48:引越しとチーム名とお隣さん
前回までの赤羽ダンジョン
・ギンチョのスキルの交換相手は【アシュラ】のイケメンチームでした。
・イケメンチームの新入り、腕が触手になってイア! イア!
・千影、公衆の面前で「赤のエネヴォラ」打倒を宣言。
少しだけ時は遡る。
九月三十日、日曜日。
明日になれば衣替えの季節だというのに、「俺たちの季節はこれからだ!」とばかりに無理やり居座り続ける高気圧と熱気。南のほうで新手の台風も生まれたと天気予報でやっていた気がする。
リビングのエアコンは起動中だが、それでも荷解きというのは汗が止まらなくなる程度には重労働だ。
「ふう、だいぶ片づいてきたんじゃね、タイショー?」
段ボールを各々の部屋に運び終えたテルコが、身体に貼りついたシャツをぱたぱたしている。エロい目で以下略。
昨日のうちに運び込んだ荷物は(捜査課のやつらが寄贈しまくった)ギンチョのものと合わせて、段ボール十箱以上になった。もちろんそれに入らない家電、家具、装備品や道具などもある。
三人と一匹の新居となる、ここスカイダンジョン赤羽の三○四号室。築年は結構いっているが、れっきとしたオートロックつきのマンションだ。名前は最近変えたと思われる。
前のコモンセンス赤羽からは徒歩で五分かそこらしか離れておらず、「プレイヤーの身体能力ならなんとかなるんじゃね?」と豪語していたのはテルコだが、これは体力とか腕力とかいう以前の問題だ。引越しに大事なのは経験と計画性。それらを兼ね備える引越し業者を手配した判断は正解だった。何万か飛んだけど。
「あのくらいの距離ならヨユーで運べると思ったけどなあ。ふ、ふ、フパンツしてギョーザ呼んでよかったな」
「奮発して業者呼んだんだけどね」
位置的には赤羽駅東口のクレアモールにほど近く、買い物も便利。ポータルへの所要時間も数分短縮された。前の住所からはどうしても三番街を通過するのが最短ルートだったので、あそこから離れられたのは未成年ズの自分たちにとってもよかったと言える。住環境としては申し分ない。
「ほし3.57のめんやひこぼしのちかくです。ほし3.45のてっちゃんラーメンもちかいです」
「歩くごちログか」
間取りは3LDK。六畳間をギンチョとイヌまんが、四畳半二部屋を千影とテルコがそれぞれ使うことになった。ちなみに家賃は以前の倍。これまで以上の収入と節制が求められる。
ふと窓の外を見る。
前のアパートよりも一階ぶんだけ高い景色。
最初のアパートが手狭になり、家賃も変わらないコモンセンス赤羽に引っ越したのが去年の十一月。汚かったり壁が薄かったり水回りのトラブルもあったりといろいろと現実を教えてくれたあの部屋だったが、一年と経たずに出ていくことになるとは思っていなかった。
「タイショー、どうした?」
「いや、まあ……いろいろあったなあって。特にここ最近だけど」
十六歳でプレイヤーになり、ずっと一人でこそこそせこせこやってきた。そこに一人増え、また一人増え、一匹増えた。騒がしさも目まぐるしさもそれまでとは桁違いだった。
「まあ……住む場所が変わっても、騒がしさも目まぐるしさも変わらないだろうしね」
というわけで、やることはたくさんある。まずはそのうちの一つを片づけなくては。
最低限の荷解きののち、簡単に昼食をとり、お昼休みをしたらリビングに集合。ともに引越してきた愛用のちゃぶ台を囲む。
「ではここに、第三回早川家会議を開くものとする」
「はう」
「おう」
「ガルル」
「だからなんで僕が仕切るとガルるの?」
「ギチョー、議題はなんだっけ?」
「テルコ議員にお答えします。昨日も言ったけど、うちのチーム名です。いい加減決めろって丹羽さんにせっつかれてんだよね」
「そうだったな。ところでギチョーとギンチョって似てんな」
「それも前にやったよね」
