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39:一層エリア5~二層エリア8


前回までの赤羽ダンジョン

・マコちゅん襲撃の犯人を追って一層を進む一行

・イヌまんの嗅覚によりエリア5のレストルームで犯人と接触した人と遭遇

・千影の手から犬を不快にさせるなにかが出てる疑惑


 おやつジャーキーの補充が完了し、千影たちも水分と服部の持ってきたおにぎりを補充する(女子の手づくりだと思うだろ? 違うぜ、コンビニのやつだ)。


 セーフルームを出て、改めて飯田のハンカチを嗅がされたイヌまんは、すんすんと地面に鼻を寄せ、また歩きはじめる。うろちょろと行ったり来たりしつつ、ようやくエレベーターへたどり着く。やっぱり飯田は二層へ下りていったのか。


「もう夕方になりますが、早川さんとイヌまんくん、大丈夫ですか?」

「早く奥さん見つけないとですけど……今日中に帰りたいってのも本音で……こいつが元気なうちはがんばります」

「わふっ」


 いよいよエレベーターを降りて二層へ。千影にとっては仲間が全滅したトラウマもあるエリア6の荒野地帯。


 赤っぽい砂や地面が続き、黒っぽいサボテンみたいな植物がぽつぽつと佇んでいる。別の星みたいに殺風景な場所だ。ここにはセーフルームもないし、好戦的な爬虫類系や昆虫系のクリーチャーが多く、人が長く留まるには向いていない。


 案の定、イヌまんの足はほとんど最短距離でエリア7のほうに向かっていく。出現するクリーチャーは一層よりも殺傷能力が高いやつらばかりだが、見晴らしがいいために不意打ちをくらう可能性は低く、武装したレベル3とレベル2がいればまずピンチにはならない。イヌまんの歩く先に岩盤グモの巣や宇宙アリジゴクの落とし穴などのトラップがないかだけじゅうぶん注意しておく。


 エリア6の果て、岩壁に空いたトンネルを抜けると、〝キャンプ・セブン〟と塔のあるエリア7に出る。ここにもエネヴォラに殺されかけてギンチョに食われかけたトラウマがある。二層はこんなのばっかりだ。


 岩壁にぐるりと囲まれたすり鉢状の地形の外縁に〝キャンプ・セブン〟があるが、イヌまんはそちらには向かわず、反対の東側から塔をぐるっと回ってエリア8のほうに向かっていく。売店や屋台があってアイテムの調達や腹ごしらえにはぴったりの場所なのに、そっちには寄らなかったのか。


「人が多いところは避けたんでしょう」と服部。「顔見知りやD庁の人間がいる可能性もありますから」

「食べるものとか……どうしてるんですかね……?」

「まあ、なりふり構わなければななんとかなるでしょう。『ダンジョンは食の宝庫』って一部の勇者に言われてますし……奥さんのほうは大変でしょうけどね」


 エリア8は暗くてじめじめした広大な洞窟で、クリーチャーズハウスもあったりするので危険な場所だ。ここにも長居するような理由はないだろう。イヌまんの足もほぼ迷いなくエリア9のほうに向かっている。


「そういえばギンチョも、ここでクリーチャーズハウス引いてたよな……イヌまん、部屋に入ったときはトラップに気をつけろよ」

「わふっ」


 イヌまんはきちんと理解したに違いない。そして注意していたに違いない。悪いのはフラグを立てた自分自身だと千影は反省する。

 というわけで、またも引いてしまったクリーチャーズハウス。床に仕込まれたスイッチをイヌまんの前足がかちっと踏み、天井から雨のごとく降りそそぐ大量の怪物たち。


「わふぁーーーーーーー!」


 愛しのギンチョの二の轍を踏んだデカパグ。悲鳴まで完コピ。


「ああああもおおおっ! すいませええええんっ!」


 リーダーとして先に謝っておく。戦闘しない約束もこればっかりは自分で対処しないと。〝相蝙蝠〟を抜き、イヌまんを庇うように構える。


 血気盛んなクリーチャーの群れはすでに千影たち獲物を見定め、牙を剥いている。そこかしこでおたけびが重なって膨れ上がっていく。

 ギンチョのときは、【ムゲン】で強引に部屋の出入り口まで下がり、狭い通路で一体ずつ対処した。今は【ムゲン】もないし二人でもないし、もうここで陣形を組んで応戦するしかない。


「話はあとで! 加藤さん、青山さん、イヌまんくんを囲んで!」


 仕事を増やしてしまって申し訳ない。これで彼らが怪我でもしたら償いきれないので、できる限り一体でも多く始末しよう。

 不幸中の幸いというべきか、見た感じ特別出現個体(レッドコメット)――まれにクリーチャーズハウスに現れる階層に不釣合いな強いクリーチャーはいないようだ。八層のクリーチャーはレベル1~2くらい、千影がイヌまんを、服部が加藤・青山をカバーできれば切り抜けられる。


