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3-4:イベント前夜

 アパートに帰ると、玄関に見憶えのある靴が並んでいる。


「よう、あばら屋の主。勝手にお邪魔してるよん」

「おかえりなさい、早川さん。お疲れ様です」


 ちゃぶ台を囲んでいるのはギンチョとテルコ、それに明智と中川だ。まだ午後七時前だというのに、二人ともそれぞれ缶ビールと缶チューハイを前に惣菜のからあげやらポテトやらをつまんでいる。


「タイショー、返り血だらけじゃねえか。だいじょぶか?」

「ちーさん、けが――」

「ないよぉ、怪我ないよぉ」


 ジャージを洗濯機に突っ込み、洗濯乾燥をスタートさせる。ざっとシャワーを浴びてラフな部屋着に着替えて無敵モード。居間に戻り、ちゃぶ台の中心にどん、とお土産を置く。


「スイカ買ってきました」


 イリウスに「あなたの取り分です」と鉤爪を三本だけもらったので(不均等すぎるけどまあいい)、その売却益での購入だ。そういえば今年食べていなかったし、もうすぐ夏も終わるし、らしいもので景気づけでもしようかと。


「スーパーでみかけたおたかいやつですね(じゅるり)」

「三人だと結構大きいかなって思ったけど、五人ならいけそうだね。あとで切ってやるから、食いすぎて腹壊すなよ?」

「わたしがおなかこわしたことがありますか?」

「愚問で悪かったけどドヤるな」


 昼は軽く菓子パンを食べた程度だったので、ちゃぶ台に並んだ惣菜がやたらうまく感じられる。冷えたからあげうめえ。キャベツばっか残ってる焼きそばうめえ。


「ていうか、明智さんと中川さん、イベント前で忙しくないんですか?」

「忙しかったけどね、あたしら職員プレイヤー組の本番は明日だから。昼前にヨフゥ行ってそのままてっぺんまで陣営の警護とプレイヤーのサポートだ」


 イベントは十六時開始の午前零時終わり。自分たちのために参加するプレイヤーはともかく、そのサポートに駆り出されるこの人たちもそれ以上に大変だろう。よく見ればビールもチューハイもノンアルコールだ。


「D庁やIMODの人たちはタマゴを狙ったりしないんですか?」

「両組織での協議の結果――」と中川。「精鋭チーム一組ずつのみ参加することになったそうです」

「職員を虎の穴に突っ込むようなリスクと――」と明智。「一般プレイヤーの取り分を減らす懸念と、クエストクリアのノルマ貢献という建前とで、さんざん議論になったらしい。実際に手に入った場合、IMODはどうするか知らんが、D庁はシモベクリーチャーの扱いにだいぶ神経使うことになるだろうな。マスコット化する案も出てるらしいが、鬼より怖い動物愛護団体がなんて言うか」


 D庁の精鋭となると、探索課がメインになるのだろうか。確かレベル5以上がそろっていると噂だから、千影たちとしては強力なライバルの一つになるのかもしれない。


「あんたらは直江ミリヤと一緒に回るんだってね」

「はい。あと何人か一緒に」

「へー、誰よ?」


 一人目の名前を聞いて明智と中川は「おお……」とうなり、残り二人の名前を聞いて「お、おお……」と微妙な相づちを打つ。


「なんか、心強いんだか心配になるんだか……微妙な顔ぶれだな」

「まあ、ギンチョとテルコもいるし、やれるだけやってみようかなって……無理のない程度に……」


 ちらっと中川を窺うと、やや渋い顔ながら肩をすくめる仕草をする。テルコの元に()()のタグが戻ってきた以上、役所側が今の彼女にストップをかける理由はない。


「任せとけ、タイショー。今まで世話になった恩は目ぇそろえて仕返ししてやるぜ」

「耳そろえてお返しね。あと、直江さんも言ってたけど、明日はギンチョが鍵になるかもしれない。ギンチョ、よろしく頼むな」

「スイカはまだですか?」

「話聞こうな」


 中川に手伝ってもらいながらスイカを切り分ける。ギンチョがマンガのごとき怒涛の勢いで種ごとかっ食らい、一人で四分の一相当をたいらげる。仰向けになった彼女の腹はイカメシのごとくぱんぱんになっている。


