第9話 待ち人 来たれり
俺は、岩山に突き立った剣の前に立っていた。
夢の中では見覚えのある装飾の剣だ。それをしっかり視認した上で、
「《幻影武器展開》……してっと。さ、行くか」
俺はスキルを使って武器を周りに出したのち、無造作に岩に刺さった剣を引き抜いた
瞬間、俺が握っていたはずの剣が光となって消えてしまう。
同時、剣が突き刺さっていた岩山にぎょろりと目が現れた。それどころか顔も現れて、
「俺様の封印を解いたな……」
にやりと笑った。そしてその顔岩を中心にして、岩石地帯にあった岩が次々に集まってくる。
やがてできるのは、三メートルほどの人型をした岩の怪物で、
「よっしゃあ、人を裁いて殺りに行くぞおおおおオオオオ!!」
立ち上がるなり、全身の岩を赤く燃え上がらせながら、そんな事を叫び始めた。
……設定通り、と言えば、設定通り、なんだろうな。
天魔王ユング。俺の夢の中の知識が正しければ、炎と燃える岩石でできた天使型のボスだ。
見た目は炎の翼を纏い、全身から炎を吹き上げ、人を裁くものとして動きまわる。
まさにその通りのセリフを吐かれるとは思わなかった。
ここでも夢の中の画面と、現実がリンクしていた。
「ありがとよ、クソ人間。封印を解いてくれた礼にまずテメエから捌いてやろう! どう死ぬのがお好みだ? 焼殺か? 圧殺か? 封印を解いた褒美にどんな殺し方でもしてやろう。なあに、その後で、近隣の人間をみな裁くから、安心して先に逝くといい」
そして画面の中では何度も見た、小物のようなセリフが来た。
リンクしすぎていて笑いすらこぼれてしまう。だが、笑っている暇などない。
俺はユングの前に立ちふさがる。
「あいにくだが、それは無理だ。お前にはここで、消えてもらうからな」
言った瞬間、ユングの顔に嘲笑が浮かんだ。
「はは、人間ごときが偉そうに……テメエはさっさと殺すわ」
口が悪い。予想以上に小物に見える。
こんな物の為に、レインが苦しんでいたのだと思うと吐き気がする。
「人間なんて俺様たち天使の餌だろうがよおオオ! それが偉そうに指図してくるんじゃねえ!」
そして、ユングは俺に向かって腕を構え、
「《ロックフォール》!!」
巨大な石の弾丸を、俺に向かって無数に打ち出してきた。
レベル一二〇の土系スキルだ。
「はは、レベル一四〇を超える、《土系魔術師》の俺様に勝てるものかよ!」
ゲラゲラとユングは笑いながら、勝ち誇っている。だが、
「――」
俺が何をするでもなく、幻影の武器が岩をガードした。
「は?」
それを見て、ユングは口をぽかんと開けた。そして、俺はその間抜けな隙を見逃してやるほどの忍耐はない。
「もう一度言う。――お前はここで消えろ。レベル150氷魔法」
「え……?」
俺が魔法で打ち出した氷の大鎌が、ユングの腕を斬り落とした。
岩でできた体から、灼熱の溶岩があふれだす。
「お、オレの腕……! て、テメエ、こ、コノヤロオオオオオ!」
「痛いか? でも、その痛みの何倍もの辛さを、レインは味わっていたんだよ」
だからこの位お返ししてもいいはずだ。そう思っていると、
「コロス!」
ユングはその身を一気に巨大化させた。
全長十メートルはあるだろうか。
灼熱色の岩で出来た体と、灼熱の翼を持つ姿になった。
……ああ、レイドで良く見る姿になったな。
だが、俺は焦らない。
夢の中で、既に何度も戦っているのだから。
知識は、既にあるのだ。
ゲームと攻略法が同じであればそれでいい。それなら問題なく倒せる。
ただ、仮に同じでなかったとしても、気持ちは変わらない。
……例えどうあっても倒してやる……!
そうでなきゃ、あの子が悲しんだままなんだから。
かつての俺が育て上げて、今の俺を助けてくれたあの子が、泣いてしまうんだ。だから、何度でも決意を言ってやる。
「――天魔王ユング。俺の大切な者の為に、お前を消すぞ」
「オ・オ・オオオオオオオオオオオオ!! 《グランドヒートシェイク》!!」
俺の戦意に答えるように、ユングは叫ぶ。そして地面を殴って、スキルを使ってきた。
レベル一四〇の天魔専用のスキルだ。
大地が揺れ、周辺の木々や岩石を砕きながら、衝撃と溶岩の波が勢いよく襲い掛かってくる。
……ちっ、夢の中では、巨大化して十秒間はスキルを使ってこなかったんだがな。
いきなり夢の中の知識とは違う動きだ。
だが、関係ない。
……俺だって夢の中の俺とは、動きが違うんだからな!
