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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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3-6:人類最強と裸の付き合い

 祭りの翌日、つまり一昨日。丹羽から相談を持ちかけられた。〝ヘンジンセイ〟の織田から「会いたい」とお呼びがかかっていると。


 その翌日、つまり昨日。「僕なんかでよければ」という返事に対する返事が来た。地上に戻ってきていた〝ヘンジンセイ〟のメンバー・福島からの伝言、「ここ数日はエリア10の温泉宿を拠点に動いている、申し訳ないがそこまで来てもらえないか? 宿泊費はこちらがもつ」と。


 そして今日。ギンチョと半日かけてこのエリア10までやってきた。直江にも来てもらえるよう、声をかけておいた。万が一のときの保険のために。


 かぽん、と鹿威し的な音がどこからともなく聞こえる。

 露天風呂には屋根がなく、雪は容赦なくお湯の中に降りそそいでいる。織田の向かいの位置から湯船に入り、肩まで浸かる。


 ああー、と自然と声が出る。じんわりとした優しい熱が背骨までしみ込んでいく。冷たくてじんじんしていた指先がほろほろとほぐれていく。これはすごい、温泉ってすごい。


「悪かったっすね。こっちから声かけといて、こんなところまでご足労いただいちゃって」


 織田の声は動画やCMよりも柔和に聞こえる。場所やシチュエーションによるのかもしれないが。


「いえ……こちらこそ、ありがとうございます。あの、僕なんかに声かけてもらって……」


 ただでさえ対人スキルが脆弱すぎるのに、相手は同業のレジェンド。しかもお互い全裸というおっぴろげなシチュエーション。これで緊張するなというほうがおかしい。雪の冷たさがなければ脳みそが一分で熱暴走してしまう。


「いやいや、福島からOKもらったって聞いて、楽しみにしていたんすよ。俺と同じ黒のエネヴォラの生還者だって。しかもこないだ二度目の遭遇で、またも生還なんて」

「よくご存じで……僕なんかのことを……」

「エネヴォラ関係の情報は俺んとこに来るようになってるんでね。こないだそれ聞いて、会わないわけにはいかないっしょって」


 とても人類最強の男とは思えない、軽妙でフランクな話しぶりだ。見た目も短髪がよく似合うイケメンだし、そりゃモテるわなと思う。半年くらい前に人気モデルとのデートで文冬砲くらっていた。


「早川くんさ、君って意外と『知る人ぞ知る人』みたいっすね。プレイヤーになってから一年半でレベル4、あの話題の特例免許のチビっこプレイヤーのメンターで、しかも黒から二度も逃げ延びたと。それだけ聞くとすっげー派手な経歴だけど、あんまり話題になってないんすよね」

「自分では……わからないです……」


 凡人フェイスと地味な性格のせい、とは自分の口からは惨めすぎて言えない。


「君、人見知りするタイプっすか?」

「あ、はい……すいません……」

「いいっすよ。でも、できればテンポよく話を進めたいっすね、あと一時間くらいしたら下層に向かう予定なんで」


 エネヴォラの出現確率は層を下るたびに上がっていくと言われている。生還したプレイヤーたちの長年の体感的なもので、それについてサウロンは肯定も否定もしていない。

 この人たちは――〝ヘンジンセイ〟は、D庁公式の永続的なクエストを受注しているらしい。エネヴォラの発見と討伐。そのための情報や支援(結構な金額)も受けているらしい。


「つーわけで、先に君の用件のほうを聞いちゃおっか。なんか俺に訊きたいことがあるんすよね?」

「えっと……織田さんが倒したっていう、ピンクのエネヴォラについて聞きたくて……」


 織田の顔から一瞬、笑みが消える。空気が張りつめるのを肌で感じる。


「ピンクについて、なにをどうして知りたいんすか?」

「いや……その……こないだ黒にフルボッコにされたんで……今後の参考になるかなって……」


 半分本音だけど、半分嘘だ。千影には他にもう一つ、確かめなければいけないことがある。


 正直なところ、これは千影にとっては最初から気乗りしないクエストだ。


 昨日、織田と会うことになったと耳ざとく知った明智から、「ちょうどいい機会だから、ピンクのエネヴォラの素体があの研究施設に渡った経緯について、織田がなにか知ってたら聞き出してこい」と命じられた。


 そのルートに関して、タカハナも「D庁の関係者らしい」ということまでしか掴んでいないらしい。織田がそうである可能性は限りなく低いそうなので、要は裏どりのためのパシリだ。一応報酬は出るけど。

