6-3:帰ろっか
サウロンが扉の前から離れ、祭壇に向かう。台座の横に立つ。
「まず、タマゴの孵化を望む方。タマゴを持って祭壇に集まってください」
福島以外のタマゴ所持者、竹中、直江、そしてギンチョ(と付き添い人:千影)が祭壇に足をかける。
ここに来るまでに、ギンチョとテルコとの相談は済んでいる。
テルコはノブを再生させることはできない。ギンチョにはそれを選ぶ相手はいない。
千影としては――生き返らせられるなら、と思う人がいないわけではない。千影が新人だった頃の仲間であり、黒のエネヴォラに殺された馬場、春日、内藤、高坂。彼らについて考えなかったわけではない。
でも、再生できるのはたった一人だ。そしてあくまで再生であり、彼ら本人が甦るわけでもない。
だから、千影は素直にシモベを選ぶことを提案した。二人もそれで了承済みだ。
ペットを飼うのは初めてだとかアパートがペット禁止であることとか、改めて考えるべきことは多い。それはあとで考えていけばいい、三人で。
「〝目覚めの炎〟を浴びたタマゴは、あっちの再生マシンには使えません。みなさん、本当によろしいですか?」
「もちろん」と竹中。「俺が一番最初でいいっすか?」
返事を待たずにぐいぐい前に出ていく。自分には真似できないと千影は思う。
みんなが固唾を呑んで見守る中、竹中は台座の中央の窪みにタマゴを置く。すると、ぽうっと台座に青っぽい炎が灯り、タマゴを包む。アパートのガスコンロよりも強く昇り、それでいて優しげな淡い青い炎。それが五秒ほど続き、音もなくふっと消える。
「……え? これで終わり?」
「はい。タマゴを手にとってみてください。焦げ目のようなマークがついているかと」
竹中のタマゴはきらきらした赤と黄色の派手なストライプ柄で、竹中はそれを掲げて底をしげしげと見つめる。
「底の部分に黒ずみができてるっすね。〝D〟のマークみたいに見えるっす」
「はい。それが孵化作業完了のサインです。儀式はこれで完了です」
「拍子抜けだなあ。もっと派手な演出、用意しといてくださいよ。スポットライトとかファンファーレとか、超激レア! みたいなアナウンスとか。めっちゃ大変だったんだから」
「手抜きってわけじゃないですけど、要望は伝えときますわ。じゃあ、次の方どうぞ」
直江も同様に儀式を済ませる。少し嬉しそうな横顔に、不覚にも千影はどきっとする。
「さっきも言いましたけど、孵化はおよそ十日後……九月三日の午前一時から二時ってとこですかね。つーわけではい、早川くんたちもシモベでいいのね? ほんとにいいのね?」
「なんで僕だけそんな確認するの?」
「だって君が一番ごたごたしてんだもん。ほんと村人A気どるくせに厄介なイベントばっか――」
サウロンの言葉が止まり、表情がこわばる。
その視線の先を追って千影も振り返る。千影の背後、ギンチョやテルコたちの前に、ホタルのような数粒の光がひらひらと舞っている。
デジャブ、と思ったときにはそれが数十に、数百に、数千にまで増えている。それらが渦を巻き、くっつき合って塊になり、形をなしていく。やがて音もなく地面に降り立ったのは、ほんのりと光を発する人型のものだ。
「……ウィル……」
同時にそうつぶやいたのはサウロン、千影、そしてテルコだ。
突如乱入してきた光るヒトガタ。初見の福島や直江や竹中たちがぎょっとするのも無理はない。千影たちが赤羽ダンジョンの運営者であるAIの名を呼んだのだからなおさらだ。
「はわわ……ひかりにんげんですだ……」
「あ、ギンチョも初見だったっけ」
千影とギンチョの位置からは彼の背中しか見えない。華奢で無性的な肉づき、髪の毛のないつるっとした頭部。おそらく彼の目は、正面にいるテルコに向けられているのだろう。
「やあ、テルコ。ウィルだよ」
相変わらず彼の声は頭に直接響く。他の人たちにも聞こえているのか、彼らの顔に浮かぶ驚きがさらに大きくなる。
「おう、わかってるよ。忘れようもねえし、お前のモノマネできるやつがいたらむしろ会ってみてえわ」
ふふ、とウィルが笑う。
「見事、タマゴを手に入れたんだね。君たちの戦力で今回のイベントをクリアする確率は三十パーセントに満たないとウィルは予想していたんだけど。相変わらず君たちプレイヤーはよくも悪くも予想を裏切ってくれるね」
サウロンがウィルの頭を殴る。拳はぶんっ! とすり抜けて光の粒を散らすだけだ。
「ウィル、今すぐ消えろ」サウロンが冷たい口調で言う。「前にも言ったろ、これ以上プレイヤーに関与するなら僕は下りるぞ」
巻き戻しのようにまた光が集まっていき、元のウィルの頭を形成する。少し困ったような表情になっている。
「……頼むよサウロン、これが最後だから。たぶん」