「はう、どうやってきめるですか?」
「ギンチョ議員にお答えします。なにか案があれば出してもらって、その中から多数決にしようかなと。なかなか決まんないようならあみだでもいいけどね」
吐いた唾は呑めなかった。あみだくじという選択肢を残したことを、十数分後の千影は後悔することになる。
「……えーと、というわけで……」
目の前のチラシ(裏)には、四本の縦線と無数の横線。そしてジグザグと進んでゴールへとつながった赤い線。そこに書かれていたチーム名は。
「……我々のチーム名は、〝チーム・マシマシ〟に……決定……」
最後のほうは声がかすれて消えていく。わーっと拍手する発案者 (ギンチョ)とイヌまん。大人二人は微妙な顔。
「……タイショー、さすがにこれは……」
「……でもさあ、言っても僕らのもアレだし……」
〝ジャンブル・ドッグズ〟(千影案)。理由:寄せ集め感を演出してみた。
〝シルバー・ラグーン〟(テルコ案)。理由:女カイゾクってカッケーよな。
〝わっふう〟(イヌまん案)。理由:わっふう。
結局どれでも大差はなかったと思われる。それでもここぞで当たりくじを引き寄せるのが我が家のザシキワラシ。じゃんけんは弱いくせに。
「せかいのみんなのごはんがマシマシになりますようにってねがいをこめました」
「理由のところは一番まともなんだよなあ」
しかし当の本人はにんにくとアブラのみを増し、むしろヤサイは極力減らす方向でいる。それがギンチョイズム(プロフェッショナル)。
そして、今日はゲストを数人呼んで引越し祝の予定だ。ピザもチキンもケーキもちゃぶ台狭しと並ぶことになるだろう。コールスローも増してやろう。
「もう少ししたら買い出し行こうか。こっからだとダイヘーが一番近いか――」
ぴんぽーん、と呼び鈴が鳴る。
このマンションにはオートロックなのでインターホンがついている。顔が映るタイプではない。確かボタンを押したら通話になるんだっけ、と内見のときに試したのを思い出す。
「はい」
『カメラないけどハゲが見えてるよ』
「お部屋をお間違えだと思います」
『あたしあたし。明智だよ』
約束までまだ時間がある。非番だと聞いていたが、ずいぶん早いお越しだ。よっぽど暇だったのだろうか。彼氏とかいないのだろうか。いないのだろう。訊けないが。
解錠ボタンを押す。これでオートロックは解除されるはず。と思いきや――。
『あ、ドアの外にいるから』
「は?」
おそるおそる玄関のドアを開けると、確かにそこに明智が立っている。私服だ。
「えっと……オートロックなんですけど」
先ほどのやりとりは玄関の外のインターホンからかけていたらしい。確かに呼び鈴の音が違っていた気がする。つまり、明らかにこちらが解錠する前に入ってきていたわけだ。いくら知人とはいえ、こういうのは不法侵入的なアレになるのではなかろうか。おまわりさんこの人です。
「いやいや、そんなコソドロみたいな真似しねえから。別の部屋にお呼ばれしててね」
「別の部屋?」
「そう。このマンションの、別の部屋」
同じマンションに知人がいたということか。なんたる偶然のイタズラ。
「その人に呼ばれて前乗りしてたわけなんだけどさ……君にも会わせたいっつーか」
「は?」
がちゃ、と隣のドアが開く。そこから出てきたのは見慣れたぽっちゃりボディー、中川重だ。
「は? え? 中川さん?」
なぜ隣から出てきたのか。不動産会社の人によれば、確かほぼ同時に契約が決まったと聞いていた。綺麗なお姉さんだったらどうしよう出会いは引っ越しそばでしたとかあれこれ妄想が捗っていたのに。こんな現実があっていいものか。
「ああ、中川くんもお呼ばれしたのよ。宮本も来てる」
「こふー」
「え、あ?」
今日の引越しパーティーのメンツ(公務員枠)がお隣に勢揃いしている。状況がますます理解できない。
