5-3:総力戦、あと少し、からの
「はいはい、みなさんまた来たみたいですよ! お仕事の時間ですよ!」
竹中の声でみんな立ち上がる。だいたい五分足らずくらいの間隔でクリーチャーたちはやってくる。東の丘の稜線から走ってくる黒い影。ドドドドドドド……、足音も近づいてくる。
数が多い。というかどんどん増えていっている気がする。
クリーチャーはタマゴのある位置、あるいは持っている者を把握しているようだが、あくまで近くに人がいればそちらを優先して襲ってくる。必然的に乱戦になる。
千影はテルコと組んで正面から来る敵を排除していく。直江とよしきは敵味方入り乱れても安定した立ち回りで遊軍的に数を減らしてくれている。後ろでは中野と奥山がギンチョを庇う位置で剣鉈を構えている。
「うおっ!」
斜め後ろから襲いかかってきたPラプトルに耳をかじられそうになる。テルコが槍で打ちのめして下がらせる。礼を言う暇もなく、別のやつらが飛びかかってくる。
ザコとはいえ、数が違う。戦争は数だとなにかで読んだけどそのとおりだ。
群がってくる黒いやつらめがけ、とにかく小太刀を振るう。
鮮血が飛び散る。肉片がちぎれ飛ぶ。
攻撃をかわし、いなし、反撃に転じる。
傷を負わずに傷つける。殺されずに殺す。
背後で誰かの悲鳴が聞こえる。振り返る余裕もなく、千影は歯を食いしばり、黒い刃を目の前の敵に叩き込み続ける。そうするしかない。
少しずつ掴めてきている。新しい自分の身体を。新しい自分の力を。
踏み込んだ際にアウトプットされる馬力が違う。自身の反応速度が違う。相手の動きの見えかたが違う。敵から受ける圧力の感じかたが違う。
でも、まだだ。この身体を、力を掌握しきれていない。
まだ全力では踏み込めない。それにはもう少し時間と、スペースと、経験が必要になる。
馴染め。一刻も早く。一振りでも早く。
そう逸る気持ちが身体が前に出ようとする。
千影は必死に手綱を引く。
力に酔うのはまったく自分らしくない。そんな蛮勇は他の人にお任せすればいい。
焦るな。周りを見ろ、敵を見ろ、仲間を見ろ。
なにより優先すべきものを考えろ。
敵の攻撃をかわしつつ、周囲の状況を窺う。テルコはまだ余裕がありそうだが、細かい引っかき傷が増えている。直江は相変わらず流麗に立ち回っているが、腰痛持ちのよしきはだいぶ動きが鈍りつつある。中野奥山は半泣きで斬る殴る蹴るをめちゃくちゃに駆使している。ギンチョは投擲武器を握ってきょろきょろと周りを見回している。
今はまだもっている。けれど、みんな疲弊しているのは確かだ。いつ決壊するかはわからない。それが訪れたとき、そのときにはとりかえしがつかなくなっているかもしれない。
「テルコ、無理しなくていい! もっと引きつけよう!」
「お、おおっ!」
タマゴがどうしても必要という理由は、少なくとも今の千影にはない。福島のように「絶対に」「なにがなんでも」というモチベーションも、数千人のイベント参加者を代表する偉業をなしとげてやろうという大きな志もない。
だから、がんばりすぎる必要はない。
引き気味に、ほどほどに、分相応に。
前のめりにならず、冷静に、戦場の片隅でせこせこと。
まずは自分の命、仲間の安全。それがなにより最優先。
周りの人たちのことなんて後回しだ。こんな状況ならなおさら。
「あとちょっと、もうちょっとだけ――」
こんな痛い思いして、へとへとの泥にまみれて、危ない目に遭って。
それでももう少しだけがんばってみる。
――単純な話。当たり前の話。それがプレイヤーのお仕事だから。
金銭価値、希少価値。そのためだけにこうして血みどろになって抗っているわけだ。
これが無事に終わったあと、タマゴをどうするかはわからない。まだ決めていない。
だけど、ここまで来たら。ここまで来てしまったら。
あと少しだけがんばってみよう。無理はしない、引き際だけは守る。その上で、もう少しだけ――。
付近のやつらをあらかた片づけ、ほっと一息ついたとたん、「あっちから来てます!」と見張り役の人がさけぶ。「こっちも来たぞ!」ともう一つの櫓の見張り役もさけぶ。
これまでは主に東側と北側から、大抵は数十体ごとのかたまりになってやってくることが多かった。でも今回は二方向どころではなく、全方位からやってくる。数も多い。少なく見積もっても、百人近いこちらの倍以上。