「AIがたぶんとか言うなよ。約束破るロボットなんか、僕がテンマ博士だったら即スクラップだぞ」
「別にサウロンにつくられたわけじゃないし。五分、いや三分でいいからさ。余計なことはしゃべらないから」
サウロンは舌打ちし、元の位置に下がる。
「君の選択を見届けようと思ってね、テルコ。君の命と引き替えになら、君の想い人を再生することができると、ウィルは君にそう教えた。ここに、君が命を賭してたどり着いたこの場所に、君の望むそれがある。手を伸ばせばそれが叶う、君がそれに触れることはできなくても」
事情を知らない福島や竹中たちは、それでも口を挟まずに動静を見守っている。直江は表情が読めない、睨んでいるようにも眠そうにしているようにも見える。
ギンチョが千影の手をぎゅっと握る。不安げに千影を見上げ、そして「ぐー」と腹を鳴らす。
「ウィルは答えを訊きたいんだ、タマゴを手に入れた君が今なにを思い、なにを選ぶつもりなのか」
テルコは目を伏せ、胸元をぎゅっと握る。そして顔を上げて、笑う。頼りなさげに。
「答えっつーか……タマゴの使い道なら決めたよ。タイショーとギンチョと三人でな。オレらもシモベクリーチャーをもらうよ」
「それでいいの? 後悔しない?」
「さあ……すんじゃね? もしかしたら」
テルコはひょいっと首をすくめる。
「お前と会った日からさ、ここまでいろいろあったんだ。ノブが一瞬だけ戻ってきたり、オレのスキルがノブのと融合したり。かと思えばアビリティは使えねえし、あいつの言ってた記憶の融合? とかは全然起こらねえし、相変わらずオレはオレのままでさ……」
テルコはてのひらに目を落とし、小さく苦笑する。
「今だって、できるならあいつをって……いつか『オレなんかが生き残っちまってよかったんかな』って後悔するかもって……でも、ここでそれを選んだとしても、あいつは一ミリも喜ばないってオレは知ってる。オレが死んだら悲しんでくれるやつがいることも知ってる」
テルコはウィルに近寄り、通り過ぎ、千影とギンチョの前に立つ。そしてがばっと乱暴に二人の肩を抱く。
「一人じゃねえから。オレん中のあのアホだけじゃなくて、こいつらがいるから。テルコのために命張ってくれる仲間ってやつがさ。だからオレは……それでもオレは、こいつらと一緒に生きるよ」
ギンチョがコアラのごとくテルコの腰にしがみつく。千影は、たぶん千影史上最大に顔真っ赤になっている。
テルコがそう言い終えると――言い終えても、ウィルはなにも言わない。表情も変えない。バクってスリープしたみたいに。
「おい、ウィル? 立ったまま寝てんのか? せっかく人がカンドーモンの演説ぶっこいたってのに、聞いてなかったのか?」
「いや、ごめん。ウィルは少し考えてただけ。……君はナガオノブテルの再生よりも、ナガオノブテルを内包した君自身と君をとり巻く人間との未来を選んだ。それは、再生したナガオノブテルに宿る▲F%×◎――タマシイは、やっぱり君にとっては本物たりえない、ということかな?」
「それは……ぶっちゃけわかんねえよ。本物かどうかなんて。だけど、少なくともオレは、本物のノブの声を聞けた。あいつの望みを聞けた。だから選ぶことができた。それでじゅうぶんだよ」
ウィルはまた数秒フリーズし、それから何度か小さくうなずく。
「ウィル、お前のお気に召す答えじゃなかったかな?」
「……いや。人間は有限の存在だからこそ、失ったものの下を去って、得たものとともに歩いていく。それでも忘れたわけじゃない、捨てたわけじゃない。そうやって生き続けることも人の意思による選択だと、ウィルはまた一つお利口になった」
「よくわかんねえけど、参考になったらいいや。こっちこそ世話になったな、ありがとな、ウィル」
「はいはい、そこまで」とサウロン。「あとがつかえてるんでね。つーかこれ以上続けると絶対いらないこと言うからな、ウィルは。つーわけで、早川くん」
「は、はう」
「そのタマゴ、儀式やっちゃってよ。これ以上ゴタゴタしないようにね」
身長が足りないので、千影とテルコが両側からギンチョを持ち上げてやる。
「じゃあ、おきます」
「うん」
「おう、やったれギンチョ」
ギンチョが台座にタマゴを置くと、白銀色のタマゴは青い炎を浴びてきらきらと輝く。あまりにも綺麗な光景だったせいか、数秒で終わるその儀式に「もうおわりですか?」とおかわりを要求する。せっかくの報酬が目玉焼きになられても困るのでそのまま手にとってもらう。
最後に残った福島は――ゆっくりと巨体を揺らし、再生マシンのほうに向かう。
「サウロン、あと、そこのスケスケ野郎」
ボックスを開け、タマゴをそこに入れる。
「織田はな、お前らのことを気に食わねえってずっと言ってたよ。人様の生き死にを弄んで、ゲーム感覚で楽しんでやがる、神様気どりのお前らをな。誰よりも早くこのダンジョンを制覇して、お前らに吠え面かかせるのが、あいつの望みだった」
