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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
12/222

2-5:古田プレイヤー用品店

 子どもの頃、赤羽駅近辺には何度か訪れた。当然ながらあの頃とはずいぶん様変わりしているが、三番街――東口北側の飲み屋街は相変わらず平日でも人通りは多い。というか昔より多い。ぱっと見でプレイヤーとわかる人たちも多い。


「はわわっ」


 ギンチョが横を歩いていた【トロール】の巨人とぶつかりそうになり(というか踏みつぶされそうになり)、千影の足にすがりつく。ごめんよ、と緑がかった肌を持つ超長身のイケメンは気さくに言って立ち去っていく。


「あのひともプレイヤーですか?」

「うん、【トロール】を打った人」


 確か三メートルくらいになるはずだから、ギンチョの二倍以上だ。


「ほええ、かっこいいです。つよそうです」

「実際、パワーや頑丈さはレベル半個ぶんくらい上がるらしいけど」

「おにーさんはうたないんですか?」

「いや、持ってないし、ソロ向けってわけでもないし、ちょっと目立ちすぎるし……」

「ここ、ひとがおおいです」

「夜はもっと多い……ていうか、ひどい」


 ていうか、違う道を通ればよかった。

 三番街を抜け、線路の高架の下を通って西口側へ。こちらはいくらか落ち着いている。ショッピングセンターに目移りするギンチョの手を引き、駅前の賑わいとは反対の方向に進んでいく。


「………………………?」

「……おにーさん……?」


 ふいに足を止めた千影を、ギンチョが首をかしげて見上げる。いや、と千影は首を振る。

 視線を感じたのだ。振り返って周囲を注意深く窺っても、その主は見当たらない。

 気のせい? そうじゃないなら、もしかして捜査課の人?

 ならいいか。いや、よくないけど。


   *


 古田プレイヤー用品店。駅西口から五分ほど歩いた住宅街の中にぽつんと立つ、小さな個人経営店だ。

 元々は野球用品を中心に扱うスポーツ用品店で、ダンジョンが来てから近隣の一般住民の流出が加速していく中、思いきってこっち方面に鞍替えしたという。〝スポーツ〟の文字を無理やり〝プレイヤー〟と上塗りした年季もののテント屋根、ガラス扉についているベルは色がくすんでいる。


 ギンチョはレインコートを丁寧に折りたたみ、持参のリュックに入れる。それが終わるのを待ってから、千影はガラス扉を押す。


「いらっしゃいませー。あ、早川くん、おはよう」


 ツインテールの若い女性店員が愛想よく挨拶してくれる。父親と一緒にこの店をやっている古田詩織だ。


「って……えっ……きゃああああああっ!」


 詩織さんがいきなり奇声をあげ、狭い店内をダッシュしてくる。陳列されたプロテクターを見ていた客がびくっとする。


「いやああああああ、誰この子、可愛いいいいいいいいい!」


 いきなり問答無用でギンチョに抱きつく。はぷぷっと息を詰まらせるギンチョの頬に頬ずりし、頭をなでなでする。


「可愛い! この子、早川くんの妹さん? 似てない! でも可愛い! だから可愛い!」

「最後」

「あたし、詩織っていうの。あなたのお名前は?」

「はう、たかはなギンチョともうします。よろしくおねがいします、しおりおねーさん」

「いやあああああ、もうダメえええええ、うちの子になってええええええええええ――」


 道中はレインコートのフードを目深にかぶらせていたので、あまり目立ちはしなかった。確かにボンクラ千影から見てもギンチョは可愛らしい女の子だと思うし、あの鬼仕事マシーンのごとき捜査課の人たちでさえ飼いたての子猫を見るかのごとくメロメロだった。


「あの、注文したもの? をとりに来たんですけど」

 そう言えとLIMEに書いてあった。それだけ言えば伝わる、と。

「あっ、はい。じゃあどうぞ。ギンチョ? ちゃんもこっちにどうぞ。可愛いお名前ね」


 詩織がギンチョの手を引いて、ところ狭しと用具の並ぶ廊下を奥へと戻っていく。千影も慌ててついていく。


「そっかー。なんで早川くんからそんな発注が来るんだろうって、ちょっと不思議だったんだけど、この子用だったのね」


 発注? 自分が? この子用?