 集中。多勢を相手どるにはそれが要だと千影は自覚している。

 攻撃をくらわない。常に周りを見る。一体ずつ確実に処理していく。

 迫りくる牙をかわし、爪をはじき、飛んでくる毒液や石つぶてを避ける。吹きすさぶ殺気と暴力の中で、血煙をまとって二刀を振るい続ける。


 集中、集中、集中。集中集中集中集中集中集中集中集中集中。


 イヌまんはおとなしく千影たちのつくる安全圏内に留まっている。あたふたおどおどしつつ、それでもとり乱さずにきちんと周りを見ている。今はそれでじゅうぶんだ。


 たたたっ、たたたっ、と背後で剣呑な音がする。振り返ると三人がマシンガンを撃ちまくっている。クリーチャーは大きくてタフで急所もまちまちだから、従来の拳銃などでは太刀打ちできない場合が多い。おそらく銃も弾丸もダンジョン仕様だろう、彼らの銃撃はあっという間に眼前のクリーチャーたちを蹴散らしていく。まるでゾンビ映画のような光景だ。


「早川さん! 下がって!」


 服部の指示どおり、素直に後退する。今日のジャージはそこまで防御性能が高くないので、流れ弾だけものすごい怖い。代わりに前に出てきた三人が弾幕を張る。


 たたっ、たたたっ、たたたっ――。硝煙の中で動くものが次々と倒れていく。蹂躙、虐殺、そんな言葉が脳裏にちらつくほど圧倒的。


 撃ち方止め、となったときにはすでに半数以上が動かなくなっている。残るのはスライムだとかゾンビだとかドラゴンだとか、銃に耐性のありそうなやつら。それでもズタボロ血まみれで動きが鈍っている。怯えや戦意の耗弱も見てとれる。


 もう決着はついた。あとは胎巣(ネスト)さえ破壊すればクリーチャーズハウスの攻略は完了だ。これ以上やり合う意味はないし、残りが逃げるなら追う必要もない。


 実際に出口のほうに這いずっていくやつもいるが、鈍い光を湛えた目で睨みつけてくるやつもいる。なにがそうさせるのだろう、血への飢え? プレイヤーへの敵意? ダンジョンにインプットされた本能?


「……あとは僕がやります」


 二刀を握りしめ、もう一度千影が前に出ていく。残りを一体ずつ仕留めていく、そう時間はかからない。




「うちのイヌまんがすいませんでした。無用な労力と時間を使わせてしまって……」

「わふぅ……」


 クリーチャーを産み続ける胎巣を破壊し、ようやく事態収拾。千影はイヌまんとともに改めて謝罪の意を表明。誰も負傷しなかったのは幸いだったが、結果論だ。


「いえいえ、トラップばかりはしかたありません。こういった事態も想定した装備ですし」


 服部はそう言ってマシンガンを背中に担ぎ直す。レベルが低いやつらばかりだったとはいえ、おそらく五・六十体はいたのに、ものの五分で半分くらい片づけてしまった。やっぱり銃火器はエグい。怖い。


「予備の弾薬はまだありますが、こういったのがもう一・二度あるときついので、お互いに気を引き締めて参りましょう」

「はい……」

「わふん……」

「ふふ、イヌまんくんもお疲れのようですし、離れた場所で休憩しましょう。硝煙と血のにおいが強いので、もう一度飯田のにおいを憶え直してもらわないと」

「あ、その前に……レアドロップだけ拾ってもいいですかね……?」


 そんな場合でもないのは重々承知だが、意外と今後の道中で役立つこともあるので放ってはおけない。そんなに時間もかからないし。服部たちは顔を見合わせて苦笑し、了承してくれる。


 細胞自殺(アポトーシス)による融解がすでに始まっている死体がいくつかある。レアアイテムのドロップの兆候だ。特別出現個体(レッドコメット)もシリンジ落としのモゲロンボョもいないのでそんなに期待していなかったものの、スライム結晶(グミ状の柔らかい結晶で接着ポーションなどの薬剤の材料になる)、まよなか逆鱗まよなかドラゴンレアなウロコなどのわりとレアなアイテムや【フェニックス】も一本ドロップした。


 けれども、だけれども。


 自分一人の手柄ではない。そして失態を犯した側として所有権や利益分配を主張する訳にもいかない。せめてもの罪滅ぼしとして(断腸の思いで)服部たちに渡す。お国のために使ってください。


 少し進んだ先で休憩タイムをとる。イヌまんにほねっこクッキーを補充。千影たちもエナジーゼリーなどの簡易食で栄養を補充。時計を見ると午後六時をすぎている。


 ああ、今日中に帰れるだろうか。エリア10まで行ってもまだ見つからないようなら、いったん三層のエリア11からショートカットでエリア1まで戻ってしまうのも手かもしれない。服部たちが許してくれればだが。


「それにしても、早川さん」と服部。「すごい動きでした。お一人でほぼ半分倒しちゃいましたね。さすがはレベル5です。しかもプレイヤー歴たった一年半って、羨ましい才能ですよ」


 その情報は知らなかったのか、加藤と青山も驚いた表情をしている。そんなに見つめられると照れる。褒められるとキモい顔になる。加藤と青山が別のベクトルの「ぎょっ」顔になる。


