45:おむかえ
前回までの赤羽ダンジョン
・ついに殺人未遂犯を逮捕したよ!
・いきなり襲ってきたレアクリーチャーも退治したよ!
・だけど早川千影、ズタボロなので〝ボブル〟のアジトでお迎え待ち!
九月二十四日、日曜日。
目を覚ましたとき、「ここどこだっけ?」と思う。死角からぬっと看護師(男性、ヒゲ)に覗き込まれ、悲鳴をあげそうになる。
なんだか熱っぽくて身体がだるい。そりゃそうか。大怪我してるんだもの。
トイレ(という名の床に穴の空いた個室、ダンジョンバクテリアのおかげで清潔)に行くのも一人では難しく、教徒に肩を貸してもらったりする。
前に来たときも思ったが、この人たちは基本はいい人だ。その思想の是非や社会的立場はともかく、暴力や悪意の影は微塵もない。
ずっと寝ているしかないから、頭の中で昨日の反省でもしてみる。対ガチムチヴァンパイア戦について。
本当によく勝てたものだ。強敵だった。二層に出るレベルではなかった。
想定レベルは結構いい加減なところもあるし、あえてちょっと割増な評価になっていることも多い。強い強い詐欺のクリーチャーも結構いたりする。
とはいえ、ガチムチの強さは本物だった。あのマントの性能を含めた殺傷能力は、Pラーテルよりちょい下、黒コウモリと同じくらいだった気がする。ザコを生み出す能力を含めるなら、間違いなくレベル6以上だった。
最初の進化、あいつが飯田の鼻血を舐める前に、確実に仕留めなければいけなかった。あれだけバンバン撃っていたら傍観モードにもなってしまうが、ああいうのが効きづらいヴァンパイアだけに、油断せずに頭を切り落とすなり急所を刺しておくなりするべきだった。
最初の渾身の【ラオウ】が受け止められたのは正直焦った。そのあとの至近距離での差し合い、数少ない長所である反射神経と集中力を駆使した削り合い。それでもあのまま続けていたら、たぶんジリ貧になって負けていた。【サラマンダー】のゲタ履かせを含めても、ガチンコは相手方のほうに分があった。
ポイントはイヌまんの【ギャンほー】と、それにつなげた「いたぶられながらチャージ」だった。宙吊りにされたとき、右手だけは断固として動かさず、どんなに痛めつけられてもそこにチャージをし続けた。途切れなかったのはひとえに必死だったからだ。土壇場で目覚めたドMの才能。違う。あんなの二度とごめんだから(フリじゃない)。
結果として、服部たちの援護射撃、【ギャンほー】、【ラオウ】、〝相蝙蝠〟や陰のジェムの力。どれか一つでも欠けていたら、今頃こうして寝っ転がってイヌまんの背中を撫でていられなかっただろう。こうして低くうなられたりできなかっただろう。
手を離してみる。うなりが止む。また触る。うなる。それを高速で繰り返してDJ気分を味わってみる。ブチギレられて思いきり指を噛まれる。
「そんで……これがレアドロップか……」
枕元に置いてある、メロンサイズの黒い糸の塊。ガチムチヴァンパイアの謎のドロップアイテムだ。中になにか入っているのかと思いきや、ほんとにただ黒い糸を毛糸玉みたいに丸めただけだ。あいつそっくりのマントでも編んでコスプレしろということだろうか。
ヒョロガリ形態は幾度となくプレイヤーたちに狩られているが、こういうアイテムを落としたという話は聞いたことがないという(教祖談)。おそらくガチムチ形態を倒したときにだけ落ちるレアドロップなのだろう。
【フェニックス】のお詫びにと服部たちに贈呈しようとしたが、丁重に断られた。「それは早川さんが受けとるべきです」と。おそらく千影のものほしげなチラッチラッも奏功したのだろう。なのでありがたく受けとった。村正製作所で鑑定してもらって、よさげなものをつくってもらおう。もしくは売ろう。
「イヌまん……ギンチョとテルコ、どうしてると思う?」
「ふんっ」早川翻訳:知るか。寝てろボケ。
二人のところにもたぶん連絡が行っていることだろう。クエストの成否も今の状況も。
まあ、たぶん少しは心配してくれているだろう。というか怒っているかもしれない。もしくは呆れているかもしれない。リーダーのアホさ加減にがっかりしているかもしれない。
自己満足で勝手に仕事を引き受けて、それで一番重傷していたら世話がない。海より深く呆れられてもしかたない。付き合わされているイヌまんもいい迷惑だ、手持ちのおやつも切れてしまったし。
今回の件、もし二人を連れてきていたら?
