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5-5:意地

 黒竜がゆっくりと歩を緩め、千影たちの前で制止する。ぶるる、と馬のように鼻息とともに顔を震わせる。

 こうして対峙すると、余計笑えてくる。これだけ巨大なドラゴンは少なくとも公式データベースには存在しない。というか、こんなのは人間が戦う相手ではない。


 頭には角が六本。目つきはネコ科のように鋭く、口はイヌ科のように突き出ている。前腕は太く長く、黒光りする外殻の鱗で覆われている。弧を描く鉤爪はがっしりと地面を捉え、めりめりと深くえぐっている。背中には羽のような、グライダーのようなヒレがあるが、飛ぶためのものというより背中を守る盾のように見える。のたうつ尻尾は大木のように太く、先端で三本に枝分かれしている。


 まよなかドラゴンや二日酔いドラゴン(体高3メートル弱)を生涯の宿敵と称し、「ドラゴン退治こそ冒険者の本懐」とかぬかすユーチャンネラープレイヤーがいた。こいつを前にしても同じことが言えるか問い詰めたい。悠長に動画を撮る度胸があるかどうか。


 ふしゅるるる、と黒竜の吐く息が白く濁る。その目は千影たちを――いや、最後尾にいるギンチョを捉えている。ギンチョのタマゴ担当か。ここへ来てなんてハードラック。

 千影、テルコ、それに直江とよしきが並んでいる。その後ろに中野奥山、その後ろにギンチョ。一直線にギンチョに襲いかからず、足を止めたということは、タマゴを守る千影たちを邪魔者と認識したということだ。


「ゴオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 威圧するように、あるいはその声で薙ぎ払うように、千影たちめがけて吠えたてる。特定のクリーチャーの声が持つ、恐怖感喚起の特性〝恐怖の咆哮(テリブルシャウト)〟――その効果を秘めているかどうかなど関係なく、ビビらずにはいられない。背中を粟立たせずにはいられない。


「……来るぞ……」


 直江がつぶやく。黒竜の長い首が引かれ、その顎が千影たちめがけて突っ込んでくる。

 全員が一斉に飛び退く。砲弾をくらったかのように地面がはじける。口の中を土だらけ石だらけにした黒竜は首を戻し、目を細めてそれを吐き捨てる。

 前足が持ち上がる。「散――」れと千影が言うより先に、あたりの地形ごと薙ぎ払われる。直江とよしきはうまくかわすが、千影とテルコはあっけなくはじき飛ばされる。身体がバラバラになりそうな衝撃とともに空中に浮き、背中から地面に叩きつけられる。


「―――――――――」


 ちーさん、とギンチョが耳元でさけんでいるが、耳鳴りのせいでほとんど聞こえない。腕を動かそうとする、動く。足も無事だ。どこも折れていない。だけど――。


 まさに怪獣だ。強い。絶望したくなるほどに。

 震える身体を、千影は無理やり起き上がらせる。テルコも中野と奥山の腕を掴んで起き上がろうとしている。


 直江が前足の攻撃をかいくぐり、バトルメイスで前足や胴体を殴りつけている。よしきの刀が黒い外殻を切り裂いている。さすがに黒竜も嫌がっている、けれど大きなダメージにはなっていない。


「オギャアアッ!」


 黒竜がぐるんと身体を横向けたかと思うと、その尻尾が真上から振り下ろされる。何度も何度も、癇癪を起こした駄々っ子のように。ダァンッ、ダァンッ、と地面を打つたびに爆音が響き、土埃が巻き上がる。そこから直江が飛び出してきて、千影たちの前に着地する。


「……ふふ……こりゃ……おもろい……」


 Tシャツが破れ、ぴったりとしたボディースーツが剥き出しになっている。切れて血がにじむ頬をてのひらでぐいっと拭う。

 土埃の中、黒竜の三叉の尾先が切り離され、くるくると宙を飛んでいく。さすが最強ばあちゃん――と思いきや、その彼女の華奢な身体も反対側に吹き飛ばされている。地面に落ちて何度かバウンドし、動かなくなる。


「ああ……ああああああああああああっ!」


 口からおたけびをあげながら、千影が弧を描くように突進していく。倒れているよしきとは逆の側面から。

 腕が振り下ろされる。必死に横に転がってかわす。尻尾も噛みつきも、目を見開き、恐怖に怯えながら回避する。

 その間に直江がよしきを抱え、ギンチョたちのところに戻っていく。よし、目的達成――で、どうする?


