3-3:青春の殴り合い②
イリウスのナイフ捌きはクリーチャー相手でも冴え渡っている。
さすがにその得物ではPラプトルの外殻を切り裂くことはできないだろう。それでもすれ違いざまにすばやく的確に外殻の隙間に切っ先を滑り込ませ、その一撃で一体目を仕留めてしまう。
複数体に囲まれても動じるそぶりはない。服にさえかすらせない回避能力で牙や鉤爪をかいくぐり、血しぶきの中でナイフ二刀を奔らせている。ムカつくけどやっぱりカッコいい。
感心している千影の左右からラプトルが一体ずつ迫る。先行する右側へ、千影は真正面から小太刀を叩き込む。外殻に覆われた頭部に黒い刀身が吸い込まれ、そのまま顎までかち割る。振り返りざまに左手のもう一振りを横に薙ぐ。驚くほど手応えがないその一撃がラプトルの首半分を切り開き、大量の血を撒き散らす。
ここに来るまでにいくらか試してきたけど。
やっぱすげえわ。半端ないわ、〝相蝙蝠〟。
切れ味と頑丈さは〝えうれか〟の比じゃないかも。
若干短いのも小回り利いて僕向きだわ。相当心強いわこれ。
内心感動して若干鳥肌している千影の後ろからラプトルが迫っている。気配は察知済みなので振り返りざまに――と思いきや、ラプトルの頭の横に光の球体のようなものが飛んでいる。
マジか――ととっさに頭をかばいつつバックステップ。同時にその球体がバァンッ! とけたたましく爆ぜ、ラプトルの頭部を半分吹き飛ばす。
「多勢の中で手を止めるな!」
言葉どおり自分はナイフに仕事をさせながらイリウスがさけぶ。なんだか鬼教官的なオーラがすごくて「い、イエッサー!」とか答えたくなる。
というか、さっきの爆発は彼のスキルのようだ。ダンジョン光子の小さな炸裂弾を具現化するスキル、【アトランティス】。威力低めでガチ勢にはハズレスキル呼ばわりされているが、レベル4が使えばこれほど威力が出るのか。
危なかった――ラプトルじゃなく【アトランティス】が。
実物をユーチャンネルで見ていなかったら、かわすのが一瞬遅れたかもしれない。
ていうか、絶対わざとだ。イリウス半笑いだったし。
お返しに【イグニス】ぶっぱでもしてやろうかと思うが、こっちはチャージ方式なので残念。両手の小太刀を握り直し、千影は残りのラプトルに向かっていく。
全滅させたあとで数えてみると、全部で十三体だった。意外と多かった。
千影一人だったらもう少し骨が折れた、というか多少手傷を負ったりしたかもしれない。怪我はなく、返り血でジャージが汚れた程度だ。
「相変わらず上等な得物をお持ちですね。私のナイフとは大違いだ」
ナイフについた血糊と脂を拭いながら、イリウスは皮肉めいた笑みを〝相蝙蝠〟に向ける。やや息が上がっている千影とは対照的に、まだまだおかわりいけますといった元気さだ。
「ですが、まだまだ左の振りが弱く、受けもなっていない。それでは両刀の意味が半減します。せめて利き手の負担を減らせるレベルまで精進なさい」
「い、イエッサー……」
あんたに触発されて始めたなんて絶対言わない。一生誰にも言わない。
「さあ、鉤爪の回収を手伝ってください」
「僕もですか? つーか全部ですか?」
「当然です。これ全部でうちの子たちの食費がいくら浮くか」
けちくせえ、などとはまったく思わない。むしろこれがプレイヤーの正しい姿だと千影も思う。しかたなく〝相蝙蝠〟で適当に指? の付け根あたりから一本ずつ落としていく。
しばらく無言で作業に取り組む。さっきまで殴り合っていた、というか一週間くらい前には殺し合っていた彼と二人で資源採集をしている。
なんだかおかしい。なんでこんなことになってんの?