ギンチョの【ザシキワラシ】でもっといい感じに任務を達成できたかもしれない。
テルコのサポートでこんなに傷だらけにならずに切り抜けられたかもしれない。
それもこれも、自分勝手なワガママを通そうとした罰だ。
ごめんな、みんな。もう少しだけ待ってて。お詫びに焼き肉でも寿司でもステーキでも、もう好きなもんなんでも食わしたるから。合計一万円以内で。
早く家に帰りたい。チビっこたちとメシを食いたい。心身ともに弱っているとはいえ、こんなにホームシックになるとは。
「……頭、あっちい……」
熱が上がってきているようだ。看護師(略)に解熱剤を飲ませてもらう。イヌまんはちらっと振り返っただけで、また伏せてしまう。
そういえばこいつ、昨日からトイレ以外、ここから一歩も動いていない。女性の教徒もいるし、おやつを持って構ってくる人もいるのに。
ふがいない飼い主を守っているつもり、なのか。
「……ありがとな、イヌまん」
背中を撫でる。やっぱりうなられる。空気読め。
断続的な眠りが続き、気づけばアジトで迎える二度目の朝。
九月二十五日、月曜日。
痛みと熱で苦しいが、そろそろお迎えがやってくるはずだ。なんて思っているうちに昼になり、夕方になり、夜になる。スマホで時間を確認しすぎて電池が減ってきている。
あの、もしかして忘れられてないよね?
このままここで暮らせって? ダンジョン原理主義バンザイ?
と、にわかにアジトが騒がしくなる。誰かがやってきたようだ。お迎えの人かな。それとも彼らの仲間とか。ぬか喜びだったら嫌なので目を閉じておく。
「ちーさん! イヌまん!」
「タイショー! だいじょぶか!?」
マジか。これは予想していなかった。
ギンチョとテルコ。まさかのチームメイト直々のお迎え。まあ、考えてみるとそうか。怪我して動けないと聞いたら飛んでくるか、こいつらなら。
「……来てくれたんか……」
覗き込んでくる二人の頬には涙が伝っている。自分なんかのために泣いてくれてもったいない。いつもみたくひしっと抱きついてこないのもありがたい。今やられたら痛すぎて膀胱の中のものが全部出る。
「ったく、ふざけんじゃねえぞ! 大怪我したって聞いて、もうこっちは気が気じゃなくてよ! こっちまでハゲるかと思ったぜ!」
「どっちまで?」
「イヌまん……ちーさんをまもってくれたですね……ありがとう……」
「わふっ」
周りの教徒たちがもらい泣きしている。後ろにスポイトを持っているやつもいる。文字どおり聖女のお涙を頂戴したいのだろうか。なんか犯罪臭。
「二人で来たの……? こんなとこまで……?」
「感動の対面のとこ悪いけど、あたしもそのひでえ面拝んでいいかね?」
後ろからぬっと現れる、ミリタリールックのメガネの女性。明智だ。お見舞いのつもりか、手にメロンを持っている。
「あんたの大事な仲間は、責任持ってきちんと守らせてもらったよ。女三人、なかなか楽しい道中だった」
「すいません……なんか別件で忙しいって聞いてたけど……」
「あー、そりゃね、佐久間の方便だよ。単にあたしへの嫌がらせで外しただけ。恥かかせた仕返しってね。器が小さいにもほどがあるわな」
「なんと……」
「そんなくだらないことで、あたしは一緒に行けなかった。あんたを守れなかった。そもそも巻き込んだのもあたしだ。お礼とお詫び、両方とも一晩かけても言い尽くせないよ。でっけえ借りができちゃったね、早川くん。あ、もちろんイヌまんもな」
「いや……そんな……」
改めてそう言われると照れる。教徒たちが思わず「ダンジョンの神よ……」と祈るほどにキモ顔になる。
「あの……飯田はなにか話したんですか……?」
明智が教徒たちに目配せする。彼らは意図を汲んで下がってくれる。教祖は差し入れのフィレオフィッシュだけでなくちゃっかりお見舞いのメロンまで奪っていく。
「今川真琴と飯田の関係は、そもそも去年の今頃から始まった。あんたも知ってのとおり、彼女はレベル1になってすぐにメンターを失う事件に遭って、それがトラウマになってプレイヤー活動をできずにいた。飯田は彼女のツイートを見てそれに気づき、彼女に近づいた」
明智はしゅぽっとタバコに火をつける。
「当時、飯田はデイザー社の嘱託社員の立場を利用して、ある不正行為を働いていた。レベル0や低レベルの女性プレイヤーを見繕い、非公式なメンターとして彼女らのレベル上げに協力すると持ちかけ、代償として肉体関係を要求していた。彼女らにデイザー社のサンプル品の装備なんかを横流ししたりして、結局レベル1になれなくても共犯ってことで口封じしたりね。好き勝手やってたわけだ。その被害者の一人が今川真琴だった」
ゲス野郎だな、とテルコが小さくつぶやく。
「他の女性同様、今川真琴とも一カ月そこそこで縁が切れた。彼女はどうしてもトラウマを克服できなかった。それから半年以上経って、飯田をとりまく潮目が変わっていった。デイザー社には装備の横流しを疑われ、契約を打ち切られる寸前になっていた。それまで関係を持ってきた数人が彼の悪行を告発すると脅してきた。それと同時に、奥さんが病気を患った。珍しい種類の肺感染症で、厳しい闘病生活を余儀なくされた」
