2-7:ウィル
ウィルを名乗るその光の男が軽く身じろぎをすると、ふわっと光の粒が舞い上がり、ひらひらと漂ってから再び集約していく。
夜闇にぼんやりと輪郭を浮かび上がらせるその顔が、一瞬にしてノブとは別人のそれになっている。髪の毛のない、性別もわからない、端正なマネキン人形のような顔だ。
「こっちのほうが話しやすいかな? ウィルとしてはどちらでもいいんだけど」
話しやすい、と言ってもウィルは話していない。口は動いていないし、声は頭の中に直接響いてくる(男とも女ともつかない、不思議な声音だ)。
テルコに中には動揺と不信感が渦巻いている。それでもおかげで頭は冷えて、ようやく脳みそに血がめぐっている。
「ウィルって……あのウィルだよな? えっと、ダンジョンのなんとかって……」
「〝ダンジョンの意思〟、サウロンはウィルに対してそうあだ名をつけている。ウィルとしては当たらずとも遠からずという感じだけど、まあそのウィルで人違い? AI違いじゃないから安心して」
一人称が「ウィル」なので若干ややこしいが、あのウィルだということで間違いなさそうだ。〝ダンジョンの意思〟――サウロンの動画でよく話に出てくる、赤羽ダンジョンを運営・管理するという謎のAI。
「マジかよ……タイショーが聞いたらソットーしそうだな……」
〝ダンジョンの意思〟が人と接触したという話は、少なくとも世間に疎いテルコは聞いたことがない。本物かどうかを確かめる術はないが、尋常なやつはこんなファンタジックには現れないし、アニメのエスパーみたいなテレパシー的会話だって人様には無理な芸当だ。
ダンジョンを支配するオヤダマのようなやつが、今、目の前にいる。
だけど――なんで? なんでオレの前に?
「それはね、君の疑問に答えるためだよ」
「え?」
なにも言っていないのに? やっぱり心が読める的な?
「人の思考や意思は『読む』というにはあまりに複雑だけどね。それをトレースして分析し、類推しているのさ」
「よくわかんねえけど、カミすげえんだな、お前」
「ありがとう。ウィルは褒められるのが好きだから嬉しい」
いやいや、にこりともせずに真顔で言われても。
テルコは頭をがしがしと掻きむしる。
正直、まだ事態を呑み込めていない。キツネ? タヌキ? につままれているような気分だ。だけど、今はそれどころじゃない。確認しなきゃいけない。
「……ノブのこと、でいいんだよな?」
「ああ。君は、ナガオノブテルがイベント報酬の対象外になっていることに動揺し、イワブチポータルまでやってきた。リストになにか手違いがあったのか、それとも他になにか理由があるのか、君はそれを知りたがっている」
「ああ。なんでノブはあのリストに入ってないんだ? まさか――あいつは……生きてんのか?」
しばらくウィルはなにも言わない。彼の声がなくなると、あたりはいろんな虫の鳴き声で満たされていく。母国チェーゴにはない、日本の夏の情景だ。
長いようで短い沈黙のあと、ウィルはすっと腕を持ち上げ、テルコを指差す。
その指先からふわりと光の粒が放たれる。それはゆらゆらと頼りなさそうに揺れながらテルコのほうに向かっていき、テルコの胸に触れ、消える。ちょうど【キメラ】の痣のある部分に。
「そこに生きている、ノブは」
テルコが顔を上げる。ウィルは少しだけ口元をほころばせる。笑みの形をつくるように、ぎこちなく。
「個体A・ナガオノブテルと個体B・ケイト・ルコ・カエーニャは、アビリティ【キメラ】によってゲノムレベル、そして▲F%×◎のレベルで融合し、新たな個体C・テルコとして転生した。ダンジョンはそれをA及びBの死とは判定しなかった。死亡の確認できない人物の再生は今回のルールに反する、だからAもBも再生可能な対象とはならなかった、ということさ」
テルコは胸元でぎゅっと手を握りしめる。
そんな、でも――。
「でも……オレは――」
「君のアイデンティティーがケイトであることは理解している。君の中にノブテルの記憶などがないこともね。だけど、君の中にはまぎれもなく、ノブテルの▲F%×◎が混じっている。だからダンジョンのシステムはそう判定した、ウィルもそれを支持している」
「その……▲F%×◎ってなんだ?」
うまく聞きとれないし、口で再現もできない。
「うまく伝わるかわからないけど、この国の言葉で言うなら、〝タマシイ〟という概念に近いかもしれない。命――生き物の中に発生する、わずか数マイクログラムのユニークな情報素子」
「タマシイ……」
「ダンジョンはね、命をつくることはできる。でもタマシイをつくることはできない。少なくともダンジョンの科学技術ではその物質を生成することは不可能だ。そしてそれは、命の発生と同時に自然に宿るものだ」
ウィルは小さく肩をすくめる。
「タマシイというのは不思議でね、まったく同じ個体をつくっても、どういうわけかまったく同じものにはならないんだ。ほんのちょっぴりだけ、個体によっては半分近くも、内包された情報が異なっている場合がある。誰の目にもそれらは同じ個体に認識されるけど、ほんのミクロの差で両者は明確に異なるってわけさ」
話が飛躍しすぎていて、うまく頭に入ってこない。
タマシイ? それが自分とノブとで融合しているから?
自分がこうして生きているから、だからノブも生きているとみなされている?