横目でちらっと窺ってみる。イリウスの横顔に木漏れ日がかかり、額に浮いた汗が煌めいている。その姿には韜晦や皮肉めいた雰囲気はなく、懸命に細工と向き合う職人のように見える。
「あの……イリウスさん」
「なんでしょう?」
「優先順位ってどうなんですか?」
「あなたとの勝負の続きと鉤爪採集の、ですか?」
「テr――ケイトとチェーゴの、です」
イリウスが顔を上げる。
「えっと……仮に祖国至上主義っていう感じだったら、そもそも僕のところにタマゴ云々なんて話はしないですよね。上の決定に従うだけなんだから……」
「どうですかね。上が必ずしも祖国とイコールで結ばれているわけではありませんから」
「でも、えっと、なんつーか……エリア16のときも、ケイトの処遇で上が割れてるってときも、ケイトを生かす方向をなんとかさがしてる的な? そっちのが優先なのかな、的な? あとあと考えてみたらそんな気がして……」
でなければ、あんな取引にもならない取引を、組織に内緒で持ちかけてきたりしなかったのではないか。
どのような形であれ、ケイトを生かしたがっている。それが彼の中での最優先事項なのではないか。
千影はそんな風に邪推している。
イリウスはまた鉤爪の採集を再開し、そのまましばらくなにも言わなくなる。気まずい空気が流れている。なんかすんません。
千影が顔を上げると、イリウスは立ち上がってぐいっと腰を伸ばしている。
「彼女の父親は私の――いえ、なんでもありません」
「えっと……なんか因縁的な……?」
「昔の話ですし、彼女はなにも知りません」
もったいぶりやがって。気になっちゃうじゃない。
「もしかして、イリウスさんが父親とか……?」
「それはない、絶対に」
一瞬だけすごい剣幕。怖いわ、だったらもったいぶらんといて。
「じゃあ、父親となんか縁があって、それでケイトを……?」
イリウスはすぐには答えない。とんとんと腰を叩き、肩を叩き、首を回す。
「……祖国の安定のため、現体制の維持のため、我々は日夜命というチップを賭け続けている。とはいえ、この状況がいつまでも続くとは思えない。変革や崩壊は我々の預かり知らない地中深くで着々と進み、やがて突然顔を出すのです。三十八年の人生において、私は幾度となくそのような節目に立ち会ってきました。混沌と破壊からは逃げられず、多くの命や財産が失われてしまう。そのときのために――一人でも多くの〝ワーカー〟を未来に残しておくことが、激動する祖国の中で今日まで生き延びた私の使命だと思っています」
いつだったか、似たようなことをテルコが言っていた気がする。国のために稼ぎを上げつつ、〝ワーカー〟の犠牲を最小限に抑える。それが超ブラック国家に仕える中間管理職としての、この人のできる最大限の戦いかた、ということだろうか。
「ケイトもまた、未来のチェーゴのために残すべき可能性の種の一つだ。それ以上でもそれ以下でもありません。そこに個人的な感傷や思い入れはありません。その才能は目を見張るものがあったのも事実ですが」
相変わらず真意の見えない表情だ。でもたぶん嘘かな、と千影は勘繰る。
「ダンジョンにいるときのあの子は、普段とは別人のようにエネルギーに溢れていた。なるべく自由にやらせてあげたかった、そのほうが彼女の才能が活きると思ったから。やらせすぎて変な虫がついた上に家出してしまい、結果こうなってしまったわけですが」
はあ、と重いため息をつくイリウス。目線が父親だ。
「……今回の件、D庁が本気だとしたら、ケイトはそうなるのでしょう。必然的に我々もこれ以上腹をさぐられることもなくなり、最終的には上も諦めざるをえない。不祥事を嫌うIMODもそれを支持する。そこまで読んだ上の策だとしたら、あなたたちもずいぶんクレバーな手を使うと褒めておきます」
まあ、政治的な部分はほとんど結果論だ。千影やノブが計算したものではない。
どちらにせよ、この人はすでにそこまで承知済みなわけだ。すでに諦めているわけだ。その上でちょっと楽しそうなのだ。
それがわかっているなら、じゃあさっきのケンカはなんだったのか? 無駄に青春して無駄に殴られた。結局この人の憂さ晴らしに付き合わされただけだったのかも。
「ところで……手切れ金のタマゴはいただけるんですよね?」
「えー、やだー……」
なんで勝ち確定なのに手切れ金なんてものを収めないといけないのか。ヤクザか。
「タマゴを狙いに行かないんですか?」
「まあ……一応行く予定ですけど、流れ的に……」
ノブの再生にしろ手切れ金にしろ、積極的にそれを狙う動機はなくなってしまっている。そして千影的にはシモベクリーチャーに興味はない。
とはいえ仲間とも約束済みだし、直江はやる気だし、ギンチョも興味津々だし、金銭価値にしたらと皮算用すると宝くじ並みにドキドキしちゃうし、まあ明日はやるだけやってみることになるだろう。そして絶対この人たちにはあげない。
「だ、だ、ダンチョーノオモイ? で大切な教え子を託すわけですから、こちらとしてもそれで手打ちとさせていただければ収まりもつくんですよね。無理にとは言いませんが、でないと腹いせにちょっかいかけてやろうなんて輩が身内から出ないとも限りませんし」
「やっぱヤクザだし……そうなったら捜査課の人に言いつけるし……」
「あなたたちのところの捜査官ですか? 一人やたらしつこい方がいましたね、メガネをかけた女性の」
「知り合いです(悪魔です)」
木漏れ日の中に佇んだまま、イリウスはまたしばらく口を閉ざす。ちちち、と鳥とも虫ともつかない声が聞こえる。
「……このまま自由を手にしたとしたら、あの子はあなたと一緒にいることになるのでしょうか?」
「そこは……テルコの意思次第かと……」
一緒にイベントに参加する予定ではあるが、そのあとのことはまだなにも決まっていない。一応IMOD所属である彼女をD庁がどう扱うかにもよるだろうし、ノブの家族次第のところもある。
イリウスは手にしたナイフをいきなり投げつける。千影の顔の横を通って木の幹に刺さる。
「あなたたちの勝ちに間違いはないでしょうが、上も最後までなにか嫌がらせを画策する可能性もあります。ご注意を。そしてあの子になにかあれば――私はあなたの寝首を掻きに行きますよ。それをお忘れのないようにね」
回収した鉤爪を携えて、イリウスは去っていく。結局のところ、殴り合いがしたかったのか、それとも最後の警告をしたかったのか。後者だとしたら、いきなりナイフを投げられてチビりそうになったから成功だったのは内緒だ。
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