「――《幻影武器展開》!」
俺は体の周りを浮遊していた光の武器を階段状に置いていく。
剣の腹や、槍の柄を足場に一気に空中へ駆け上がっていく。
幻影武器の耐荷重性は抜群で、俺一人くらいならば余裕で持ち上げられる。
地面を溶岩が這おうとも、空中ならば関係ない。
そして初撃を避けたのならば、あとはやる事も決まっている。
……こいつの攻略法はいくらでもある。
天魔王ユングは体力を五割以上削ると体を溶岩と化し、打撃ダメージを半減させてくるという特性を持つ。更には自動回復効果まで付き、毎秒一定値ずつ回復してしまう。
だから、打倒方法はパターンがある。
多人数で挑むときは、とにかく飽和攻撃で、自動回復よりも早く削りきる。それがレイドボスとしての正攻法。
そして、ソロや少人数で挑む時に求めるのは、
「――超威力による一撃必殺。……行くぞ、伝説の武器、ケリュケイオン!」
伝説の武器には《奥義》というスキルがある。
例えば、ケリュケイオンの奥義には、ひと月に一回しか使えないというデメリットがある。だが、それを補って余りあるほどに強力だ。
今こそ、俺はそれを振るう。
俺は腰の杖を引き抜き、掲げた。
「ケリュケイオン奥義――《マガツアマル》!」
声を放った瞬間、掲げた杖から巨大な雷球が生まれた。
それは即座に天に向かって伸びていき、巨大な雷光の一本槍が完成する。
それを見たユングは身を戦かせて驚愕した。
「ナ、ンデ、人間の癖に、伝説の、カミのミワザを使える……!?」
何を言っているのかは良く分からないが、そんな事は今、どうでもいい。
今すべきは攻撃のみ。
「あの子のために、お前は消えろ……!」
「ぬ、オオオオオオオ! 《ヒート・ロックシェイク》!」
抵抗するように溶岩と衝撃の波を放ってくるが、関係ない。
俺は、雷光の槍を思い切り、ユングの頭めがけて振り下ろした。
巨大な一本槍はそのまま、溶岩の波を打ち破り、燃える巨体にぶち当たり、
「こっ、こんなことガアアアアアアアア……!?」
一瞬のうちに、大地ごとユングの体を引き裂いていった。
●
「断末魔まで小物とは……。まあ、夢の中の知識を活かして倒せたのは良かったけどな」
真っ二つに引き裂かれた天魔王ユングの体は、砂のように崩れていった。
細かな光の粒子となって、虚空に消えていく。
ユングが消えるまで一分も掛らなかった。
そして、ユングが立っていた場所に突き立っているのは、一本の剣だ。
それはとても見覚えのある、一振りの赤い剣――『レーヴァテイン』がそこにあった。
鍛冶スキルを発動させて、触れてみれば、
【舞い戻った伝説の武器・炎の天魔王を封印せしレーヴァテイン (レジェンド):レベル200】
しっかり、馴染みのある名前とステータスが表示された。
「……は。ちゃんと、この状態でドロップしてくれるんだな」
俺は苦笑しながら、かつての俺が育てていた娘を手にした。
その後で、背後を向く。
戦闘の余波は大きく、林の木々はほぼ全てが吹っ飛んでいた。
とても見晴らしが良くなっている。
視線の先には、俺とレインが住んでいた家があり、そして、
「――」
レインがいた。
林の木々が無くなったことで、彼女の顔が良く見える。
同時に彼女も、俺の姿をずっと見ていたのだろう。
「……ら、ラグナ……さん……」
レインは、俺の名前を呼びながら、フラフラとした動きで駆け寄ってくる。
時折こけながらも、確実にこっちに歩いてくる。
目には沢山の涙が浮かんでおり、擦って涙を止めようとしているが、それでも溢れ出ているようだ。
俺もレインに近づいていく。
彼女を慰めるような言葉は、正直持っていない。
ただ、それでも、これだけは言える。そう思って口を開いた。
「待たせて悪かったな、レイン。ようやく君を、取り戻せたよ」
言葉を出した瞬間、レインは俺の体に勢いよく抱きついてきた。
柔らかで軽い感触が胸元に入ってくる。そして、
「ラグナ……さん。ずっと、貴方を、待って。私、待ってました…………!」
彼女は俺の胸で、泣きながら微笑んでいた。
その眼からあふれる涙は、今までで一番多かったけれども。
ただ、涙を流すその表情は、今まで一番、悲しみを感じさせないものだったんだ。
●
地面を転がったり、散々泣きじゃくったりして、ドロドロになったレインには、風呂に入ってもらうことで気を沈めてもらった。
そして、十数分後、レインは薄い着衣を身につけて出て来た。
「さっぱりしたか?」
「はい。ラグナさんのお陰で、身も心もすっきりしました」
レインの顔は晴れ晴れとしていて、先ほどの泣き顔が嘘のようだった。
彼女の健康的な顔が見れるのは俺としても嬉しい。
「天魔王を倒した事で体に変調とかは起こしてないよな?」
