38:ダンジョン一層エリア1~5
駐屯地のほうに戻るプレイヤーたちとすれ違い、ものすごい凝視される。犬を連れて原っぱを散歩するジャージ姿の男と、その後ろに物々しく武装した三人。組み合わせとしては斬新かもしれない。
イヌまんはヨフゥフロアでもショートカットのほうでもなく、エリア2のほうに向かっていく。飯田はレベル3、逃げるなら追手も手を出しづらい三層くらいかなと思っていただけに、ショートカットを使わなかったのは意外だ。
「奥さんを連れているのも大きな理由でしょうが、飯田が最低限の装備のみで入ったというのもあるんでしょうね」
服部が千影の疑問に答える。
「彼のメイン装備はデイザー社に保管されており、持ち出すために毎回申請などが必要になるそうです。今回はそれが間に合わず、自前の最低限の装備でやってきたと思われます」
「じゃあ……一層か二層あたりにいる可能性が高いってことですか?」
「そうですね。ましてや丸腰の奥さんを連れているわけですから」
「……あ、そっか。道中で奥さん用に防具とか? エリア2とかエリア5あたりで、他のプレイヤーが落とした道具を拾ったり?」
「ご明察です。エリア2やエリア5は好戦的なクリーチャーが多いですから、必然的に初心者向けのアイテムを拾いやすい場所です。レベル3の能力と経験値があれば、一層や二層まではどうとでもなるでしょうし」
そのとおりだと思う。あくまでも無理心中のような腹づもりではない限り、だが。
「えっと……その人がダンジョンに入ったのって、三日前の水曜日ですよね?」
「水曜日の午後三時の回の観光ツアーだそうです。あと数時間で丸三日、七十二時間になります。これが災害なら、行方不明者の安否は絶望的なところですが……」
黄金の七十二時間とかいうやつか。ダンジョンとは関係ない話かもしれないが、もたもたしていると奥さんの生存率がどんどん下がっていくのは事実だ。
「生身の女の人連れだし、ダンジョンの広さもそうだし……まだそんなに遠くには行ってないかもしれないですね……」
「我々としてもそう思っています。希望的観測も含めてですが」
イヌまんを先頭にエリア2へ。瓦礫だらけの旧市街地でザコを蹴散らし(服部たちが)、エリア4の森林を進む。森の中でうねうねと迂回しつつ、エリア5の迷宮へ。
ここまでイヌまんの足に迷いはない。かれこれ三時間、てってこてってこ歩き続けている。おやつタイムとクリーチャーが出て「わふぁー!」となるとき以外は。
服部たちは頼もしい。服部は大振りのサバイバルナイフ、加藤は剣鉈、青山は両腕に盾をつけた壁役。それ以外に三人とも太ももに拳銃のホルダーをつけ、背中には小型のマシンガン(サブマシンガン?)も背負っている。
ちなみに一般のプレイヤーは法律的に銃火器を使えない。ダンジョン暦スタート後から改正された銃刀法では、プレイヤーの装備として刀剣などの刃物まではお目こぼしをいただけることになったものの(要プレイヤー免許)、銃火器は依然として日本国内で所持できない。ダンジョン内でそれを持てるのは、捜査課やIMODのそれに相当する職員など、それも「ダンジョン内での犯罪者の捜査・取締などで必要となる場合」だけだ。
今のところまだ発砲の機会はないが、白兵戦だけでもじゅうぶん強い。連携もとれていて、このへんのザコはほとんど時間をかけずに退けてくれる。おかげで千影はリードを引いてイヌまんと一緒に傍観するだけだ。
イヌまんはまっすぐに二層へのエレベーターには向かわず、いろんなところへ行ったり来たりしている。なにか目的でもない限り、クリーチャーの出現頻度の高いこのエリアでは不自然な足どりだ。やはり装備やアイテムを物色するためにうろちょろしていたのだろうか。
「あ、あれ……セーフルームに行くの?」
「わふっ」
点々とロウソクの明かりが続く薄暗い迷路の中で、千影も幾度となく通った見慣れた道、この先はセーフルームがある。飯田もここに寄ったのか、それともまさかここに留まっていたりして? イヌまんが休憩したいだけかもしれないが。
エリア5のセーフルームはエリア2同様のオーソドックスなフードコートタイプだが、スペース的に広めだ。【ベリアル】を取得するための〝試練の回廊〟が近いので、必然的に初心者を中心に人が多かったりする。ここのシャワールームには結構お世話になった。
奇妙なとり合わせの四人と一匹に視線が集まる。赤面不可避。
お構いなしにイヌまんはずかずか進んでいく。心なしか胸を張ってドヤ的な背中だが、床がツルツルなせいで一瞬ばたばたっと足を滑らせる。そしてなにごともなかったかのようにまた歩きだす犬あるある。
女性と向かい合って座っている男の前でイヌまんが足を止め、鼻をすんすん言わせながら見上げている。まさかドンピシャ――?