「死ぬっ、死ぬっ!」


 攻撃をかわすので精いっぱいだ。逃げるなんて無理。反撃なんてもっと無理。というか、これ以上生きるのも無理?


「あ――」


 切れた尻尾の薙ぎ払いを跳躍でかわした瞬間、黒竜とばっちり目が合う。

 ぎゅんっと首が伸びてくる。

 ギザギザの並びの悪い牙の奥に、どす黒い舌が見える。喉の奥の闇が瞬く間に迫ってくる。


 あ――これ死んだ?

 刀と【アザゼル】で防げるか?

 無理なら、ごめん、ギンチョ、テルコ。


「――らあああっ!」


 ガィンッ! となにかが黒竜の横っ面を殴りつけ、のけぞらせる。その隙に千影は「ぐえっ」と無事に尻から着地する。

 おたけびの主――福島は着地とともに大剣を構え直す。怒りを帯びた黒竜の瞳を真っ向から受け止める。


「……福島さん……」

「俺の相手はあそこでくたばったみたいだからな、借りを返しに来た。エネヴォラんときと、さっきの夕メシとな」


 そう言って強面の口の端をにっとする。やだ、なにこの男前。


「にしてもこいつ、エネヴォラ並みのタフさじゃねえか? 死ぬ気でやってやんぜ、ゴラァ!」


 惚れる。一生ついていきます。


「おい、狼女! エネヴォラんときの再現だ、限界までチャージしろ! こいつは俺と早川で食い止める!」


 僕も? ですよね。




「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 怒り狂った黒竜の、荒れ狂う天変地異のような猛攻が千影たちを襲う。

 両方の前足を振り回し、尻尾を叩きつけ、さらにはその口から炎の息を吐き出す。

 それらを千影はただ身をよじり、跳びはね、かいくぐり、回避だけに専念する。間一髪でブレスから飛び退くが、耐熱加工のジャージの裾が焦げてぞっとする。あのブレス、直撃したら髪の毛一本残らない。けがなくなります。

 福島は大剣で受け止め、【アザゼル】【ゴリアテ】【タイタン】の硬化で耐え、大盾を具現化させる【アイギス】で防ぐ。さすがに防御力は段違いだが、反撃に回るには至らない。


「福島っ、さんっ、これっ、無理っ!」

「じゃあっ、タマゴっ、捨てろっ!」

「それもっ、無理っ!」


 なんで無理なんだっけ?

 ちらっと振り返る。テルコが起き上がっている。槍にすがるようにして、がたつく身体を支えている。


 千影たちの目的は、タマゴを守りきることだ。と言っても、今やそれを切実に求める理由はない。ノブの件にしてもチェーゴの件にしても。


「ぐぉっ! 狼女っ、まだかっ!」

「……デクノボー……あと一分待て……」


 尻尾の薙ぎ払いの風圧をもろに受け、千影の身体が地面に叩きつけられ、無様に転がる。

 それでも二振りの小太刀を手にとり、文字に起こしづらい罵声をあげて再び立ち向かっていく。


 頭の中ではっきりと言語化する――そうだ、これはもはや意地だ。

 非合理的でらしくない、だけど身体の内側で燃えてエネルギーになる類の感情だ。

 この七時間、何度も死ぬような思いをしてきた。仲間と一緒に。

 ここまで来たら、彼らと笑ってこのクソイベントを終えたい。

 それでもってサウロンとウィルにざまあと言ってやる。

 一カ月前、プレイヤーを辞めようと思った。それでも続けようと思った。自分にはこれくらいしか、取り柄がしかないと思ったから。消去法的な未来志向と、ちっぽけなプライド。