 詩織はカウンターの奥から段ボール箱を持ってくる。プレイヤー用装備品専門の大手メーカー〝サムライ・アーマー〟のロゴが入っている。


「はい、こちらがご注文の品です」


 箱から出てきたのは、ビニールでラッピングされた新品のジャージだ。オレンジを基調に白や水色のラインが入っている。灰色ベースに青いラインの千影の地味すぎるカラーよりオシャレ感が強い。

 詩織が包みをとってぺろっと伸ばす。サイズはぴったりそうだ――ギンチョに。


「お兄ちゃんとおんなじ、サムライ・アーマー製のA3品質の高性能ジャージよ。ダンジョン由来の超繊維素材と瞬時硬化液体ビニールフィルムを使った特注品。防刃、防弾、耐衝撃性は旧世代の軍需品の数倍。軽くて通気性も抜群、しつこい油汚れも洗濯機だけで手軽に落とせちゃう。小学校の体育着にはハイスペックすぎだけど、これでギンチョちゃんも気分はプレイヤーね。お兄ちゃんとおそろいでよかったねー、優しいお兄ちゃんねー」


 はわわ、とギンチョは目を輝かせている。


「うふふ、気に入ってくれたみたいね。試着していく? ギンチョちゃん」

「あの、あの、おにーさん、これきてもいいのですか?」


 あわわ、と千影は口から泡を吹きそうになっている。


「……ちなみに……発注したのって……いつでしたっけ?」

「え? 確か三日前だけど?」

「……料金って……払いましたっけ……?」

「え? お代は今日いただくって話だけど?」


 やられた。完全にやられた。全部あの女のてのひらの上だった。


「じゃあギンチョちゃん、一緒に試着室行こうね。お着替え、お姉さんが手伝ってあげるからね、うふふ。写真もいっぱい撮っちゃおうね、ぐふふ」


 ギンチョはおしゃれなジャージに着替えてご満悦で、詩織はそれをスマホで撮影しまくり、千影は口から魂が漏れるままにしている。


 支払いはカードで行なう。プレイヤーはレベルが高くてお金持ちでないとクレジットカードをつくれないので、即時引き落としのデビットカードだ。


 ぴっとレジを通した瞬間、二十八人の諭吉が口座から旅立っていく。


 預金残高を頭の中でざっと試算する。あのヘカトン・エイプのクエスト報酬が支払われるのは早くて来月末、遅くて再来月末。このジャージ代ももちろん経費として請求できるだろうけど、クエスト終了後の報酬と同じタイミングでの支払いになるかもしれない。


 となると――財政的な動機で――近いうちにダンジョンに潜らなければいけなくなった。


 あの人は――明智はここまで計算していたわけだ。早川家の財政状況まで。


「あ、あめやみました」


 店を出て、ギンチョが軒下から空を仰ぐ。ジャージを仕舞ったリュックを大事そうに抱えている。


「おにーさん、ありがとうございます。すっごくうれしいです、だいじにしますね」


 にぱっと歯を見せて、これまでで一番自然な顔で、ギンチョは笑う。

 すっかり魂の抜けた千影は、おお、とぼんやり返事することしかできない。差し出された手も無意識に掴む。そのまま彼女に引かれるようにして歩きだす。

【備忘録】


・赤羽三番街

…赤羽駅東口の北東にある繁華街。

ダンジョン飛来後、区画整理や住民の遷移により大きく姿を変えた。


・【トロール】

…アビリティ。【フェンリル】同様、亜人化する肉体変異型アビリティ。

三メートル近い巨体と緑がかった肌の色になる。

パワーやタフネスが増すぶん、敏捷性や動作の精密性に欠け、チームプレイにおける盾役などに適任と評価される。


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