確かに奥さんは顔色が悪かった。不吉な感じの咳もしていた。ダンジョンなんかに連れてこられたら体調も崩すわなと思っていたが、病気だったのか。
「飯田はそれを、すべては自分の蒔いた種、これまでの自分の悪行への天罰だと思ったらしい。ゲスはゲスなりに妻を愛していたみたいで、天罰の矛先が彼女に向けられたことで激しい後悔に苛まれた。それからは人が変わったように心を入れ替え、妻の看病に励んだ。被害女性のことは妻に正直に打ち明け、謝罪し、妻はそれを許した。彼女らには金銭で内密に補償をした。ここ数カ月、少なくとも飯田夫妻にとっては結婚以来最も心の通い合った時期だったそうだ」
「はあ(ツッコミどころしかない)」
「九月に入り、今川真琴から連絡があった。他の女性と同様、カミングアウトと刑事告発を盾にした脅迫だった。ユーチャンネラーの知名度? をアピールして法外な金銭を求められたものの、妻の治療費と入院費、それに他の女性たちへの補償で、それに応じる金銭的余裕はなかった。それからしばらくして、再び催促の電話があった。『お金はいらないから、デイザー社の高品質のプレイヤー装備がほしい。でなければすべてカミングアウトして告発する』と」
――あの女が悪い、彼女に脅された。飯田夫妻はそう言っていた。
「今の飯田にとっては難しい注文だった。デイザー社の管理はいっそう厳しくなっていたし、サンプルなどならともかくハイグレードの装備を着服するのは容易なことじゃなかった。単純な金銭換算でも当初の額よりも上だった。このままじゃ仕事もプレイヤー免許も失ってしまう、自分の生活も妻の治療もままならなくなる。だから彼女を殺害しようと決意した」
「なんだそりゃ(はあ)」相槌と本音を間違えたけどどうでもいい。
「ダンジョンに呼び出して事故に見せかけようとしたものの、警戒した彼女はそれを拒否した。だから彼女の部屋に忍び込み、自殺に見せかけて殺そうとした。手口に関してはおおむねあたしらの予想どおりだった。以上、飯田と嫁の供述内容だ。まだ裏どりがとれていないし、多少なりご都合主義の脚色もされているだろうけど、おおむね嘘はついていなさそうだったよ」
千影は大きく息をついて、天井を見上げる。
「ちなみに、ダンジョンに逃げようと言い出したのは奥さんのほうだったらしい。自分はもう長くないかもしれないし、最期まで一緒にいたいと。旦那のほうは嫁の容態次第では地上に戻って自首する腹づもりだったらしい。必死に抵抗しといてなにが自首だと思わんでもないが、ともあれ奥さんのほうも逮捕は免れないだろうな」
薄々理解していたが、自分たちが救おうとしていたのは人質ではなく逃亡犯だったわけだ。だったら助けなければよかった、ということになるのかどうか。どちらにせよ「なんだかなあ」と思わずにはいられない。
「そんなことで……って言っちゃうとアレですけど、だからって……殺すとか……」
明智が一口吸っただけのタバコを携帯灰皿に突っ込む。ギンチョとイヌまんは、どこまで理解しているのかわからないが、お兄さんお姉さんにつられて神妙な顔になっている。
「そうだな。飯田夫妻の事情はどうだったとしても、今川真琴が彼らになにを強要したとしても、それで人一人を殺そうとしていい理由にはならんわな」
一つ、気になることがある。確認しないわけにはいかない。
「マコちゅんが催促の電話して、条件を金から装備に変えたって話ですけど」
九月十五日。千影がマコちゅんとファミレスで会った日の夜らしい。
「シモベクリーチャーがほしい」と彼女は言った。「ろくな装備も持っていない」と聞いた憶えもある。
やはり、プレイヤーとして活動することに前向きになっていたのだ。だから彼女は金銭ではなく装備を要求したのだ。そこにハイグレードを求めるあたりが彼女らしいのかもしれないけれど。
「……彼女がどういうつもりだったのかは、本人に訊くよ」
「へ?」
「目を覚ましたんだよ。一昨日の夜だったかな、ちょうどあんたらが飯田を逮捕した頃だ」
千影は枕代わりのバッグにどさっと頭をもたれる。なんというか、ほっとしたというか若干イラっときたというか。こんな気持ちになるのはあの女だからだろう。
「話を聞けるまでには時間もかかるだろうし、後遺症も免れないだろうし。だが、この事件に関してあんたの仕事は一件落着だ。お疲れさん、早川くん」
「……はい……」
ようやく。ようやく、肩の荷が下りた気がする。
自己満足で首を突っ込んだ殺人未遂事件。手を尽くし、犯人を捕まえ、マコちゅんは一命をとりとめられた。
誰も幸せにはなっていないかもしれない。不毛なだけの事件だった。それでも――それ以上の不幸は食い止められた。悪くない結末だと思いたい。