「いい加減……パターンが読めてきたぜ!」


 福島がかわしざまに大剣を振るう。ガゴッと鈍い音とともに尻尾がはじかれる。


「早川っ! 行けるぞオラァッ!」

「――僕はプレイヤーだ――」


 生きて帰る。報酬を手に、仲間と一緒に。

 それがプレイヤーの本懐だ。


 だから、刀を振るう。

 前足の鱗を裂き、肉へと届く。血が噴き出る。

 怖いけど。もうほんと逃げたいけど。数えきれないくらい死ぬ死ぬって連呼してるけど。

 集中する。意識を研ぎ澄ませる。

 相手の動きを見る。相手の動きを読む。

 スイッチが入る。死ぬ一歩手前の場所にある、底意地の悪いスイッチ。

 ゴキブリ並みの反射神経――他人に褒められる数少ない長所、それだけにすべてを注ぎ込む。

 かわす。パターンを読む。その爪先との、その尻尾との、その牙との距離を縮めていく。

 かわしながら少しずつ、着実に、その鱗を、その肉を削っていく。

 一瞬の隙を見つける。やつの身体を駆け上がる。


「お前っ! 邪魔だっ!」


 思いきり首筋に突き刺す。

 歯を食いしばり、リミットを外す。


「あああああああっ!」


 レベル5の、新しいこの身体の全力を開放し、横薙ぎに斬り開く。


「らああああああっ!」


 身悶える黒竜の前足を、渾身の力を込めた福島の一振りが斬り飛ばす。

 黒竜が絶叫する。でたらめに足を振るう、尻尾を振るう、首を振るう、暴れ狂う。吹き荒れる炎の息を背に、千影と福島は全力で退避――そしてすれ違う、直江と、テルコと。

 【コルヌリコルヌ】。

 【グリンガム・ナイトメア】。

 限界までチャージされた二つのスキルが直撃し、その巨体が沈んでいく。



 横腹を深くえぐられ、肩から胸にかけて螺旋状の大穴を開けられ、黒竜は横倒しになる。


「レベル7強ってとこか。まあまあ強敵だったぜ。……今、楽にしてやる」


 まだびくんびくんと微動するその首に、福島が大剣を振り下ろす。一撃で刃が地面まで到達し、その首が胴体から離れる。そうしてようやく、黒竜は完全に動きを止める。


 千影も、福島も、直江も、テルコも、武器を放り出し、その場に尻をつく。

 はは、とテルコが笑う。福島がにやっとする。直江は相変わらず無表情だが、やや疲れて眠たげだ。


「ずげええええええええええっ! 倒じだああああああああああっ!」

「生ぎでるううううううううっ! みんな生ぎでるううううううっ!」


 中野と奥山が泣きさけびながら駆け寄ってくる。おぶわれたよしきは目を覚ましている、中野の背中から親指を立ててみせている。


「ぎゃわーーー! ぢーーーざーーーん!」


 例によって涙と鼻水まみれのギンチョがタックルしてくる。だからじいさんって。

 抱きついてぐりぐりとギンチョ汁を押しつけてくる。そのギンチョごと千影を、テルコががばっと抱きすくめる。


「やったな、チカゲ、ギンチョ……」


 周りの目が気になるので、というか顔面の熱さがやばいことになるので、早々に二人に離れてもらう。ジャージについて糸を引くギンチョ汁を袖で拭う。


「いやはや……面目ないじゃ。腰をぎっくりったじゃ……」


 千影の隣に腰を下ろしたよしきは、サングラスは割れているしあちこち傷だらけ泥だらけだけど、意外と元気そうだ。黒竜のラッシュ以上に達人を苦しめたのはぎっくり腰という事実。


「いえ……ありがとうございました……よしきさんがいなかったら、僕らとっくに諦めてたかと……」

「礼はいらんじゃ、お互い様じゃ。報酬を忘れんなじゃ……未来永劫、そのなけなしの髪が続く限り、孫娘の顧客じゃ」

「なけなしじゃないけど、はい……」


 ギンチョとテルコがジト目で睨んでくる。しかたないじゃん。別に髪切ってもらうだけじゃん。そんな目で見なくても。


「まったく。レベル4以上複数人って難易度設定、ぎりぎりってか超えてる気がするぜ。あのクソ宇宙人め」


 福島が千影に拳を突き出す。千影は一拍遅れてそれに拳を合わせる。こういうことをするのも初めてなのでしっかり赤面する。


 福島の言うとおり、確かにレベル4のみの最小構成のチームでは、よほど腕利きでもない限り倒せないだろう。そもそも逃げきり一択用のボスキャラなのかもしれない(千影としても地形が許せばそれを選んだだろう)。逆に言えばそういうボスを倒せたのがすごすぎる。


「俺や直江でも一人じゃ持て余したかもな。竹中の作戦のおかげってとこだな、そういう意味じゃ。癪に障るけどよ」

「あ……あの人たちは……? 竹中さん……たちは……?」

「さあな。まあ、あいつらもトッププレイヤーの端くれだし、さすがに命まではとられねえだろ。他のドラゴンが俺らのとこにも来ないとも限らねえし、少し休んだらここから離れたほうがいいかもな」

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