「……そろそろここももたないっすね」
竹中のつぶやきが聞こえる。千影と目が合うと、彼はにっと笑う。悲壮感も自棄もない、あくまで爽やかな笑顔だ。
「みなさん! 内側で円陣組みましょう!」
ここにあるバリケードは、土嚢と有刺鉄線を何重も束ねたようなやつだ。最初の拠点にあった鉄骨製の頑丈なそれとは違う。堀のおかげで突進の勢いが殺せるとしても、積まれた土嚢ではじき返せるとしても、クリーチャーの群れがそのまま突っ込んでくれば破られるのは時間の問題だ。
「おい、ここを放棄するのか!?」
「終了までまだ二時間近くあるぞ!?」
「しかたないです。ここで各個外に出て迎撃なんてしてたら、囲まれて食われるだけですよ」
それ以上文句は出てこない。福島は腕を組んで静観モード、直江は我関せずという顔でギンチョ成分補充モード(ぷにぷに)。
「多少は時間稼げると思うんで、その間にスキルの準備しましょう。遠距離の射出系が先、そのあと中・近距離系で。ある程度数を減らせると思うんで、そっからは裏とられないように協力して立ち回る感じで。出し惜しみなしで行きましょう。いいっすかね?」
千影的に異論はなくもないが、かと言って対案もない。そして敵勢は迫りつつある。そしてやる気満々の皆様方。やはり根本的に人種が違う。
予想どおり、バリケードは圧倒的な質量差と獰猛さであっさりと食い破られる。
「撃てっ!」
竹中の合図で火蓋が切って落とされる。遠距離系スキルが一斉に火を噴く。【イグニス】、【ブレイズ】、【バルムンク】、【ロケットパンチ】――。大砲のような轟音が立て続けにあがり、陣地に侵入してきた黒い獣の身体が木っ端のように吹き飛んでいく。爆発に巻き込まれた無人の物見櫓がめきめきと軋んで崩れていく。
土煙がもうもうと立ち昇る中、それでも撃ち漏らした残党や、崩れたバリケードを乗り越えてきたやつらが迫ってくる。これほどの破壊のあとでも臆した様子はない。狂気に殉じるかのように、牙を剥いて突っ込んでくる。
じゅうぶんに引きつけたところで、竹中の合図で中・近距離スキル持ちのプレイヤーが飛び出していく。【ミョルニル】、【エンゲツリン】、【マンジカブラ】、【コルヌリコルヌ】、そしてテルコの【グリンガム・ナイトメア】――。ダンジョン光子で具現化された兵器が黒い軍勢を薙ぎ倒し、押しつぶす。爆風が吹き荒れ砂礫が舞い、千影は思わず顔を庇う。
「……すげえ……」
小銃を構えていた職員プレイヤーが呆然としている。隣のギンチョと中野奥山は鼻水を垂らしている。
これだけのプレイヤーが集まり、これだけのスキルが同時に放たれる。ダンジョン暦開始以来初のことかもしれない。無数の頂点捕食者のひしゃげた死骸が転がり、あたりは地形ごと凸凹に変わっている。千影は身震いしている。
生き延びたやつらや遅れたやつらを白兵戦で片づけると、あたりには静寂と焦げたにおいが立ち込める。みんなさすがに疲弊してしゃがみこむ。深いため息をつき、水を飲み、エナジーポーションを補給したり、傷の手当をしたりする。
「陣地も吹っ飛んじゃったことだし、少し場所を変えませんか?」
竹中がそう提案する。バリケードも櫓もなくなり、地面は穴ぼこクリーチャーの死骸だらけで身動きがとりづらい。別の見晴らしのいい場所で襲撃に備えよう、と。
サポートの職員プレイヤーとタマゴ待ちの人はここまでとなる。結局タマゴを譲られることはなかったようだが、そこはただでは転ばない海千山千のプレイヤー、彼らはタマゴ持ちの一団が離れたあとにここのクリーチャーの素材を土産にするつもりのようだ。「グッドラック」と挨拶を背に、千影たちは陣地をあとにする。
「あの、よしきさん、中野さん、奥山さん……ここまでありがとうございました。もうじゅうぶんなんで、もしアレだったら、陣地のほうに……」
ここから先、状況はより過酷になっていくだろう。よしきのほうには一応「永久不滅散髪会員数名」という名目があるが、中野奥山のほうは(二人から頼んできたこととはいえ)タコ野郎のレアドロップ含めもうじゅうぶんな見返りを得ている。ここまでの働きをからして、これ以上無理をして同行してもらう必要はない。
ところが千影の提案に対して、よしきはともかく満身創痍のはずの中野奥山も首を横に振る。
「これはしたりじゃの。リーダーチハゲ略してリハゲや、いっちょ前に敬老精神ってもんじゃか? 頭皮以外は百年早いじゃわ。こんな道半ばで退こうもんなら剣士の名折れじゃい」
