43:ガチムチヴァンパイアvs薄毛超人レベル5
前回までの赤羽ダンジョン
・ついにマコちゅん襲撃犯を逮捕したよ!
・だけどレアクリーチャーが現れたよ!ヒョロガリヴァンパイア!
・血を吸ってパワーアップ!ガチムチヴァンパイアへ進化!
ガチムチヴァンパイアが床を蹴る。約十メートルの距離、それを一息でつぶそうとする。
千影はその場にしゃがみ、小太刀の柄を握る左拳を床に打ちつける。あいつがもたもたしている間にチャージしていた【ラオウ】発動――今度は拳の大きさと腕の太さに比重を置いたカウンターの一撃。ガチムチにはガチムチを。
ズグンッ! と響く重い衝突音。
地面からほぼまっすぐに伸びた光の腕が、ぐわんっと上にたわむ。
「……マジで?」
半透明の拳の先に見える、それを正面から受け止めて押し返す黒い巨影。
えっと……引き分け?
【ラオウ】が光の粒子になって霧散するのと同時に、ガチムチヴァンパイアが前のめりに体勢を崩す。すかさず横に回った服部がサブマシンガンを向ける。
ダダダダ、と放たれた無数の弾丸が黒マントを射抜く――いや、弾丸がぽろぽろと落ちる。なんだそりゃ、最初のときはぶすぶすと蜂の巣になっていたのに。進化してマントまでガチムチになるとか卑怯すぎる。
それでも敵はさすがにその場に釘づけになっている。千影も二刀を握りしめて突進する。まずは小手調べ、引き気味に打ち合ってどれほどのものか――
ぐぐ、と上に掲げた太い腕に、マントがしゅるしゅると絡みついていく。それが千影の背丈ほどの巨大な拳へと変わる。ガチムチヴァンパイアの口が耳まで裂ける。マジか――
ズドンッ! と千影の眼前で石畳が破砕する。
衝撃と飛礫で千影の身体が数メートル吹っ飛ばされる。アホすぎる威力、寸前でブレーキをかけなければ直撃→即死だった。
怯んで動きを止めた千影の前で、今度はその腕がアナコンダのような歪曲した帯状に変わり、無理やり地面を薙ぎ払う。駄々っ子のようにでたらめに振り下ろす。直接千影を捕らえに食らいついてくる。
「ぬああああっ!」
それらを必死に回避して、ひたすら逃げ惑うしかない。服部も射撃を中断して後ろに下がっている。アンデッドだけあって打ち疲れというインターバルがない。
「無理! ちょっと無理っ!」
やまない駄々っ子のごとき猛攻撃、一発かすっただけで大怪我不可避。反撃どころか近づくことさえできない。
パワーもそうだが、鎧にも武器にもなる変幻自在のマント、あれがやばすぎる。まるで黒のエネヴォラのスーツみたいだ。
いや、あのチート性能まで完コピなら、レベル6相当なんて評価にはならない。必ずつけ入る隙がある。はず。あってお願い。
ガチムチの皮膚がぱぱっとはじけ、一瞬怯む。マシンガンを構えた加藤が参戦。復活した青山に飯田たちを任せた模様。イケメン度が三割増しくらいに見える。
ガチムチは黒マント以外にはなにも身につけていない(なんとなく目が行ってしまうが、股間は体格に見合う立派さだ)。だからそれを集約させた状態だと、かろうじて胸や腰の周りに少し巻きついているだけになる。そこに加藤の射撃が命中する。穴の空いた腕や肩から黒い体液が滴り落ちる(ガチムチ状態だと血も通っているのか)。
「くそっ! いい加減くたばれ!」
生身の部分に効いているのを確認し、加藤がさらに撃ち続けるが、大盾のように広げたマントがそれを遮断する。服部もマガジンを交換してそれに加わる。その防御を崩すことはできないが、それでも攻撃を止めることはできている。
アンデッドのこいつに多少の傷はダメージではないだろう。それでも弾丸が通ったことは朗報だし、こいつも嫌がっている。どうにか急所を露出させられれば――
「――はるzまjるらm!」
ガチムチがなにかさけびながら、その両手を祈るように組み合わせる。それを合図に、床に垂れ落ちた黒い体液がじわじわと広がっていく。まるで命を持ったアメーバのような――これ何度目だろう、「マジか」。