「いやまあ……ちょっとチートなスキルを手に入れて、ゴリ押しでレベル上げて……それもなくなっちゃったんで、また凡人に逆戻りで……」

「実は明智さんの調書で読んだんですよ、早川さんのスキル。【ムゲン】でしたっけ、加速装置! みたいな」

「あ、はい……」

「今でもじゅうぶん強いじゃないですか」と加藤。「その刀もすごくよさそうだし。ご一緒できて心強いです」

「いやでも……やっぱマシンガンってすごいですね。あんだけクリーチャーいたのに、まったく寄せつけなくて……」


 人類で最初にダンジョン攻略に名乗り出た自衛隊の小隊は、このエリア8で殉職者を出して退散したという。たとえ銃火器でガチガチに武装していたとしても、レベル0ではクリーチャーの敏捷性にはついていけない。逆にプレイヤー能力者にそれを持たせると、こんなにも心強いものか。


「M9――9ミリ機関拳銃の特別カスタム品です」と銃を手入れしながら青山。「従来の弾も撃てますが、さっき使ったのはダンジョン素材の特注弾薬で、まだまだ量産できないので、一発あたり数千円のコストがかかっていたりします」

「……さっき、みなさんでどれくらい……」

「四十連のロングマガジン二本ぶん、かけることの三人ですから、残弾数を引いて二百発くらいでしょうか」


 クリーチャーズハウスとはいえ、一度の戦闘で数十万円。たとえルールが改正されたとしても、そのお値段感だと一般プレイヤーには普及しづらいだろう。ていうかそんだけ税金使わせてすいません。【フェニックス】で勘弁してください。


「銃火器は頼もしいですけど」と服部。「長く潜るには銃と近接武器と、やっぱり使い分けになってきますよね。もっと低コストになってルールも改正されて、一般のプレイヤーにも普及するようになれば、殉職数ももっと減るんじゃないでしょうか」


 それはそれでSNSとかですごい叩かれそうな気もする。「バケモンに銃まで持たすんか!」「治安だいじょぶか!」って。


「あの……服部さんたちは前から捜査課にいたんですか? 半年くらい前から明智さんを手伝ってるんですが、初めて見た気がしたんで……」

「はい、最近です。捜査課に入ったの」と加藤。

「僕たち三人とも、元々は一般のプレイヤーです」と青山。

「一般のプレイヤー? 僕みたいな?」

「そうです」と服部。「ダンジョン庁の職員は、直接採用組や他のお役所からの出向組がほとんどですが、私たちはスカウト組、庁に声をかけてもらって登用された人間です。もちろん試験とか研修とかいろいろありましたけどね、銃の扱いもそうですし」


 少し前に明智から聞いたことがある。千影もスカウトされかかったやつだ。

 ともあれ、どうりで新人っぽいのにレベルが高いわけだ。


「ごく最近始まった制度なんですけどね。官公庁で採用した人材を出向させ、プレイヤーとしてレベル0から育成する。そういう従来のやりかただとどうしてもコストがかかりすぎるし、殉職率も上がってしまう。それならすでにプレイヤーとして活動してる人を雇用して公務員仕様に仕立て上げるほうが、お金も時間も断然かかりませんから」

「僕と青山は元々コンビでやってまして」と加藤。

「お金稼ぎに行政クエストをやりまくって、それが評価されて誘ってもらって」と青山。

「でも……みなさんからしたら、普通にプレイヤーやってたほうが、お金的には儲かるんじゃないですか?」

「短期的に見たらそうかもしれませんが……いつまでプレイヤーを続けられるかって保証もそうですし、将来を見据えたら公務員になっておいたほうが手堅いかもって。早川さんみたいなバリバリの中堅プレイヤーには呆れられてしまうかもですが、安定志向を望むプレイヤーも多いんですよ」


 そんなことないと千影は思う。めっちゃわかる。自分もたびたび言われる、夢がない冒険もしない〝職業プレイヤー〟だと。めっちゃ安全第一、生活優先。

 プレイヤー能力を活かした転職――それも能力やレベルが高ければこそか。マコちゅんが聞いたらまたグチグチ言われそうな感じだ。


「もちろん、ちゃんとやりがいも感じてますよ。ここだけの話、佐久間課長はあのとおりの感じで、ときどきうんざりなとこもありますけど……警察じゃ取り締まれない超人犯罪を相手に、身体を張って正義を執行する。カッコよくないですか? ヒーローみたいな感じっていうか、世の中のために力を振るえる喜びっていうか」


 立派だ。とても真似できない。身内のことだけで精いっぱいだ。


「とまあ……身の上話もほどほどにしておいて。そろそろ参りましょうか、地の底に逃げた悪党を懲らしめに、囚われの民草を救いに! イヌまんくん、引き続きよろしくね」


 服部たちが立ち上がり、千影も慌ててそれに倣う。鼻ちょうちんを膨らませかけていたイヌまんもびくっと顔を上げる。「わ、わふっ!」とごまかすように返事する。

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