「ばばばばあちゃんの言うとおりだぜ! おおお俺らだってべべべ別にボランティアのつもりはねえからな!」
「けけけ経験値もアイテムももももっと稼がせてもらうつもりだかんな! あああ〝赤羽の英雄〟としていいいイベントのフィナーレを見届けさせてもらうぜ!」
他の仲間を窺う。ギンチョはよしきにひしっとくっつく。テルコは鼻をこすってうなずいている。直江はギンチョをとられてぶすっとしている。
千影はというと、褒められとはまた別のベクトルのキモ顔を発揮する。照れや笑みが顔に出ないように堪えるために、顔面の全筋肉が痙攣を起こしている。
だって、こういうの慣れていないから。みんなはみんなでこんな顔の人間に慣れていないだろうけど。
「タイショー、がんばろうぜ。ここまで来たら、やれるとこまでさ」
テルコが千影の背中をぽんと叩く。千影は自分の顔をぽんと叩き、頭を下げる。
「ありがとうございます。できる限りでがんばるんで、よろしくお願いします。あと、ハゲじゃないです」
*
タマゴ十五個の集う一団、約六十名は南東に向かっている。そこに小高い丘があり、いざとなれば身を隠せる岩場になっている。千影とギンチョが最初にヨフゥフロアに来た際に訪れた場所だ。
「あの、福島さん……他のタマゴ持ちの人たちって、どうしてるんですかね……?」
「どうだろうな、それぞれがんばってんじゃねえか?」と福島。「お前らが来る前、さっきの場所で三つやられた。他の拠点でも俺が知る限り一つ、合計もう四つやられてる」
「あ……僕らも一つやられたの見ました……」
「じゃあ五つか。ここに十五個あるから、残り二十七個は見つかってないか、自分らだけでがんばってるか、もう食われたかだな」
特別イベントのクエスト達成条件は「十二個のタマゴを終了まで守りきること」だ。もしも他に所持している人がいない場合、ここにある十五個が最後の砦ということになる。
「このヨフゥフロアは――」竹中が口を挟んでくる。「初級中級のプレイヤーにとっては格好の稼ぎ場兼鍛錬場ですからね。クエスト達成できれば、成功報酬のシリンジだけじゃなく、ここでの活動も継続できる。全プレイヤーにとっても大きなメリットです」
「お前、なにげにそういう大局的なこと考えるやつだよな。まだ歴も浅いってのに。英雄志向っつーか、大層な志だけどよ、そんなことのためにこんだけ身体張ってんのか?」
「はは、まさか。本音はシモベクリーチャーとかいうのがほしいだけですよ。人類最初の所持者になれるなら、それだけでじゅうぶん名誉でしょ? 織田さんがいなくなっちゃった今、新たな道を切り拓くのは俺ら〝炭酸水の昼〟しかいないですから」
福島は特に顔色を変えることもなく、ふっと鼻で笑うだけだ。
移動中もたびたび襲われるが、それほど苦もなく退ける。そうして十五分ほど緩やかな傾斜を上り、ようやく見憶えのある場所にたどり着く。
眼下の光景を見下ろす。向こうの森が夜の闇を帯びている。向こうの川は星の光を受けてささやかに煌めいている。向こうにはクリーチャーらしき影が多数うろちょろしている――タマゴの気配を察知できるなら、間もなくここにやってくるだろう。
あと一時間半を切った。いよいよゴールが見えてきた感がある。
なんて油断していたら痛い目に遭うのは腐るほど経験してきたわけで。
ザコ敵に混じったそいつを見つけ、千影の頭から血の気が引く。
「福島さん、あいつ、奥のやつ! コウモリみたいなやつ、強敵です!」
千影とテルコを蹴散らし、ギンチョの腕を食いちぎった黒コウモリ。レベル6相当。
なんでだよ、なんで普通にこんな原っぱにザコに混じってのこのこ出てきてんだよ。ボスキャラじゃなかったのかよ。
「いいですよ、俺らがやります。福島さん、直江さん、あとをお願いします」
竹中が曲刀を構えて突っ込んでいく。仲間の【ジャンドゥロール】と【エルフ】もそのあとを追いかける。
というより、黒コウモリだけではない。他にもザコっぽくないやつらがわんさかやってくる。ここへきて敵の襲撃は苛烈さを増すばかりだ。
どうにか敵勢をすべて撃退し、さすがの手練れ一行も綻びやくたびれが目立つようになっている。竹中ら〝炭酸水の昼〟の三人も黒コウモリの腕と頭を手に戻ってくる。多少の傷はあるものの、その足どりは余裕そうだ。
