42:ガチヴァン語はのわっそすぎる
「下がって!」
服部が弥生を、加藤が飯田を、力ずくで後ろに放り出す。
同時にその人型クリーチャーは空高く跳躍している。黒い布が翻り、蝙蝠のような形になる。すとんっと軽く着地し、服部・加藤・青山が拳銃を向ける。
その口がかぱっと三日月のように耳まで裂ける。「キャァアアアアアアアアッ!」、おたけびとともに一番近くにいた青山に襲いかかる。
ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!
――けたたましい銃声が響く。十数発の一斉射撃を受け、そいつの身体が人形のように踊る。銃声が鳴り止むと同時に膝をつき、ずしゃっとうつ伏せに倒れる。ぱさっと頭にフードがかぶさり、そのまま動かなくなる。血、というか体液は出てこない。
「早川さん、こいつが……話に聞いたレアクリーチャーですか?」
「はい……僕もウィキで情報見ただけだけど……」
エリア9の最強クリーチャー、ヒョロガリヴァンパイア。殺傷能力はレベル2相当。
それだけ聞くと大したことはない。近隣エリアのまよなかドラゴンと変わらない強さだ。
「なんか特殊能力? 体質? みたいなのがあるって話ですけど……」
それを発揮する前に殺せてよかった。銃は効きづらいはずだが、急所である心臓に当たったのだろうか。当たりどころがよかったというか悪かったというか――
――ぺちゃぺちゃ。
ささやかな湿った音がする。
横たわったヒョロガリヴァンパイアのほうから聞こえてくる。ボロ布に隠れた身体がわずかに動いている。
「こいつ……まだ生きてる」
服部たちが銃口を下に向けて発砲する。弾が切れてかちかちと引き金を引く音だけが残る中、そいつはむくっと上体を起こして膝立ちになる。
風でまたフードが脱げる。銃弾を受けて穴の空いた頭部が露わになる。穴の周りには黒い体液がかすかににじんでいる。気のせいか、頬もまぶたも首筋も、さっきよりもふっくらと健康的になっている。十時間くらい寝てたらふく朝ごはんを食べたみたいに。
「ハァアアアーーーー……」
ご満悦、という風にそいつはにたりと笑う。
まさか――あいつが突っ伏していた床を見る。石畳にぽつぽつと赤っぽいいしみがある。飯田のこぼした鼻血だ。
まさか、あれを舐めていた? おっさんの鼻血をぺちゃぺちゃと?
キッショッッッ! とドン引きしている場合ではなく。やばい、最悪だ。
「服部さん、逃げ――」
ばいんっとバネ仕掛けのように立ち上がるヒョロガリヴァンパイア――いや、今は中肉ヴァンパイアか。
加藤と青山がサブマシンガンに持ち替えて連射する。ダダダ、ダダダ――防御するように頭まで羽織ったマントごとぶすぶすと貫通していく。中肉ヴァンパイアが動きを止めているうちに服部が手榴弾のピンを抜き、投げつける。
「早川さん! 離れて!」
マジかよ。千影はそばにいたイヌまんを抱えて猛ダッシュ。全速力。
そして――爆発。「のわぁーーーーー!」「わふぁーーーーー!」、ハモる二人の悲鳴。派手な爆音と爆風が駆け抜ける。衝撃波に背中を突き飛ばされ、「ぐえっ」とイヌまんもろとも転倒する。
もうもうと垂れ込める煙。少し離れた位置で服部が弥生を、加藤が飯田を庇うようにして床に伏している。青山は爆発の中心に向けてサブマシンガンを構えている。
というか、手榴弾。銃火器とともに一般プレイヤーは使用禁止なのに(こっそり使っている人もいるらしいが)。さっきのお説教ではないが、そっちこそ使うなら先に言ってほしい。
あれもおそらく対クリーチャー用の兵器だろう。いくらレベル4相当とはいえ、直撃なら木っ端微塵に――なった? 煙の晴れたそこに、やつの姿はない。腕の一本どころかマントの切れ端すら落ちていない。
ぼとっ、と青山の後ろになにかが落ちてくる。黒い塊。青山が振り返ると同時にそれがずるんっと立ち上がる。マシンガンが火を噴くより早く、中肉ヴァンパイアが青山にまとわりつき、首筋にかじりつく。
「あぁあああっ!」
悲鳴とともに噴き出る血。同時に千影はイヌまんを置いて駆け出している。滑り込むようにして〝相蝙蝠〟を手にとり、鞘のまま両手に持って振りかぶる。
黒いマントがぶわっと翻り、青山の身体が千影めがけてぶんっと放り投げられる。「んがっ!」、とっさにスピードを殺してキャッチ。同時に黒い影がぶわっと跳躍して眼前まで迫っている。「んごっ!」、間一髪で青山を右に投げ、自分は左に回避。
「加藤さん! 青山さんを!」
最悪の事態がさらに最低最悪になった。青山の負傷だけでなく、それ以上に、やつだ。
着地とともにそいつ――ガチムチヴァンパイアは悠然と立ち上がり、首をぐりぐりと回して千影たちを観察する。
さっきよりも明らかにでかくなっている。最初は小柄な服部と同じくらいの背丈だったのに、今は二メートルを優に超えている。首も腕も足も、四半世紀くらいスポーツジム通いしたかのように太くなり、こんがり健康的な色になっている。