それらが風船のように膨れ上がり、ぴょこんと短い四肢が生える。全長五十センチほどの、見た目は四肢の生えたドブ色のじゃがいもだ。
ヴァンパイアスライム、レベル1・5相当。群れで現れてプレイヤーの血を吸う怖いクリーチャーだ。それがうじゃうじゃと十匹以上いる。
体内にスライムの核となる微生物? 微細胞? を寄生させている、という設定だろうか。いわゆる手下を生み出す系のいやらしいボスだ。
『キシャァアアアーーーッ!』
ヴァンパイアスライムたちがそろって鬨の声をあげる。
「kねおいrはgrにぁなおいっwい!」
こいつらはさらに銃が効きづらい。それを理解した上か、ガチムチがスライムたちをガンナー二人のほうに差し向ける。これで二人は刃物を抜いて応戦せざるをえなくなる。
残ったガチムチが、ぐるんと首を回して千影のほうを振り返る。「やっと二人きりになれたね」という風に笑う。
うん、そうなるよね。
だから――その顔を光の拳で殴りつける。十数秒チャージの軽めの【ラオウ】。
卑怯じゃないよ、そっちがうだうだやってるんが悪いんだよ。
だから――さらに飛びかかって刀を振り下ろす。斬撃はマントの質量に逸らされるも、その端をわずかに切り離す。いける、〝相蝙蝠〟ならこいつに届く。たぶん。
そのまま距離をつぶしての打ち合いに持ち込む。遠距離攻撃の差し合いは無理ゲーすぎる。勝てるとしたらここしかない。
「にwけtょあlねprぁらああああっ!」
「聞こえないね!」
でたらめな腕の振り回し、マントを用いた強引な薙ぎ払い。
蹴り上げ、頭突き、体当たり――どれもが千影を一撃で仕留めるに足りる威力。
耳元で空気が爆ぜる。爪先がかすっただけでジャージが裂ける。汗がにじんだ先から吹き飛んでいく。そこにいつしか血も混じっていく。痛みを感じる暇さえない。
「死ぬ! 死ぬ! 死ぬってぇえええ!――――」
【サラマンダー】で強化済みとはいえ、それでも筋力の差は歴然。リーチも攻撃範囲も比較にならない。おまけにスタミナ切れのないタフネス、痛みや恐怖を感じないメンタル。
どれもこれも、正面からガチでやり合うには絶望的な差だ。
それでも、活路はここにしかない。逃げられない、倒すしかない、それしか生きて帰る術はない。
なら、やることは一つしかない。
近づき、かいくぐり、二刀を振るう。
一ミリずつでいい、一切れずつでいい。マントを削り、肉を削る。
着実に、地道に。やがて急所へとたどり着くために。
目をみはり、神経を研ぎ澄ませ、脳みそをフル回転させる。
目を逸らすな。手足を止めるな。息を吸え。血をめぐらせろ。
数ミリ先を死が通過していく。致命傷が降ってくる。これでもかと殺意が吹き荒れる。
嫌になる。泣きそうになる。いや泣く。ちびりそうになる。いやちびる。十ミリ以上。
それでもダメだ、諦められない。生き残ることしか希望がない。
ギンチョの顔が脳裏によぎる。テルコの顔が。
死んでたまるか。絶対帰る。生きて帰る。
生きる、生きる、生きる――――そのために――――
「邪魔だぁああああああああっ!」
「くぉいdねえ3ぇtなああっ!」
赤と黒の血が飛び散り、交錯する。
疲労とダメージで視界が不透明に濁っていく中、頭の奥で「かちんっ」と音がする。やる気スイッチ、そんなところにあったのね。今さら入ってくれたのね。
相手の攻撃が大振りになっている。雑になっている。マントの変形が追いつかず、その丸太のような腕を振り回すだけだ。
かわす、その腕を斬る。屈む、その脇を斬り払う。のけぞる、二刀で撫で斬る。
よく見ろ、早川千影。確かにこいつはお前より強い。でかくて速くてタフだ。
けれど、黒のエネヴォラのほうが速い。Pラーテルのほうが鋭い。
鼻水出しながらでいい、涙流しながらでいい、ビビリながらちびりながらでいい。
お前の今までを根こそぎぶつけろ。お前の今までをすべて曝け出せ。
目を見開け、動きを予測しろ。
振るえ、振るえ、死ぬまで振るえ。じゃなきゃ死ね――。
「ブルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
千影の鼻面めがけ、岩石のような右の拳が迫る。千影は右手を【アザゼル】で握りしめ、刃で拳を受け止める。肩が外れそうなほどの衝撃、それでも左の刀を十字に交差させ、全身の筋肉を振り絞って押し返す。
「だから聞こえねえって!」
ガチムチの拳が手首まで裂け、肘の手前で切り離される。
いける――そのまま怯んだその顔へ、今度は千影の左の刀が突き刺さる――ギィンッ! と金属のぶつかり合う音がする。
千影は目をみはる。頬に刺さって後頭部まで突き抜けるタイミングだったそれを、ガチムチの不ぞろいな歯が噛み締めて受け止めている。
お返しとばかりの、豪腕による力任せの左フック。やばい、ガード――右腕を畳んで脇に添える。間一髪【アザゼル】の防御、をあざ笑うように、バカげたパワーがずぐっとガード越しに突き刺さる。真横に吹き飛ばされながら、肋骨が二・三本折れたことを実感する。
かたい床の上を滑っていく。呼吸ができない。視界が明滅している。右手の刀は数メートル前方に落ちている。左のほうはガチムチにぺっと吐き出される。
起きろ。倒れていられる贅沢は勝ってから味わえ。
死にたくなかったら足腰に言うことを聞かせろ。
――と、その右足首に黒い紐のようなものが絡まっている。あいつのマントの裾だと気づいてぞっとする。
視界がぶれる。足から高々と宙に吊られる。逆さまの視界の中で、ガチムチの底意地の悪い笑みが垣間見える。
「ちょ、ま――――」
ぎゅんっと脳みそを揺さぶるほどのGがかかる。ぐるんと片足を軸に水平に一回転、垂直に反復運動。まるで無邪気な猫じゃらしにでもなった気分だだだだだだだ。
やがて警戒していた衝撃が来る。かたい石畳へと正面から叩きつけられる。間一髪、左腕の【アザゼル】で顔面を打ちつけられるのは避ける。それでも折れた肋骨が指先まで駆けめぐるほどの激痛を発する。頭が真っ白になる。
再び吊り上げられる。マントはそれ自体が意思を持っているかのように、自在に自由に千影の身体を弄ぶ。ぶるんぶるんと回転させ、勢いをつけて振り下ろす。今度は背中から落ちる。砕けて破片を撒き散らす石畳。またしても左手で後頭部だけは守るが、もはや大して意味ないんじゃないかと疑いたくなる全身のダメージ。
「……ああ……」
これ、死んじゃうやつかな。
そんなことを思っているうちに、三度目の宙吊り。せめてもの抵抗と、千影は腹筋を駆使して上体を持ち上げ、【アザゼル】の左腕でマントを引きちぎってやろうとする。それもぶんっと横に振られてあっけなく阻止される。やめて。嫌がらせしないで。ってかやばい。ぐるんぐるん回されすぎて星が見える。このままじゃバターになっちゃう。
視界の端で、ガチムチに銃撃を加える服部と加藤が見える。まだ彼らの近くには何体かスライムが残っているのに、お気遣いすいません。
それが奏功したのか、叩きつけられることなくぼとっと落とされる。尻がちょっと痛い程度で済む。足から離れたマントは斉射からの防御に回されている。
「はるzまjるらm!」
ガチムチが手を合わせて祈りのポーズ。またしてもやつの周囲にずず……と生じる十体ほどのヴァンパイアスライム。さっそく群れをなして服部たちのほうにおかわりを届けに向かう。
「あー……もう……」
千影は仰向けのまま首だけ起こす。体力的にも時間的にも、三度目が限界だと踏んでいた。思いがけずソフトランディングだったさっきのやつで、もういいやと心が折れる。
あと一回とかもう勘弁。痛すぎる。ってか死ぬ。
だから――右手でぺたっと床を叩く。
――【ラオウ】。
自分ではチャージ何秒か測っていなかったものの、それはじゅうぶんな大きさと太さを持った腕として生じる。さんざん弄ばれた時間をそっくりそのまま返す。
奥義開眼、空前絶後の「いたぶられながらチャージ」。死ぬ気になったら人間、やれるもんだ。