あと一時間二十分。テルコが左腕をざっくりとえぐられ、ギンチョの手当を受ける。よしきも「すまんの、カッコつけといて腰が限界じゃの」といったん休憩。中野奥山が一列前に昇格し、二人とも無我の境地に達したような表情になる。
あと一時間十〇分。ついに脱落者が出る。ポーター役の女性プレイヤーが巨大なPフロッグの舌の一撃で昏倒し、バッグごとタマゴを一呑みされてしまう。
六人チームが抜け、残りのタマゴは十四個。五十数人。
千影チーム七人と福島の他に目立つのは、〝炭酸水の昼〟三人、全員女性の〝アマコーズ〟四人、【サハギン】の半魚人がリーダーの〝シェイプス〟四人、一番平均年齢の高そうな〝チーム柴田〟三人。外国人チームも四組いる。
千影の心はまだ折れていない。だけど頭の中にはとめどなく愚痴が溢れている。
なんだよこのイベント。もう耐久レース状態だし。あんだけ苦労したんだから、タマゴゲットでゴールにしてくれてもよかったのに。
つーか難易度設定おかしくね? こんなに強そうな人たちがどんどん離脱していくって。直江とよしきがいなかったら確実に詰んでたんですけど。そのぶん報酬もでかいのかもしんないけど。なんだよ、シモベクリーチャーって。
いや、違うか。プレイヤー再生のほうか。まあそりゃ、そんな大事なこと、ハードル下げられても困るっつーかなんつーか。
にしても、人間をまるっと再生するとか、今さらだけどダンジョンってチートすぎだろ。そんなんできるなら――できるなら――?
「――また来たぞ! 今度はデカブツばっかだ!」
怒声に思考が遮られ、千影は立ち上がる。身体中、異常のない箇所はない。それでもあと一時間と五分――それで終わりだ。
息絶えた頂点捕食者たちのそばで、腕時計を確認する。午後十時五十九分。そしてデジタル表示が切り替わり、十一時へ。
「みんな、あと一j――」
千影の言葉を遮るように、ずうん、と地面が揺れる。一瞬だが、かなり大きな振動だ。
「……なんだ今の――」
『オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアゥッ!』
思わず耳を覆う。それは空を衝く咆哮のようにも、世界中に響き渡るサイレンのようにも聞こえる。
「……おい、あれ……」
誰かが言う。そしてみんながほぼ同時にそれに気づく。
丘の上から見える、北の一・二キロほど離れたところにある窪地。以前ここで会った測量プレイヤーたちが「クレーターのようだ」と表現していたあの円形の場所に、巨大ななにかの影がある。
「はは……このクソイベントめ……」竹中がつぶやく。「最後の最後で、とんでもないもん放り込んできやがった……」
『オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアゥッ!』
空を仰いで牙を剥くそいつらの姿に、その爆音がそいつらの咆哮だとわかる。
肌がびりびりと痺れる。耳にこびりつく余韻が消えるまで、誰もなにも発しない。
気がつくと手が震えている。中野奥山がぺたんと尻もちをつく。テルコとよしきは呆然としている。直江は表情が読みづらい。そしてお待ちかね、ギンチョがさけぶ。
「ぎゃわーーーーー! だいかいじゅーですだーーーー!」
――その言葉のとおり、まさしく怪獣だ。
遠くからだとはっきりしないが、体高にして十メートルやそこらでは利かなそうだ。その顎、首、足、尻尾、胴回り、すべてが巨大としか言えない。四足で地面に立ち、長い首をもたげ、その尖った顎をゆっくりと振っている。星明かりに照らされる黒いシルエットは、首の長い恐竜のように見える。
黒竜。
それがクレーターの中にひしめいている。ざっと数えてみる、間違いない、三十体以上。
その顔がこちらを向き、ぴたりと制止する。そして戦艦のような図体を振り、足を上げる。ずずん、とその音がここまで届く。
「……そういうことですよね……」
星の生命を喰らいつくす頂点捕食者。やつらの目的は、あくまでも、千影たちの持っているタマゴだ。設定上。
つまり、あいつらもここに来る。
あと五十九分。あいつらから生き延びなければいけない。
おそらくこれが最後の正念場だ――けど。
ありえなくね? 無理くね?
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