唇はパンクな感じに黒く染まり、こめかみにははちきれんばかりに血管が隆起している。口元についた血を腕で拭う、そのワイルドな仕草も最初の貧弱そうな印象とは別人だ。
ヒョロガリヴァンパイアは、プレイヤーの血液を経口摂取することで、二段階まで肉体を変化させるという。要は吸血して進化するわけだ。
あのとき、偶然か狙ってか、倒れたところに落ちていた飯田の血を舐めた。レベル4相当の中肉への進化。そして次に青山の血を吸った。
レベル2相当のヒョロガリ形態の時点で、全力で倒さなければいけなかった。服部たちに頼らず、自分が確実にとどめを刺せばよかった。悔やんでももう遅い。
やつはすでに最終形態に進化している。
ガチムチヴァンパイア。あのPラーテルと同等のレベル6相当。二層では反則級の強さだ。
「……めカっセxねんtタらヶけkトフnn……」
「へ?」
やつがなにかをつぶやいている。全然わからない。それが言語なのか意味のない発声なのかさえわからない。クリーチャーと人類が意思疎通できた例は、エネヴォラやシモベくらいのものだ。
「……あがイいvのラリオsんいがナニ、ひはpいねっeはェあうぃ……」
「うんうん」
「……わかエlフいあsりナじゃfえいゃヨふmぃんすれtんヅスイ……」
「それな」
「いぁじょ! へdあおもあwかmふぇfらoのわ! のわっそすぎる!」
「わかる、のわっそすぎるよね(帰らせて)」
千影の相槌も意に介さず、ぶつぶつとこぼれ続けるガチヴァン語。青山は加藤に引っ張られて飯田たちのところまで下げられ、【フェニックス】らしきシリンジを投与されている。服部はサブマシンガンを構えたまま千影の隣に立つ。
「……早川さん、勝てますか?」
青山はたぶん戦えない。加藤は飯田たちを守らないといけない。レベル5の千影とレベル3の服部の二人がかりで、相手はレベル6相当か。
「……想定レベルどおりなら、ワンチャンなくはないかと(帰りたい)」
逃げられるだろうか。怪我人と一般人と拘束した犯罪者を連れて――うん、無理。
なんでこんなことになったのだろう。なんで飯田はこんな危険地帯にいたのだろう。あいつが無駄に抵抗なんてするから、自分が出しゃばったりしなければ。そもそも教祖がフラグなんて立てなければ。というかこんなクエスト引き受けなければ。
「ああ、もう!」
なにを考えても遅い。危険は目の前にある。死は間近に迫っている。
今やれるのは、それに抗うこと、それしかない。不服すぎるが。
「……やりますよ……やればいいんでしょ……」
「わふっ」
返事したのはすぐそばにいるイヌまんだった。やる気? いや違うよね、強がりだよね。ビビりすぎて足ぷるぷるしてるもんね。僕もだけど。
「早川さん、使ってください、【サラマンダー】です」
銅色のシリンジを手渡される。一時的能力増幅系と呼ばれる、一時的に筋力を増強するドラッグシリンジ(適法)。貴重品だけどさすが国家権力、太っ腹。
抜刀済みの小太刀を口にくわえ、受けとったそれを首筋に投与する。流れ込む冷たい液体が血管を通っていく。
前に一度だけ使ったことがあるので、その効果は実地で体験済みだ。格上相手にどこまで迫れるかはともかく、精神的には震えを軽減してくれる程度には心強い。ドーピングなんてずるいとか言われるかもだが、向こうだってドーピングガチムチだからおあいこだ。
「服部さん、スキルは【バックラー】ですよね?」
「はい、そうです」
ダンジョン光子の盾を出すスキル。福島の【アイギス】ほど大きくも強固でもないが、短いクールタイムで利便性は高い。
格上や強敵相手には「前衛が攻撃をしのいで時間を稼ぎ、最も火力の高い一撃につなげる」というセオリー。服部は攻撃的スキルを持たない、さっきの手榴弾も(空中に回避されたのか)効果はなかった。代わりに千影がその一撃を準備するにしても、服部にその時間稼ぎは難しい。【イグニス】持ちの青山が戦線離脱したのが痛い(レベル的に威力が足りるかどうかはともかく)。
「イヌまん、いいか……――」
あの化け物に聞かれても理解されるとは思えないが、一応小声で指示する。イヌまんは千影を見上げ、「わ、わふっ」とうなずく。理解はしてくれたらしい。でもだいぶビビっている。
「じゃあ、あいつがぶつぶつやってる間に行きまs――」
「ブルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ガチムチヴァンパイアが背中を反らし、空を仰いでおたけびをあげる。最初のか細く甲高いそれとはまったく別の、野太くて大気ごと揺さぶるような怒号だ。
〝恐怖の咆哮〟、低レベルの者に恐怖を植えつけ、戦意を削いだり精神を錯乱させる、上位クリーチャーの特殊能力。イヌまんと服部の顔が引きつり、思わず一歩後ろに下がる。
――来る。




