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29:千影アーサーとギンチョグマ

 いろいろ地獄を見た酒宴から明けて、九月二十日、水曜日。


 長らくお世話になったセーフルームともさようなら。筋肉痛と傷の痛みでヒーヒー言いつつ、千影たちは地上をめざす。

 道中の露払いはテルコと島津に任せ、千影はギンチョたちと一緒に後ろからのサポートに回る。特に強敵とも遭遇せず、道に迷うこともなく、気候的にも穏やかで、それなりに安定した旅となる。いつもこうだと楽だが。


 北畠は昨日の醜態をまったく憶えていないようで(そういうふりかもしれないが)、二日酔いにもならずいつもどおりキリッとしている。道行くヨフゥの動植物に熱い視線を送っては専門的な見解を語りだす。でも覆水盆に返らず。千影たちの脳には股間をトレイで隠して「ギャップ遺伝子、ウェーイ! 優性遺伝子、フォーウ!」と腰を振っていた彼の姿がきっちりインプットされている。

 無理せず休憩を挟みつつ、半日かけてエレベーターまでたどり着く。これで平和なエリア1に戻れる。半端ない安堵感で漏らしそうになる。トイレ行きたい。


 北畠と島津とはエリア1の駐屯地前で別れることになる。ここで諸々手続きやら報告やらがあるらしい。


「みなさん、大変お世話になりました。何度お礼を言っても足りないほどです。クエスト報酬のほうは後日、任務課のほうでお受けとりください。少し色をつけられればいいのですが」

「ありがとうございます(ぜひ! ぜひ!)」

「また会おうニャ、早川くん。今度会うときは〝ながらチャージ〟、完全マスターしてるといいニャ。可愛いはつくれるニャ」


 最後の一言はどうでもいいが、彼と出会えたのは大きな収穫だった。丁重に礼を伝える。また会う機会があるとしても、地上では勘弁してもらいたい。


「今回は私のお願いで邪魔をしてしまった形になりましたが、今度はタマゴさがしでご一緒できればいいですね。イヌまんくんのさらなる活躍が期待できそうですし」

「あ」


 当初の目的をすっかり忘れていたのは内緒だがバレた。



    ***



 四日ぶりの地上はだいぶ涼しくなってきたように感じられる。九月も半ばをすぎて、十月が近づいている。日が経つのが早い。そろそろ引っ越しの準備もしないといけない。

 愛しのマイアパートに着いたのが午後六時前。もうなにもする気になれないので、夕食は出前にする。


「こないだピザ頼んだし、昨日も食ったし……今日は寿司とかにする?」

「おお、ジャパニーズスシか! 初めて食うぜ! ダンジョンで生魚食って腹壊したことはあるけどな!」

「わーい、おすし! スーパーのしかたべたことないです!」

「わふっ、ふひっ、おふひっ!」

「お前ほんとはしゃべれんじゃね?」


 というわけで、満場一致で寿司に決定。あとは味噌汁とかお惣菜の唐揚げとか。今日は豪勢に行こう。

 なにせ、結構まとまった金が入ってくる。フル稼働の日払いに加え、フェニックスウルフも発見できたので成功報酬も入ってくる。幸せ。

 そして、なんと言っても、アビリティシリンジだ。

 千影が気絶したのとほぼ同時に、テルコが倒したほうの青目のPラーテルがドロップしたらしい。「がんばったニャ。手柄はお前らのもんニャ」ということで北畠島津ともに快く譲ってくれ、千影も遠慮なくいただいた。受けとるときはにこやかに冷静に振る舞っていたが、ヨフゥ山に響き渡らん勢いでさけびたかった。結構なレアものだ。


「これ、【ジャック】。どうしよっか?」


 シリンジの入った銀色の小箱をぶらぶらさせる。

 メンバーの誰にこれを使うのか、早川家プチ会議開催。


「とどめ刺したのはオレだけどよ。か、か、カイキンショー? はタイショーだろ?」

「殊勲賞かな」


 【ベリアル】を除くアビリティの数で言うと。

 千影は四つ。【ロキ】、【アザゼル】、【ケイロン】、【ヤタガラス】。

 テルコは三つ。【キメラ】、【レギオン】、【ケイロン】。

 ギンチョは二つ。【グール】、【ザシキワラシ】。


 女性陣二人は数こそ少ないが、超レアアビリティのオンパレードだ。そういう意味ではチーム早川(仮)、シリンジの質的には相当恵まれている。【ザシキワラシ】、【ヤタガラス】とこのところドロップ運も好調だ。

 いや、前回のイベントで大盤振る舞いされたし、他のチームもみんな似たようなことを思っているかもしれない。あまり調子に乗らないでおこう。


「つーか、これって足で発揮するタイプだろ? オレは【レギオン】あるし、タイショーかギンチョの二択だろ」

「ちーさんがいちばんがんばったから、ちーさんでいいとおもいます」

「ふん」

「せめてわふって言って。鼻であしらわないで」


 まあ確かに、どちらかというと戦闘向き、あるいは斥候向きの能力だし、千影自身が使うのが最も効力を発揮できるだろう。バランス感覚強化の【ヤタガラス】があれば使いこなせる自信もある。

 というか、ぶっちゃけほしいと思っていた。メチャクチャ使ってみたいと千影の中の厨二心がさけびたがっていた。最後に気絶してしまったみっともなさから言い出せなかったが、三人が了承してくれるなら遠慮なくもらいたい。


「じゃあ、不肖私、早川千影が使わせてもらいます! あざっす!」

「はう! じゃあわたしはオートロでいいです!」

「じゃあオレはウニな! あとウナギもな!」

「じゃあの意味がわからんけど、いいネタ仕入れとこうか」

「わふっ! ふぐっ、フグッ!」

「お前絶対しゃべれるだろ」


 これで千影に五つ目のアビリティが追加されることになる。

 その名も【ジャック】。〝バネ足ジャック〟が由来とされる。

 その能力はなんと――空中での二段ジャンプを可能にするという。

 ちなみに所持者は〝アーサー〟とあだ名されることになる。これで千影も〝アーサーズ〟の仲間入りだ。ちなみに攻撃をくらってもパンイチにはならない。




 久しぶりの寿司に舌鼓を打つ。子どもと外人と犬なのでデフォサビ抜き。


「はぐはぐ! くちのなかでとろけるトロのアブラ! まったりとひろがるちからづよいうまみ! これぞてんねんマグロ! ありがとう、マグロにかけたおとこたち!」

「うめえなこれ! スシってすげえな! ジャパニーズ天才だろ!」

「むぐむぐ! こうばしくやけたカワのしょっかん! こうずいのごとくあふれるあまいアブラ! これぞあぶりトロサーモン! わいはクマや、きょうだけはギンチョグマや!」

「わかったから静かに食おうね。いい加減下のおじさんに怒られるからね」


 ダンディーな貫禄を帯びて静かにふぐ刺しをくちゃくちゃするイヌまん(生後三週間)。


 大いに腹も膨れ、眠気もピークに達する。ここ数日は大部屋雑魚寝で他人のいびきとか足音やがさごそビニール袋を漁る音が気になって全然寝た気がしなかったので、もう寝袋にくるまって来年の春まで眠ってやりたい。


 そう思った夜遅く、ほとんど眠りかけていたところでスマホのバイブで起こされる。33の目をこすりながらぽちっとタップ。このタイミングで僕なんかにかけてくる暇人は誰?


『ようやく出やがったな。戻ったら連絡しろってLIME送ったろ。未読スルーかましてんじゃねえ』


 正解は悪魔こと明智捜査官でした。着信表示を見ずに電話に出たこの身を恨む。

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