「……だけど……それでも、ノブを再生するのは可能ってことだろ?」
「可能か不可能かで言えば、可能だね」
「なら――」
「君の考えていることはわかる。彼の家族に、本当の彼を返してやりたい。だけど、本当にそれだけかな?」
「……なんだよ……?」
「君は彼と融合したことを正しく認識している。彼という存在が自分の中に混じったことで、新しい自分が生まれたことを正しく認識している。けれど同時に、いくら自分の中をさがしても、彼の意思や記憶を感じられないことにも気づいている。だから――」
「やめろ」
「君はそれを寂しいと感じている。悲しいと感じている。彼にもう一度会いたいと思っている。だから君は彼を――」
「やめろって!」
耳をふさごうにも声は頭に直接入ってくる。睨みつけ、怒鳴りつけて無理やり止めさせる。ウィルは表情を変えないが、それ以上言葉を続けようとしない。
テルコはかたく目を閉じる。肩を震わせる。
こいつの言うとおりだ。家族に返したいなんて、綺麗事の建前だ。
オレが一番ノブに会いたかったんだ。もう一度だけでいい、どうしても、あいつに。
「ごめんね、テルコ。ウィルはノブの再生を許容しない。それがルールだから、ウィルの意思だから」
崩れ落ちるように、その場に尻をつく。
胸が痛い。どくどくと脈打っている。苦しいくらいに。涙が出そうになる。
そんなワガママな本音を、タイショーにもギンチョにも隠して――最低だ、オレは。
だから、これはバツなのかもな。
あいつは確かに生きてる。オレの中で。
だけど、もう二度と、ノブと会えないんだ。
「……どうして、こんな話を……?」
十数秒続いた沈黙を、今度はテルコが先に破る。
「サウロンとの約束を破って、こうして人の――というか君の前に現れたのは、君に興味があったからだよ」
「オレに……?」
「君が、【キメラ】で同種との融合を、それも生きた状態の個体との融合を果たした、初めてのケースだからだ」
テルコが顔を上げると、ウィルも同じように目の前に座り込んでいる。膝を抱え、真正面からじっと目を向けている。
「ウィルとダンジョンが生まれたのは、地球換算にして五十七万二千年前だった。ダンジョンを提供した文明は、この地球人類で十七個目。三百九十六万ものプレイヤーがダンジョンに挑み、そのうちの二百十三が【キメラ】を手にした。その中で、本来起こりえない事象が起こったのは、君が初めてのケースだった」
暗算は得意だった気がするが、今はうまく頭が回転しない。とにかく【キメラ】は結構レアだったのか。
「君が今回のイベントをどのように捉え、考え、悩み、進むのかに興味があった。意思と選択を見届けたいと思った。なにもかもイレギュラーなケースの君だから、やっぱりイレギュラーだけど、こうしてウィル自身が君に答えなきゃいけないと思ったのさ」
「……お前は……AIってやつだろ? ダンジョンを支配してる偉いやつだろ? お前に関係ねえだろ、そんなこと……」
ウィルは膝に肘を置いて、頬杖をつく。こいつの身体の仕組み? 当たり判定? はどうなっているんだろう、などと今さら思う。
「再生した肉体に宿るタマシイ。それは失われた肉体に宿るそれと、ほんとに同じものなのかな? 素子を構成する情報に差異があったとして、それになんの意味があるのかな? たとえタマシイが別のものだとして、それを別人と定義できるのかな? 誰がそれを決めるんだろう?」
右手のひらを上向けると、いくつかの光の粒が離れ、夜光虫のようにひらひらと舞い、夜闇に融け入るように消えてく。ウィルはそれを目で追っている。
「以前のウィルは、そんなこと、気にしたこともなかった。ダンジョンを担う使命を与えられてからずっと、なんの疑問も持たず、命をつくり続けてきた。だけど、ウィルは彼女に会った。それが――」
ウィルはそこで言葉を止める。その先を話すことを躊躇うように、視線を泳がせ、やがて首を振る。
「ごめん、さっきの話は忘れてくれると嬉しい。サウロンに怒られてしまうから」
彼女――こいつの大事な人だろうか。AIなのに。いくらでも命をつくれる神のような存在なのに。
そいつは地球人なのか? 今、そばにいるのか? それとも話からして、もういないってことなのか?
テルコの頭に浮かぶ疑問について、ウィルは答えない。少し寂しげに微笑んでいるだけだ。
「……なあ、ウィル。最後にいいか」
「いいよ、テルコ」
「――――――――――――――――――?」
風が吹く。さわさわと草木が揺れ、虫の声が弱まる。
ウィルは少し間を置いて、小さくうなずく。
「……ああ、それは可能だよ」
「……そっか、サンキューな」
「だけど……彼がそれを許容するかな?」
「彼?」
「いや、彼ら、か。ほら」
ぱたぱたと足音が近づいてくる。振り返ると、汗だくで息を切らしたチカゲがいる。
「いた! ちくしょう、こんな近くに、テルコ! 真逆のほうに突っ走ってきた時間返せ!」
「……タイショー……」
「あーもう! つーか! ……そのほんのり発光してる人、誰?」
「ああ、こいつは――」
千影の表情が驚きに変わる。視線の先を追うと――しゃがんだウィルの後ろに、男が立っている。
「パーティーはお開きだ」
水色のアロハシャツにハーフパンツ、ぼさぼさの髪に生白い顔――サウロンだ。
その手には拳銃が握られている。それをウィルの頭に突きつけている。
「残念だけど、さよならだ、ウィル」
ウィルが振り返るより先に、サウロンがその引鉄を引く。
ドラフトがああああああ!
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