 九時頃にお開きになり、明智と中川は帰っていく。明日の準備と寝支度を整え、十一時には消灯。おやすみなさい。


 いつものように寝袋に入って横になり、眠りが訪れるのを待っていると、すうーっと寝室側のふすまが開く。押し殺した足音が近づいてきて、千影の後ろで止まる。


「……タイショー、起きてるか?」


 テルコだ。


 デジャブ。振り返るのが怖い。


 すとん、と千影の枕元に腰を下ろすテルコ。頭を動かしておそるおそる目を向けると――彼女はきちんと寝巻き姿だ。ほっとしたような果てしなくがっかりしたような。


「また夜這いかと思ったか? 裸で来たほうがよかったか?」

「やめて。寝れなくなる」


 くすくすと笑うテルコ。


「いよいよ明日だな、イベント」

「うん」

「最初はノブを生き返らせるためにって思ってたのに、当てが外れちまって。タイショーたちをあっちこっち振り回しちまって、マジごめんな」

「いいよもう」


 ことん、とふすまに頭をもたれるテルコ。


「結局……マジでただのお宝さがしになっちまったな。まあ、むしろそれがプレイヤーなのかもだけどさ」

「えっと、そのことなんだけど……」


 少し迷って、イリウスにヤクザ的タマゴ恐喝に遭ったことを告白しておく。彼女の父親がどうのとかあのおっさんの真意がどうのとかいう話は一応伏せておく。


「なんだそりゃ! あのおっさんもムチャクチャやりやがんな、らしくもねえ。そんなもん従う必要ないぜ、タイショー。万が一なんかあったとしても、そりゃ全部オレが請け負うやつだからな」

「いやまあ、僕もそうするつもりはないし……そもそも手に入る確率も相当低いだろうし……」

「……もうオレは、あの国の人間じゃねえけど。ケジメが必要なら、それはオレがとらなきゃだからな。いくらオレがニッポン人になったからって、オレがケイトなのは間違いねえんだから……」


 テルコは首に下げているIMODのプレイヤータグをきゅっと握りしめる。普通は日常的に身につけるものでもないが、彼女にとってのそれは別の意味も持つアイテムだ。


 そこに記されている名前は、〝Nobuteru Nagao〟。ノブのものであり、今はテルコのものだ。




「――俺がケイトに混ざったんじゃなくて、ケイトが俺に混ざったってことにしたらいんじゃね?」


 テルコの身体で覚醒したノブがそう提案したとき、千影と中川はしばらく開いた口がふさがらなかった。


 つまり、テルコのベースはノブであり、そこにケイトの要素が混ざったという嘘を事実にする、ということだ。


 いやいやいや。

 さすがにそれは無理があるでしょうとか、イケメンだからって美少女に転生できてずるいとか。

 ツッコミどころは山ほどあったが、「その案は今回の問題をそれなりに丸く収めることができるかもしれない」と中川は感心をこめてうなった。


 まず、日本国籍を持つノブの身分を借りられるなら、日本とD庁は大手を振ってテルコを保護することができる。チェーゴ側の干渉を受けずに済むようになる。


 その代わり、主体としてのケイトは公的にはいなくなるため、テルコによる〝ワーカー〟の実態などの違法行為に関する告発は通りづらくなるが、そのぶんチェーゴから追及される確率はぐっと低くなる(中川に言わせると「そういう問題は大人のほうでこっそり解決しますから」ということだ)。


