ギンチョの肩を掴んで離す。彼女の頬が紅潮している。ごめんね、炎天下でこんなくっついていたら暑苦しいよね。お兄さんあんまりいいにおいしないし。しょせん犬的なアレだし。


 ぴろーん、と頭上で間抜けな音がする。顔を上げると、明智がスマホを向けている。


「よお、ギンチョ、そしてロリカワくん。ほんと偶然、路上で犯罪臭全開な写真撮れたんだけど、またお仕事する?」



『プレイヤーのみなさん、サウロン氏の報告によりますと、アップデートは無事に完了したとのことです。ご協力ありがとうございました……』


 男性職員が拡声器でアナウンスしている。わっと歓声と拍手があがる。


『現在、当庁職員が先に下りて、安全の確認などを行なっています。それが完了し次第、プレイヤーの皆様をポータルに誘導いたします。混雑しておりますので、順番を守り、職員の誘導に従って……』


 どうせこんなに並ぶなら、もっと遅く来ればよかった。ソシャゲのメンテ明けのアクセス負荷をリアルで味わっている感じだ。サーバーダウンみたくエレベーターが壊れたりしなければいいけど。


「バブルの頃のスキー場ってこんな感じだったらしいよ。リフト乗るのに何時間、滑るのはほんの数分」

「えっと……明智さんって何歳でしたっけ?」

「いや、教えねえけど。つか世代じゃねえし。女に真正面から年訊くとかマジでアレかお前」

「るなおねーさんはにじゅうはっさいっていってました」

「いいぞギンチョ! グッジョブ!」


 さすがの悪魔も溺愛するギンチョには牙を剥けない。なので千影のつま先をブーツで踏みにじる。結局こうなる。


「おねーさんもダンジョンいくですか?」

「うん、ちょっと仕事でね。他の課の手伝いに」


 プレイヤー犯罪捜査課の明智は、いつもの刑事っぽいダークスーツとローファーではなく、ダンジョン探索用の迷彩ルックだ。コンタクトレンズでなくメガネなのは「ドライアイ気味だから」らしい。


「ダンジョンに着いたら別行動。あんたらも気をつけなよ、アプデ直後でなにがどう変わってるのか、誰にもわかんないんだから」

「そうですよね……」


 改めて言われるとビビり不可避なのが早川千影たる所以。


 ポータル地下階へのエスカレーター待ちで一時間(半数は階段に誘導されてなおこの時間だ)、さらにダンジョン行きエレベーター待ちで一時間。ようやく強化ガラスに囲まれたエレベーターホールが見えてくる。


 エレベーターは一基六人乗りが三基稼働していて、普段ならチームごとに乗れるが、今日の混雑具合では否応なく相乗りになる。千影とギンチョと明智、プラス見知らぬプレイヤー三人で乗り込み、一分後にはついにダンジョン一層にたどり着く。


「あー……半月ぶりか……」


 去年、入院したときと同じくらいのブランクだ。


「たのしみです。わくわくするです」

「そうだな(嘘)、この一週間の特訓の成果を見せるときだ(ぶるぶる)」


 エレベーターホールの洞窟から外に出ると、清々しい空と心地いい風が出迎えてくれる。とりあえず人混みからの開放感が半端ない。

 ダンジョン一層のエリア1。見渡す限り広がる草地、通称〝ハジマリ平原〟。



 ぱっと見た感じ、特になにかが変わっているようには見えない。いつものエリア1だ。

 少し勾配を登ると、かなり遠くまで見渡せる。見慣れた光景だ。のどかで緑が淡くて、血管のように小川が細々と流れている。南側にある岩壁沿いの丘には高い塀に囲まれた駐屯地がある。


 いつもと違うのは、人がうじゃうじゃ――それこそ黒アリの群れかというほど大勢いることだ。


 日本のD庁所属の現役プレイヤー数は約六千人強、IMOD側で管理されている外国人プレイヤー数は約八千人強(生死確認のとれていないダンジョン内失踪者を含む数字)。その中でMAP(月別アクティブプレイヤー)は一万一千人程度だという。

 その半分くらいは来ているんじゃないかと思う。一層に一度にこれだけの人が集まるなんて、ダンジョン・ゴールドラッシュ時代にもなかったのではないだろうか。


 くいっとジャージの裾を引っ張られる。ギンチョが見上げてくる。


「ちーさん、ならんでつかれたので、おなかすきました。おひるにしましょう」


 主の言葉に「ぐー」と腹が追従する。


 明智とはここで別れ、そのへんの小川が流れているところまで行って、持参した弁当を食べることにする。昼食後には多少でも人が減っているとありがたい。

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