「……ワッツ?」
振り返ったのは、写真で見た飯田とは似ても似つかないゴツい顔の男。というか外国人だ。やや浅黒く目鼻立ちがぱっちりしている、東南アジア系っぽい。
ジャパニーズオンリーな千影はあうあうと言葉に詰まる。服部たちに救いを求めるが、三人とも微妙な顔をしている。中川はペラペラだし明智も片言だけどしゃべれるし、と思ったが服部たちは無理なようだ。
「彼になにか用ですか?」
向かいにいる女性が声をかけてくれる。日本人のお姉さんだ。日本人と外国人が(免許交付機関が異なることもあって)ダンジョンで組んだりするケースは少ないが――。
「私、三浦って言います。こっちはウィリアム、東南アジア系の加国人です」
「ドーモ、ウィリアムデス」
「こんな感じですが、コンビでやらせてもらってます。ダンジョンの中でも外でもね、ふふ」
リア充爆h……違う。今はそんな場合ではない。
「あの、彼にちょっとお訊きしたいことがあって……」と服部。
その彼はというと、イヌまんに興味津々なようで、頭を撫でたそうにもじもじしている。実際にやったら低くうなられるだろう。そう思いたい。でなければ不公平だ。
服部が飯田と奥さんの写真を見せ、「二人を見かけませんでしたか?」と尋ねる。三浦は首をひねり、ウィリアムは写真を指さしてなにか言う。
「はい、会ったと思うって言ってます。私は知らないですけど」
千影たちは顔を見合わせる。服部が俄然前のめりになる。
「あの、いつ、どこでお会いになったのですか?」
「えーと……(英語で通訳中)……一昨日の昼前くらいに、一人でエリア4を歩いていたとき、その人に声をかけられたって。ポーションなんかを持ってたら売ってくれないかって。駐屯地まで戻って買えばいいのにって言ったら、ちょっと急ぎだからって。三万円くれるって言うからいくつか売ってあげたって。もう、怪しさ満点じゃん、ダメだよそんな人にもの売ったりしちゃ」
「こっちの女性のほうも一緒でしたか?」
「……(英語で通訳中)……その男性の後ろにいたって。プレイヤーっぽくない普通の格好してて、なんか変な感じがしたって。だったら売るなよ、ですよね。すいません」
「いえいえ。ちなみにですが、そのときもらったお金って今もお持ちですか?」
男が財布をとり出すと、イヌまんが伸び上がってすんすんと鼻を近づける。飯田が持っていた金、飯田のにおいがついた所持品、ということか。とんでもない偶然でもない限り、男は確かに飯田に会い、イヌまんの鼻もそれを嗅ぎつけたということだ。
「その二人、どこに行くとかって言ってませんでした?」
「……(英語で通訳中)……どこかってはっきりとは言ってなかったって。ただ、これから奥に進むって」
その言葉どおりだとしたら、飯田は二層以降のどこかをめざしているということか。ますます奥さんの安否が心配になってくる。
「最後にもう一つ、なにか二人について気になったことはありませんでしたか?」
「……(英語で通訳中)……物腰や雰囲気からしてかなり強そうだったけど、軽装でどこ行くんだろうって気になったって。あとは、その女性? 奥さん? のほうはずっと怯えた感じできょろきょろしてて、完全に素人丸出しな感じだったって……(男が追加でしゃべり中)……あのおばさん、美人だったけど明らかにレベル0、あの年で処女かって――もうっ、なに言わすのよ! 恥ずかしいじゃん!」
三浦がぺんっと彼氏の頭をはたく。リア充爆発しろ。
「……少なくとも一昨日の昼前までは、飯田も奥さんも生きていた。そして薬を譲ってもらおうとしたということは、やっぱり無理心中のつもりはなさそうですね」
服部の推測に、加藤と青山がうなずく。
「でも、だとしたらどこに向かったんですかね……?」
千影の問いに、みんな首をひねる。
「オウ……ソーキュート……」
辛抱たまらなくなったウィリアムがイヌまんの頭を撫で、顎をこちょこちょする。イヌまんは「しかたねえな、ちょっとだけだぞ」とでも言うように短く鼻を鳴らすが、明らかな不満を表したりはしない。
試しに千影も尻にそっと触れてみる。低いうなりが聞こえ、手を離すと止まる。
いい加減自分の手のほうがなにかよくないものでも出しているのではと疑いはじめる。
D庁職員は仕事柄、外国語を習得した人が採用されるケースが多いですが、服部たちは特別枠での入庁となったため外国語は勉強中だったりします。
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