 問題はひとえに、それを事実にするための説得力だった。つまり、テルコがノブであると証明することが可能かどうか、ということだ。


 科学的にはDNA型の断片的な一致を証拠とし、あとは「ダンジョンウイルスのせい」と「本人の証言」で無理やりこじつけるということだった。


 しかし、それよりなにより、ノブの家族への説明と説得が必要で、家族の承諾が不可欠だった。


 そのためにノブは、ケイト宛ての他にもう一本、家族宛ての動画を撮っていた。「自分の身に起きた事情の説明」から始まったビデオレターは、ケイト宛てよりも倍近く長く、「家族一人一人へのメッセージ」と「ケイトを受け入れてもらうためのお願い」も含まれていた。


 昨日までにテルコは、中川とともにその動画を携え、ノブの家族と面会してきた。テルコは家族に対してすべてを打ち明け、彼を守れなかったお詫びをした。


 千影はその場に立ち会っていないが、中川によると「動画のノブを本物のノブだと疑わなかった」らしい。そして、「ノブの意志とテルコの中にいるノブ自身を尊重するため、ノブが愛した彼女を救うため」、テルコをノブとして認めてくれることになったという。


 実は家族にだけ恋人がいるということを密かに知らせていたらしく、「恋人と一緒になって戻ってきたって、ほんとの意味での一緒になっちゃってんじゃん」と母親は笑っていたという。


「でも、さすがに複雑そうだったな……特に父親と妹ちゃんがさ、手を貸してはくれるけど、家族の一員としてはすぐには受け入れられないって。母親のほうは意外とからっとしてたけど……」


 息子が、兄が行方不明に鳴り、サウロンの死亡者リストにその名前がないことで安堵し、かと思ったら女の子の中に融合されて帰ってきた……そんな家族の心情を想像するのは難しい。


 家族の元にノブを返す、というテルコの願いは叶えられなくなった。その代わり、自分が家族に尽くす、という新しい使命が生まれた。そのためには彼らの信頼を得るというか、彼らと絆のようなものをつくらなければいけないだろう。


「大変そうだね……」


 千影としてはまったく門外漢すぎる分野だ。他人の家庭に口出しできるような資質も資格もないのでアドバイスの一つもできない。


「イベントが終わったらさ、また会いに行くって約束したんだ。今度はタイショーとギンチョも一緒に来てくれよ」

「それ……」

「あはは、アニメならやべーフラグっぽいけどな。絶対生きて帰んなきゃいけねえな」


 てのひらを拳で叩くテルコ。そんなことを聞かされたら、千影もなにがなんでもテルコを守らなければと思わざるをえない。


「ていうか……最初はノブの再生のため、そのあとにテルコの手切れ金のため。両方ともなくなって、結局なんとなくやれるだけやってみようって感じでのタマゴチャレンジか。僕ららしいっていうかなんていうか」


 でも、これでいいとも思う。最近はいろいろと重たいものや余計なものを背負ってダンジョンに入ることばかりだった。今回はそれらを多少脱ぎ捨てて、安全最優先でできる限りの利益を求める。ある意味〝職業プレイヤー〟としての本懐だ。


「じゃあ、オレもそろそろ寝るわ。明日に備えねえとな」

「うん、おやすみ。明日よろしくね」


 ごそっと横向きになる千影。でもテルコが立ち上がる気配がない。


 温かくて柔らかいものが頬に触れる。頬というか唇の端に。


 それがテルコの唇だと認識するのに五秒くらいかかる。そのあと脳みそがフリーズする。


 ししし、とテルコが頭上で声を殺して笑う。


「あっ、もしも正式に仲間になっちゃったらセックスどうすっか?」

「ちょっとカメラ止めて」


ようやくここまで来ました。。。

当初のプロットから大幅に予定が変わっていて、更新に時間をいただく形になってしまいました。

ここからは多少スピードアップできる予定です。引き続きよろしくお願いします。

感想などお待ちしております。


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