 そんなんそっちの仕事でしょって断ったのに。こういうの一番向いていないのに。「今は人手が足りなさすぎる」と結局強引に押し切られる形になった。


 とはいえ、織田が黒の可能性もゼロではない。そうなるとギンチョが危ういので、万が一に備えて〝白狼〟直江ミリヤを召喚したのはそのためだ。

 というか、そもそもギンチョを連れてこないという選択がベターだったのに。彼女はそれを断固として拒否した。「ずっといっしょにいるって、やくそくしたですよ」と。危うく明智の前でロリコン疑惑勃発寸前だった。


 まあいっか。本物の変態と一緒に風呂に入るという報酬(代償)は本人に支払ってもらうのだから。最低限の貞操は守られるよう、こればかりは祈るほかない。


「フルボッコって、そりゃ君レベル4っしょ? 俺の推定では、黒はたぶんレベル7以上、下手したら8っす。生き延びただけ奇跡っつーか贅沢っつーか」

「ピンクは……どれくらいでした?」

「どうっすかね、6か7くらいだったかな。俺もまだレベル6だったから、当時のチーム全員で血みどろの泥仕合っすよ。三人も死んで、生き残ったのは俺と福島だけだったっす」

「アイテムは……ドロップしたんですか? シリンジとか……」

「なんでそれを?」

「えっと……正直に話します。内緒にしといてもらいたいんですけど……僕、黒のエネヴォラから、直接ドロップアイテムをもらっちゃいまして……」


 こちらだけカードを切らずに向こうの手札を読む、なんて高等技術は持ち合わせていない。ただし【ムゲン】の効果だけは伏せておく。さすがにこんな有名人に自分の切り札を打ち明けてしまうのはリスクが大きすぎる。


「……なるほどね……ぶっちゃけると、俺のときは単純に仲間が壁になっちゃったんすよね。先輩たちが交戦している間に、自分だけが卑怯にも逃げ出した。君と違うのは、あいつが追ってこなかったことっす。たぶん時間切れってやつだったんすね。そっから俺は、あいつらを倒せるくらい強くなることを第一の目標にプレイヤーを続けてきた。強くなって誰よりも深く潜り、誰よりも早くこの理不尽なダンジョンを制覇してやろうって」


 自分と似ている、と千影は思う。もっとも自分は、そこまで強い信念というか、確固たる意志みたいなものは持ち合わせていないけど。


「まだ続けてるんですか、エネヴォラ退治のクエスト……」

「もちろん。ダンジョン庁からも情報はもらえるし、エネヴォラのリスクが減ればプレイヤーの生存率も上がる、そうしたらプレイヤーの全体のレベルの底上げにもなる。いいことずくめなんすよ、やつらが消えてくれるなら」

「えっと……ピンクはなにをドロップしたんですか?」

「シリンジっすよ。ただ、君のとは違って銀色(アビリティ)っす。【グール】……効果は内緒なんすけど、その【ムゲン】の効果と引き換えにしたいっす。ぜひとも。どうっすか?」


 【グール】――千影は知っている。ピンクのエネヴォラの持つ特性、ギンチョの持つ特殊能力の呼称。

 名前が一緒なのは偶然なのか、それともこの人が研究者たちに情報を流したのか。ともあれ、この人はギンチョと同じ体質を持っているということか。二人の【グール】が同じものだったとしたら。


 こちらが知っていることを織田は知らない。すっとぼけるのはちょっとずるいかもしれない。明智たちにも知られてしまっているし、なにがなんでも秘密にする必要もないか。


「はい、じゃあ……」


 千影が【ムゲン】の効果について打ち明けると、織田は怖いくらい真剣な顔で耳を傾ける。聞き終えたあとは顎に手を当ててしばらく考え込む。

 我に返り、「ごめんっす、こっちの情報がまだだったっす」と【グール】について話してくれるまで少し時間がかかる。


 【グール】は予想どおり、ギンチョと同じ能力のようだ。小さな傷の自然治癒、大きな傷による暴走モードへの移行と捕食による再生。「それで何度か命を救われたし、仲間を危険に晒したこともある」という。テヘペロ的に語られるのであんまり深刻そうに聞こえない。


 できればそのアビリティについて検証したことをもっと教えてもらいたいが、「なんで?」と言われても答えられないので我慢しておく。


「いやー、貴重な情報が聞けたっす。今年一番って言っても過言じゃないっすね。マジで君と会えてよかったっすわ。ありがとね、早川くん」


 そんな風に褒められると照れてキモ顔になる。〝人類最強〟をぎょっとさせるほどに。


 ここまでの流れとしてはいい気がする。狙ったわけではなくても、結果としてお互いの秘密を共有する形になった。このあとにつなげていける。


 ここからが本題、頼まれたお仕事タイムだ。

 ああ、うまく聞き出せるか不安。

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