背中を丸め、タッチパネルを操作する。大きな手のせいか、入力に苦戦しているようだ。
「俺はな、生き返るのが本物のあいつかどうかなんて、ぶっちゃけどうでもいい。死んだあいつが口を利けたら、きっとこう言うだろうぜ。『コピーでもニセモノでもなんでもいいから、ダンジョンをぶっつぶすために俺を生き返らせろ』ってな。おっ、あったぜ。あいつの名前とアホ面がよ」
ふうっと息をつき、力を込めてタッチパネルを叩く。
「間違ってるかどうかなんて関係ねえ。言いたいやつには言わせてやる。それでもな――ウィル、お前を見て腹は決まった。絶対に、なにがなんでも、何万回死んでもこのダンジョンを制覇してやる。俺と織田でな」
ぶうん、と扉の隙間から青い光が溢れ出す。起動した――織田を再生させるために。
「間違いじゃないと、ウィルは思う。君の望むようにする。彼の望むようにする。それも一つの答えだと、ウィルは思う」
「だったら口出ししないでほしかったけどなー。これがバレたら僕、関係各所から質問攻めだよ?」
「すまないとは思ってるけどさ、サウロン。君だって、ニロ生で余計なこと言いすぎたって反省してなかった?」
「それは……むにゃむにゃ」
ウィルが振り返り、みんなを見回す。と、その身体の輪郭が揺らぎ、光の粒が天井に向かって散っていく。
「ありがとう、邪魔をして悪かったね。ウィルはそろそろ消えるよ」
「え、ちょ……」千影は思わず引きとめようとする。「いや、あの……参考にいろいろと聞いときたいんですけど(なにも考えてないけど)」
「俺も――」と竹中。「せっかくのチャンスなんで、事情は全然わかんないけど、その子らだけ依怙贔屓ってのはずるいよね」
「それなら、またいつか会えたときにでもね。ウィルはね、この場にいる君たちこそ、ダンジョンの最奥に到達するような気がしてる。ウィルと、ダンジョンの真実が待つ場所にね」
福島。
直江。
〝炭酸水の昼〟。
そして千影たち。
いやいや、と千影は首を振る。ないから。
「まあ、ウィルの勘はよく外れるけどね」
千影はうなずく。もっと科学的に分析すべきだと思う。
「君たちの意思を、選択を、▲F%×◎の煌めきを、ウィルは面白半分で見守ってる。またね、ハヤカワチハゲ」
「面白半分かよ。つかさすがにわざとだろ」
ウィルはしだいに形を失っていく。天井に昇った光の粒は、そのまま吸い込まれるように消えていく。それが終わるまで誰もなにも発せず、見届けることしかできない。
再生マシンの青い点滅とうなりだけがとり残される。事情が呑み込めずにきょとんとするギンチョ。サウロンがバツが悪そうに頭を掻いている。
「あのー、ここにおいでのみなさま」とサウロン。「申し訳ないんだけど、今日ここでウィルと会ったことは全部他言無用でオナシャスできますかね? ここに半透明な変テコAIなんて登場しなかったってことで」
「えー、なんで?」と竹中。「俺ら、〝ダンジョンの意思〟と接触した人類ですよね? D庁に報告しなきゃだし、つーかツブヤイターに書きたいし」
「お願いだから胸の内に仕舞っておいてくださいな。今後のダンジョン運営にマジで支障が出ちゃうんで。そしたらみんな困るでしょ? ね、ね?」
そこまで言われると、竹中も軽く首をすくめてうなずくしかない。千影としてもわざわざ吹聴して回るつもりもない。面倒が増えるだけだし、竹中と違って注目されたい願望もない。
「まあ、俺らはただここにいただけだし、それでダンジョン案内人に一つ貸しをつくれたって思えばじゅうぶんすぎるお小遣いだね」
「君、なんだか織田くんみたいなこと言うね」
「光栄っすわ。あの人が復活したら、ますます面白くなりそうだ」
ふと、福島に目を向ける。彼が軽く手を振る。先に帰ってほしいみたいだ。
顛末を見届けたいとも思うが、福島の気持ちもわかる。
時計を見ると午前二時近い。
疲れた、眠い、腹減った。
長かったけど、何度も死ぬかと思ったけど。
終わった。無事に終えることができた。
たくさんのものを得ることができた。
きっとソロだったら得られなかっただろう、たくさんのものを。
あとは、うちに帰るまでが冒険だ。
「じゃあ、帰ろっか」
テルコはうなずく。ギンチョは大事そうに手の中のタマゴを見つめている。
「ギンチョ、お腹減った?」
「ぷぎゅぎゅ」
「今のは腹の音か? じゃあなにか買って帰ろっか。もう遅いけど、特別に夜食だ」
「オムライスがたべたいです」
「さっきどんな気持ちでそのタマゴ見てたの?」
4章6話、これで終了です。
お付き合いいただきありがとうございます。
次は4章エピローグです。よろしくお願いします。