「えっと、とりあえず君とテルコに来てほしいんだよね」
「て、テルコも? ギンチョとイヌまんは?」
「ちょっとだけお留守番しててもらいたいね。電話で直江を呼んどいたから、たぶんすぐに着くと思うし」
「え、あ? いやでも、これから買い出しに……」
「そんなに時間はとらせないよ。すぐに済む」
「すいません、早川さん。いきなりでアレですが、結構大事なお話でして……」
わけがわからないままだが、とりあえず公務員三人衆と隣の住人が呼んでいる。わりと大事な話がある、ということのようだ。
戸惑いながらいったんリビングに戻り、「テルコと一緒にお隣さんとちょっと話してくる」と伝える。ギンチョとイヌまんには申し訳ないが、直江がすぐに来ることも伝えておく。
事態を飲み込めないテルコの腕を引き、お隣の三○五号室へ。一応呼び鈴を鳴らし、鍵は開いているのでそのまま中へ。
間取りは左右対称ながらほぼ同じ。千影たちより一日か二日早く入居しているはずだが、荷解きは済んでいないようで、廊下にいくつか段ボールが積んである。
「――やあ、急にお呼び立てしてすまなかったね」
リビングには調度と呼べるものは最低限しかない。早川家と同じようにちゃぶ台が一つとカーペットが一つ、それに小ぶりなテレビが一台。あとはノートパソコンが隅のラックに置かれている程度だ。
ちゃぶ台を囲むようにして、明智と中川と宮本が座っている。気のせいか、顔が若干こわばっている。
そして、彼がこの家の主、お隣さんだろうか。
座椅子に座ってひらひらと手を振っている、五十台くらいの男性。痩せ型で白髪交じりで彫りが深い。イケオジと言っていい容貌だ。ここへきてお隣さんお姉さん妄想は完全に夢と散る。まあ、それが現実化したところでしょせんコミュショーには手も足も出ないわけだが。
「どうぞどうぞ、こっちに座って」
「あ、はい……」
未だに状況を把握できていないが、促されるままに座布団の上に腰を下ろす。
「あ、あれ?」
このイケオジに見憶えがある。初対面のはずだが、どこかで――。
「……あ」
思い出した。
ネットで見た。テレビで見た。この顔を。
「……元、長官?」
赤羽テロ事件で辞任した、元ダンジョン庁長官。
徳川晴夫。生で会うのは初めてだ。
そんな人がお隣に? 偶然なのか?
「忙しいところすまなかったね、早川くん。これから引越しパーティーだってね、若者は楽しそうで羨ましいよ。ああ、私も仲間に入れてなどとは言わないから安心してくれていい」
「あ、いえ……」
自分の名前を知っているのか。光栄な反面、あれだけさんざん騒動に巻き込まれていれば当然かとも思う。
「ここにいる元部下たちがアルコール注入する前に、どうしてもこのメンツで話しておきたいことがあってね」
「あー思い出した! あのときのオッチャンじゃねえか!」
テルコが徳川氏を指差してさけぶ。D庁で一番偉かった人をオッチャン呼ばわりとは。うちのがすいません。
「ちょ、テルコ……あのときって?」
「こないだ一緒にテスト受けたんだよ。免許試験」
「え? あ?」
テスト……ああ、D庁のプレイヤー免許試験か。そういえばもう一人一緒に受験したと言っていたが。それが徳川氏だったのか。「官僚を辞めてプレイヤーをめざす」とかいう噂は本当だったのか。
「やあ、お互いに試験受かってよかったね。私が答案見せてあげたおかげかな?」
思いがけずカンニングをばらされたテルコが引きつり笑いをして、教え子の裏切りをこんな形で知ることになった中川が般若のごとき形相になる。
「さて……パーティーまで時間もないようだし、さっそく用件に入るとしようか」
徳川氏が一同を見回し、続ける。
「第一回スカイダンジョン赤羽オトナ会議……議題は、〝赤のエネヴォラ〟討伐クエストについてだ」