「それも大丈夫です。あの封印が解けて、天魔王ユングが消えた時に、封印に回していた力が戻ってきたくらいですから」
「そりゃよかった」
どうやら天魔王を倒した事で、肉体的にも健康になったようだ。
良い事づくめでなによりだが、一つ、俺には言っておかねばならない事がある。それは、
「レイン。まあ、何というか。俺の記憶の事とか今後の事とか、色々と話したい事は山ほどあるんだけどさ。……まずは家を壊して申し訳ない、と言っておく」
先ほどの戦闘で、家が半壊した。
天魔の技と俺の奥義がぶつかった時の余波によるものだろう。
文字通り、半分くらいが吹っ飛んでいるのだ。
魔法の装置で水やお湯は出せて風呂は使えるし、キッチンも掃除をすれば使えなくはないのだが、半露天状態になっていた。
「い、いえ、気にしないでください。この戦いの原因は私だったんですし」
「そうは言ってもな……」
俺は自宅の中をぐるりと見回す。
朝とは比べ物にならない位にぐちゃぐちゃだ。
キッチンの皿は半分以上が割れたし、本棚は倒れて、壁にも穴がいくつも開いている。更には天井も吹っ飛んでいる。星がきれいに見えるのはいいことだが、
「これは流石に酷いからな」
「あ、あはは……ま、まあ、これからは暑い季節ですから。風通しが良くなったものと思えばいいですよ」
「うん、俺が言うのもなんだけど、そのフォローはどうかと思うぞ」
本当に風通しが良くなって、天井から吹く風が気持ちいい感じになってきているけどさ。
「ともあれ、直さないと不便だよな。雨に降られたら、大変なことになるし」
「一応、適当な板や袋を広げて張って修復しますか?」
「おう。まずは、応急処置をしないと、ダメだろうな」
そう言いながら、穴だらけになったこの家の天井を見てから、柱の方に目を移した。
自宅の柱にはヒビ一つない。
先程の戦闘で、巨大な振動を食らいながらも倒壊しなかったのは、この柱のお蔭かもな、と感謝しながら触れていると、
【半壊した木造建築 (レア) レベル20】
「うん?」
何故か鍛冶師スキルが発動した。
「あれ、どうかなさいましたか?」
「いや、なんだか、鍛冶スキルが勝手に発動してな。この家の状態が見えるんだけど」
「え……!? それは、つまり家が武器・防具として認識されているってことですかね?」
「そうなる……のかな」
【半壊した木造家屋 (レア) レベル20】とか出てるし。
「す、凄い万能ですね、鍛冶師って」
「いや、これは鍛冶じゃないと思うんだが……どうなってるんだろうな」
とりあえず《鍛錬》してみるかと、俺は鍛冶ポイントの状況を見て、十ほど削り、スキルを使ってみた。すると、
「応急処置した木造家屋 (レア) レベル21】
壁の穴が一気に直っていった。
「わ、わ、凄いですよ、ラグナさん! 鍛冶スキルで家が直ってます!」
この世界のシステムはそれでいいのか。
いや、俺としても楽に直ってくれて、レインの喜ぶ顔を見れるのは嬉しいけどさ。
ただ、早々全てが上手くいくわけもなく、
「あ、でも内装や天井を直すには素材がいるみたいだ」
いつの間にやら、鍛冶のステータスの所に追加で文字が入っていた。
【応急処置した木造家屋 (レア) これ以上の進化には鉄鉱石、樹木版が必要になります】
なんて書かれている。
どうやら材料を集めないとこれ以上直せないようだ。
夢の中の知識的に言えば、(ノーマル)と違って(レア)判定だから、だろうな。
「しかし鉄鉱石なんてどこで手に入るんだ?」
「ええと、……天魔がいなくなったのであれば、あの岩石地帯に入れますし、いくらか取れるはずです。あとは、街に居る商人から買う事も出来るかと」
「街かあ。そういえば、レインは通販で利用しているんだよな?」
「はい。昔の知り合いの商人が、都合してくれてます」
あの不思議馬車を持っている商人か。毎月色々なものが送られてくるし、素材なども買おうと思えば買えそうだが、
「……とりあえず、自分で集めるものは集めて、商人の所に行くのは最終手段にしようかな。自分で獲れるものを買うのは、勿体ないし」
樹木版などは、家の周辺にごろごろ転がっている折れた樹木から取り出せそうだしな。
「さて、じゃあ明日からは、家の再建のために動くか」
「はい。……この周辺だろうと街だろうと、私はもうどこでも行けますから。私はラグナさんがどこに行こうと、付いていけますから、いっぱい動きましょう!」
そう返事をしたレインの表情は、とても明るく嬉しそうなものになっていたのだった。
お陰さまで週間5位と日間2位、になりました! ありがとうございます!
沢山やる気を頂いたので、頑張って決着まで書きました!
気に入って頂ければ嬉しいです!
本当にブクマや感想や評価はモチベになっております。今後ともよろしくお願いします!




